小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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  • Amazon.co.jp ・本 (379ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041102527

感想・レビュー・書評

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  •  看板に偽りはない。
     これまでこの手の本で強く印象づけられたのは「スペース・オペラの書き方 野田昌宏著」と「創作の極意と掟 筒井康隆著」の二冊きりで、これらは今でも凄いと思ってはいるが、「売れる作家の全技術」は、実践的なエンタメ小説の文章作法を余すところなく披露している。
     プロ作家志望者の受講者に講義を行いつつ、全員に毎回短編小説の課題を出し、それら一つ一つにコメントをつけている。しかもその講義の場には多数の編集者が居並んでいると来れば、生半可な発言や批評などできやしまい。よほどの自信と覚悟がなければできない仕事の記録なのである。
     講義の内容がこの本の主体だが、巻末に載っているコメントが鋭く的確なのに驚く。
    [more] ここまで読んで、書き手というのは優れた読み手でなければならないという、至極言い古された指摘に思いが回帰する。
     著者が受講者に向かって、皆さんの読書量は足りない、私はあなた方の誰より沢山本を読んでいると言い放つあたり、苦悩と修羅場をくぐり抜けてきた作家ならではであろう。
     「まえがき」にこうある。
    <blockquote> 「作家はいいよね、元手なしで始められる上に、一発ベストセラーがでれば一生左ウチワなのだろう?」
     本をあまり読まない人によく言われる言葉だ。</blockquote>
     そして最終講義の「デビュー後にどう生き残るか」で「左ウチワ」の内情に触れている。
    <blockquote> 「小説 野生時代」の一番安い原稿料が仮に一枚三千円とすると、一冊分四百枚を連載した時点で120万円の原稿料が発生することになります。</blockquote>
     ほらほら、やっぱ作家ってオイシイ仕事なんだと思うのは早計。出版社の視点からは、本を出す前に既にそれだけコストが掛かるということなのだから、駆け出しのペッペに連載なんかを頼むわけがないし、四百枚書くのにどれだけの時間が掛かることか。
     であれば、新人は単行本に全てを掛けるしかないのだが、ここで更に追い打ちがかかる。
    <blockquote> この講座を始めた頃よりも出版状況はさらに悪くなっていて,今、実績のない新人作家の単行本を出すとしたら、1800円で初版四千部というところでしょうか。ということは、印税10%で72万円。一年かけて書き下ろした本の収入が72万円。よほどの幸運がない限り重版されないので、収入はこの72万円で終わり。これが現実です。</blockquote>
     心血注いで「72万円」なのである。
     講義の途中でも著者は何度か受講者達を諫める。作家としてデビューするよりも、プロの作家としてあり続ける方がよほど大変。一旦デビューしたが最後、続けて作品を出さねばならない。その力が付くまではむしろデビューが遅い方が良い、と。
     1800円の本を四千部きりという状況が続くとしたら、二ヶ月に一冊本を出し続けたとしても、年収は五百万円にも満たない。そして、初版部切りなんて作家に何十年も仕事が来ると期待する方が無理というもの。
     もう一つ。ぼくらが目にする作家てのは大抵ふんぞり返っているが、作家なんて出版社の下請けだという意識を忘れてはならないと著者は釘を刺す。もちろん「超売れっ子」は別だが、出版社の視点からすれば、この作家に投資して儲かるかどうかがポイント。本が売れなければ注文も来なくなる。(純文学系で、儲からなくても良いという志の高い出版社と自分の作風が合致すれば話は別だろうが、その場合、収入の保障は殆ど無いに等しくなるだろう)
     出版はビジネスなのである。
     文章表現の勘どころを細大漏らさず伝えるばかりでなく、作家志望者に覚悟を迫るこの一冊。


    第一部 講義
    第1回 作家で食うとはどういうことか
       ・作家デビューの方法
       ・偏差値の高い新人賞を狙え
       ・作家の財布事情
       ・縮小する出版市場
       ・作家になるために大切な四つのポイント
       ・作家のモチベーション
    質疑応答
       ・デビュー前にどれくらい書いていたのか?
       ・無理してでも決めた枚数を書くべきなのか?
       ・途中で駄作だと感じても最後まで書くべきか?

