約一年ぶりの読書にはもってこいの選書だったと自分を褒めたい。特徴的な書名が目に入るたび気になってはいたので、読破できてとりあえずは満足。ただ、帯で煽っているほど怖くないし、新しくもないし、だからといってつまらなくもない。読書の筋力が衰えきった私には丁度いい作品でした。

簡素で平易、癖もなく素直な文体で描写もそこそこ丁寧。プロット重視で文体にはあまり重きを置かないタイプとみた。東野圭吾ほどシンプルではないけれど、恩田陸ほど文学的ではない、池井戸潤あたりが近しいような印象。短編作品全てに同じような薄暗く湿った空気が流れていて、ミステリーだからと言われたらそれまでなんだけど、ちょっと違う温度を差し込んでも良かったかなと思う。初めて読む作者さんで、しかも短編集なのでこれが全てとは言わないけれど、機会があれば他の作品も読んでみようかな、という程度。でもとりあえずは、このくらいの軽さならばすいすい読み進めるように、読書筋をまた一から鍛えねばなと思いました。

■ただ、運が悪かっただけ、、、よく作り込まれてるな、と思った。自分の理屈っぽさがコンプレックスで、かつ中西の娘と同じように余命幾許もない十和子だからこそ辿り着けた真実が、最期に長年の呵責から夫を救う。にも関わらず、冷たい真実と十和子の最期が相まって暗い読後感。唯一、夫の自責の念はどこから?(実直で責任感が強いからと言われたらそれまで)という違和感を除けば、本当に隙のない構成。上手い。
■埋め合わせ、、、客観的に見ればこの短編集の中で一番取り返しがつきそうなのに、一番焦りが心に迫って苦しかった。ジリジリと追いかけるような粘着質で細かい描写が見事に効いている。丸く収まりはしないだろうと思っていたけれどまさかの終着。これは予測できない。
■忘却、、、個人的には一番好き。認知症の妻然り、急逝した息子然り、自業自得の隣人然り、内容的には多分に重さを孕んでいるのに、丁度いい短さに丁度いい塩梅の薄暗さでまとめた丁度いい短編。重いのに軽い。
■お蔵入り、、、予想しうる結末。ただ、映画人生をかけた作品が正当に評価されるまで誤魔化せれば良かった筈なのに、罪から永遠に逃れられる可能性が出てきた途端に傾く天秤がなんとも人間臭くて良き。その後を読者の想像に任せられる余白が大きいのも、色んな想像ができて良いなと思った。
■ミモザ、、、これも予想がつく話。に加えてドツボに嵌っていく美紀子の焦りが真に迫ってこない。情景は浮かんでくるんだけど下手な再現ドラマみたいな感じ。ただ、夫の自分へのベクトルの大きさやその質を察する場面は、美紀子と同じように衝撃だった。これも「お蔵入り」と同じように色んな想像ができて良き。

書名にはなにか意味があるのかなーと薄っすら思いながら読んだんだけど、全く見当がつかなかった。でも好き、センスある。

2023年8月28日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2023年8月28日]

 西加奈子さんの作品にしてはあまり深く落ちてこなかった。というのも妊娠中で注意力が散漫になっているからなのか、はたまた西加奈子作品信者(この主張こそが完璧で世界の真理だ!と思わせる宗教的な魅力が構造として西加奈子作品にはあると思う)の私から卒業する時がきたのか、要因としては五分五分なところだが、今までで一番フラットな姿勢で彼女の作品に挑めたのではないかと思う。作者の主張や文章にただただ酩酊する心地良さは手放し難くもあるが、読書する自分を俯瞰しながら読むという能力は、ここで感想を記したり他のレビューに目を通すようになってから得たものなので、今回この作品に心酔しなかったのは自分自身の成長だと思いたい。

 テーマとしては現代社会、というか人間社会に深く蔓延る貧困、虐待、過重労働などの、言ってしまえばありふれたものだが、読者に"読ませる"、そして登場人物に"添わせる"構造はやはりピカイチ。推理小説でもない限り、登場人物の会話文による一人語りは長いほど違和感を残すものだが、彼女たちの語る様子とそれに聞き入る主人公が自然に、かつ濃密に立ち現れるかのような空間の演出がまず上手い。加えて、それまであえて語られなかったこと、もしくは行間で語られていたこと全てが、言葉という形になり、凝縮され、彼女たちの一人語りに向かっていくエネルギーといったら!このエネルギーこそ、そしてこれこそが作者の主張で、物語の核なのだと、無意識に読者に受け取らせる力こそ、西加奈子作品の"宗教的"な魅力であり最大の特徴だと思う。

