([な]9-1)きみはいい子 (ポプラ文庫 な 9-1)

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  • / ISBN・EAN: 9784591139752

感想・レビュー・書評

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  • 厚生労働省の発表によると、令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数は20万5029件にもなったそうです。前年度より5.8%も増えたというその驚くべき数値。私たちは、テレビや新聞のニュースで日々そんな虐待の果てにある悲しい結末を見聞きするのが当たり前になった日常を送っています。

     『ぼくがわるいんだよ。ぼくがわるい子だから、おとうさんが怒るんだ』。

    そんな児童は、虐待を受ける原因が自分自身にあると考えてもいます。そんな思いが、

    『ぼくがわるい子だから、うちにはサンタさん来ないんだ』。

    そんな陰惨なまでの声を聞くと、私たちは言葉を失ってもしまうでしょう。私たち大人であれば、その気にさえなれば幾らだって逃げる場所というものがあります。しかし、子どもたちにそんな場所などあるはずもなく、あるのはどんなに酷い仕打ちを受けても、そんな親のことをおとうさん、おかあさんとして接していく他ない日常です。

    しかし、時は確実に流れてもいきます。そんな虐待のかぎりを受けた子どもたちもやがては大人になっていきます。そして、今度は親となって自らの子どもたちに対峙する未来が待っています。

    虐待を、“される側”と”する側”の立場の逆転というその未来

    この作品は、『どうしたら、いい子になれるのかなあ』と虐待の日常を生きる子どもたちの物語。『虐待なんて、言葉もなかったころ。あたしは毎日たたかれた』と、かつて受けた虐待の日々を思う今は親となった人たちの物語。そして、それは『神田さんは、いい子だよ』という言葉の先に続く子どもたちの未来を感じる物語です。

    『はじめてで一年生はきついと思うかもしれませんけど』と校長に言われたのは、『大学を出てはじめての着任校』で『区内最大の児童数を有』する『桜が丘小学校』で勤務することになった岡野匡(おかの ただし)。『どこまでふえるかわからないの』と、児童数が増加の一途を辿る同校を『よせあつめの町、よせあつめの家、よせあつめのこども…』と言う校長。そんな校長は『まあ、先生も一年生、生徒も一年生。一年生同士、フレッシュな気持でねっ』と言って『肩をぽんぽんとたた』きました。それに、『はい』と返事した岡野は『なにもわかっていなかった。あのときのぼくを、ぼくは軽蔑する』と後々思うことになります。『入学おめでとう』と教室で児童と向き合うことから始まった日々。『こどもたちはよく話をきいてくれた』と安心するものの翌日には早速『クラスの男の子三人が、下校途中の民家の玄関ブザーを鳴ら』すという問題が起こり謝罪へと赴いた岡野。『迷惑になるからやめるよう』注意すると『二度とくりかえされ』ることはありませんでした。そんな中、『女の子がひとり、授業中におもらしをし』ました。放課後、母親から電話がかかってきますが、その内容は『お礼でも謝罪でもな』く、岡野が『こわくてとても言えない』と娘がトイレを我慢していることへのクレームでした。そして、他の生徒も『おもらし』をするようになり、岡野は校長、学年主任に呼び出されます。『先生、きびしすぎます』と、注意された岡野は校長から『こどもの話をきくときは、かがんで話をきくんですよ』とも言われます。そして、『次の日から、ぼくはかわった。こわがらせちゃいけない』とそればかり考える岡野。しかし、『トイレに行きたがる子が続出するようにな』ります。『先生、わたしもトイレ』、『先生、ぼくも行っていい?』という中で『ほとんど全てのこどもが、席を立っていた』という教室内。それが、『ぼくのクラスの、崩壊のはじまりだった』という展開。そうして『ぼくは担任のまま』なものの、『校長や副校長、教務主任や副教務が、ぼくのかわりに授業をすることが』多くなりました。『せめて、ぼくは毎日、学校へ通った』というそれからの岡野。そんな岡野は翌年、四年生の担任となりました。『たしかに、四年生は落ちついていた』という始まり。しかし、『教室でおしゃべりがはじま』り、男子同士のけんかも目立つようになり、また悩みの中に陥る岡野。そんなある日の給食の時間。『カンダ、おまえ食べすぎだよ。給食費払ってないくせに』という声に教室が静まります。『神田さんて給食費払ってないの?』と騒ぐ児童。そんな真っ只中に立たされた神田のことを気にかけるようになった岡野の担任としての日々が描かれていきます…という最初の短編〈サンタさんの来ない家〉。冒頭から突きつけられる児童それぞれが抱える心の闇に、新米教師である岡野が関わっていく様を丁寧に描いた好編でした。

