グロテスク 下 (文春文庫 き 19-10)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • / ISBN・EAN: 9784167602109

感想・レビュー・書評

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  • この作者の桐野夏生さんのことは、名前は聞いたことあるけど全然知らなくて、「なつお」というから男性だと思っていたら女性作家だった。
    で、この小説、いかにも女性同士の世界の暗部という、泥沼ぐちゃぐちゃな話なのかと予想していたが、実際そういう面もあるものの、意外なまでに読んだ感触は爽やかなのである。これは湊かなえさんの描く世界とは全然違う。何だろう?
    主人公の「異常なまでに美しすぎる妹(ユリコ)」を巡る物語が第一の骨子としてあり、次いで、一流名門の小中高大一貫校という「階級社会」の奇妙さを描きつつ、佐藤和恵やミツルという2人の個性を確立する。
    話し手である「ユリコの姉」を含めた4人の女性のそれぞれの人生、というか、破局の物語である。
    優等生ミツルはオウム真理教を思わせるカルト宗教にはまり殺人に加担したカドで刑務所入りし、他の3人はみんな娼婦になる。
    救いがないような話なのだが、あくまでも爽やかな、むしろユーモアを漂わせつつ、楽しく一気に読ませるのは語りの魔力だろう。
    「ユリコの姉」の語りは結構奔放で、1章の長短もまちまちであり、読書人としては「あれ? この章長いぞ・・・、どこで休んだらいいの?」となってしまうのだが、このような形式上の「破れ」がむしろ、「噴出する物語の奔流」の力強い「手に負えなさ」を証しており、これが非常に魅力的なのだ。
    プイグのように手紙だの日記だの、「ユリコの姉」以外のテクストも自在に織り込まれているのだが、真ん中へんにある殺人者「チャン」の供述書は、本編とは直接関係のなさそうな波乱に富んだ冒険物語のようで、ここでも自己生成的に勝手に細胞増殖してゆく「物語」の自律性が露骨に表れていて楽しい。(実はこの供述内容はどうも大嘘だったらしいと後で分かる)
    こうした「身勝手に動き回る物語」の凄まじさは、私の知るところでは武田泰淳が強烈に具現しているが、それはほとんど作者のコントロールさえ及ばないような「生き物」として深部から浮かび上がって、形式を打ち破ってぬめぬめと動くのである。久野夢作の『ドグラ・マグラ』もそうだと思うし、谷崎潤一郎にもちょっとその気があるかもしれない。深沢七郎もこの系統だろう。海外の古典で言うと、ラブレーだ。
    立ち止まって「この状態を(哲学的に)どう捉えるべきか」なんて考えるヒマもないほど、面白く物語は突き進む。しかも味わいは奇妙にも爽やかで、深刻なのにユーモラス。
    テクニックでは宮部みゆきさんの方がずっと上かもしれないが、破綻するほどに「狂気じみた」芸術を愛好する私としては、桐野夏生さんの本書『グロテスク』の方がずっと素晴らしい「文学作品」だと断言したい。
    もっとも、この作家については本当に何も知らないので、他にも幾つか読んでみたいと思っている。
    ちなみに、一気に読み通してしまったのは、自分が一週間ほど病床に伏していて睡眠の合間にベッドで読み続けたからだ。

  • 誰かに必要とされている実感や、誰かが自分を愛してくれていることを感じられていることがどれ程人の心を救うのか…
    三人の女性たち…
    それぞれにグロテスクなまでにイビツに歪んだ内面に支配され続けて苦しみ抜いてきた。けれど、一番幸せだったのは妹ではなかろうかと感じた。同級生は他者との共生に苦しみ続け最後に小さな希望を見出して死んだ。姉は否定し続けてきた妹と同じ道を辿ることで光を得た。
    読んでいて、とても苦しい人生だったけれど、なんだか読後感は軽かった気がする。悪いモノを見続けたことで、小さな小さな光にも大きな希望を見たのかもしれない。
    面白い作品でしたが、かなり重いし、長いので読む前に覚悟がいるような物語でした。

  • 名門女子高に渦巻く女子高生たちの悪意と欺瞞。「ここは嫌らしいほどの階級社会なのよ」。
    「わたし」とユリコは日本人の母とスイス人の父の間に生まれた。母に似た凡庸な容姿の「わたし」に比べ、完璧な美少女の妹のユリコ。家族を嫌う「わたし」は受験しQ女子高に入り、そこで佐藤和恵たち級友と、一見平穏な日々を送っていた。ところが両親と共にスイスに行ったユリコが、母の自殺により「帰国子女」として学園に転校してくる。悪魔的な美貌を持つニンフォマニアのユリコ、競争心をむき出しにし、孤立する途中入学組の和恵。「わたし」は二人を激しく憎み、陥れようとする。

