アメリカ黒人の歴史 - 奴隷貿易からオバマ大統領まで (中公新書 2209)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121022097

作品紹介・あらすじ

黒人たちはアメリカ社会の底辺にいるとされてきた。だが、二〇世紀の後半、徐々に社会的上昇をとげ、中産階級の仲間入りをする者も現れた。政財界に進出した例も多く、文化や芸能、スポーツなどの分野でも活躍は目覚ましい。本書は、アメリカ独立以前から南北戦争、公民権運動を経て現代まで、差別にさらされながらも、境遇改善への努力を積み重ねてきた彼らの歩みを辿るものである。また、今なお残された諸問題も指摘する。

感想・レビュー・書評

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  • 大航海時代。アフリカから奴隷として連れてこられ、プランテーションなどで働かされるようになった黒人たち。本書はそのなかでも、もっとも注目されるべき存在とも言えるアメリカ黒人のその歴史を見ていくものです。

    アメリカ黒人は、その酷薄な差別と厳しい苦難の道を歩んできたがゆえに、アメリカ社会の危機をもっとも敏感に感じとった存在であり、同時にアメリカ社会の変革の最前線に常に立ってきた集団である。

    奴隷制という非人道的な仕組みは、支配する側の白人にも支配される側の黒人にもその精神面に深い影響を与えることは避けられないと思います。権利も時間もなにもかもを収奪するのが奴隷制ですから、それが常態化すると(奴隷制は黒人を対象にするものに限らず古代からある悪習ではありますが)歪んだ精神性が支配者のほうにも被支配者のほうにもあらわれてくるものではないでしょうか。そして、そんな歪んだ精神性で作られていく社会は人々の歪んだ精神性を反映したものであり、その歪んだ精神性で形作られた社会がさらに歪んだ精神性を再生産したり助長したりしていくものになってしまう。

    たとえば女性の地位の問題だってそうなのでしょうが、この本のテーマである人種差別のような根深い社会問題というのは、公正ではないのにまるで空気のようにありふれてしまって意識もされにくくなる「盲点化」とでも表現したくなる状態に陥ることに待ったをかけることで問題として表出するのだと思います。「本来、我慢しきれるものではないし、我慢するものでもないのだ」と気付いたりわかったりし、つよく意識していくことは真っ当です。ですが、「盲点化」(「盲点化」は「固定化」とも言えます)を望む者はたくさんいて、そこで戦いがおこる。終わらない人種差別の戦いには、収奪する側の深い欲望(利権)によるもののみならず、差別する側にとっても彼らより優位に立っていなければならないという、生存競争においての強い不安感による強迫観念がからみついているところも見えてきます。

    アメリカ黒人たちは、奴隷解放や地位向上などの分節点の多くを、南北戦争や世界大戦などの戦争時下社会状況がポジティブに作用することによって迎えていました。たとえば第二次世界大戦中、敵対するナチスドイツが行っているユダヤ人排斥をアメリカが非難しても、リンチ殺人すら暗黙のうちに処理してしまうほどのアメリカ国内でのむきだしの黒人抑圧があり、それをもしもナチスドイツから指摘されて「アメリカ民主主義の欺瞞」を証明するものとして宣伝されたならば、アメリカの正義が大きく揺らいでしまう。そのために、政府が黒人に譲歩していくのです。さらに黒人側もしたたかに駆け引きをして自分たちの境遇を改善していきます。しかし、これらの前進にはかならず揺り戻しがある。南部の保守的な白人に代表される人たちの力も根強いのです。

    少しずつよくなっていく様子から、状況をよくするために戦ってきたアメリカ黒人たちの一歩一歩が本書から読みとれるのですが、公民権運動の頃のキング牧師の登場にはやはりこれまでの黒人指導者を越えている感じがつよくしました。スケールといい、カリスマ性といい、能力といい、とても大きく感じられるし、実際そうだったのでしょう。彼による非暴力での活動が広まっていき、ほんとうに大きなうねりになっていく。しかし、偉大な人物ではあっても苦悩はつきなかったであろう様子がその行動の記述から読みとれます。それだけ複雑でままならない問題であり、政治的な駆け引きもあるし、その深い部分が彼にはよく見えていたのだと思います。

    現代は、当時とはまた内容に大きな変化が生じている黒人差別問題と反対運動や暴動の状況があるようですが、キング牧師のような人物がでてくるときっと何かまとまるものがあるのではないかと想像してしまいました。最近の人たちにありがちな、小手先の知識でどうにか状況を打開しようというのではなくて、知識や教養を支えながら周囲にもその存在をじゅうぶんに感じさせる熱い心意気が、それがいくぶん古くさいものだったとしても有効なんじゃないか。細かい部分すべてを知っていなくても、根っこのところのベクトルがちゃんとしていて、それがちゃんと伝われば、人は動き、まとまっていくような気がするのですが、どんなものでしょうか。