    五つの短編が連作短編の形式を取るこの作品。そんな五つの短編の共通点は『団地のむこうの雨の中に、小学校が見えた。丘の上の小学校』と登場する『桜が丘小学校』の学区域に暮らすさまざま人々のそれぞれの暮らしに焦点を当てる物語です。そんな物語は共通して『雨』の日の午後の日常が描写され、全体として暗くどんよりとした世界観に包まれています。そして、そこに登場する人々には、深い影を感じさせる日常がありました。そんな五つの短編について簡単に触れてみたいと思います。

    ・〈サンタさんの来ない家〉: 『大学を出てはじめての着任校』で『去年、一年生を学級崩壊させちゃった先生でしょ』とクラス運営に苦悩する岡野が主人公。『給食費の督促状を』渡した児童の神田を気にかけるようになった岡野は『朝ごはんは食べた?』『昼ごはんは食べた?』と、彼が満足に食事を与えられていない現実に気づいていきます。

    ・〈べっぴんさん〉: 娘のあやねが外で取る態度の一つひとつに『あたしの体にまた澱んだ水がたまっていく』と感じる母親の『あたし』が主人公。そんな『あたし』は、マンションの自室に入るなり『うるさい。泣くともっとたたくよ』と、あかねのことをつねったりたたいたりします。そんな『あたし』は、『あたしはみんなおぼえている』と『頭をたたかれたり、けられたり、たばこの火をおしつけられたりした』自らの幼き日々を思い出します。

    ・〈うそつき〉: 『土地家屋調査士』を職業とする杉山が主人公。4月1日生まれで『順番に並ぶとか、離れて先生の話をきくとかいったことができず』、『「ゆうくんルール」を適用され』る優介の父親として、『あの親にしてこの子あり』と言われないよう努めています。そんな中、優介の友達になってくれただいちゃんがこんなことを言います。『おかあさんが殺されて、殺したひとがまま母になってきて、今度はだいちゃんを殺そうと』している。

    ・〈こんにちは、さようなら〉: 小学校の通学路に住むあきこが主人公。年老いて記憶が不鮮明に感じるあきこはある日、スーパーで『お会計が、すんでないようですが』と万引きの疑いで呼び止められてしまいます。家族がいないことを告げると解放されたあきこ。そして別の日、通学路をいつも歩く男の子に『おかえりなさい』と声をかけると『うち、入れません。かぎ、かしてください』と言われます。

    ・〈うばすて山〉: 雑誌の編集長をしている かよは『わるいんだけど、おかあさんを預かってくれない』と妹の みわから電話を受けます。『認知症のすすんだおかあさん』を施設に入れる準備のためというその理由。そして、『八年ぶり』に会った母親を預かった かよは認知症のすすんだ母親に接し『ずるいよ、おかあさん… なにもかも忘れちゃうなんて… わたしのこと、あんなに虐待したくせに』と、複雑な感情に囚われていきます。