  • ありとあらゆるコンプレックスが濃縮されていた
    劣等感って社会のシステムに組み込まれた刷り込みでしかないのだけれど、無視しては生きていけない。そんなシステムなんて意に介さず自由に生きていける人達を羨ましく思う
    桐野夏生さんの作品は濃厚過ぎて目を背けたくなる部分もあるけれどもその分深く味わうことができる
    現実の事件が未だ解決していないことは残念です

  • グロテスクの下巻は、ユリコを殺害したチャンという中国人の回想から始まる。
    農村で生まれて都市部に出稼ぎに来たチャンの壮絶な半生が語られるのだけど、これが驚くほど引き込まれた。

    この小説は、東電OL殺害事件をモチーフにしているようだけど、チャンの話を差し込むことによって、中国の貧困問題や移民問題までも扱っているようで、社会派小説としての重みが増していた。


    そして、物語の主観はチャンから再び主人公へ。
    チャンの裁判の後、同窓会のごとく再会した主人公とミツルと木島。

    変わり果てたミツルは以前のように言い淀む癖を捨てて、主人公の弱さと惨めさを面と向かって指摘する。

    一周回ったミツルは達観しており、この物語の中では比較的穏当な妥結点を見出だせているかもしれない。
    ミツル自身が語った「自分と向き合うこと」は、主人公と和恵には圧倒的に足りていない部分だった。

    そんなミツルから渡された晩年の和恵の日記を主人公は読むことになる。
    この和恵の日記がまた濃すぎて…。終盤にこんな盛り上がりを見せるのかと、とにかく最後まで惹きつけられた。

    学生時代の和恵と言えば空回りして完全に浮いていたのだけど、日記の中で明かされる大人になってからの和恵がとにかく痛々しい。
    その痛々しさは言動や振る舞いだけでなく、存在自体が社会から撥ね付けられているような、どうしようもないレベルに達している。

    異常な父の元で育てられ、承認欲求が満たされることがないまま大人になってしまった人間の終局を見ているようで、あまりにも辛かった。
    とにかく、グロテスクの下巻は、全編を通して悲しい気持ちにさせられた。社会通念や超えがたい階級のもとで、人間が傷つきボロボロになりながら孤独になっていく様がありありと描かれる。

    だけど、老いたユリコの本音を聴いたのは和恵だった。
    チャンたちとの性行為の中で、初めて絶対的な手応えを感じたのも和恵だった。

    社会的に見れば孤独で下層にいるような和恵だけど、そんな中でも救いに出会えたかのようで、胸が熱くなった。

    そして最終章にて、ミツルの言葉と和恵の日記を通じて、ようやく主人公は変わり始める。ユリコが聡明で恐ろしく達観していたことを認め、新しい扉を開く。
    それは少しポジティブだけど、あの終わり方はホラーってことでいいのかな?


    とにかく最後まで内容が濃くてアップダウンが激しい、紛れもない傑作だった。

  • 去年のアメトーークの読書芸人の回で光浦靖子が推薦していたのが印象に残っていて、それからずっと頭の隅にありつつ、内容が大変そうだからちょっぴり避けていたところもありつつ。
    を、ついに読んでしまった。
    結果、とても疲れた。笑

    主人公の“私”(最後まで名前は出てこない)には、怪物のように美しい妹のユリコがいた。
    妹と似ても似つかぬ容姿の“私”は、常にユリコと比較される人生に幼少期から嫌気が差し、ずっとユリコを妬み憎みそれなのに囚われるという人生を歩んでいた。
    元来男好きだったユリコは、モデルを経て娼婦として生きたが、40歳を目前に殺害される。同じ頃殺害された同じく娼婦の和恵は“私”の高校時代の同級生で、大手の建設会社に勤めながら夜は娼婦をしているという謎の経歴が世間の興味を引いた。
    階級社会、女同士の嫉妬と足の引っ張り合い、男の中での女の価値、殺人事件…様々な要素が絡み合う「グロテスク」な世界。

    1997年に実際起きた、東電OL殺人事件がモチーフとして使われている。
    読んだあと検索してみたら、かなり細部まで似せて書かれているみたいで、エリート会社員なのになぜ?という普通の人間であれば持つであろう疑問を、最初は感じずにいられない。
    あくまで物語の登場人物である和恵は、真面目で努力家であるものの容姿や社会の中での自分の立ち位置にコンプレックスがあり、エリート会社員でありつつ娼婦として身体を売ることは社会への復讐だったのだと思う。堕ちたのではなく、むしろ上り詰めたのだと。

    美しき怪物・ユリコはその容姿だけで男たちを手なずけすいすいと人生を歩んでいくが、心は常に渇いていて、自分の容姿にも人生にも強い執着を持たない。
    ある意味で天賦の才を持つユリコは根っからの娼婦で、そんな彼女を“私”は羨み、妬み、それを全く意に介さないユリコをさらに憎むようになる。

    そして事件。ユリコ殺しの容疑者として捕まった男は、和恵殺しの疑いもかけられるが…
    (下巻冒頭に男の手記がある。事実との違いは?というのも見物)
    (ちなみに実際の東電OL~は未解決のままの事件)