 その最大の特徴が、今作品では二人の女性それぞれの一人語りによって齎されており、かつその主張が対照的、とまでは言わないけれど、全く違う立場からの方向性の違う主張であり、各々切実で自然と納得してしまうような力がある、ということが新しいなと感じた。つまり正解などないということ。
 そしてアキや、アキ・マケライネンのように"主張すること・していいこと"を知らない人間も数多存在するということ。能弁に語られる言葉と、全く語られない言葉の対比が、それぞれの主張と存在の彩度を上げて鮮明にしている。そのうえで地続きの未来を難問ごと読者に投げかける、構造としても非常に面白い良書だと思った。

 難民に「難民らしさ」を押しつける社会の描写や、4時の診察予約を16時と4時のどちらなのか確認する主人公の「異常さ」の細かい演出など、個人的にグッとくるところは沢山ある。こういう細々とした技術が積み重なって大きく鮮やかな絵(西加奈子さんが描く装丁みたいな)を写し出す、西加奈子さんの作品はそういうものだと思っている。それにしても、主人公は林の個人情報を晒す前に留まれて、一線を越えなくて本当に良かったなあ。

2022年7月27日

読書状況 読み終わった [2022年7月27日]

普段小説ばかり読んでいるので違うジャンルに挑戦してみたかったのと、フォロワーさんの面白いレビューに背を押される形で選択。知ってたけどカバーがめちゃくちゃ派手だし、パラっと目を通してみると内容も軽そうだったので、楽しく読書できるか一抹の不安を覚えながら読みはじめたが、全く問題なかった。どちゃくそ面白かった。

哲学書に手をつけたのはこれが初めて、大学の講義も退屈すぎて聞き流していたので、何が良くて何が悪いかも全く分からないくらいの哲学初心者だが、とにかく「理解しやすかった」、これに尽きる。そしてわずかでも理解できれば、その奥深く広大な魅力を湛えた学問(であることを本書に教わった)に惹かれないはずはなく、つまり本書が格闘漫画「バキ」を模した(模せてるかは疑問)史上最強"強い"論バトルの哲学者紹介形式として奇を衒ったのは、入口として大正解だったというわけ。必殺技とかカードゲームっぽくて地味に面白く、印象にも残りやすい。

平易に解説しようとするあまり、もしかしたら本来の意味とは違ったものになっているのでは?という不安が頭を掠めたりもしたが、どっちにしろ正解なんて私には分からないので問題なし。聞いたことある名前が大体いつ頃にどんなことをしたのか、具体的な知識として得ることができただけでも価値がある。

個人的には「真理の『真理』」が一番興味深くて衝撃的だった。だって、紀元前から知識人たちが「絶対的真理」を探求するために脈々と受け継いできた(時には争った)知の積み重ねが、「絶対的真理なんてありません!」なんていう結論に至るなんて、そんなことある、、、?数学も物理もひっくるめて、人間の知が「絶対に理解できない何か」にすでに敗北していたなんて、、、約10年前の本だからまた今ではなにか変わってるかもしれないけど衝撃的すぎた。でも作者が言うように、人間如きでは完全に理解するに遠く及ばないほど、この世界は広く、深く、大きいんだと、安心と同時にワクワクもした。こうなると東洋哲学も気になるので読みます。

