鳥と雲と薬草袋

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 765
感想 : 90
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  • Amazon.co.jp ・本 (137ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104299089

作品紹介・あらすじ

鳥のように、雲のように、その土地を辿る。ゆかしい地名に心惹かれる――作家の胸奥の「ものがたり」がはぐくまれる場所に、滋養を与える旅の記憶。49の土地の来歴を綴り重ねた葉篇随筆。読む者の心も、はるばると時を超える。旅に持ち歩く「薬草袋」のなかの、いい匂いのハーブのブーケや、愛着のある思い出のメモの切れ端のような……日常を生きるときの常備薬ともなり、魂を活性化する、軽やかな愛蔵本。

感想・レビュー・書評

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  • そういえばね、と始まるお話を聞いているみたい。

    例えば隣に座っている人が、
    そういえばね、これから行く鶴見半島の「鶴見」って、「実際に海の向こうへ飛んでいくツルがここで見られたからついたの」かしら?
    なんて話しかけてきたら、
    え?なになに?どういうこと?
    と引き込まれてしまうと思うのだけど、この本のお話もそんな具合なのだ。

    特に「温かな地名」に分類されたお話が好きだった。
    お話自体も温かいように思えたから。

    地名に限らないことだけど、名前って本当に大切。
    その名前になった経緯や、理由、土地の人の想いは、その土地とは切り離せないものなんだと教えてもらった。
    そして、由来を忘れられてしまったり、合併で名前が消えてしまったり、そういったことが無性に寂しく感じられるようになった。

    梨木さんの優しくいまなざしと考察に誘われて、言葉と名前の世界を垣間見た。
    そこはどうやら奥が深くて、豊かな自然に彩られた神秘の世界。
    もっと奥に行きたいかも。

  • タイトルがいい。
    薬草袋とはつながらない話になぜ薬草袋とついたのか、
    その理由がステキだ。

    あちらこちらの土地の話がつまっているのだが
    目次に見慣れた市名を見つけてちょっと驚いた。
    住んでいる県内のその市はおそらく全国区ではなく
    ならばどんな話が語られているのかととても気になった。
    そんな話を友人にすると
    「いや、結構有名だよ」と返ってきた。

    ・・・そうなのか。
    (市民のみなさま、すみません・・・)

    小箱に詰まったチョコレートをひとつずつ選んでいただくような
    そんな感覚で読んだ一冊。

  • 梨木香歩さんが西日本新聞に連載されていたエッセイをまとめた1冊。
    日本の地名にまつわる見開き1ページに収まる短い文章が、全部で49篇収められています。

    梨木さんのその土地に息づくもの・宿るものを大切にしていることが感じられる文章にじんわりと温められました。
    地名には、その土地の上に流れた歴史や厚みが降り積もっているのだということがひしひしと伝わってきます。

    一方、行政的な視点に立つと、地名は単なる記号としか見られなくなってしまうのかもしれません。
    市町村合併にともない新しくつけられた都市名の中には、地元で暮らす人にとって、なかなか馴染みのないものになってしまったものもあるようです。

    1つ1つのエッセイもすてきなのですが、章題がまた美しいのです。
    鶴見や富士見、魚見など、「見」という漢字が入った土地を取り上げた章の名前が「まなざしからついた地名」。
    思わずほぅっとため息がこぼれました。

  • 見開き2ページほどの短いエッセイなのに、まあなんと豊かな世界なんだろう。目新しいことや、インパクトの強いことが書いてあるわけではない。この空気感は著者ならでは。梨木さんの小説を思い浮かべながら、小さな旅を共にしているような気持ちになる。

    主に地名にまつわる記憶や思いが綴られている。あとがきで書かれているように「地名とは単なる記号以上のものを意味している」というのは、至極当たり前で自明のことだと思うのだが、由緒ある地名が消えていき、「四国中央市」とか「南アルプス市」とか、なんじゃそりゃ?という名前に取って代わられたりするのを見ると、ガックリする。

    本書で「武生」という名まで消えていたことを知り、悲しくなった。紫式部ゆかりの地らしく風雅で、しかもきっぱりとした、とてもいい名なのに…。いやもう、このことについては言いたいことがたくさーんあるが、詮ないことなのでやめておく。私たちは土地の記憶を断ち切って生きていけるのだろうか。それは幸福なことなのだろうか。