    本書は、公民権運動からの歴史に大きく紙幅を割き、現代の黒人差別の事情を新書という形式内でできるだけくわしく知ることができるよう、役立つ構造になっています。レーガン大統領からはじまった新自由主義とそれによる大企業優遇や福祉の縮小などの記述もありますし、そういった流れで骨抜きにされ形骸化されていく法律があることも教えてくれます。これらは今の日本に置き換えてみて気付けるところもあるでしょう。また、会議をしてそれから放置する、という行政にありがちな体質が書いてありましたが、これだって日本の行政にもぴったりあてはあまる部分があります。手に負えないケースは体よく放置しますよ、日本の行政も。

    といったところで書き尽くせない、ページ数のわりにボリューム感のある濃密な中身でした。怒りと憤りを感じながら学ぶ読書です。と同時に、あまりのひどさにメンタルを削られながらにもなりました。人類学者・レヴィ=ストロースが、「この世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」みたいなことを言っていますが、本書にある数々のクソッタレな行いの記述から知るにつけ、そういうクソッタレなためだからなのかなぁ、と「はあぁ……」と息が漏れ出もしました。でも、知ってよかった、読んでよかった、と思えます。世界について、また少し、わかるためのとっかかりが増えたような気がしています。

  • 始まりから現代にいたるまでの歴史の概要が分かりやすく書いてあります。肌の色が違うだけでこうも世界が違うのかと驚愕しました。こう言ったことをしっかり知って、アップデートしていって過ごさないとなと思いました。また本書は歴史の流れの勉強にもなります。歴史は繰り返す、ということがよく分かります。

  • 虐待と妥協の繰り返し。黒人差別とは政治的思惑に翻弄され続けて来た歴史なのだととても良く分かった。
    国と法を後ろ盾に数百年かけて築かれて来た人種差別の根深さには途方のなさを感じてしまう。

    本書を読み始める際には現代ではほとんど安定した状況を得られているものと考えていたが、終盤に書かれた現在の黒人が直面している様々な問題を見て大きな喪失感を覚えた。
    特に産獄複合体なんかは奴隷制そのもので、自分の生きている同じ時代、アメリカと言う大国でこのような仕組みが稼働していることに驚きを禁じ得なかったし、とても恐ろしい。

    長い歴史をとても簡潔にまとめており、非常に勉強になった。
    この問題について初めに手に取る本としては最良の選択だったように思う。

  • なんとなくしか知らなかった白人と黒人の関係を歴史を追って見ることで、やっと今の状況を理解することができた。偏見は深く深く根付いてしまってるし対立は今でも続いているが、黄色人種だからこそできることはないかしっかり熟考したい問題。

  • 「地域研究論(アメリカ)」伊達雅彦先生 参考図書
    https://library.shobi-u.ac.jp/mylimedio/search/search.do?target=local&mode=comp&materialid=01062726

  • 本書は、アメリカの歴史のなかでも黒人にスポットライトをあてた書物である。岩波新書から出ている本田創造先生の著作と同じ主題である。それもそのはず、著者は本田先生の門下生だったようだ。1990年以降の社会状況の変化と研究の進展が盛り込まれており、アメリカ黒人の歴史研究の集大成ともいえるだろう。

    ラップやレイシャルプロファリングなどが取り上げられているのが印象的だった。政治家は、多くの黒人をとりまく貧困と黒人囚人の増加、薬物中毒に対処するどころか、白人有権者の票を意識して、黒人の貧困層にとってさらに過酷な政策を実施している。

    昔とは違って、黒人のなかにも中間層があらわれ始めたが、彼らは貧困層とは決別しており、郊外に居住している。

    本書内では、例として黒人の境遇を改善するための施策が紹介されている。ただそれだけでは、真に平等な社会が実現するとは思えない。やはり、アメリカ社会の根底にはびこっている、黒人、とりわけ貧困層の黒人への差別的偏見が拭えないと変革はもたらされないのだろう。

  • BLMが起こる背景の様なものがなんとなく見えてくる一冊でした。
    改めて「差別」と言う人間が持つ「癖」の厄介さ、根っこで絡まり合った複雑さ、そしてそれがもたらす恐ろしさの様なものを改めて思いしらされたとも思います。

  • 開発目標8:働きがいも経済成長も
    摂南大学図書館OPACへ⇒
    https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB99506337

  • アメリカ黒人の歴史

  • なぜ今でもアメリカでは黒人が差別的な扱いを受けているのか、大変よく理解できた。差別の根深さを理解しておかないとアメリカを理解できないのではと強く感じた

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著者プロフィール

横浜市立大学名誉教授

「2019年 『ハリエット・タブマン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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