    上記の概要から推測される通り、五つの短編にとりあげられている事象はとても重いものです。児童虐待、育児放棄、そして認知症といったその内容は読んでいて読者を苦しい思いに引き摺り込んでもいきます。この作品は上記した通り、同じ一つの街での出来事が描かれています。『それぞれの家にそれぞれの事情がある。それでもみんなこの町で、いろんなものを抱えて生きている』という通り、外からはなかなかに窺い知れない事情を誰もが抱えている、それは決して特別なことではありません。『書きたかったのは、いろんな虐待の姿ではなくて、ひとつの町には、いろんな人が集まって、そこで同じ時間を過ごしている、ということだったんです』と語る中脇初枝さん。そんな中脇さんは『だから、誰でも何かできることがきっとある』と続けられます。この作品が取り上げている内容は上記の通り、重量級の内容です。児童虐待により死に至った子どもたちのニュースを見て、驚かなくなっている、感覚が麻痺している、それが今のこの国に暮らす私たちの日常でもあります。一方で、それだけ多くの虐待が日常にあるとしたら、時を経てそんな虐待を受けた側が親となり関係が逆転していく日々もありうるはずです。この作品で取り上げられていくのは、そんな虐待を”される側”から”する側”へと立場が変わった親たちの葛藤の日々でもあります。自身が幼い頃に受けた”心のキズ”。それは、肉体のみならず心の深いところに刺さった棘のように、その人が生きている限り決して抜けるこのとないものです。そんな様が”される側”と”する側”の感情を丁寧に描くことで、その胸中に秘められたそれぞれの思いが浮かび上がってきます。また、最終章の〈うばすて山〉では、かつて虐待を”する側”だった母親が認知症となり、『あんなに虐待したくせに』と、虐待の事実を忘れてしまった姿を見せる一方で、虐待を”される側”だった娘が介護をする側になってそんな母親と接していく、なんとも複雑な感情渦巻く物語が描かれていきます。『おかあさんてほんとにずるいよね。なにもかも忘れちゃって。こっちは忘れられないのに』という目の前の辛い現実、そして決して消えない過去が描かれる物語。決してなくならない児童虐待の一方で、数が増え続ける認知症患者というこの国の置かれた現実。決して他人事と切り捨てられないこの物語が突きつけるテーマに、すっかり言葉を失ってしまった自分に気づきました。しかし、この作品には決して絶望に沈む読後が待っているわけではありません。なぜなら、そんなこの物語には、周囲の色んな人たちが手を差し伸べる姿を垣間見ることができるからです。そう、私たちは絶望なんかしなくてもいい、絶望することなんて決してない、そして絶望なんかしちゃいけない。人が人を優しく想う気持ち、そんな優しい気持ちを垣間見ることのできるこの作品のそれぞれの結末には『幸せ』へと続く確かな道を見ることができたように思いました。

    『こどもたちを見ていて思うのが、成長途中のこどもって、みんないいところがある』とおっしゃる中脇さん。そんな中脇さんが『こどもだけじゃなくて、どんな大人でもいいところは1個ぐらいある』『それを見つけ合って』、『他の人に「あなたはいい子」って言ってあげてほしい』と続けられる通り、この作品で虐待”される側”にまわる子供たちは『ぼくがわるいんだよ。ぼくがわるい子だから、おとうさんが怒るんだ』と自らを責める思いの中に生きていました。人は子供であれ、大人であれ色んな側面を持つ生き物です。失敗もすれば過ちもする、でもその一方で良い面もたくさん持ち合わせているはずです。しかし、人はそんな良い側面を軽視しがちでどうしても悪い側面にばかり光を当てがちです。『わるい子じゃないよ』、『いい子だよ』、そんな風に前向きに、人とまっすぐ向き合うその先に、幸せな未来がきっと待っている、良いことも悪いことも含めた『仕合わせ』ではなく、幸福へと向かう『幸せ』へと続く未来がきっと待っている。

    『誰でも何かできることがきっとある』とおっしゃる中脇さん。”人は決して一人ではない”、そんな中脇さんの強い想いを感じた作品でした。

    • naonaonao16gさん
      おはようございます!

      清少納言やら紫式部まで入っているとは…笑
      それ聞いて安心しました!
      おはようございます!

      清少納言やら紫式部まで入っているとは…笑
      それ聞いて安心しました!
      2022/01/31
    • さてさてさん
      naonaonao16gさん
      実は昨秋から「源氏物語」を誰の訳で読むかを調べています。もちろん女性作家さんになりますが、角田光代さんかなあ...
      naonaonao16gさん
      実は昨秋から「源氏物語」を誰の訳で読むかを調べています。もちろん女性作家さんになりますが、角田光代さんかなあと思って本屋さんで現物を見て少し萎えているところです。読むだけならいいのですが、この調子のレビューが書けるのか不安になっている今日この頃です。この調子だといつまでも留年のまま卒業出来なさそうです。
      ということで、これからもまだまだよろしくお願いいたします。
      2022/01/31
    • naonaonao16gさん
      角田さん!現代語訳出されてましたもんね!
      かなり分厚かった気が…よっぽどじゃないと萎えちゃいますよね…
      レビューはまあ、レビューですから!
      ...
      角田さん!現代語訳出されてましたもんね!
      かなり分厚かった気が…よっぽどじゃないと萎えちゃいますよね…
      レビューはまあ、レビューですから!
      まずは好きなものを好きに読みましょう!
      とか言って、やはり卒業は寂しいと言うんですから矛盾してますよね笑
      でも、あんまり「この調子で」と、思いすぎないでくださいね(誰目線)。
      だんだん何を言ってるか分からなくなってきたのでこの辺で…笑