■真理の「真理」
⚫︎絶対的な真理なんかない/プロタゴラス、、、当時の古代ギリシャが民主主義国家であったという衝撃。相対主義で本音と民衆を煙に巻く政治家に、衆愚政治なんて現代そのもの。古代から何も進歩していないのは人間だけでは?
⚫︎無知を自覚することが真理への第一歩/ソクラテス
⚫︎絶対に疑えない確実なものとは何か?/デカルト
⚫︎神も科学も思い込みにすぎない/ヒューム、、、イギリス経験論とか複合概念は本当に「なるほど」なんだけど、2500年前に同じ境地に至ったゴータマ・シッダールタ凄すぎない?
⚫︎世界のホントウの姿は知りえません/カント、、、デカルトへの批判からヒュームが牽引するイギリス経験論が生まれ、それを乗り越える真理をカントが見つける、この流れは(本書だけ読むと)すごく綺麗でまさに進化という感じ。
⚫︎闘争こそが真理に到達する方法である/ヘーゲル
⚫︎個人がそのために死ねるもの、それこそが真理だ/キルケゴール
⚫︎僕たちの手で人類を真理に導こうじゃないか/サルトル、、、フランス革命成功の熱気冷めやらぬ時代にヘーゲルの主張は大人気だったし、「人間は自由の刑に処せられている」と主張したサルトルは共産主義革命・学生運動を担う若者たちを大いに感化する結果になったし、哲学は歴史を動かしてきたんだなあ。
⚫︎真理はひとつの方向で進むわけじゃない/レヴィ=ストロース
⚫︎便利な考えを真理と呼べばいい/デューイ
⚫︎到達できない真理を求めるのは不毛だ/デリダ、、、東洋哲学が是としているように、主張がプロタゴラスまで一周。やはり時代はめぐる。
⚫︎私と「他者」との関係を成り立たせるもの/レヴィナス

■国家の「真理」
⚫︎哲学者こそ国家の支配者だ!/プラトン
⚫︎国家は...

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2022年3月17日

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読書状況 読み終わった [2022年3月17日]

レイチェル・カーソンは学生の頃「沈黙の春」で挫折していたので、とりあえずそれ以外で再挑戦することに。「沈黙の春」は科学的な数字の話が難解で放り出したが、文体自体は非常に美しく好ましかった記憶があるので、難解な話は一切なく自然と甥(実際には姪の子供だったらしいが)への慈愛に溢れた美しい文章にただただ酔わされる結果になった。ていうか思っていた何十倍も短くてびっくりした。多分後記の解説?エッセイ?の方が読むの時間かかったと思う。

一応新装版という体なのか?本文に時折挟み込まれる写真と、後記の解説・エッセイは新しい(コロナ禍に言及してるくらいだし)が、本文の訳自体は1996年のもの。古さを全く感じさせない訳は、そのまま原文の美しさと、その内容の普遍性を伝えてくれる。素直で美しく、優しい文章は、レイチェルが過ごしたメイン州の海辺や原生林の姿をはっきりと見せてはくれないけれど(私の知識と想像力の問題)、代わりに私だけの「センス・オブ・ワンダー」を強烈に思い出させてくれた。雨に濡れた蜘蛛の巣の美しさや、田植え前の田圃の土の絹のような柔らかさ、水路を流れる水の力強さと反射する陽の光、浮かべた笹舟が流れていく速さ、おもむろに咥えて吸った花の蜜の味、タニシが水面を這う様子を何時間も眺めていたこと、、、私だけの「センス・オブ・ワンダー」が確かに私の身体に刻まれている、それが泣きたくなるほど嬉しい。そして、いつまでも肌が覚えている自分だけの宝物のような記憶を、いつか出会える(ように鋭意努力中の)我が子にも沢山与えてあげたい。そんな思いを抱かせてくれる優しくて温かい大きな本でした。

合間の写真は別にいらないなとも思ったけど、初版本?に則ってるのかな?どうせならメイン州の海辺や原生林の写真の方が、、、でも想像力を喚起するという点ではこれで良かったのかも。解説・エッセイも豪華で、それぞれの分野からの視点がとても興味深かった。なかでも「科学的な問題のほとんどは科学の限界の問題であって、コロナ禍やワクチンをめぐる問題でも目の当たりにしたように、ただちにリスクを立証できないという隙が反知性主義や懐疑論につけ入らせてしまう。」という福岡伸一さんの主張がガツンときた。なるほどな、、、レイチェルの本も読みたいけど、福岡さんの本も読んでみたいな。

■センス・オブ・ワンダー
・訳者あとがき
■私のセンス・オブ・ワンダー
・きみに教えたくれたこと/福岡伸一
・詩人科学者の遺言/若松英輔
・私たちの脳はアナログな刺激を求めている/大隅典子
・見えない世界からの贈りもの/角野栄子