    第2回 一人称の書き方を習得する 
       ・3つのハードルを克服しろ
    (3つのハードルとは、1.視点の乱れをなくす、2.限定された視点でどこまで読者に情報を提供し、物語を形作れるか、3.視点人物、つまり語り手である「私」や「僕」や「俺」の個性をどれだけ読者に伝えられるか)
       ・「出す」だけでなく、「入れる」ことも忘れない(ネタを常に探し、アイデア帳を身近に置いておき、常に人間観察するなど)

    質疑応答
       ・どうすれば嫌な人物を描けるか?
       ・実体験を作品に反映させることはあるのか?
       ・いいタイトルをつける秘訣は?

    第3回 強いキャラクターの作り方 
       ・キャラクターがストーリーを支える
       ・キャラクターには登場する理由がある
       ・細部を細かく作り上げていく(「スタニスラフスキー・システム」)
       ・主人公に変化のない物語は人を動かさない(ストーリーが登場人物を変化させ、その過程に読者は感情移入する)
       ・人間観察からすべてが始まる(水商売の女性は靴を見てお客を見極める)
       ・ミステリーには基礎知識が必要
    質疑応答
       ・名探偵は主人公なのに物語の中で変化しないのでは? 
       ・アマチュアでも取材は可能か?

    第4回 会話文の秘密
       ・「実際の会話」と「小説の会話」は違う
       ・キャラクターにふさわしい会話
       ・なぜ「隠す会話」が必要か
       ・効果的な会話のテクニック
       ・決定的なセリフにたどり着け
    質疑応答
       ・「神の視点」と視点の乱れの違いは?

    第5回 プロットの作り方
       ・どんな楽しみを提供するかを意識する
       ・「謎」の扱いがプロット作りのカギ
    質疑応答 
       ・どうすればプロットをうまく使えるようになるか?
       ・作品内のタイムテーブルは作るべきか?

    第6回 小説には「トゲ」が必要だ
       ・面白い物語を書くには
       ・最も強い武器を伸ばせ
       ・面白い物語とは何か(自分が書くものは必ず面白いはずだと信じる)
       ・主人公を残酷な目に遭わせろ(主人公に残酷な物語は面白い)
       ・小説の「トゲ」とは何か(読み終えたあと、読者の心の中にさざ波を起こすような何か)
    質疑応答
       ・こぢんまりした作品になってしまうのはなぜ?
       ・古典の引用で注意すべきことは?(「フランケンシュタイン」と「マイ・フェア・レディ」は実は同じ話)
       ・小説に実在の人物名を使ってもよいか?
       ・物語のカタルシスには何が必要か?(死ぬほど考えるしかない)
       ・漢字はどの程度使うべきか?
     
    第7回 文章と描写を磨け
       ・文章にリズムを持たせろ
       ・正確な文章を書け
       ・「8割感情、2割冷静」で書く
       ・人物をひと言で表現しろ
       ・描写の3要素(「場所」、「人物」、「雰囲気」)
       ・擬音、オノマトペ、外来語
       ・日本文学と海外文学の違い(最小限の言葉で最大限の情報を伝達するスキル)
       ・改行のテクニック(改行は、文章のリズムを作るうえでの数少ないテクニック)
    質疑応答
       ・「副詞はなるべく入れるな」は正しい?(読んでいて心地よい文章かどうか)
       ・推敲の方法(その日の仕事を始める前に、必ず前回書いた文を読み返す)

