たった、それだけ

著者 :
  • 双葉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575238808

作品紹介・あらすじ

海外営業部長、望月正幸は、贈賄行為に携わっていた。
それに気づいた浮気相手の夏目は、告発するとともに「逃げて」と正幸に懇願する。
結果、行方をくらました正幸の妻、娘、姉……残された者たちのその後は。
正幸とはどんな人間だったのか、なぜ逃げなければならなかったのか。
『誰かが足りない』の著者が、人間の弱さと強さに迫る連作短編集。

感想・レビュー・書評

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  • 望月正幸が会社で贈賄の容疑を受け失踪します。
    望月正幸に関わる人間を巡る連作短編集です。
    失踪は十数年に渡り、家族である妻の可南子と娘の涙(ルイ)は母ひとり子ひとりでルイの父親である正幸を探して転々としています。
    妻の可南子は言います。
    「神様は耐えられない試練は与えないらしいよ」。

    第六話に登場する介護士の仕事をしている人物が言った言葉が心に残りました。
    「でも好きな人と好きな映画を観た。短い間だったけど、一緒に暮らした。たったそれだけです。その記憶だけで、生きていけるんです。もう決して触れてはいけない幸福な記憶です」

    ラストシーンには希望がみえます。
    贈賄事件の時効は何年くらいなのかと思いました。

  • 会社の上司が贈賄に関わっていると知り、明るみに出る前に逃がす浮気相手の女性から物語は始まる。

    失踪を知った妻と弟を心配している姉。
    帰らない人を待ち続ける妻。
    弟のことがわからない、わからなかったということがわかっただけで何もできない姉。
    それでも時だけは流れて1人娘も父のことは、わからないまま成長する。

    転校を繰り返しながら気づいているのは、母はしあわせにならずに父の帰りを待っている。そうやって無意識のうちに父に復讐している。いつまでも不幸でいることで、永遠に罪の意識を持たせる。
    しあわせになった瞬間に、相手をそこに留めておけなくなってしまうとでもいうかのように。もとより相手の気持ちはそこにないのに。

    こんなふうに娘に思わせる結果になってもいつかは会えると思っていたのだろうか。
    どこまでも強い人なのかもしれない。
    娘にしてみれば独りよがりと感じるのだろうが…。
    苦しさと刹那のなかに優しさを見たような、弱さや強さも見たような今までにない読後感だった。

  • 宮下奈都さんの長編小説。
    望月正幸は、会社で贈賄に加担し、警察に追われる身となり、失踪の道を選ぶ。
    正幸の無事を信じる人々の心情が各話ごとに描かれる群像劇。
    第一話 夏目(正幸の不倫相手)視点
    正幸の贈賄を摘発した夏目。
    あのとき、加納くんに対して、正幸に対して、「どうしたの」とひと声かけるべきだったのか。本当のやさしさとは何か。好きだった人を告発する決断は、正しい判断だったのか。答えのない問いがいくつも浮かび、都度向き合う。夏目の心の中で渦巻くたくさんの葛藤が凝縮された、かなりの読み応えがある第一話。

    第二話 可南子(正幸の妻)視点
    子どもが生まれても変わらなかった夫。一緒の時間を過ごしても、平行線のままでいる切なさがこちらにまで伝わってくる。変わらなかった夫に対し、自分も変わらず待つべきか。それとも変わるべきか。答えのない問いにひたすら向き合った末、夫の帰りを信じて待つことを選ぶ。

    第三話 有希子(正幸の姉)視点
    弟と岸田くんを重ねて胸を痛める姉の有希子。妻の可南子が待ち続けると、弟は帰るに帰れなくなる。可南子とは別の、姉としての視点で正幸を想う気持ちが描かれる。
    正幸が逃げたのは、可南子が必要に無くなったからではなく、自分が必要に無くなったからかもしれない。この発想には、ハッとさせられた。待つ側の人間は、可南子の考えに陥ってしまいがちだが、確かにここまでで読み取れる正幸の性格を思うと、後者の考えが腑に落ちる。流石、実の姉だ。
    "辞めてもよかった。辞めるのは逃げることじゃない。それはひとつの選択だ。でも、逃げたのだとしても、それでよかったのだ。逃げた先でいつかもっといいものに出会えるかもしれない。それを誰にも否定することはできない。あきらめてもいい。むしろ勇気の要ることだと思う。いくらでもあきらめて、また始めればよかったのだ"
    『逃げ恥じ』を思い出す。素敵な考え方。