2022年3月6日

読書状況 読み終わった [2022年3月6日]

バチバチのハリー・ポッター世代なので、J.K.ローリングの手でまた彼らに出会えたことに、なによりもまず感謝。舞台脚本は読み慣れないと物足りないかもしれないけど、私はむしろ丁度よかったかな、、、こんなに質の良い物語にJ.K.ローリングの地の文がつけば絶対に本編並みのブッとさになった筈だから、夢中になりすぎて日常生活が疎かにならなくて良かった。ト書きが上手で想像力を大いに助けたけど、パラレルワールドでハーマイオニーが、19年共に戦ってきたはずのスネイプに「あなたが支払う代償は申し訳ない」ってあっさり(心理描写がないとどうしてもそう見えちゃうよね)言う場面とか、スコーピウスがデルフィーの殺人行為のことを考えないようにしよう(今はそれどころじゃないって言いたいのは分かるんだけど死んだの同級生だよね、、、?)と言う場面とか、唐突に感じることも多々ある。ハリーがアルバスに対して言った言葉をスコーピウスが知っていたり(スネイプが勇敢だっていう話)、デルフィーがエイモスの姪だと自己紹介したのはアルバスなのに何故かハリーが知っていたり、舞台上なら役者の視線や立ち位置で繋がるのかもしれないけど、文字だけでは伝え切らない部分も確かにある。が、筋書きが花丸だったので言うことはないです、ほんとに。

こういう世代間の続き物は、多くが子供たちに焦点を当てて親世代は薄ぼんやりとした背景になりがち(そして困ったときのお助けアイテムになりがち)だが、「ハリー・ポッターと呪いの子」はガッッッツリ親が出張るし子供と揉めるし親同士でも喧嘩するし冒険するし、、、それが登場人物たちの不器用さ・不完全さを際立たせ人間らしくリアルに、より魅力的に仕上げていてめちゃくちゃ素晴らしかった。人間だから思い通りにいかないことは沢山あって、それらを受け入れて笑い飛ばしながら生きていくしかない、その力になるのが友情であり、家族であり、愛である、ことの確認がこの物語の核なのだろうと思います。「ハリー・ポッター」の名に翻弄されながら生きてきた、そしてこれからも生きていく男の子と、その仲間や家族がこんなに愛おしいのは、儘ならない人間の一生を精一杯生きるしかない、我々の物語でもあるからなのだと。ハリー・ポッターまじで一生推せる。

今作で一番良かったのはドラコが友人になったこと、というかドラコが孤独じゃなくなったことかな。「私は君たちの友情が何よりもうやましかった」なんて素直に言葉にできるくらい大人になって感無量、、、そしてそのくらい大人にならないとハリーたちとは友人にはなれなかったんだなと。彼も家名に人生を翻弄された一人ですね、本当は小心者で寂しがりやでちょっとプライドが高いだけの普通の男の子だったのにね、、、色んな意味でスコーピウスがドラコを孤独から救ってくれて良かった。ローズと上手くいったら親戚になるし、そういう未来も覗いてみたいなあ。あとハリーとドラコの喧嘩は子供みたいで可愛かった。

アルバスは兄弟の中では一番ハリーに性格が似ているのでは?と思ってたんだけど、ハリーはそう思ってないみたいですね。考えすぎたり突っ走ったり、あとなんでも自分のせいにする自意識過剰なとことかそっくり。英雄あるあるだな。心配になる場面も沢山あったけど、ハリーが四苦八苦しながら父親やってるの人間らしくて良かった。推しが幸せだと私も幸せです。デルフィーが「父に会わせてくれ」と哀願する場面は、ここにも親娘の物語があったんだと思って胸が痛かったけど、、、それにしてもJ.K.ローリングは本当にハリーが好きだな、40歳弱になってまで英雄になる必要ある?ちょっと贔屓目を感じた。私も好きですありがとうございます。

これでまた当分公式から補給がないかと思うと寂しすぎる、、、シリーズ読み返すのもむっちゃ覚悟がいるしな、、、とりあえず藤原竜也の...