    第8回 長編に挑む
       ・設計図と分量配分
       ・冒頭シーンは何度も書き直せ(「新宿鮫」の冒頭シーンの解説)
       ・主人公を印象づけろ
       ・強いキャラクターを複数つくる(「新宿鮫」の「ロケットおっぱいのロッカーの晶」、「まんじゅう(死人)の上司・桃井」)
       ・中だるみを防ぐには謎を解け
       ・一つ目の謎を解き、新たな謎を作る
       ・クライマックスは二度用意する
       ・自分を遊ばせてあげよう(「生きた会話」が書けたのは、私自身、楽しんで書いていたから)
       ・推敲まで作品を寝かせる(時間をあけることによって、あたかも他人の文章を読むように自分の文章を読み返すことができる)
       ・描写に困ったときの虎の巻(「天・地・人・動(動物)・植(植物)」)
       ・読者はMで、作者はS(主人公に対しても読者に対しても、作者は意地悪にならなければならない)
       ・強いタイトルを考えろ
    編集者から長編小説への注文 
       ・読者を楽しませる、サービスしてあげるという気持ちは絶対に必要
       ・冒頭の10〜20枚で読者を引き込むように書く
       ・読者を冷静にさせてはいけない
       ・どうすれば読者をもう一度水中深く引っ張り込むことができるのか?
       ・何枚かに1回は山場をつくる、「引き」をつくるという意識を持つ
       ・小さな謎をちりばめておいて、それをところどころで解決していくことで読者を引っ張り続ける
       ・時代の空気を取り入れろ
    質疑応答
       ・短編向きのテーマ、長編向きのテーマとは?
       ・思いついたことは作品にすべて注ぎ込むか?
       ・知らない世界をどう描くか?
       ・冒頭から順番に書くべきか?(成功している小説は、おそらく頭から順番に書かれたもの)

    第9回 強い感情を描く
       ・面白い物語を作る技術は教えられない
    (アイデアの出ない人はプロになれないし、万一プロになれたとしても、もたない)
       ・「作家になりたい」という人生は続く
    (とにかく本をたくさん読むこと。それ以外にない。自分の中の蓄積、引き出しが少なすぎる)
       ・作家としての人生もいろいろある
    (読むことが好きで好きで読み過ぎて、そこから今度は書きたいという気持ちに転換した、そういう自分を自覚している人でなければ作家にはなれない)
       ・回り道を恐れるな
    (プロになっても、引き出しが少ないために苦労している人は実はたくさんいる。書く時間よりも読む時間をはるかに多く持ち、どんどん読んで、どんどん引き出しを増やして、アイデアを膨らましている人が作家を目指している)
      ・足りないものをどう埋めていくか(結局、「才能がなければダメですよ」)
      ・技術は教えられるが才能は教えられない(アイデアが出せなければ、作家になる才能がない。とにかく頭をひねることに尽きる)
    質疑応答 
      ・ラストから逆算して書いてもよいか?(人間を駒にしてしまう危険性がある)

    第10回 デビュー後にどう生き残るか
      ・プロ小説家の心得(専業か兼業か)
      ・編集者とのつき合い方(「頼りすぎずに頼ること」)
      ・作家同士のつき合い方(北方謙三とのつき合いを紹介している)
      ・パーティに出よう
      ・仕事の依頼は断るな(締切厳守で書くこと)
      ・読者は大切なお客様である(横柄に振る舞うような人は最悪)
      ・出版界の厳しい現実
    (直木賞作家でも初版1万部という人がたくさんいる。文庫書き下ろしは約60万円の収入で終わり。それでも文庫書き下ろしの仕事をしている作家は多い)
      ・本を作る仕事は出版社にとって先行投資(一人でも売れる作家が出てくれば元が取れる)
      ・マスメディアとのつき合い方(テレビでよく見る作家で、ちゃんと小説も書いているという人はとても少ない)
      ・「先生」とは呼ばせるな
      ・インターネットの評価は気にするな
      ・デビュー後の5冊が勝負(受賞第1作がダメならば、この作家はダメとなる)
      ・直木賞ぐらいでおたおたするな(直木賞を取ることにエネルギーを使い果たして、燃え尽き症候群になってしまう)
    質疑応答
      ・持ち込みでのデビューは可能か?
      ・一般のエンターテインメント小説で「偏差値の高い」新人賞は?
      ・自分にはこれしか書けないというものに対して、愚直なまでに信じて書く
      ・新人賞への挑戦は何回くらい(3回から5回くらい)

    第二部 受講生作品講評
    課題は次の4つだ。それぞれのテーマにつき9人前後の受講生の作品のあらすじが紹介され、大沢在昌が論評している。

    A ラストで「ひっくり返す」物語を書く(原稿用紙40枚)

    B 「自分の書きたい世界」を書く(原稿用紙50枚)

    C テーマ競作「バラ」と「古い建物」を入れた物語を書く(原稿用紙40枚)