      本日もお疲れ様でした!
      2022/01/31
  • 短編集だけれど、舞台は同じ町、そして雨…5つのお話が繋がっていく。人の数だけ物語がある。子供達の中には、保護してくれるはずの大人に虐げられる子さえいる現実。それが親なら憎む事も出来ず受け容れてしまう。躾と称しての折檻は昔からあった。しかし庇ってくれる大人の存在も少なからずあった。今は個人情報云々の世の中、先生方さえ立ち入る難しさがある。それでも心ある大人は子供達に優しい目を向けてくれる。辛い記憶の中にも、優しい思い出があるだけでその後の生き方は変わっていくかもしれない。

  • 児童虐待など、子どもの問題をテーマにした5編の連作集。
    神奈川県の新興住宅街「桜が丘」を舞台に、虐待を受けている児童と向き合おうとする新米の小学校教師、かつて母から受けた虐待を娘に繰り返してしまう母親、発達障害の子を持つPTA会長、障害を持つ子の母と交流を深める独り暮らしの老女、認知症になった厳しい母に複雑な気持ちで向き合う娘、を主人公とした物語が描かれる。

    本書では、さまざまな立場にいる当事者を主人公とすることで、単純に善悪の線引きができない問題の複雑さをフラットな視点で描いている。問題は深刻で残酷だが、根本的な解決ではないものの、どの小説も最後に少しだけ希望が見える描き方になっているのが救いだ。

    五編の中で、特に印象に残ったのが、『べっぴんさん』と『うばすて山』。

    『べっぴんさん』は、娘を虐待してしまう若い母親を描いた物語。子どものころ母親の虐待を受けて育ったため、自立したら虐待やDVは起こらない、と信じ仕事に励んでいたが、子供はなくてもいい、と言っていた夫が子供を欲しがり、妊娠中期から入院することになったため仕事はやめさせられた。子供が生まれてすぐ夫はタイに単身赴任し、閉ざされた世界の中で彼女は娘に手をあげた。
    主人公のSOSが苦しいほど伝わってきて、涙が止まらなかった。部屋の外に出れば「あやねちゃんママ」と呼ばれ、いいお母さんを演じなければならない。良妻賢母だと信じている夫にも真実を知られるわけにはいかない。他の家だって、きっと似たり寄ったりだ、と必死で自分を納得させようとする主人公の切迫感に身を切られるようだった。
    近所に住むはなちゃんママからかけられた「自分で自分がかわいいと思えなくて、こどもがかわいいって思えるわけないよ。」という言葉が深く胸に刺さる。

    『うばすて山』は、長女として厳しく育てられたため疎遠になっていた母が認知症になり、一時的に引き取ることになった娘の複雑な想いを描いた物語。
    自分にしてきたことをすっかり忘れて子供のようになってしまった母親を、主人公は受け入れることができない。そんな姉と違い、かわいがられて育った妹は、彼女に対し母親の壮絶な過去を伝える。
    私は長女ではないが、母親と娘、特に長女に対する期待や想いは特別なんだろうな、と思うことがある。あどけない表情を浮かべている母に向かって「ふうちゃんなんか、だいっきらい。」という場面は、主人公の行き場のない想いが伝わってきて苦しくなる。

    短・中編集では、代表作のタイトルを本全体のタイトルに持ってくることが多いが、この本の中に、『きみはいい子』というタイトルの小説はない。各小説の中でつらい思いをしている人たちに「悪い子なんていない、誰が何と言おうと、きみはいい子なんだ」と呼びかける著者の言葉はどこまでも温かい。

  • 許すって何だろう、みんな幸せになってと思う。
    許せなくても、許せる部分だけはもって生きていけば良いのかな。
    あきらめても、あきらめなくて良い部分だけもって生きていけば良いのかな。
    誰かが自分の事を見てくれている、手を差し伸べてくれる時があれば人は乗り越えて生きていけるのかな。

  • 五篇の短編小説。最後の「うばすて山」が良かった。虐待を受けた母親を3日間だけ妹から預かるという話。
    過去、自分だけを虐待をしていた記憶だけでなく、自分(娘)の事も忘れてしまっている。
    そんな母親を世話をしながら、虐待されていた記憶を巡る。子供のようになってしまった母親への思い。
    年老いた母親がいる身としては、色々感じることができた短編でした。
    他の短編では、目指している土地家屋調査士の話が出てきた。

  • 自分の人格や存在を否定されることほど悲しいことはないと思う。

    「あなたはあなたのままでいいんだよ」と
    「あなたは間違ってないよ」と
    肯定されることは その人にとっての希望になるんじゃないかと思う。

    躾という虐待を受けている子供。
    虐待を受けて育ち それを自分の子供に繰り返してしまう母親。
    ひどい仕打ちをし続けてきた母親が認知症になり、「母親を捨てたい」と願う娘。

