不在

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041049105

感想・レビュー・書評

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  • 長らく疎遠だった父が死に、娘の明日香は父からの「明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」という遺言を受け、医師であった父が最期まで守っていた洋館を受け継ぐことに決めた。
    25年ぶりに足を踏み入れた錦野医院には、明日香が知らない父の痕跡が山のように残されていた。恋人の冬馬に手伝ってもらい家財道具などの処分を決めた明日香だったが、整理が進むにつれて漫画家としての仕事がぎくしゃくし始め、さらに冬馬との間にもすれ違いが生じるようになる。

    読んでいて辛かったけれど、同時に人間の複雑さについても考えをめぐらせることができた。
    主人公の明日香は30代前半の売れっ子漫画家で、年下の売れない舞台俳優である冬馬を養うかたちで暮らしている。お金も愛情も足りているように他人からは映るし、実際のところそうなのだと思う。
    だけど明日香には満たされないまま大人になってしまった面があり、それが彼女自身も気づいていないインナーチャイルドとなって、かつて自分も暮らしていた屋敷を片付けるという作業が、閉ざしていたその扉を開けてしまった。

    私の周りにも、インナーチャイルドなのだろうと思われる人が複数いる。子どもの頃親からの愛情が足りていなかったり、ある種の恨みを抱えたままそれを消化できずに大人になって、その負のエネルギーが自分を苦しめ、時には周りの人をも苦しめてしまう。
    明日香の場合も目覚めてしまったインナーチャイルドが自分を傷つけ、恋人の冬馬を傷つけ、そして漫画家として成功している自分の在り方も分からなくなってしまう。

    明日香の父は冒頭で亡くなったところからスタートするので話中には出てこないのだけど、父は父で苦しみを抱えていて、それが明日香との関係にも影を落としてしまった(と思われる)。
    血の繋がりというのは厄介だ。負のエネルギーは連鎖することが多く、血の繋がりから避けて通れないことも多々ある。
    私自身も10~20代の頃に苦しかったことが、両親の複雑な生い立ちを知って納得できたという経験がある。私の場合も距離のあった父親がその時すでに死んでしまっていたので、明日香の気持ちが染み込んでくるようで読んでいて苦しかった。

    不在、というタイトルに著者がどんな思いを込めたのかしばし考えた。
    持ち主が不在である家を片付けることで、その持ち主のことが痛いほどわかってしまうということはある。不在だからこそ、多くのことがわかってしまうのだ。
    その不安定さが才能につながっていた明日香だけど、どのようになるのが幸せなのだろうかと考えてしまった。職業人としての幸せか、それともひとりの人間としての幸せか。

  • 愛とは、受け取り手が"これは愛だ"と受け取ってようやく愛になるんだろうなと思った。
    愛として受け取られずままに、これでもかと供給し続けても、ただ労力などが嵩むだけで愛にはならない。
    ただ干渉したいとか認められたいという欲でしかなくて、一向に愛は届かない。
    『愛という言葉が使われるのは基本的にそうじゃないものをそう見せようとするときだ』というセリフにもあるように、送り手が思う愛は都合の良いものかもしれない。
    そう思うと、愛がしっかり愛として伝わることって、本当に大変なことで奇跡のようなことなんだと思った。

  • 思っていたよりもスルスルと読めたけれど
    考えれば考えるほど難解な気がしてくる。

    「いたのに不在」なのか「いるのに不在」と思っているのか
    「あったのに不在」なのか「あるのに不在」か
    不在なのは人なのか、眼には見えないものなのか
    考えると沼にはまっていくよう。

    年下の俳優志望の青年を養う明日香が
    ことばの端々に嫌な奴感がでてきて
    最後は嫌な奴やん!となるのが凄く上手いと思った。

  • 重苦しい家の,家族の呪縛.愛に飢え愛を求め愛に苦しむ.ではその「愛」とは何だろう?ということを,父の遺産を相続し古い館を整理していく中で,クッキリと浮かび上がらせていく手法は見事.幽霊を探す男の子の存在もとても自然だった.そしてその心の変化が,漫画作品に結晶するところ,ゾクゾクした.