    コンプレックスは自分を高める要素に繋がることもあるけれど、単純に人や社会を憎む要素になることもある。
    幸福の基準が自分のなかに見出だせないままだと、結果的に自分を傷つけることにもなりかねない。

    エリート高校(Q学園)を出た三人と、もう一人ミツルという重要人物がいるのだけど、皆違うかたちでエリートコースから逸脱し、世間から見れば幸福とは言いがたい人生を歩んでいる。
    でももしかしたら四人とも幸福なのかも知れない。少なくとも“私”以外は。
    (Q学園にもモデルがあるらしいけど、本当にこんな学校があるのだとしたら恐ろしい。私なら三日で退学しちゃうレベル)

    “私”の感情は共感はできないけど解る気はする。美しすぎる妹を持ってしまった悲劇。
    殺されても尚影響を与え続けるのだから、ユリコという女はまさに怪物。

    濃いし長いし、読んでて疲れた。笑
    でも面白かったのも否めない事実…
    ちなみに一番グロテスク度が高いと感じたのは、和恵の日記の章だった。

  • 読む時間なくて流し読みしてたけど内容入ってこないので一旦やめる。

  • 上下巻の感想をあわせて。

    柚木麻子先生の『BUTTER』のような、女性の強烈な内面を描いた作品が読みたくて手に取った作品です。
    奇しくも『BUTTER』同様、実際に起きた事件(東電OL殺人事件)をモデルにした小説とのことで、事件の概要を調べながら読み進めました。

    それぞれの登場人物の口から語られる自分自身の姿と他人から見た姿のギャップ、美醜と階級に囚われながらも自分だけは美しく立派であると主張する様はまさに″グロテスク″で痛々しさも感じられましたが、怖いものみたさのようなパワーでストーリーに惹き込まれてしまいました。

    この本を読んで桐野夏生先生にハマりました。
    他の作品も色々読んでみたいです。

  • しんどいな( ᐪ ᐪ )
    登場人物に共感できなさすぎるが、、、唯一和恵の同僚の山本さんには相容れるものがあったww
    山本さんが言っていた、"女性がバリバリ働くのは、担わされているものが大きすぎる。男以上に働いて、女の仕事もして、両方に気を使ってくたびれて。だけど男にはなれないのよ、一生。"というセリフに、女性の名誉や権利に関心のない私はわかるうううとなりました。笑
    ユリコは特殊として、他のQ女から拗らせてしまった登場人物を見てると、優秀=幸せでないことは明確。。。
    彼女達の考え方や生き方を反面教師にしたいと思います٩( ´ω` )و
    1.弄れずに素直な心で居る!
    2.余計なプライドは持たず他者に頼る!
    3.孤独を感じても身は削らない。笑
    以上の3つがガチで大事だなと思いました(>Д<)
    せっかく、こんなに恵まれた日本で生まれたのだから、思う存分人生楽しみたいよ。。
    下巻のチャンの手記を読んで余計にそう思いました。。
    そして、和恵=実際に起こった事件の被害者と仮定すれば、作者さんはどれほど下調べをして和恵を書いたのでしょうか、、、?
    いくらフィクションと言えども名誉毀損に当たるような内容が多いなぁ、、と。。
    でもあまりにもリアルで、どうしても和恵に被害者の彼女の顔を当てはめて読み進めてしまいました。。

  • 殺人犯のチャンの生い立ち、和恵と百合子の日記、百合子と和恵がいなくなった後のわたしとゆりおの話

    解せない気持ちになるのは絶世の美女だったユリコがたったの35歳?とかで太ったにしてもそこまで醜くなることってないよな〜というのと、和恵が165センチで45キロってかなり細いけど、そんないろんな人に痩せすぎとかガリガリで魅力がないって言われるようなやばい数字じゃないということ

    あとこの本が東電OL事件という実際にあった事件をもとにしてると知ってびっくりした。
    被害者の本当に気持ちとかなんて何もわからないのに想像で和恵という可哀想なキャラでリアルに書き上げられててこれを読んだ遺族とかもう亡くなってしまって入るけど被害者本人がどんな気持ちになるのかと想像するだけでも吐き気がした

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著者プロフィール

1951年金沢市生まれ。1993年『顔に降りかかる雨』で「江戸川乱歩賞」、98年『OUT』で「日本推理作家協会賞」、99年『柔らかな頬』で「直木賞」、03年『グロテスク』で「泉鏡花文学賞」、04年『残虐記』で「柴田錬三郎賞」、05年『魂萌え!』で「婦人公論文芸賞」、08年『東京島』で「谷崎潤一郎賞」、09年『女神記』で「紫式部文学賞」、10年・11年『ナニカアル』で、「島清恋愛文学賞」「読売文学賞」をW受賞する。15年「紫綬褒章」を受章、21年「早稲田大学坪内逍遥大賞」を受賞。23年『燕は戻ってこない』で、「毎日芸術賞」「吉川英治文学賞」の2賞を受賞する。日本ペンクラブ会長を務める。

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