    D テーマ競作「恐怖」の感情を書く(原稿用紙30枚)
    [/private]

  • -

  • 創作論

  • 再読。やっぱり参考になることばっかり書いてある。本当に講座でもこれだけすぱすぱ例え話が出てきたのだろうか……すごいなあ。フィーリングばっかりで書いてる作家じゃないからこういうハウツー話ができるんだろうな。

  • 小説の書き方はその人の持っている語彙力や観察力からくる引き出し次第。
    基本的なことは本を読んでいれば身についている。
    文章を書くことをしていこうと思ったので読んでみたが、とりあえず書いてみろ!
    と最もなことを言われた感じだった。

  • 作家という職業がいかに厳しいものかよくわかりました。
    読んでも読んでもそれでも飽き足らず、それ以上は自分で書くしかない
    情熱のある人がなる。今の自分の職業(作家ではなく普通のサラリーマン)
    はそう感じているものではないので、考えさせられました。

  • 具体例を出しながらの解説で面白い。この本を読んだ後に市販の本を読んでも面白い。

  • 小説の書き方をアマチュアにレクチャーした連載をまとめたものだが、読み手を引き付ける文章を書くという点でも有益だろう。プロット、キャラ立て、具体的描写、正しい正確な日本語、語彙の重要性が印象に残る。特に、正確な語彙・日本語という意味で説かれる辞書の重要性は、著者も強調。辞書自体を眺めることは意義深いようだが、過日読破した「取材学」でも類似の指摘があったことからみても、印象深い指摘。なお、アマチュアが小説を書こうとする場合、まず、神の視点を否定し、難しいけれども一人称語りに徹することを説く。

  • 凄く面白かった。久しぶりに続きをどんどん読みたくなる本に出会った。エンタメ小説を書きたい人は必読で、読むのが好きな人も楽しめるだろう。文庫化熱望。日本推理作家協会「ミステリーの書き方」と合わせて、何回も読みたい。

    特に日本文学・海外文学の文章表現の違いなどは実に興味深かった。神視点・視点の乱れの問題もとても分かりやすく書かれている。

    思ったのは、受講生のレベルが結構低いということ。だから講座として成立するわけだが、彼らの小説のあらすじや一部分を読んでいると、これで大丈夫なの?作家を目指してもいいの?と少なからず思ってしまったのも事実。不倫・死・復讐と、なんだか発想がとても陳腐。中にはおっというポイントがある作品もあるものの、「第二部 受講生作品講評」は少しだけ退屈かな~と思った次第。

    作家になる人はそもそも読書量が圧倒的で、大沢氏も年間500~1000冊読むそうだ。とにかく読書して吸収。
    ところどころ森博嗣と対極にあるなぁ、と思った。大沢氏の「読むのが好きすぎて読みすぎて書く方に転換した人間のみ作家になれる」という考えはとても正統派で好きだ。だけど、「いきなり文庫化」の効用はやはり森博嗣の方が数字に強いだけあって具体的かな。

    ここに書かれた方法や例がすべてのプロ作家にあてはまるわけではもちろんない。「そんな動機で殺人までするかなぁ」という動機ばかりを出してくるプロ作家の石持浅海がいるし、神視点を使う恩田陸だっている。要はやはりオリジナリティ・発想なのだろう。

  • 雑誌、『野性時代』誌上で行われた、小説講座の内容。
    小説で食べている、現役のスタイルが良く分かりました。

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著者プロフィール

1956年愛知県名古屋市生まれ。慶応義塾大学中退。1979年に小説推理新人賞を「感傷の街角」で受賞しデビュー。1986年「深夜曲馬団」で日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞、1991年『新宿鮫』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編部門受賞。1994年には『無間人形 新宿鮫IV』直木賞を受賞した。2001年『心では重すぎる』で日本冒険小説協会大賞、2002年『闇先案内人』で日本冒険小説協会大賞を連続受賞。2004年『パンドラ・アイランド』で柴田錬三郎賞受賞。2010年には日本ミステリー文学大賞受賞。2014年『海と月の迷路』で吉川英治文学賞を受賞、2022年には紫綬褒章を受章した。


「2023年 『悪魔には悪魔を』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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