幽霊たち (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102451014

感想・レビュー・書評

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  • オースターの著作を発見したのは「孤独の発明」だった、それからは底に流れるテーマを読み続けてきたが、著作順でなく、この「幽霊たち」を自分なりに初期作品の区切りとして最後に持ってきたことを、自分で誉めたい気分になった。これはどの作品にも流れている「孤独」というテーマの究極の姿を著したものだと感じたからで。

    解説で伊井直行さんは、

    三部作はそれぞれ単独で読んでもなんら支障のない作品群なのだが、他の二編をあわせて読むと、一作だけ読んだときとは随分印象が違ってくる「幽霊たち」は特にそうだろう。だから却って、真っ先のこれを読んで、奇妙な小説世界を堪能してみる手がある ---といっては強引に過ぎるだろうか。
    全く、私と同じ読後感をもつ人ではないかと、僭越ながらひそかに喜んだ、先に読んで、スタイルのヒントにするのは勿論いい、そして「幽霊たち」を最後に読んで、初期からの作品と三部作はこうしたテーマで繋がっている、と感じることも、オースターの作品を読む楽しみ方のひとつであってもいいのではないだろうか。

    「幽霊たち」は奇妙な話で、世界がごく狭い。色の名前のついた人物たちが登場する。まず探偵のブルー、その師匠のブラウン。仕事として見張るように言われた対象のブラック、最初は謎の人物として現れるホワイト。脇役のレッドとゴールドもちょっとした彩を添えている。

    ブルーはブラックを見張り続けている。定期的に報告書を送ればいい楽な仕事で、真向かいのマンションの部屋から見ていると、ブラックは一日机の前で何か書いている、作家らしい。

    ブラックの生活パターンは見張る必要もない単調なもので、ブルーは変化のない時間に倦んで疲れて、次第に見張っている自分について考えるようになる。そしてついにたまりかねてブラックに接触を試みる。

    彼と四方山話をするが、なかでも彼の作家の緒孤独についての話に心を引かれる。
    会うことが重なってくると、ブルーはブラックの窓越しに感じる孤独が自分のものと同化してくるのを感じる。

    お互いに身分が同化しお互いが裏返しのように分かちがたくなったと感じ始めた朝、彼はブラックの部屋に入っていく。

    長く見張るだけの生活はブルーの精神を現実生活から遠ざけ、存在の曖昧な時間を作り出していた。

    こうして、奇妙な二人の人間が出会って別れる。ブルーはブラックを打ち倒し、現実であって非現実な感じのまま生活の中に戻ったが、いつか彼はブラックの世界に入ってしまっている。



    色の名前のついた人たちは、ある意味人間の最大公約数であって裏返せば最小公倍数でもある。数字というものの意味を生物に置き替えれば、目にする複雑な色は突き詰めれば単純ないくつかの混色であり、違ったように見えても非現実的な世界でそれを見たり感じるとすれば、共通する感情や数字に変換されたものが絡み合っていることに過ぎず、いつか全ての根はゼロが虚数になるかも知れない、などと思いながらこの三部作を締める自分なりの感想にした。

  • お勧めされて手に取った本。
    平易な言葉で綴られるシンプルなお話なのに、ここまで「ひと」の内面に潜っていって「個」から「孤」、そして「誰でもない」状態を描けるものかと驚いた。
    書くこと、書かれること、内外に存在する視点について考えてしまう。

  • 「ニューヨーク三部作」の第2作目にあたる。何かを探し、観察し続けるのが主人公の仕事。その行く先が、やがて自分自身の内面に向かい、しだいに見張られ合い、その境目が融解してゆくような思考に陥たとしても。一方で、すべての登場人物が「色」の名称であることが、ストーリーの進行に従い、小説世界の色彩を失っていくことに。色としての具体イメージがこれほど明瞭なことが、かえって人物を抽象化し、物語から色を奪っていく。これはとても新鮮に感じられた。言葉による世界の幻惑化というような不思議な余韻を残す作品です。