  • 「不在」だからこその存在感。
    ざわつきと葛藤に気持ち悪くなる。
    そして明日香の愛。
    とても良くわかる。
    ただ理解して寄り添ってほしいだけなのにね。
    ラスト。
    風が吹き抜けていった。

  • 不在(もうこの世にいない)の人が与える影響というのは、生きている人よりも強いんじゃないかとたまに思う。生きていれば何度でもその人の印象というのは変わる、変わることができる。けれど面と向かっていなければ、自分の記憶の中のその人物しか頼れるものがない。ひどく不安定で、心もとない気がする。
    明日香も父の遺品整理を進めるうちに、屋敷の物や父と関わりのあった人とつながることで父の輪郭がぼんやりと浮かび上がってくる。しかし、それが明日香を余計に苦しめることにもなる。家族のあるべき形、普通な家族。自分と自分の家族は果たしてその枠にはまっていたのだろうか?
    この物語の中でたびたび登場する「味方」という言葉が心にこびりついている。味方とはなんだろう。明日香にとっての味方は、必ずしも自分をいい方向に導いてくれる味方ではない気がした。そういう意味では、緑原は本当に彼女の味方だったのではないだろうか。一言一句を肯定する。都合のいい味方ではなく、いいと悪いを明示してくれる相手が本当の味方だと思った。
    主人公の明日香は、正直あまり好きなタイプの人間ではない。正しい愛情(と表現していいのかわからないが)を受け取らず、成長しても恋人の冬馬に対する愛情が歪んでしまう。自分の庇護下に置き、「愛」とはこういうものだと押し付けてしまう。第三者として読んでいるとひどく間違っている気がするけれど、きっと誰もがこんな風に考えたことがあるのではないかとも思う。心の中にある不在を埋めるための避難所のようなスペース。彼女も自分のことを愛せていたら、きっと違う形になっていたのかもしれないなぁ。
    彩瀬さんの長編は久しぶりな気がする。相変わらずうっとりするような言葉選びと流れるような文章がたまらない。個人的には明日香が冬馬を観察しているときの描写がとても好き。

  • 売れている漫画家、斑木アスカ。家族の関係が複雑。父親の家を相続して片付けているうちに。。。。

  • 家族だからこそ抱く憎しみがある。家族なのになぜという苛立ち。
    家族というだけで何故か分かり合えるのが当たり前と思ってしまうけれど、実はそれぞれ1人の人間で。ましてや親はもともとは他人同士なわけで。ああはなりたくないと思いながらも、ふと自分の中に似ているところを見つけて絶望する。

    家族は支えであり、重荷であるとつくづく思いました。だからといって、顔も見たくないくらい嫌いなのかと言われるとそうでもないし…。

    適度な距離感と、相手に対する寛容さをお互いがもつていれば幸せなのかなと思いました。

  • 最近お気に入りの彩瀬まるさん作品。

    主人公がどうしても好きになれなかった。

    自分より立場が下だと見なした恋人や編集の緑川に対する、「教えてやればいい」「教えていかなければならない」等の言葉が鼻について仕方がない。
    なんでも家族や生い立ちの所為にしている姿も酷く傲慢に見えてもやもや。
    でも主人公の「私はこんなに恵まれていないのに!」と地団駄を踏んでいる様が私自身と重なる部分も多く、痛い所を突かれているような気持ちになった。

    暗くて重いままお話は締め括られるのかな?と思っていたけど、気付きを得た主人公が前を向いて生きていけそうで、良い読了感。

    主人公は好きになれなかったけど、お話はとても好き。
    主人公が漫画家で、心境と作品の傾向がリンクしている所も好きだった!

    最近、「家族」をテーマにした小説を読む機会が多い。
    「父」であっても、「母」であっても、個々の人間なんだよな。と、そんな当たり前の事を最近になって理解したように思う。

  • 彩瀬 まるさんの長編小説

    主人公は斑木(まだらぎ)アスカのペンネームを持つ漫画家
    本当の名は錦野明日香、31歳

    仕事も成功し、5歳年下の俳優、冬馬と同棲し、一見なんの不自由もない生活を送っている様に見える。

    だが長らく疎遠だった父が亡くなり、遺産として大きな洋館が残され、その屋敷の整理をして行くうちに過去から現在までの様々な出来事に想いが巡り、今の生活が少しづつ崩れて行く様が不穏な空気感の中で描かれている。

    父親に対して燻っていた感情が、屋敷の整理と言う行動を通して表面化した時、明日香の内に秘めていた思いが冬馬に対して爆発してしまう。
    明日香の言う「愛」とは冬馬にとってはただの執着で忠誠でしかない。
    明日香の発する言動からいかに愛情に餓えていたかが感じられヒリヒリする。

    淡々と静謐な雰囲気で描かれているが、人と人の関わり方、人間のエゴイズムなどが表現されていて深みがあった。
    ざらざらとしているけれど、ラストには気づきもあり読後感は良かった。

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著者プロフィール

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、19年『森があふれる』で織田作之助賞候補に。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『川のほとりで羽化するぼくら』『新しい星』『かんむり』など。

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