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2022年2月7日

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読書状況 読み終わった [2022年2月7日]

最初の二、三ページでもう好きだと思った。関西弁のような九州弁のような、不思議と懐かしさと温かみがある似非方言で弟のみっくんに語りかける体を全編貫く一人称は、リズムが良くて読みやすく、親しみやすい分だけ訴えかける力も強い。柔らかい言葉でどんなにか胸を衝かれることになるだろうと、読み始めの数ページで予感させる雰囲気、を創り上げる感性がすごい。

似非方言でこれだけ読みやすく万人に意味が通るのは日本語の面白い側面だなと思いつつ、絶妙な塩梅で放り込まれる方言と、そこここに差し込まれる写実的な情景描写を、違和感なく均し綺麗に文章としてまとめあげる点に作者の力を感じる。特に、一枚の写真のように鮮やかな光景を脳裏にちらつかせる情景描写はピカイチで、自分が思い描いたものを自分の言葉で正確に伝えたいという強い意思と個性を感じた。好きな表現は沢山あります。お日さまの光がギリチョン溜まる浴槽、炎の粉を散らしたように焼けかがやく川面、薄い和紙のように折り重なる山影や、過って水に垂れてしまった油のように所在なげなしみ、ちりめんに縫いつけた玉留めのような目、幾重にもなったオーガンジーの布がほぐれていくようになめらかに落ちる滝。

誰もが通りすぎて忘れていく小さな感情や記憶へのフォーカスの当て方もセンスがあって、例えば家と学校で言葉を使い分ける後ろめたさや、幼い頃「蚊に」を「カニ」と勘違いしていたこと、殴られる恐怖と恐怖を感じたことへの羞恥を覆い隠すための歪な笑い。無造作に散らばる小さなそれらを丁寧に拾い上げて、慈しむように転がして、全てをままならない感情に繋げていく鮮やかさといったら。

全編に溢れるのは強烈な「淋しさ」です。大事に磨かれ撫でられて、そっと配置された言葉たちの、全てが「淋しさ」の表現に繋がっている。猛々しく、痛切で、健気な「愛」に裏打ちされた、若く、醜く、独りよがりな「淋しさ」を、取りこぼしながらも両手一杯に抱え生きる、自分が一等不幸なわけではないことを分かっているからこそ誰より孤独な、少女と女のあわいを漂う人間の物語。裏表紙には自立の物語だとあったけど、私は親を殺す、もしくは親を捨てる物語だと思う。そういう覚悟を持たなければならない現実に、無駄だと知りながら抗わずにいられない淋しさの話だと思う。

うーちゃんが熊野で抱いた予感はまるきり見当外れの独りよがりだし、SNSの件からみても、作品全体として多分に自己憐憫を含んではいるんだけれど(かかと一緒だね)、それも全部ひっくるめて若さゆえの未熟さと切実さだと、だからこそ心底からの慟哭がこんなに刺さるのだと感じた。若いときしか描けない小説。追いかけたいと思う作家さんは久しぶりです。「推し、燃ゆ」も楽しみだなあ。

2022年2月14日

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読書状況 読み終わった [2022年2月14日]

以前読んだ夏目漱石の全集がかなり良かったので、刊行年も新しいしせっかくだから初の谷崎潤一郎も全集で、と思ったのだけど、注釈もなにもなくただ分厚いだけで非常に読みにくかった。まあでも同時期の作品が集められていたり、未収録作品が収められているだけでも価値がある。特に「お艶殺し」と「お才と巳之介」を初読で読み比べできたのは大いに有難い。

漱石ほど読み易くなく、かといって泉鏡花ほど難読でもない、情緒的で豊潤な、艶と湿り気のある文章。暗く深い人間の心底を抉るような眼差しと、結末の是非を問わない純文学的姿勢。全集の3巻しか読んでないけれど、谷崎潤一郎の作家としての裾野の広さ、器の大きさを感じるには充分。なんとなくちょっと前に読んだ奥泉光の文体を彷彿とさせるんだけど、読んでいて静閑さと微弱な興奮を連れてくるこの感じは自分と相性が良いなと思った。これから長い付き合いになりそう、、、