    「文字に倚りかからない地名」という章立てが面白い。「姶良(あいら)」「田光(たびか)」などの名があげられている。梨木さんの言うとおり、日本も(アメリカ先住民やアボリジニのように)そもそもは文字を持たない民族の国だった。文字が渡ってくる前に作られたと思われる名前には、本当にいかにも言霊が充満していそうだ。「文字抜きでは成り立たない職業を生業としながら(むしろそれだからだろうか)、文字のない世界に憧れる」という一文に、著者独自の世界の源を感じた。

    「崎」と「鼻」、「谷戸」と「迫」と「熊」、「原(バル)」など、地名にしばしば登場する語について、あれこれその成り立ちやイメージを考えていく所も良かった。蘊蓄を傾ける、という風ではなく、実感に基づいているのが梨木さんらしくていい。

    一番心に残ったのは「日向」の一篇。ずいぶん前、旅の途中で連れていた赤ん坊の調子が悪くなったとき、旧盆の最中で休みにもかかわらず、当然のように診てくれた医師のエピソードが語られている。「会計がいないから」と代金も固辞されたというこの先生の姿が、「あそこなら」と連絡を取ってくれた港の人や、病院の車寄せに立つ医師の姿に「ほら、先生、ずっと立って待っててくださったんだ」と誇らしそうなタクシーの運転手さんとともに、「日向」という土地の温かな地名と、分かちがたく結びついているそうだ。ちょっと忘れられない一篇だ。

    それとは別に「赤ん坊?梨木さんって子供さんがいたんだ」と、少し驚いた。著者は露出がきわめて少なくて、プライベートなことを明かされないので、これは初耳だった。今まであまり気にしていなかったのだが、著者略歴を見ると私と同い年だとわかって、これもまた、ちょっと虚を突かれた感じだ。どういうわけか、梨木さんのことはずっと若い女性だとイメージしてきたのだ(「雪と珊瑚と」の表紙絵の女性みたいな雰囲気で)。キャリアから考えてそんなはずはないのに、作品世界の清潔感のなせる技だろうか。

  • 西日本新聞に連載されていた49の地名にまつわる随筆集。
    四季や自然やその土地の姿をストレートに表現していて、日本の地名とはなんて美しいのだろうと改めて思った。大合併などで今はもうなくなってしまっている地名など大変惜しまれる。自分の住んだ事のある町、訪れた事のある町などの名前の由来を調べてみるのも楽しいかもしれない。

  • 読了日 2019/1/21

    あーりんの好きな梨木香歩のエッセイ。
    主に西日本、九州の地名について、

    とてもお散歩にいきたくなる。

    もくじと内容メモ

    タイトルのこと

    まなざしからついた地名
     鶴見(つるみ):大分県鶴見半島
     富士見(ふじみ):大分県別府市富士見町
     魚見(うおみ):鹿児島県指宿市知林ヶ島(魚見岳)

    文字により掛からない地名
     姶良(あいら):鹿児島県姶良郡蒲生町
     諏訪(すわ):諏訪湖
     田光(たびか):三重県田光川
     戸畑(とばた):北九州市戸畑区
     由良(ゆら):各地

    消えた地名
     京北町(けいほくちょう):京都市
     栗野町(くりのちょう):鹿児島県
     稗貫郡(ひえぬきぐん):岩手県稗貫郡花巻町
     武生(たけふ):福井県

    正月らしい地名
     松ノ内、月若(まつのうち、つきわか):兵庫県

    新しく生まれた地名
     四国中央市(しこくちゅうおうし):愛媛県
     南アルプス市(みなみあるぷすし):山梨県
     蒲郡(がまごおり):愛知県
     東近江市(ひがしおうみし):滋賀県
     八峰町(はっぽうちょう):秋田県

    温かな地名
     日向(ひゅうが):宮崎県
     日ノ岡(ひのおか):京都府
     椿泊(つばきどまり):徳島県
     小雀(こすずめ):東京都三鷹市
     生見(ぬくみ):鹿児島県

    峠についた名まえ
     善知鳥峠(うとうとうげ):長野県
     星峠(ほしとうげ):新潟県
     月出峠(つきでとうげ):滋賀県
     冷水峠(ひやみずとうげ):鹿児島県
     杖突峠(つえつきとうげ):長野県

