- Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043417018
感想・レビュー・書評
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高校生の時に初めて読んで、この本で書いた読書体験記が全国で入賞したとても思い出深い本です。たまに立ち止まってしまった時にふと読み返したくなります。
少なくともわたしは今の日本は飽食の時代だと思っていて、そんな自分にガツンと衝撃を与えてくれた本であり生きることと食べることについて改めて考えさせられました。
人魚の章と原発の章がとても印象に残っています。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
生きてる不思議を見つめ直せる本。
何かを食べることは
何かを殺すことで
明日を生き延びることは
今日を諦めないこと
そんな考えが頭を過ぎていった。 -
生きることは食うこと、まず、その事実を嫌というほど身に沁みる本。人それぞれ住む環境が異なれば、それらを受け入れて生きるしか無い。
食べる間だけ、国境も民族も無く、人間の普遍の営みが為される。 -
冒頭「人びとはいま、どこで、なにを、どんな顔をして食っているのか。」
末尾「ケセラセラは、彼女たちには、じつのところ決してないだろうと思いつつ、私たちにも断じてあってはならないと思いつつ、私の父親の世代に当たる、たくさんの日本の兵士の体に泣く泣く触れざるをえなかった手、そして五十年後に包丁でその記憶のすべてを殺そうとした、温かくとても優しい手を、泣きながら握りしめた。」
様々な人が推薦していて、「平成の30冊」でもランクインしていた『もの食う人々』。やっと読めた。なぜだかずっと小説なんだろうと思い込んでいたけど、ルポルタージュだった。世界各地の人々の「食」がテーマ。舞台は東南アジアの貧困地域やユーゴスラビアやソマリアといった紛争地帯、チェルノブイリ原発事故後の立ち入り禁止になっている村、韓国の元従軍慰安婦。
それぞれ、歴史や政治、思想とかで大きくまとめてしまっても記事になるような地域を旅しているのだけれど、とにかく現地の名もなき人と直に接し、同じものを食べ、時間を共有することに徹底している。
本書は、特別に政治的なメッセージを発したりするわけではないけれど、全世界の人に共通する「食」を取り上げることでメッセージ性を持ち、読者の心を強烈に揺さぶってくる。
最近になってようやく食品ロス問題が取り上げられるようになっているけど、日本では食べるものに困ることない。猫の缶詰の話のように、日本で何気なく見かける商品も世界の「もの食う人々」によって生産されていることを知らないといけないし、忘れてはいけないと思う。 -
本編ももちろん面白いけれど、「あとがき」と「文庫版のあとがき」が必読。これを読むと読まないとでは、本書から感じられる熱量がまったく違うと思えるほど。特に「文庫版のあとがき」の筆者の熱量には圧倒された。
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「人と食」をテ-マに、内戦や紛争地帯の飢餓最前線をはじめ、食糧難に苦しむ貧困地域の実態をルポした【辺見庸】の驚愕のノンフィクションです。現代日本の食生活(飽食・残飯廃棄)からは想像を絶する異次元とも思えるような世界が現存し、日々の糧を求めて生きる人々の姿を知るに及んで絶望感に打ちのめされます。太平洋戦争後のフィリッピン・ミンダナオ島の残留日本兵士による人肉食の衝撃、チェルノブイリの放射線汚染地域の食糧事情など、熾烈な世界に生きる人たちを覗き見たようなインパクトの強いルポルタージュです。
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世界津々浦々で人びとが何を食ってるのか、あるいはどれほど食えてないのか、をテーマに1年半くらいの旅をまとめたルポルタージュ。とにかく各章のつかみがうますぎる。最近にしては珍しくあっという間に読了。
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天が重い。のしかかってくる。
その下の鉛色の構造物のせいだろうか。たたずまいからして、まがまがしい。
見事に命名したものだ、「石棺」とは。
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からチェルノブイリ編。しびれる。94年刊行。なぜもっと早く出会わなかったのだろう。 -
飽食の時代に嫌気のさした著者が、世界の「食う」現場を旅したルポタージュ。フィリピンでの日本残留兵による食人、バングラの残飯などショッキングな内容もあり、ジュゴンの話やチェルノブイリの話は今日本の抱える問題として考えながら読んだ。従軍慰安婦の語りは、決して消えることのない恨みと、同時にそこにしか同居しえない青春が灯っていて、胸が割かれる思いがした。
素直に良書だったと思う。 -
ノンフィクションの、絶望的な傑作。人間の根源的な「食」をキーワードに、世界中を巡る。根源的だからこそ、人間の持つ生来の美しさと醜さをまこと鮮やかに照らし出す。20年以上前の作品だが、まったく色あせることはない。