    誰にも見せることができない傷は
    「悪いのは自分なんだから」と言い聞かせてしまったり、「なぜ自分ばかりが理不尽な目にあわなければいけないのか」と闇に飲まれそうになったり。


    5篇の連作短篇集の中には、自分自身を肯定してあげることが出来ない人たちを救ってくれる一言が沢山詰まっていた。

    『こんにちは、さようなら』で
    障碍を持つひろやくんを育てるシングルマザーの櫻井さんって母親が「わるいのはこの子じゃない。そうわかっていても死にたくなるくらい辛くなる時がある。」って告白する場面。
    ひろやくんが思う『しあわせ』とは何か?の答え。
    「しあわせは、晩ごはんを食べておふろに入ってふとんに入っておかあさんにおやすみを言ってもらうときの気持ちです。」この言葉にジーンとしてしまった。
    お母さん!ちゃんとひろやくんは お母さんの愛情受け取ってるよ!お母さんはいいお母さんだよ!!ってわたしも言ってあげたくなった。

    『サンタさんのこない家』
    「みんなに、むずかしい宿題を出すことにしました。その宿題は、家族に抱きしめられてくること、です。」自分の受け持つクラスで学級崩壊が起きてしまった新任教師の岡野が出した宿題。この宿題を通して大切なことに気づく子供たちと岡野が愛おしい。

    母親から育児放棄され、義父から暴力を受けている神田さんが 雨の降る校庭で 家に帰れずうずくまっている。岡野は神田さんに声をかける。

    「神田さんは、わるい子じゃないよ。」
    「神田さんは、いい子だよ。」

    ぼくは神田さんを抱きしめた。

    ✍︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
    子供たちに読み聞かせをした本で
    いもとようこさんの『しゅくだい』って絵本が大好きです。誰かに愛されてるんだっていう安心感は いくつになっても大切なんだなぁ。
    子供たちはもう、無邪気にギュっとしてあげられる年齢ではなくなっちゃったなー。
    突然LINEに「きみはいい子だよ」って送ってみようかな笑

    ‪‪

    • 土瓶さん
      「うん。知ってる(笑)」と、返ってくる予想^^
      今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m
      「うん。知ってる(笑)」と、返ってくる予想^^
      今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m
      2023/01/31
    • ゆーき本さん
      土瓶さん
      コメントありがとうございます◡̈*.
      まさにそれ!です。
      まんま返信きそうです笑
      こちらこそ これからよろしくお願いします
      (•ᵕ...
      土瓶さん
      コメントありがとうございます◡̈*.
      まさにそれ!です。
      まんま返信きそうです笑
      こちらこそ これからよろしくお願いします
      (•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ᵖᵉᵏᵒ
      2023/02/01
  • 虐待がテーマなので読んでいて胸が苦しくなった。虐待されている子供やモンスターペアレンツ、虐待されて育ち、また自分の子供も虐待してしまう母親、自分を虐待した母が許せない女性…どれも小説の中の出来事だけれど、身近に潜んでいそうな問題だ。
    祝福されて生まれてきた子供なはずなのに、世の中には悲惨な事件が絶えない。この物語には虐待されている子供の周りに温かい人々がたくさん出てきた。それが救い。もし私の近くにそういう子がいた場合、私は温かい人になれるだろうか。

  • 虐待やネグレクトをあつかった連作短編集。
    とてもデリケートなテーマだけに、連作短編集という、ギミックを要する手法は、よほど技術が高度でない限り、あざとく伝わってしまうのではないかと、余計な心配をしながら読みおえた。

  • しあわせ【仕合わせ】という言葉を
    初めて知った。

    心に残った「こんにちは、さようなら」という
    章のなかに、でてきた。

    【幸せ】と、どう違うのか調べてみたら、

    【仕合わせ】とはめぐり合わせ、偶然、
    みたいなことで、自分の置かれている状況に
    別の、違う状況がたまたま重なりあって
    生まれることが【仕合わせ】。良い意味にも
    悪い意味にも使われた。

    【仕合わせ】と【幸せ】、
    おなじ音でも、違う。

    偶然起こったことには、良いことも悪いことも。
    それがしあわせ。

    いい言葉を知ったなぁ。

    この言葉が出てくる章も、
    ほかのストーリーも、
    そして
    毎日わたしたちに起こることも、
    この言葉を意識して物事をみると、
    また違ったとらえ方ができるなぁと感じた。