    岬についた名まえ
     宗谷岬(そうやみさき):北海道
     禄剛崎(ろっこうざき):石川県能登半島
     樫野崎(かしのざき):和歌山県
     佐田岬(さだみさき):愛媛県
     長崎鼻(ながさきばな):鹿児島県

    谷戸と迫と熊
     殿ヶ谷戸(とのがやと):東京都国分寺市
     小さな谷戸
     水流迫(つるざこ):宮崎県
     唐船ヶ迫(とうせんがさこ):鹿児島県
     熊(くま):大分県

    晴々とする「バル」
     長者原(ちょうじゃばる):福岡県
     西都原(さいとばる):福岡県
     新田原(にゅうたばる):福岡県
     催馬楽(せばる):鹿児島県

    いくつもの峠を越えて行く
     山越(やまごえ):滋賀県
     三太郎越(さんたろうごえ):熊本県
     二之瀬越(にのせごえ):三重県→岐阜県
     牧ノ戸峠(まきのととうげ):大分県

    島のもつ名まえ
     風早島(かざはやじま):岡山県
     甑島列島(こしきじまれっとう):鹿児島県
     ショルタ島(しょるたとう):クロアチア

    あとがき

  • 筆者が新聞に連載した、地名についてのエッセイ。素敵な地名について、そこにまつわる思い出やその地の歴史などが、筆者独特の感性をまとってひとつひとつ素敵にまとめられています。

    なんとなく好きな地名とか、忘れられない地名って、誰にでもあると思います。自分にとってのそんな地名を一度振り返ってみたくなる一冊。自分の故郷や、住んだことのある土地の名前も、いっそう好きになれそうです。

  • 梨木香歩さんの地名にまつわるエッセイ。この人のエッセイはほんとうに温かくて、優しくて、好き。平成大合併で無くなってしまった地名や新しくできた味気ない地名を憂う気持ちにはすごく共感します。地名にはその土地のいろんなものが込められているんだなーとあらためて感じました。

  • 梨木さんの西の魔女が好きだったので気になって手に取ったのですが、とりとめもなくとりとめのないことが書き連ねてあって、心に残らない。今はこの本を読むときではなかったのだと思った。

  • 日本の地名にまつわる思いをまとめたエッセイ。西日本の地名が多いが、西日本新聞に連載していたのと、著者が鹿児島出身、関西に住んでいたことによる。
    地名の由来なら、しかるべき文献をあたれば出てくるが、これは梨木香歩の地名やその土地についての思いに読む価値がある。
    さすが、言葉を大切にするひとだなあ、ということを何度も感じた。
    しかし、一番偉いなと思ったのは平成の大合併で、由緒ある味わい深い地名を消して、お役所がつけた「四国中央市」や「南アルプス市」といったろくでもない地名に対し、あからさまな批判をしたり、怒りを表現したりはせず、でも読めば確実に、不快に思っていることが伝わってくること。
    この、抑え方が絶妙。梨木香歩って愛情でも喜びでもでも悲しみでも、このように表現する人だな、よく考えてみると。
    今までのエッセイを読んで、なんとなく独身(犬はいても一人暮らし)かなと思っていたけど、今回赤ん坊の話が出てきて(自分の子どもだとははっきり書いてないが)、もしかして、子どもがいるのかも、パートナーはいなくても、と思ったが、それにしては『雪と珊瑚と』の子どもの表現は他人事みたいだったし、カヤックに幼児を乗せられないよな・・・など、著者本人に関する謎は深まった。まあ、そういうのを事細かに語らないところがいいんだけど。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「この、抑え方が絶妙。」
      最近やっと、梨木香歩を読んで生真面目さに感動している。ゆっくり味わいながら読みたい書き手です。。。
      「この、抑え方が絶妙。」
      最近やっと、梨木香歩を読んで生真面目さに感動している。ゆっくり味わいながら読みたい書き手です。。。
      2014/04/03
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著者プロフィール

1959年生まれ。小説作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『家守綺譚』『冬虫夏草』『ピスタチオ』『海うそ』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』など。エッセイに『春になったら莓を摘みに』『水辺にて』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』『やがて満ちてくる光の』など。他に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』がある。

「2020年 『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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