最果てアーケード (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062931021

感想・レビュー・書評

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  • 世界で一番小さなアーケードにやってくる人たちを描いた連作短編。
    収録されている「百科事典少女」のタイトルに惹かれて購入。でも読んでみたら良かったけどちょっと思ってたのと違った。
    エピソード的には「輪っか屋」の話が一番好みかな。

  • 人との出会い、物との出合い。ほっこり、しんみり。近すぎず、遠すぎずの距離感。店の様子、全体像が思い描ける描写。店主とお客の会話、彼らの日常。あぁ、ここにはソーシャルディスタンスの言葉もマスク会食もないんだよなぁなんて思ったり。

    私たちの日常はいつ戻るのだろうという現実に、ついこの間まであった日常にこの本の世界を少しだけ遠くに感じる。

  • とにかく頭に映像が思い浮かぶ。読んだ人と一緒に同じような映像を想像してるのか絵に描いて突き合わせたりしたい。

  • 1日に客が一人も来ないようなマニアックな店が並ぶ、古い商店街。その商店街の大家をしている父と、老犬べべと暮らす主人公は、商店街で買われた商品を客の家まで届ける仕事をしている。古着から取ったレースばかりを扱っているレース屋に訪れた老女は、家で誰にも着られない舞台衣装を作っているという…。

    同一主人公で同じ商店街を舞台にした、アンソロジータイプの小説である。商売にならないような、古いレース、誰かの手紙、ドアの取っ手、勲章といったものを売る、不思議な登場人物と接するところに生じる、割と軽めのストーリーがちょうどよい盛り上がりを見せる。

    百科事典を売りに来た紳士に、その百科事典を最初から読みたがる少女、そして一言一句を丁寧に写す紳士など、純文学らしく、どういう商売で生活しているのかわからない人達が現れ、ゆったりとした人間関係を描く。

    時々極端に言葉をいじくり回す、小川洋子らしい表現も素晴らしく、それでいてイベントや人間関係が深くなりすぎないため、読書の初心者が『博士』の次あたりに読むのも悪くないだろう。

    後半までも、独特のテンションをキープしたままでストーリーは進むが、べべの老化にしたがって、進みはゆっくりと鈍化していく。読み終えるのがもったいないと思っていたのが、作者の策にハマったようにスローダウンしていくのが興味深い。

    岩岡ヒサエの漫画(なりひらばし等)みたいだなあと思ったら、漫画化もされてるのか。しかし、ちょっとイメージと違った。

  • 不思議なお話。
    すごく読みやすくて、世界観に引き込まれていった。
    こんなお店があったらぜひ行ってみたいなー

  • ここは、世界でいちばん小さなアーケード。 愛するものを失った人々が想い出を買いにくる。 小川洋子が贈る、切なくも美しい物語。使用済みの絵葉書、義眼、徽章、発条、玩具の楽器、人形専用の帽子、ドアノブ、化石……。「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店ばかりが集まっている、世界で一番小さなアーケード。それを必要としているのが、たとえたった一人だとしても、その一人がたどり着くまで辛抱強く待ち続ける――。

  • 不思議なお話だった。さいごまで不思議。

  • 『アーケード』、それは”建物間を覆う屋根状の構造物”のこと。そして、そんな『アーケード』に覆われた商店街は全国各地に今も点在しています。そんな『アーケード』を想像する時、あなたはそこにどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか?様々なお店に、様々な品物が並べられ、その横にはお客さんを迎え入れるお店の人が笑顔で立っている、そしてそんなお店にそれぞれの目的を持って訪れる人たちがいる。そこには、笑顔に溢れる人々の声が今にも聞こえてきそうな、そんなイメージが思い浮かびます。その一方で昨今ニュース報道されるように、様々な理由で寂れてしまい、シャッター街と化してしまった『アーケード』が存在するのも現実です。この世に永遠に存在するものなどないことを考えると、これはやむを得ないことなのかもしれません。

    しかし、ここに時代の変化に関係なく、『「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店ばかり』が集まった『アーケード』があります。多くの人々は『そこにアーケードの入口があることさえ気づかず通り過ぎてゆく』というその『アーケード』。この作品は、そんな『アーケード』で生まれ育った『私』と『アーケード』の日常が静かに描かれていく物語です。

