博士の愛した数式 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.89
  • (4196)
  • (4739)
  • (4616)
  • (416)
  • (86)
本棚登録 : 41556
感想 : 3799
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215235

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 家政婦である「私」。
    事故により80分しか記憶が保てない元・数論専門の「博士」。
    その博士が「ルート」と名付けてくれた家政婦さんの「息子」。

    忘れてはいけない事柄を背広のそこかしこにクリップで留め、
    世の中のあらゆるものを美しい数式にあてはめ、
    瞬く星を線で結んで夜空に星座を描くように
    美しい作法で導き出した数字で人と人の間を結んでくれる博士。

    まだ空が明るい雲の切れ間から
    一番星に誰よりも早く気づくことができた博士。

    夜の準備はもう始まっている。
    一番星が出たのだから。

    博士の世界はいつも静かで敏感であったかくて優しい。

    こんなにも数式が、数字の世界が、美しいとは。
    あまりに美しくて、もうそれは下世話な意味ではなく、
    官能の領域にすら感じる。シャラシャラと音を立てて
    数字が薄い氷の上を滑るような透き通るような青く透明な世界。

    "なぜ星が美しいか、誰も証明できないのと同じように、
    数学の美を表現するのも困難だがね"

    確かにカタチがあるようでない"美"という観念を
    言葉で追うことは難しい。でもそれを1冊を通して
    いとも簡単なことであるかのように目の前に数字の美しさを
    取り出して見せてくれた博士たち。

    数字音痴で理数系の才能の欠片もない私が
    そこに広がる数式に、深まりゆく数字に、
    こんなにも静謐で美しい世界を感じられるとは。
    そんな魔法のような感覚を可能にしてくれる小川さんの
    筆力に驚嘆して、読後暫く茫然と呆けてしまった。

    3人で夕方に夕食をとり、ラジオで野球を楽しみ、
    今は見ることのできない江夏の姿に想いを馳せ、
    素数の中でも殊更に美しい素数「11」の誕生日を迎えた
    ルートの誕生日を祝い、ただただ穏やかで静かな時間を
    共有する3人の日々。

    どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる
    寛大な記号「√ルート」。そのルートを広く自由で
    温かい数字の世界とともに育ててくれた庇護者、博士。

    連続した自然数の和で表すことができる完全数。
    数学、江夏、28。
    3人が証明してくれた美しい数式に涙が止まらなかった。

  • 小川さんらしい とても洗練された作品。

  • 博士の
    分からないことは何でも正直に尋ねること
    会話がついて行けない方向へ進んだ時、焦ることなく、再び自分が発言できる状態になるまで待つこと

    親子の
    博士を混乱させることのないよう、どんなに聞き飽きていても耳を傾ける努力をすること

    私の苦手なことばかり。
    できたら素敵だなと思うことばかり。

    一方で、ドリルの問題の音読を一篇の詩のようだと言うのは、とても馴染みのことだった。

    ×枚、×足、×円。×枚、×足、×円……
    リズムがあって、音がある。
    やっぱり音は、ここにある。

  • 数字の記号的なところが好きだった。公式に乗せてしまえば、有無を言わさずに答えに辿り着くのが数字だと思っていた。
    でも、この中に出てくる数字の性質は性格、公式は成長であり容姿であり、隣合う数字どうしは本当のご近所や家族、それぞれが特徴的で愛おしいものだった。全てに意味があって、全てに性格や容姿があって独特に関連しあって。時々、自分の性格を隠すシャイな子もいるし、堂々と先陣をきるような子も、分かりやすい性格の子もいる。この話の中の登場人物たちのようだなと思った。余談だが昔、高校の数学の先生が「この数字とこの数字はお友だちじゃん」って言っていたのを思い出した。その数字は何だったか、覚えてはいないけど。

    数字で話ができる関係が素晴らしいなと思った。たとえ、80分しか記憶が持たないとしても、数字がその時間を埋めてくれるし温めてくれる。今まで無機質で冷たく感じていた数字に温度感を感じられる素敵な作品でした。