  • 私立探偵のブルーはブラックという男性の調査を頼まれる。ブラックを見張るが毎日何も起こらない。暇と不安を持て余したブルーは自分の内面と対峙し始める。精神のバランスを失ったブルーはブラックと直接対面し、ブラックに暴行を働く。そしてブルーはいずこかへ消える。

    登場人物の名前が色になっているので、真っ白なキャンバスに突然「色」が点として現れ、薄くなったり濃くなったりするような感じ。サスペンスか不条理か、少しだけ星新一の小説を読んでいるような気持になる。

  • (好きなところ抜粋)
    これまでブルーには、何もせずじっとしている機会がほとんどなかった。だからこの手持ち無沙汰の新事態に、いささか戸惑わずにはいられない。生まれてはじめて、彼は自分自身に依って立つことを余儀なくされたのだ。つかまるものもなく、ある瞬間と次の瞬間とを区別する手だてもなく。これまで彼は、自分の内側にある世界のことなど、ろくに考えてみたこともなかった。そこにあることはわかっていても、それはつねに未知の領域として、探索されることもなく、彼自身にとってさえ暗黒の存在でありつづけてきた。/そして彼は、あるがままの世界に、何らかの楽しみをつねに見出してきた。事物がそこにあるということ以上のものを世界に求めたりはしなかった。/人生のスピードが急激に遅くなったせいで、ブルーはいまや、それまで気がつきもしなかったさまざまな事物を見ることができる。たとえば、毎日部屋の中を通過してゆく光の軌跡。ある一定の時間に、太陽が天井の片隅に雪を映し出すさま。心臓の鼓動、呼吸の音、まばたき——ブルーはこれらの小さな現象をはっきり意識するようになる。

    日はもう暮れかけている。まだ夕方とは言えないが、もはや昼間ではない。何もかもがゆっくりと変容してゆく黄昏どき、煉瓦が照り映え影が広がる時間である。

    ある日生きていたかと思うと、次の日には死んでいる。いずれ誰もがそうなるわけですからな。

  • これも映画化して欲しいなぁ

  • 先日読んだ『ガラスの街』に続く「ニューヨーク三部作」の第二弾。
    私立探偵ブルーは、変装した男ホワイトからブラックという男を見張ることを依頼される。しかし、ブラックの周囲では何も起こらず、退屈な時間を過ごすブルーは徐々に妄想を始め、その妄想にしたがって行動を起こす。このプロセスの描写は、徐々に深くなっていく霧の中へ自ら足を踏み入れているかのようだ。そして、あらゆる色が薄くなって登場人物たちは「幽霊たち」と化す。登場人物の名前がすべて色になっている意味は、そう解釈すればいいのか。読む者に想像力を求める秀逸な中編。オースター熱はしばらく続きそうだ。

  • 昔、ゴドーを待ちながらを読んだ時もそうだったけれど、多分相性が悪いのだろう、なかなか進まない。とても薄い本で、恐らく普段なら1時間も掛からず読んでしまいそうなのに、会社の行き帰りで3日も掛かった。
    感情移入が出来ずに右往左往。でも、言葉が紡ぎ出す世界観に惹かれ、時に入り込み、それでも深く潜れない。
    まだ夢や希望があった80年代の少し贅沢な虚無感や喪失感に憧れた世代ではあるけれど、それにのめり込めなかった私の資質が浮き彫りに。
    散りばめられた映画や作家や文化の香りに酔いつつ、大好きだった映画『スモーク』(オースター原作)を懐かしく思い出す。
    ただもしかしたら、この先、ふとした時に、思い出す言葉があるかもしれない。その時にもう一度読んでみたい。そう思わせられた。

  • ニューヨーク三部作の中の一作。ニューヨークに行くからね、ということで機内のお供に買っていった。たしかにニューヨークが舞台であるらしいが、別にニューヨークでなくともという感じ。

    解説で安部公房なんかとの比較を言われているが、それは同感。日常から非日常の世界へ、やばいやばいと思いながらズルズル入り込んでしまって、閉鎖的な舞台で心理劇が展開する。

    窮屈でも緻密な小説がお好みならば楽しめるのだろう。

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