    『そこは世界で一番小さなアーケードだった。そもそもアーケードと名付けていいのかどうか、迷うほどであった』という『一様に古び』たその場所。『アーケードというより、誰にも気づかれないまま、何かの拍子にできた世界の窪み、と表現した方がいいのかもしれない』というまさにその場所で生まれた『私』。そんな『私が十六歳の時、町の半分が焼ける大火事があり』、『大家だった』父は『近所の映画館』で死んでしまったという苦い記憶。しかし『なぜかアーケードだけは屋根のガラスが割れただけで焼け残った』こともあって『ずっと変わらずそこに暮らしている』という『私』。『突き当たりに中庭があ』り、『飼い犬のベベと一緒に』、『中庭で長い時間を過ごす』という『私』。『お客さんの数はそう多くな』く、『大通りを行き交う人々のほとんどは』、『入口があることさえ気づかず通り過ぎてゆく』というそのアーケードでは、『「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店ばかりが集まっている』こともあって来訪者が少なくても『仕方がなかろうと、店主たちは潔く自覚してい』ます。そんな『ある日、何の前ぶれもなく、誰かがアーチ形の入口に』現れ、『一軒の店の前で立ち止ま』りました。『ねえ、ちょっと。あの棚の一束、見せてもらえる?』とレース屋の店主に頼むその女性は『もう常連になって久しい老女』でした。『老女は昔、映画館の隣にあった劇場で長く衣装係をしていた女性だった』ことで、今も『皆彼女のことを衣装係さんと呼』びます。そんな衣装係さんは、麻紐で十字に縛ってあるその束を見て『他のお客に売ろうとして、私の目の届かないところへ隠したんじゃないだろうね』と『一人で愉快そうに笑』います。『いいえ。そんな…とんでもありません』と慌てて否定するのは『アーケードの中でも最も無口で、気の弱い店主』。『ここまで歩いてきた甲斐があった。これ、全部いただくわ』という衣装係さん。『かなりの量がございますから、ご希望の場所まで配達させていただきましょう。ここのアーケードにはちゃんと、配達専用の者がおります』と説明する店主に微笑む衣装係さん。そして『見事に晴れ渡った』翌日。『生地やボタンやリボンやもちろんレースが詰め込まれた荷物を抱え、衣装係さんの自宅へ向った。べべも一緒だった』というのは配達のアルバイトをしている『私』でした。『表札の隣には「舞台衣装研究所」の看板が掛けてあった』というその家に上がることになった『私』。そして…という物語。『アーケード』で暮らす『私』と『アーケード』を訪れる人々の日常が描かれていきます。

    十編の短編が連作短編の形式を取るこの作品。何と言っても『アーケード』の独特な世界観の描写が何よりもの魅力です。『入口はひっそりとして目立たず』、『通路は狭く』、『ほんの数十メートル先はもう行き止まり』という『世界で一番小さなアーケード』。小川さんはその小ささを読者に印象付けるために、さらに『人々のほとんどは、そこにアーケードの入口があることさえ気づかず通り過ぎ』てしまうとまで書きます。アーケードが小さければそこにあるお店が大きいはずがありません。『天井は低く、奥行きは限られ、ショーウインドーは箱庭ほどのスペースしかない』とまで書く小川さん。『箱庭ほどのスペース』で何を売るんだ?とも思いますが、それを『使用済みの絵葉書、義眼、徽章、発条、玩具の楽器、人形専用の帽子、ドアノブ、化石…』と例示していきます。何とも微妙感の漂うマニアックな品物ばかりですが、一方で『それを必要としているのが、たった一人だとしても、その一人がたどり着くまで品物たちは辛抱強く待ち続ける』と小川さんは書きます。そして、さらにこれらが『窪みにはまったまま身動きが取れなくなり、じっと息を殺しているような品物たちばかり』であると表現します。この『窪み』という表現は全編で合計二十箇所に登場しますが、この作品における一つのキーワードとなっています。それは、この『世界で一番小さなアーケード』を象徴的に指す場合もあれば、『Rちゃんの重みが窪みになって残っていた』と亡くなったRちゃんの存在を重ね合わせたり、または『窪みを満たしているのはあくまでも静けさだった』というようにノスタルジックに捉えられたりもしますが、共通して言えるのは、『窪み』というものが喪失感の象徴とされていることです。この『アーケード』で売られているものは一見需要が限られ、そんなもの誰が欲しがるんだというものばかりです。しかし、その一つひとつを見ていくとそこにはひとつの共通点があることに気づきます。例えば『義眼』ですが、それを必要とする人は普通には限られるはずです。しかも『兎』の『義眼』となればなおさらです。それを小川さんは『死んだものの声は全部、目に閉じ込められるのかもしれない』。だから『皆、義眼を買いに来る』というように『兎夫人』に語らせます。また、勲章店では『勲章を買い取ることは、そこに潜むさまざまな記憶も一緒に引き受けるということ』と書く小川さん。これらに共通するのは、何かを失った人々が、色々な思いの詰まったそれら品物を入手することで、自身の喪失感を埋めていく、一方でそれら品物からすれば、入手してくれた人の手により『窪みにはまったまま身動きが取れなくな』った状態から解放されることになる。そんな風にそこを訪れる人にも、そこにあることで身動きが取れなくなっている品物にとっても前に進んでいくための一つの場として機能しているのがこの作品の『アーケード』なのかもしれない。そんな風に思いました。