    ところで、読んでいるうちに
    あ…前この本読んだな、と思い出した笑。

    やっぱり自分が興味がある本、
    好きそうな本って
    巡り巡ってくるものだなぁ。

  • 児童虐待をテーマにした作品 5話の短編集
    その中でも
    べっぴんさん
    こんにちは、さようならは
    嗚咽して 泣いてしまいました。
    しあわせは
    晩ごはんを食べて お風呂に入って おかあさんにおやすみをいってもらうときの気持ちです。
    このセリフ頭から離れません。
    辛い内容でしたけど
    読んで良かったと思います。

  • ·サンタさんの来ない家
    ·べっぴんさん
    ·こんにちは、さようなら
    は読みながら、ボロボロ泣いてしまった。

    先生が虐待されている生徒本人に「○○さんは、いい子だよ。」と言う。
    その子は信じないが、その言葉は、先生の本心で、私もその子に本当に届いてほしいと思う。

    親に愛されなくても、自分の価値を見失わないで欲しい。本当は親が全てではないことにも気づいて欲しい。でも、子どもにとっては親が全てだから、どうしても小さい頃は自分が、愛されない理由を自分のせいだと思ってしまう。

    親が悪いのに子どもは自分を責めて更に傷つき、親のことを悪く言われるとそれでも信じてきたものなので戸惑う。虐待が連鎖していくのも、身体に染み付き、そんな親子の関係しか知らないのなら仕方がないのかもしれない。

    閉鎖された環境で連鎖する虐待。
    でも、周りは気付いてる。
    その周りの優しさに涙してしまった。話の最後には、どれも希望が持てる内容になっていた。
    変えられない現実もあるけど、誰かが少しでも気付いて行動することで、変わる救われる気持ちもあるのかもしれない。

  • 前々から気になっていたけれど、内容的に、読書する体力があるときに読もうと思っていた小説。
    児童虐待やネグレクトをテーマにした五篇の短編集。
    いろんな視点からそれが描かれている。
    学級崩壊に悩む小学校の教師、昔自分も虐待を受けていた母親、PTA会長でもある父親、小学校の近くに住むおばあさん、自分を虐待していた母親がアルツハイマーになってしまったアラフォー女性。

    思ったよりも静かな雰囲気の小説だった。
    著者の中脇さんは絵本も書かれるそうなので、その影響もあるのかもしれない。
    事実、心情、が淡々と描かれている。

    幼い子どものころ、親は絶対の存在で、無条件に自分を守ってくれるべき存在だった。
    だけどその親に傷つけられるという事実も存在する。
    世の中でそういうことは思っているよりもたくさん起こっているのかもしれない。
    外面が優しく穏やかに見える人だって、家の中のことまではわからない。
    私も苦しんだ経験が多少なりともあるから、わかる部分があった。
    本当に単純なことで、子どもって「がんばったね」「よくできたね」って親に言って欲しいだけなのだ。イコール愛情だと感じる、と言っても過言ではないと思う。

    四つ目と五つ目のお話がとくに心に残った。
    人の薦められるかというと微妙だけど、私は読んでよかった。

  • 虐待は、連鎖する。

    "わたしが今生きているということは、おかあさんがわたしのおむつを替えたり、おっぱいを飲ませてくれたりした結果なんだろう"という、"おぼえていない過去"よりも、"おぼえている記憶"がすべてである。
    可愛がられた記憶がなく、生まれてこなければよかったのだと思うほどに自分のことが大嫌いな人が、自分の子どもに愛情を注ぐことが、どれだけ難しいことか。
    だって、その子は大嫌いな自分の血を引いているのだから。

    そうして大人になり、親になり、気づけば大嫌いなはずの親と同じことを繰り返してしまう自分がいて、余計に嫌気がさす。
    あるいは、その憎むべき親を介護することになり、当時の愛憎から高齢者虐待へと進んでしまう。
    その未来は、想像に難くない。

    ただ、本作に収められている短編は、どれも少しだけ希望が見える。

    神田さんにとっての岡野先生。
    はなちゃんママにとっての近所のおばあちゃん。
    みんな、"七人の小人"がそばにいる。
    暗闇の中で膝を抱えて俯いている人に、「きみはいい子」だと、わるい子なんかじゃないのだと、言ってくれる人がそばにいる世界になるといい。