    第四話 須藤(ルイの担任教師)視点
    前任校で生徒の問題に介入しすぎて教育委員会に密告された須藤。そのトラウマからルイに対しても距離を置いてしまう。
    谷川先生が「初志貫徹」について話した言葉が印象的。
    「こういう現場にいると、初志を貫徹することが必ずしもいいとは限らないと思いませんか。人は生きて動いていく。志も生きて動いていくんです。 理想だと思っていたことが、そうではなかったのだとわかる場合もあります。生きて動いている人が百人いれば百通りの理想があるんじゃないかと思うようになりました」
    小学生の時習字の授業で手作りの団扇に自分の好きな言葉を書くというものがあって、「初志貫徹」を書いたことをふと思い出した。その時は、自分がそうでありたいと思って選んだ言葉だが、今思うとある意味危険な言葉だ。この歳まで来ると、貫くことよりも、時には諦め、折れ、逃げることの大切さがわかる。そしてそんな自分を許すことも。柔軟に生きることが、いちばんだいじ。

    第五話 ルイ視点
    父の失踪後、引っ越しを重ねる母に振り回されてきたルイ。似た家庭環境を持つトータとの出逢いがルイの心を軽くする。
    "働いて、お金を得る。お金は、生活のため。生活するのが精いっぱいで、働いて、働いて、家に帰れば疲れて寝るだけ。それでもまた働く。なんのために生きるのかと思っていた。もっと楽しんでほしいと思っていた。でも、たぶん、楽しんでいたのだ。わざと不幸に生きようとしているみたいに見えたけれど、母は母のやり方を通しただけなのかもしれない"
    私も、働き詰めの母に対して、ルイと同じ気持ちを抱いていた。ボロボロになって、何が楽しいんだろう。最近母娘の会話をするようになって、愚痴を溢しながらも仕事に誇りを持っていたことをよく聞く。

    第六話 大橋(益田=正幸の職場の同僚)視点
    正幸は名字を望月から益田に改名して、介護福祉の職に就いていた。
    正幸が大橋に対して語った言葉が胸に響く。
    「自分の発言を気にしてしまうのは、自分が信用できないから。そう思ってるでしょう」
    「ほんとうはね、自分ではなく、相手を信用していないんですよ。信用しているなら、多少の間違いや失礼は聞き流してくれると思えるはずです。いいですか、大橋くんのまじめな気持ちはよくわかります。あとは、まわりを信用するといい。みんな、大橋くんの味方――とまでは言わないまでも、仲間ですよ」
    人を信用することは、口で言う以上に難しいけれど、愛する家族を残して逃げ続け、悟りの境地に達した正幸の言葉には、自然と重みがある。
    最後の5ページで、可南子と正幸が映画を観た時に抱いたそれぞれの気持ちのすれ違いが伏線回収されると共に、ルイが生まれた時の正幸の嬉し涙が目の前に浮かんだ。きっと、嬉しくて泣いたんだろうなと。

    正幸のことを想うそれぞれの登場人物たちの心の揺れがありありと伝わってくる物語。正解がないから、迷い、悩む。それでも自分が下した判断を信じ、前に進む。それぞれの想いに寄り添っているうちに一気読み。
    正幸の視点は描かれないのに、不思議と彼のパーソナリティがくっきりと浮かび上がってくる。
    そして、ストーリーは切ないのに心が温かくなる。
    宮下奈都さん、さらに好きになった。

  • 大手商社勤務の望月正幸
    会社の営業部長として、贈賄の責任を押し付けられ失踪…。

    正幸を愛人の立場から見ると、
    人が良くて、優しくてだけど気が弱くて流されてしまう。
    妻子があるのに同じ職場の複数の女性と親しくなる。
    真面目で、几帳面で羽目が外せない…。
    不真面目でだらしなくて自堕落…。
    きっと、どちらも彼でどちらも彼ではない。
    妻の立場から見ると、
    近付くことも遠ざかる事も無くずっと変わらない。
    ずっと、変わらず笑顔を保っていられるというのは、
    それは、優しく見えて途轍もなく冷たい。
    姉の立場から見ると、
    幼い頃の弟は、真っ直ぐで素直で優しい。
    一人の人間を違う立場から見るとこんなにも違うのか、
    正幸とはどんな人間だったのか…。
    何故逃げなければならなかったのか…。