    そして、この作品の主人公であり、最後まで名前が語られない『私』。そんな『私』は、『アーケード』で配達係のアルバイトをしています。『配達する品物が発する小さな音を耳と両手で感じるのが』好きという『私』。これを『生まれて初めての労働で得た、一番の収穫だった』とまで言い切る『私』。十六歳の時に映画館の火事で父親を亡くした『私』は、『アーケード』を離れることなく『アーケード』とともに生きてきました。そんな『アーケード』で売られる品物。上記したとおり、それらは色々な思いの詰まったものの象徴でもあります。そんな品物の側に立ってその気持ちを考えてみる時『自分を必要としてくれる人の元へたどり着けるのが待ち遠しくてならないという、品物たちの喜びの声』を聞く『私』はとても満たされた気持ちになります。『その声が自分の掌の中にあると思うだけで、誇らしい気持ちになれた』という『私』。それは『アーケード』の大家として『アーケード』を守ってきた亡き父の思いにも繋がるものなのだろうとも思います。この世に永遠に存在するものなどありません。それは物であっても命であっても同じことです。それ故に、人はどうしようもないほどの喪失感に苛まれる時があります。そんな時にその『窪み』を埋めたいと願うのは自然な感情の発露だと思います。そして、自らの心の『窪み』を埋めるために『アーケード』という『窪み』を訪れ、そこに嵌まり込んでいるものを拾い上げ、それによって自らの心の『窪み』を埋めていく。そして、そんな『窪み』を埋めるための品物を運ぶ仕事に喜びを見いだす主人公の『私』という図式。乱暴に扱うと壊れてしまいそうな、繊細な感情の世界の物語。『読者の中に物語が入っていった時、言葉の意味を言葉として受け取るのではなく、映像にしていただけると、文字で書かれていないことまで伝えられるのではないかと思います』と語る小川さん。優しく繊細に綴られる品物たちの姿を思い浮かべる時、そこには品物たちに宿る美しい記憶の数々を垣間見ることができたように感じました。

    『「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店ばかりが集まっている』という『アーケード』。そこには『いらっしゃいませ』という一言でお客さんをねぎらう人たちが営むお店がありました。『はるかな道のりの果て、ようやく求めるべき品に巡り合えた彼ら』、そして『窪み』の中で彼らの訪れをじっと待っていた品物たちとの出会いの先に、解放感に満たされた人々の笑顔がありました。

    「最果てのアーケード」という書名から抱く寂しさの極限の感情が先行するこの作品。乱暴に扱うと壊れてしまいそうなその絶品の表現の数々。その中から浮かび上がる静かな死の世界の前に、優しく、柔らかく、そしてほんのりと温かく燃える炎の揺らぎを感じた、そんな小川さんらしさに包まれた作品でした。

  • 昔moonってRPGのゲームがあってそのゲームの街のなかの人たちはそれぞれに役割があって毎日毎日それをこなしながらも実は自分だけの物語を持っているっていうナラティブなRPGだったんだけどそれを思い出した。アーケードという箱庭の中でそれぞれの店主たちの役割とちょっとした物語。それは彼らにとっての日常で読んでいる僕らにとっても他愛のない出来事なのだけどだからこそ語られることのない出来事、それに触れられて生きている実感がした。

  • 悲しみとあたたかさに包まれたお話。
    どんなものも思いを大事にするって素敵。
    世界観はいい、けど、これでは生活できなそうって現実的に思ってしまった。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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