  • 子供の立場も親の立場も自分が体験したことのある感情で、
    胸が苦しくなった。

    子供の頃は漠然と認められない寂しさ、甘えられない寂しさ、否定され続ける悲しみを自分が悪い子だからと思い続けてきたけれど、自分が親になってみたら
    「アレ?うちの親っていわゆる毒親だったじゃん」
    と気がついた。

    この本を読んで、かわいそうな話だったな。
    って終わる人はきっと幸せな方です。



  • (「BOOK」データベースより)
    17時まで帰ってくるなと言われ校庭で待つ児童と彼を見つめる新任教師の物語をはじめ、娘に手を上げてしまう母親とママ友など、同じ町、同じ雨の日の午後を描く五篇からなる連作短篇集。家族が抱える傷とそこに射すたしかな光を描き出す心を揺さぶる物語。

    どれもこれも身につまされるし、皆何らかの悲しみを抱えて生きている事を上手く書いていると思います。社会問題に熱く切り込むとかでは無くて、個々の中に死ぬまで抱え込む事になる問題を優しくぽとりと心の中に落とされたような気持になります。子供も大人もそして老人も皆心のよりどころを求めてさまよって行くのが生きて行くという事なんでしょう。

  • 子供の頃にいい子と言われたかった親といい子と言われたい子供の話。

    家庭内の不協和音が生々しく描かれていて、抑圧的な幼少期を過ごした方には読むのがきつい作品。

    虐待してしまう親にも肯定してもらえなかった子供時代があり、誰かを悪者にすることなく淡々とさまざまな立場から家庭内の苦しみが綴られていく。

    『こんにちは、さようなら』はあきこさんの一人称視点で物語が進んでいくが、穏やかで謙虚で優しく哀しい語り口に寂しく温かい涙が溢れた。

  • 児童虐待をテーマにした連作短編集として以前から知っていたけど、手にとる勇気がなかなか出なかった。

    人口が急増する街を舞台に小学校の若い教師、公園に集まるママたち、保護者たち、近隣の住民、そしてかつてこの街で虐待を受けながら育った女性。さまざまな視点から、つらい状況に置かれた子どもたちが描かれる。

    なかでも『うそつき』が心に残った。自営業として地域に根差しPTA役員などを務める夫婦の長男優介は恐らく発達が遅れている。そんな優介の唯一の友人、大ちゃんは継母から虐待されている。大ちゃんがなぜ子どもっぽい優介とだけ仲良くしてくれるのかわかったとき、涙が出そうになった。

    また、『うそつき』に出てくる「もっちゃん」が、最後の『うばすて山』のラストでもちょっとだけ登場し、またもや涙腺崩壊しそうに…。

    ひとくくりに言ってしまえば児童虐待。今ならすぐに児童相談所に通報されて、施設に引き取られて…となりそうな子もいるが、本書が書かれた当時は、まわりの大人たちも気付いていても見守るしかなかったのだろう。他人の子を心から心配し、涙を流す大人もいるが、よその家庭には踏み込めない。本来なら行政が関わらなくても、地域、社会で子どもを守れればいいのだろうけど…。

    タイトルの『きみはいい子』。誰もがいろんな事情を抱えて苦しみながら、思わぬところで支え合っていたりする。虐待する側も含めて、すべての登場人物に対する作者のまなざしは温かく救われる思いがする。

  • 帯につられて買ったけどちょっと心苦しかった
    最後は全部前向きなんだけどなんか無理やり感があった

  • 人は誰でも褒めてほしい。
    いや、褒められなくてもいい、ただその存在を受け入れてほしい。たったそれだけのことが、実はとても難しかったりします。そういうこと、よくあります。

    この本の主人公たちは皆、それが叶わないまま生きてきた人たち。読んでいると苦しくなります。辛いと感じることすら諦めたような哀しみが見えて。
    でも、ほんのわずかなことで、少しだけ救われる瞬間がやってくる。良かった、と思うけれど、その救いはすごく儚くてもろい、薄い氷のようでもある。ああ、どうか壊れないで、と願いながら読んで、救われたまま終わってもまだ、こころがざわざわしてしまいます。

     この本は5篇の短編集で、舞台は同じ町。主人公たちは少しずつ関わったり、すれ違ったりしていて、それぞれの物語の裏側も見えてくるような仕掛け(?)もあります。直接助けてくれる人も、自分の知らないところでそっと心を寄せてくれる人もいる。そういうことを何となく感じる、静かな物語です。

