音楽の海岸 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 70
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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062634816

感想・レビュー・書評

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  • 20年程前の作品やけど、テーマがテーマだけに古さは感じさせない。
    官能と覚醒という言葉がぴったりはまる。Rー18指定 笑

  • 他の村上作品を好きになれたことはないけれど、これは好き!

  • ドラマは静かに進行するが、裡側に流れる通奏低音はグロテスクなフレーズが暴れている。
    ある意味で、ハードでワンダー。

  • 最後の最後に話の流れが全く見えなくなりました。
    わかりづらすぎる。

  • 私のちっぽけなプライドは、☆三つを主張していますが、結構楽しんでしまったので、4つ。
    村上龍は15年ぶりくらい、高校の時以来かもしれない。
    文章に「あぁ、こんな風に書けたらな」と思わせる心地よさはないし、主題も欲望と自意識とそれを整理する言葉という10年以上変わらぬ「いつもの村上龍セット」ですが、最後まで読んでしまった。
    「猫」を平行して読んでいたせいかもしれないが、あぁ、ブンガクって俗なもの(をより多く許容するよう)になったのね、としみじみ思いました、それが良いとか悪いと言うことではないのだけど(村上龍がその極端な例ではあるけれども)。
    しかしこんなモノばっかり読んでても疲れちゃうし、日常を読み解くレトリックを学べもしないだろうな、橋本治でも読むかな。

  • 会田誠の後に読んだからかまどろっこしいし、わざと女を舐めてるような書き方してるのがめんどくさい。うっとりするような時もあるけどね。
    女の子大好きなんです!てのはよくわかる。みんな大好きだもんね。女すら女が好きだよ綺麗でさ。
    最後らへんがよくわからん。バタバタ終わった感じ?一回は読んでいいかも。☆2だけどそんなに悪くない。
    ちょっと疲れるかなー。ずっとこってりしてる。男の人はめちゃくちゃはまる表現の仕方なんかな。2013.01.11

  • 雰囲気に流させる話

  •  個人的に、「音楽」とは宗教のようなものだと数年前から思っていたが、その考えをもっと捨象して村上龍が物語に落とし込むとこうなるのかと、またしても敬服せざるをえない作品だった。

     【No Music No Life】などという言葉が田舎の街の少年や少女にいたるまであっという間に浸透したのは、音楽に傾倒する自分自身を社会的に正当化できる何かを、そこに見いだした若者が多かったからだろう。音楽なんてなくても本当は生きていけるのに最近のガキは馬鹿で頭足らずだ、などという台詞を深く考えずに若者に吐き捨てるジジイやババアは、切実に宗教を信仰する人間に対しても、同じようなことを言うだろう。

     僕は音楽がなくてもおそらく生きていけるが、音楽がないと狂ってしまう人間は実際にいるのかもしれないし、逆に、本作の主人公のように音楽を憎んでいるような人間も実際にいるのかもしれない。

     主人公は度々、「音楽」と「言葉」について語る。音楽についてもそうだが、言葉に対してはとくに深い定義をしている。主人公の定義に従えば、世の中に溢れる、人間の口から発せられる「音」の8割は雑音で、2割ぐらいが本当の意味での「言葉」ということになる。

     「言葉」が発せられる土壌は、その本人だけが持つ情報で埋め尽くされた場所でなければならない。誰かの受け売りや有名小説の一節を口にしてみても、それはそういう意味での「言葉」ではない。映画『グッドウィルハンティング』にも同じような描写があったように記憶している。

     「言葉」は手段だ。目的ではない。「音楽」はどうだろうか。真の意味での「音楽」を聴くことは、何かを成し遂げるための手段だろうか。それとも、それ自体が目的なのだろうか。では、それを奏でることはどうだろうか。
     
     伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り』という小説内の設定で、舞台である島に欠けているものがあった。それは物語の背骨であり、ベクトルだった。ネタバレ覚悟で言えばそれは「音楽」だったわけだが、それはそのまま「希望」と言い換えることができるのかもしれない。

     本作のラストで、主人公とその妹が語り合うシーンがあるが、そこで妹が「音楽は、希望なんじゃない?」というようなことを語る。希望とは、誰かに何かを働きかけることと、その反応なのだと。

     それは、「言葉」そのものではないだろうか?

     言葉は、誰かに何かを伝えるためのものだ。そしてその何かとは、自分だけが持つ、大切な情報だ。希望を持つ、希望を現実化する、という世の中の多くの人間が追い求めている幻想のようなものは、言葉を育てる土壌を育て、それを使いこなす技術を訓練する、ということとほとんど同義なのだろう。

     自分だけの言葉を育てるために必要なことは、自分だけが感じること、気づいたことを、ひとつひとつしっかりと捉え、色んなことを諦めて考えるのをやめてしまわないことだ。ヘレンケラーが経験したような圧倒的なパラダイムシフトは、考え続ける限り、きっと誰にでも可能なことなのだ。

  • エジソン ベル コートダジュール=マルセイユ〜モナコ 500万 CF 映画 編集者 中央線沿線 阿佐ヶ谷 精神科 サッカーMF スチュワーデス セラピスト妖精 人格 犬 抹殺 万年筆の針 石岡 ソフィー 西新宿 腐ったタラコの臭い 象徴 トレーナー ブラッディーマリー 残酷で卑怯 アドバンテージ ヘルファイア サイトウ パブリックイメージリミテッド ラテンアメリカ人 遺伝子にプログラム サイトウの母親の顔 ユリ 妹 旭川 心臓 神 熊 センチメンタリズム 希望

  • 音楽は絶対的な不安定さを一時的な安定に変えるために、脳内の代謝物質を作り出している。

    不快で自分を不安定にした、いろいろな出来事と、それが意味していたものを忘れたくはなかっあ。

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著者プロフィール

一九五二年、長崎県佐世保市生まれ。 武蔵野美術大学中退。大学在学中の七六年に「限りなく透明に近いブルー」で群像新人文学賞、芥川賞を受賞。八一年に『コインロッカー・ベイビーズ』で野間文芸新人賞、九八年に『イン ザ・ミソスープ』で読売文学賞、二〇〇〇年に『共生虫』で谷崎潤一郎賞、〇五年に『半島を出よ』で野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。経済トーク番組「カンブリア宮殿」(テレビ東京)のインタビュアーもつとめる。

「2020年 『すべての男は消耗品である。 最終巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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