ノーベル文学賞受賞を記念して、以前読んだ本のご紹介です。
5歳まで日本で育ったという日系イギリス人作家の代表作。英語で書かれたものの翻訳です。
介護人として生きる女性の回想という形で丁寧に語られる、ある施設で育った少年少女の物語。
前々から評価の高かった作家ですが、これが最高峰でしょうか。
SF的な骨格を用いていますが、舞台は近未来ではなく現実の90年代以前を模していて、むしろノスタルジックな雰囲気。
抑えのきいた丁寧な文章で若き日への郷愁を誘いながら、しだいに明らかになっていくその世界とは…!?
31歳のキャシーは介護人という特殊な仕事につき、かっての同級生も担当することになります。
平和な田園地帯ヘールシャムにあった寄宿制の学校で、世間から隔絶されたまま、変わった方針でずっと育てられた仲間でした。
小さい頃にはいじめられ子だったトミーが、だんだん魅力的な青年に成長していく様はリアルです。
キャシーの親友だったルースが、トミーとつきあい始めるのですが…
幼馴染みの男女3人のみずみずしい青春物としても読めます。
限定された世界での奇妙な感覚、教師達の言動から次第にわかってくる怖さ、若々しい願望や戸惑い、切ない思い…
重い手応えですが、命がいとおしく、きらめいて見えます。
これこそ文学というものでしょう。
現実の臓器移植の危険性といった問題に警鐘を鳴らす意味もないとは言えませんが、声高に告発するものではなく、どんな人間にも通じる普遍的なことを描いているように感じました。
誰しも案外狭い世界で身近な人の言うことを信じて限られた生き方をし、どこで道を間違えるか、どこで不当に扱われるか、わからないところがあるのではないでしょうか?
- 感想投稿日 : 2009年9月29日
- 読了日 : 2009年9月29日
- 本棚登録日 : 2017年10月16日
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