■「お艶殺し」「お才と巳之介」、、、どちらも悪い女にハマって堕落していく男の話。が、完成度は圧倒的に後者が上。主な関係性の焦点がお艶と新助のみの前者よりも、お才と巳之介、卯三郎とお露、お才と卯三郎ーーーの後者の方が深みがあるのは自然の道理。登場人物の悪辣さも人物描写も後者が上だが、なにより巳之介の愚鈍で幼稚な人間性が目につく。正直な女の子を騙したと母親に詰られて喜ぶ、その一文だけで、自己肯定感の低さと承認欲求の高さが窺える。こういう心の底を引っ掻くような捻れた心理描写が一等上手く、そしてそれが私達にも充分当て嵌まるというところに、谷崎潤一郎が読み継がれる理由があると思った。
■金色の死、、、つまり谷崎潤一郎の芸術論。人間の肉体が最も美しく、男性美と女性美を兼ね備えた中性の美がその最たるものである、というのは「創造」に繋がる主張であるし、自伝的小説とも言われる「神童」で自分の容姿に劣等感を抱いている、かつ「金色の死」の「私」も岡村君の対比として"見るからに哀れな、うら淋しい姿"であると設定されているように、自分が持ち得ないからこそ美しい肉体に固執するのではないかと思われる。それにしても岡村君の創作した自然風景への描写は本当に見事で、荘厳で優婉で雄大、微に入り細を穿ち、言葉は尽きぬとばかりの表現なのが、"生きる人間の肉体"で創作された芸術に移ると途端に口を閉ざす様がまた上手い。自分の芸術論を突き詰め実現したらこうなる、という思考実験の意味合いもあるのか?それにしても身体中に金箔を塗って皮膚呼吸ができずに死ぬってオチ他になんかなかったっけ?
■創造、、、会話文のみ。美男美女同士がお互いに一目惚れするのは法成寺物語の前身みたいなとこある。「細君譲渡事件」むっちゃ関係ありそう、、、別巻に纏めてるのかもしれないけど、せっかく全集なんだから年表欲しいよね。
■独探、、、普通にめちゃくちゃ面白かった。これぞ愛すべき西洋人て感じ。嘘八百並べ立てて平気な顔してるのも、日本人を雑に侮ってるのも、女と金に目がないのもさもありなん。同時に日本人の懐の広さというか、谷崎潤一郎の情の深さというか、、、こんなにいい加減な人物と付き合い続けるのは寛大だなと思う。まあ結局スパイなの見抜けなかったんだからやっぱり日本人はお人好しで馬鹿なのかも、当時の新聞がどれだけ信用できるかは分からないけど。
■神童、、、人間というものをあまりに率直に描くとこんなに屈折して見えるのか、という発見。並外れた己の能力ゆえの自惚れと傲慢、皆で弱い者を虐める快楽と旺盛な性欲に抗えない弱さ、弱者を虐げることで強者に阿る狡猾さ、薄暗くてざらついた物欲に食欲、己の容姿と肉体への劣等感、全て一人の人間のごく一般的な心理である。春之助は確かに流されやすいけれど、それだって指差して非難されるようなことではない。むしろ物語末尾で客観的に自分を眺め、そ...

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2021年11月30日

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読書状況 読み終わった [2021年11月30日]

単行本の分厚さと素敵な装丁から既に漂う、物語の重厚感に惹かれ手に取ったものの、予想を遥かに上回るその多層性と荘厳さに面食らったのが第一印象。なにより一文が長いこと長いこと。直前までアガサ・クリスティーを読んでいたので慣れるまでちょっと時間がかかったけど、慣れてしまえばリズム感も良く噛みごたえ抜群な文体。古めかしい言い回しは時代を意識してなのか、作家さんの特徴なのかは分からないけど(まあ多分時代設定の一環)、物語の重厚感と登場人物たちの立体感を表現するのに抜群な効果。寿子の情死事件、政治家の小賢しい謀計、それにのせられる若き陸軍士官たちに愚かな民衆、日本をうっすらと覆う太平洋戦争直前の狂おしいほどの不穏な熱気と、その膜に気付かず粛々と生きる人々との対比、あらゆる層が折り重なって、ミステリーでありながら全く骨太な歴史小説でもある、その存在感たるや。

