梅棹忠夫―「知の探検家」の思想と生涯 (中公新書 2194)

著者 :
  • 中央公論新社
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感想 : 21
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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121021946

作品紹介・あらすじ

中学時代から山や森林に分け入り、白頭山や大興安嶺を踏査した探検家、モンゴル、ヒマラヤ、アフリカにフィールドを求め、「文明の生態史観」を提唱した民族学者、厖大な情報の活用を説き「知的生産の技術」を広めた「知のアジテーター」、そして国立民族学博物館を生んだ教育者・経営者-梅棹忠夫は、どの分野においても目的に向けて周到に準備し、全力で未知の問題を追求した。開拓者として生きたその思想と生涯。

感想・レビュー・書評

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  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    梅棹忠夫氏というと「文明の生態史観」で有名だと思っていたが、様々な形で研究・発表していたことには驚いた。
    特に初期の探検家としての活動と末期の国立民族学博物館での活動には非常に驚いた。論文・出版という方法以外で研究成果を多くの人に公開していたということは素晴らしいことだと思ったよ。

  • 購入日20130413

  • R-style

  • こういうのを饅頭本というのだろうか。全篇にわたって褒めるだけなので伝記としての面白さがゼロ。中公新書で出すような本なのだろうか。梅棹先生のことをぱっと知るにはいいかもしれないが、まあ自伝などを直接読んだ方がよほどいいだろう。二番煎じはダメ、という梅棹先生の話が出てくるが、この本は二番煎じ以外の何ものでもない。

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  • 今日の読書人にとって、梅棹忠夫という人物のスケールを正確に知ることは難しいのではないかという気がします。

    私が初めて梅棹の名前を知ったのは、『知的生産の技術』(岩波新書)でした。パソコンが当たり前になり、さまざまなライフ・ハック本が溢れている現代では仕方がないと思うのですが、そのときには半世紀も前にこういう人がいたのか、という程度の感想しか沸いてきませんでした。次に『文明の生態史観』(中公文庫)を読んだときは、そのスケールの大きな議論が大風呂敷としか思われず、戦後日本が復興を果たしていく中でこういう本が受けたのだろう、と納得していました。いわゆる新京都学派や国際日本文化研究センターを中心とする文明論的ナショナリズムの流れの中に梅棹を位置づけるならば、こうした見方もけっして的外れではないと思うのですが、その後廣松渉の『生態史観と唯物史観』を読んで、ようやく梅棹の仕事がどれほど大きなインパクトを持っていたのかが見えてきました。そして、『情報の文明学』や『情報の家政学』(ともに中公文庫)を読んで、梅棹がさまざまな分野で時代に先駆けるような鋭い視点を示していたことが徐々に理解できるようになり、その仕事の全体像を知りたいと思って本書を手に取りました。

    ただ、本書を読み終えての感想は、やはり梅棹ほどスケールの大きな人物を扱うには、新書サイズでは難しいのだろうか、というものでした。何よりもその業績が広範な範囲に渡っており、その意義を同時代の学問水準や時代状況の中で位置づけなければなりません。さらに、それらの研究が梅棹という人物の一貫した関心のもとで捉えなおされる必要があります。

    梅棹と同様に領域横断的な思想家でも、たとえば梅原猛であれば、その強烈な実存を中心に据えることで全体像を把握することも可能だと思われますが、梅棹の場合にはそうした実存的条件が彼の仕事の中に明瞭に認められるわけでもなく、やはりそれぞれの分野の中で彼の仕事の意義をはっきりさせなければなりません。こうした意味で、梅棹ほどその全体像を把握することの難しい思想家は珍しいように思います。近代以降では、梅棹の師である今西錦司や、南方熊楠くらいではないでしょうか。

  • 文明の生態史観はもとより、その思想の変遷を辿ろうとするには物足りない。

  • このタイトルを見て買わないわけにはいかない。梅棹先生の自伝的な読み物は何冊か読んでいるので、知った話が多いけれど、いわゆるお弟子さんから見た師匠の生涯ということで興味深く読ませてもらった。梅棹先生の本を読み始めて10年くらいになるだろうか。古本屋で見つけては買って読むようにしているのだけれど、やはり著作集にはかなわない。読んでいないものが多すぎる。特に読みたいのは、「狩猟と遊牧の世界」「女と文明」(妻無用論を最初から最後までちゃんと読みたい。上野さんの本はまだ出ているのだろうか。)「情報の家政学」「日本とは何か」それから岩波の写真文庫も。私の自慢は、「行為と妄想」のサイン本。たまたま古本屋で見つけました。ラッキー。偽物サインということはないですよね。きっと、どこかの読書家が亡くなられて、遺族が値打ちも分からずに全部売りはらったとかでしょうね。とにかく絶版になっている本が多すぎる。いまさら著作集は買えないし。これからも、古本屋で梅原、梅田、・・・梅棹と探していこう。見つかったときの感動は大きいのだ。先日も奈良で、「二十一世紀の人類像をさぐる」を見つけたところです。

  • 外国へでてみて、日本のことがはじめてわかった。これが、旅行というもののもつたいせつな効果のひとつである。旅行は、訪問さきの国ぐにについて、ゆたかな知識をあたえてくれるとともに、自分の国についての、あたらしい認識をもあたえてくれるものなのだ。(p.74)

    ヨーロッパの人たちは、自分たちはつねに調査研究の主体であって、客体はつねにヨーロッパ以外の地域にすむ人たちであるとかんがえてきたのである。自分たち自身が調査研究の対象になるとは、夢にもおもっていなかったのだ。(中略)そのような、ヨーロッパに対するヨーロッパ人自身の態度が日本の学会にそのまま移植されて、今日にいたるまで、ヨーロッパ調査研究の対象になるという発想は、ついにうまれでることがなかったのであろう。(p,143)

  • 結論から言うと自著「行為と妄想」には全く及ばなかった。他人の視点で描いたものには新しい発見があるのではないかと思ったが、著書の引用が多く、生涯の業績を追っていっただけという印象だった。

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著者プロフィール

1943年生まれ。京都大学大学院博士課程修了、農学博士。現在、国立民族学博物館教授、総合研究大学院大学併任教授。専門は民族学、民族植物学、山岳人類学。1968年よりアンデス、アマゾン、ヒマラヤ、チベット、アフリカ高地などで主として先住民による環境利用の調査研究に従事。1984〜87年にはペルー、リマ市に本部をもつ国際ポテトセンター社会科学部門客員研究員。主な著書に『インカの末裔たち』(日本放送出版協会、1992年)、『ジャガイモとインカ帝国』(東京大学出版会、2004年)、『ラテンアメリカ楽器紀行』(山川出版社、2005年)、『雲の上で暮らす——アンデス・ヒマラヤ高地民族の世界』(ナカニシヤ出版、2006年)、編著に『世界の食文化——中南米』(農産漁村文化協会、2007年)。アンデス・ヒマラヤにおける高地民族の山岳人類学的研究により今年(平成18年)度の秩父宮記念山岳賞などを受賞。

「2007年 『アンデス高地』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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