  • もう何度も読みましたが、その度に、人に寄り添うとはこういうことなんだと教わります。とても、とても温かい物語です。映画で博士役をなさった寺尾聰さんは、私の学生時代の王子様。そして虎党歴が半世紀を越える私にとって、お守りのような小説です。

  • 人と人との出会いは何事にも代え難く何が起きるか予測不能でありそれは誰かにとってはなんとも素晴らしく今後の人生を全く違うものにしてしまうような力強ささえもっているんだと思わせてくれるような素敵なお話でした。

  • 終始、博士と私とルートの日常が穏やかにえがかれている。
    上手く言葉に表すのが難しいが相手が如何なる状況や人格であれ彼らのような関係を築けていることが堪らなく羨ましい。
    殺伐とした今だからこそ余計に響いてきたのかもしれない。綺麗事をいうようだが心にはいつも少しだけ余裕を持ち、さらにほんのすこし、関係ない人にも向けられる優しさを持っていたいと思う。

  • ◎あらすじ◎
    家政婦紹介所に勤める「私」が新たに派遣された先は、80分しか記憶が持たない数学者のところだった。やがて「私」の10歳の息子も加わり、3人は数学を通じて心を通わせるようになる…。

    ◎感想◎
    読んだ直後、気持ちをどう言葉にしていいかわからない、と思うほどに素敵な物語だった。久々に泣いた…。

    博士は、実際の年齢よりもやつれていてひどい猫背、髪は好き勝手な方向に跳ね、皺の間には垢がたまってしまうような人物。でも読み進めるととても魅力的な人だとわかる。毎朝起きてすぐに自分の記憶が80分しか持たないと知り打ちひしがれながらも、数学と真摯に向き合い、子供は何を差し置いても大切にすべきと考え行動し、時には野球場でビールを買うなら一番かわいい売り子さんからだ、というおちゃめな一面も見せる。段々と博士という人物に愛着がわく。

    そんな博士と、お世話係として訪れる家政婦、その息子であるルート(というあだ名を博士が付けた)の3人のやり取りがとっても微笑ましい。博士はどんな時でもルートと向き合うことを優先し、親子は80分しか記憶が持たない彼を混乱させまいと、「その話はもう聞きました」と言わないように二人で固く約束をする。

    だんだんと博士の記憶を担保できる時間が減っていく最中、それを親子がどのように受け止めたのかを想像するととにかく悲しい気持ちになってしまった。。
    けれど、3人の絆は10歳だったルートが22歳になる物語の最後まで続き、博士の義姉とも打ち解けている様子が見えてよい終わり方だった。

  • 仕事で久しぶりに∇(ナブラ)に苦しめられたのをきっかけに、数学が好きになりたくて手を取りました(笑)。

    事故の後遺症で80分しか記憶が持たない博士と、そこに通う家政婦さんの“私”と、“私”の10歳の息子のルートが、数学と野球を中心にして、心を通わせていくハートフルなストーリー。過去を回想する“私”の語り口に一抹の哀愁漂うところがとても良いです。素数の美しさや、野球場の喧騒、夏の夜の特別な感じが肌で伝わってくる素晴らしい文章!読んで心地よいです。

    読み終わったら数学が少し愛おしくなった気がします( *´艸`)。作中で登場するオイラーの公式も好き!テイラー展開がGIVENであるときの証明もシンプルで面白いと思いました!純粋数学も純文学もいまひとつピンと来なかったけど、どっちの純も、少し好きになれた気がします!

    ※オイラーの公式の証明は、こちらのサイトがわかりやすかったです♪

    ☆オイラーの公式とは何か?オイラーの等式の求め方の流れを紹介【我々の至宝と評された公式】
    https://atarimae.biz/archives/10492


    ちなみに私は博士に「素数でさえ、暗号の基礎となって戦争の片棒を担いでいる。酷いことだ。」(P.178)と言わしめた暗号理論ファンですけど(笑)。

  • 次第に愛らしく思えてくる博士。そして寄り添う家政婦とその息子。この三人が居てこそ成り立つ日常。阪神タイガースと数学好き以外の人にもオススメできる一冊。

全3799件中 31 - 40件を表示

著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
宮部 みゆき
宮部みゆき
あさの あつこ
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×