    正幸が逃げた後の妻と娘のその後は辛かったです。
    帰って来ない夫を捜し続け、些細な手掛かりを
    頼りに引っ越しを繰り返す。
    章ごとに語り手が変わり、娘のルイも成長していきます。
    それぞれの立場から、考え抜いた胸の内から
    こぼれ出た〝たった、それだけ〟のこと。
    印象的な言葉が沢山ありました。
    それぞれが、自分の弱さを見つめどんなに苦しくても
    生きているだけで小さな希望の光をみつけていく。
    人間って強い!

    誰もが抱える弱さや狡さがさりげなく描かれていました。
    繊細な心理描写は、とっても素晴らしかった。

  • たった、一言の言葉だけで。
    たった、少しの勇気だけで。

    たった、それだけで人生が変わってたかも知れないのに。
    惚けた事に、最初はそんな人生の後悔短編集かと思っていた。
    だとしたら、
    負のオーラ以外何も纏ってない。
    何話か読み終え、ぱたんと本を閉じる度、
    ふうっ~と零れるしんどいため息。

    が、読み進んで行くうち、
    ばらばらだった薄暗いシーンが
    大きな絵の一部であった事に気付く。
    全ての悔恨物語が一本の同じ筆で描かれていた世界だったのかと、読後は震えた。

    どんよりと厚い雲に覆われた、
    閉塞的な世界の中で息苦しさを感じていたとしても、
    それを突き破って降りてくる眩しい光線の力強さこそ、人の心と同等のもの、と信じたい。

    ラストはそんな光線が何本も何本も降りてくるような画を見た様な気がした。

  • 不思議な本だった。
    最後の最後でほんのすこし救われた。
    どこか浮遊しているような
    そんな1冊なのに
    なんだか深いところにぐさーとささる。
    蓋をしているところを揺さぶられるような。

    たった、それだけ。
    はじまりは本当に
    たった、それだけのこと。
    それは
    雪だるま式にどんどん大きな何かを巻き込んでいく。
    でも
    人と人とが交わるきっかけは
    たった、それだけ
    のことなのかもしれない。

    ー正直に生きる事です。自分に正直にいれば、すべては自分で選んだ事だと納得できます。どんなことが起きても、責任を取ろうと思えるでしょう。自分にとことん正直であるなら、後悔しない、それが自分のなのだから後悔しようもありません。失敗しても、傷つけても、それはもうしかたのないことでしょう。

    2014年 双葉社
    カバー写真:嶋本麻利沙 
    モデル:ノミヤシホ
    デザイン:アルビレオ

  • 始まりのセリフを見て
    まったくあらすじ知らずに読み始めた本。

    思ってた話とぜんぜん違ったけど
    最後の章がよすぎて、読んでよかった。

  • 宮下先生らしい前半と後半でした。理不尽さと羨望からくる負の感情、そこから他人の暖かさや今の状況を再認識し、新たな一歩を踏み出すような感覚になる。明日も前を向こうと思えました。

  • 贈賄容疑で失踪した男とその妻子。不倫相手等諸々関わった人たちを追った連作短編です。

    最近連作短編を読む事が多いような気がしますが、読みやすいし集中力途切れないので結構好き。昔、連作短編ってこんなに有ったかなあとふと思いました。流行りなのかもしれないですね。

    薄味なのでさらっと読めました。

  • たった今読み終わりました!全身鳥肌がスゴイです。うん、スゴく良い小説でした。物語は連作短編集で構成されていますが、一つ一つの話が全部繋がっていて、物足りないってことはありません。
    文章は余計な飾りを必要とせず、研ぎ澄まされた言葉で繋がり、本当に綺麗です。
    内容には敢えて触れませんが、読んで損はないと思います。オススメです!

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著者プロフィール

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、第3子妊娠中に書いた初めての小説『静かな雨』が、文學界新人賞佳作に入選。07年、長編小説『スコーレNo.4』がロングセラーに。13年4月から1年間、北海道トムラウシに家族で移住し、その体験を『神さまたちの遊ぶ庭』に綴る。16年、『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞。ほかに『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『つぼみ』など。

「2018年 『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。   』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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