  • 電車通勤時間で読了
    情景がありありと浮かぶリアルな描写は、澱んだ水の苦しさや闇に沈む残酷さにとらわれてしまいそうで読んでいてつらかった

    大人でも子どもでも、周りの人々のささやかな善意や愛が、いつか誰かの心にあたたかな記憶となって残ってほしいと願う
    その後に映画化されましたがとってもよかったです
    池脇千鶴さんのお芝居に泣いた

  • 【2022年88冊目】
    読み始めた当初は「OK、これなんかつらい感じの短編集ですね?」って覚悟を決めたんですが、読み進めるにつれ、「刺さる、心にぐさぐさ刺さってくる…良い…」となり読み終わったときには評価バクあがりしてました。淡々と綴られる話なのに、心にずしんと来る感じなのは何故なのでしょうか。

    時折読み返したい本になりました。

  • もう辛過ぎて読む手が止まってしまった。

    5篇の短編集。

    どれも辛く、悲しい気持ちになる。
    苦しい、苦しい。
    でもほんの少しだけの優しさに救われる5つのお話。

  • 坪田譲治文学賞受賞(2012年/第28回)

  • 決して消えることのない傷は、外的なものよりもずっと心の傷となって刻印されていました。
    艱苦だけ綺麗に忘れ去れたら皆幸せになれたのに、それは人の最も守りたいものを壊してしまったのだと思います。咄嗟に防御をとる姿勢、終わりのない記憶の連鎖、痛くて熱くて苦しくて愛されたくて。そんなことを一つ一つ語らされるよりも、ただ、抱きしめられたかっただけ。何もかもを理解した人に、そうされたかった。全部失いひとりになって、それでどうして幸せになどなれるだろう…だけれど生きていれば仕合わせがやってくる時がある。もう年老いて忘れてしまわれることもある。どれだけ憎まれ嫌われ傷付けられても、きみはいい子、何度でもそう言い聞かせる声を、愛と呼びました。

  • よせあつめの街、よせあつめのこども。もがきながら苦しみながら、自分を責めて他人を恨みながら傷を抱えていきている。他人との関わりが希薄で、また関わらないようと望んでいるのに
    通りすがりのだれかにすこしだけ救われる。
    すべてのひとに語りかけるような優しい本でした。

  • 家族という存在は、他人よりも近いはずなのに、時に、他人よりも遠くにいるような気がする。

    名前を読んで欲しい。頭を撫でて欲しい。抱きしめて欲しい。「好き」だと言って欲しい。

    良い所も、悪い所もあって、自分。
    世界にたった一人しかいない、自分。

    当たり前だけれど、誰も教えてくれない、普段忘れてしまうこと。

    自分で自分を嫌いになってしまうのは、悲しいし、寂しい。自分が嫌いだから誰かを大切に想うという事だって分からなくなってしまう。

    ありのままの自分を受け入れて、大切にすることの大事さを教えてもらった小説でした。

  • 「わたしは悪い子」という言葉が呪いなら、「きみはいい子」という言葉は呪いを解く呪文かもしれない。やりきれない現実の中にいる子どもたちの物語ですが、手をさしのべてくれる人の存在が救いになっています。

  • 思った以上に辛いお話。自分も教師だから、色々な子供たちがいることに、とても共感した。
    愛される子どもたちに育って欲しい。
    そう願いました。

  • 「子どもの対するやさしい気持ちを充電したい」のコピーとヨシタケシンスケの表紙に惹かれて購入。(ヨシタケシンスケ好きだけど、最近多すぎてちょっと食傷気味・・・)

    すべての話がほんのり不幸なので、やさしい気持ちというよりも悲しい気持ちになってしまった。

  • 短編小説が繋がってる感じで面白かった。図書館で見つけて買ってみましたが、人間性に触れるようで、自分の心にも突き刺さるようでした。最近読んだ本の中で1番好きな部類の本でした!

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著者プロフィール

徳島県に生まれ高知県で育つ。高校在学中に坊っちゃん文学賞を受賞。筑波大学で民俗学を学ぶ。創作、昔話を再話し語る。昔話集に『女の子の昔話 日本につたわるとっておきのおはなし』『ちゃあちゃんのむかしばなし』(産経児童出版文化賞JR賞)、絵本に「女の子の昔話えほん」シリーズ、『つるかめつるかめ』など。小説に『きみはいい子』(坪田譲治文学賞)『わたしをみつけて』『世界の果てのこどもたち』『神の島のこどもたち』などがある。

「2023年 『世界の女の子の昔話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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