徹底した客観描写が印象的。語り手の冷徹な視線は、読みながら歴史の勉強をしているような錯覚さえ起こさせるが、だからこそ稀に表れる心理描写が重く痛切で、否応なく物語に巻き込まれる(久慈中尉と黒河の感情は特に痛かった、、、)。加えて、絶妙な塩梅で事実にフィクションを交える手腕は見事。笹宮伯爵なんて、彼の矮小さ人間らしさも踏まえて存在しなかったのが不思議なくらいの立体感。

そしてなによりヒロインが魅力的。重ねて強調される容姿の美しさはさることながら、物語の終盤、なにより残酷な復讐をこの女なら平気な顔でやり遂げるであろうと思わせる人物像を、徹底して創り上げる緻密さと、それほどの悪女であるのに嫌悪感を抱かせない、寧ろ女性でありながらこの時代によくぞこれほどのマイペースを貫けるなと感心させる、その厚顔さが頼もしい。始終シリアスで重々しいのに、惟佐子が食い散らかした男どもがそうとは知らずに一堂に会する場面は本当にめっちゃ面白かった。だからこそ、もう一人のヒロインと言って差し支えないであろう千代子の平凡な愛くるしさと、可愛らしい恋愛模様に癒される。このダブルヒロインのコンビがはちゃめちゃ良かった。千代子がいなかったら惟佐子はただ美しいだけのロボットみたいに冷たい女だもんな。

物語の核でもある、二・二六事件の動機は正直荒唐無稽すぎてどうかなと思ったけど、皇室に対する認識が当時も一枚岩ではなかったのだろうと考えさせられる種にはなった。思えば当たり前だけど、天皇=神であるという狂信的な日本人ばかりではなかったのに、どうしてああいう歴史を辿ってしまったのか、今が平和な時代だと思っている私たちこそ熟慮しなければならない。飛び交う言葉が如何に力を持っていようとも、それが真実とは限らないのだということを、いつでも考え続けなければならないと思う。

「一君万民の理想はおのずと実現する。我々はおのずとなることのために死ななければならない。」という久慈中尉の言葉には芯からの日本人を感じたし、父親そっくりの卑小さに無分別を備えた惟浩の、四面四角で狂信的な士官候補への変貌、教育によるたった半年での人格矯正には恐怖を覚えた。千代子の結婚話で物語は結びを迎えるけれど、その後の日本の歴史を知る身としてはなんとも不穏な雰囲気を拭いきれない。作家の手のひらの上で踊ってる感がすごい。

というか神人の血筋云々は妄念だとして、「アインシュタインは敵に回すべきじゃない」とか、折々垣間見る焼けた大地の幻影とか、明らかに未来予知的な能力を惟佐子は持ってるけど、これは惟佐子のミステリアス設定のためだけの要素だったんだろうか。分からない。レビュー読み漁ろ。この人の現代小説も読みたいな。

2021年10月16日

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読書状況 読み終わった [2021年10月16日]

読み物として秀逸。これぞエンターテイメント!ページを捲る手が止まらなかったのは久しぶり。京極夏彦を推理作家たらしめた百鬼夜行シリーズの、何故か2作目から手をつけてしまったわけだが、特に問題なく楽しめた。題材の印象が先行してしまっているのか、もしくは膨大なページ数のせいか、難解なイメージを持つ京極夏彦作品だが、「死ねばいいのに」「虚言少年」等と同じく読みやすく馴染みやすい文章。京極堂の演説は小難しくもあるけど、一般的にも許容範囲内だと思う。

ミステリーとしては規格外。人が死んで謎解きがあるのだから大枠はミステリーだとしても、犯罪を追及する論理が非論理的(なにしろ魍魎だし、、、)。その一方で、追い詰める探偵役は冷徹なほどに現実的、理知的、論理的な人間(陰陽師とかいう胡散臭い奴であるにも関わらず)であるという混沌を内包しつつも、破綻することなく一個の読み物として昇華されている。これを可能にするのが、時に冗長にも感じられる京極堂の演説であり、各登場人物の細かい心理描写なのだろう。特に京極堂の演説は、ただの知識のひけらかしでは?作者の主張詰め込んだだけでは?と思うくらい尺取るしクドいんだけど、最後まで読んでしまえば、「論理」と「非論理」の同居を違和感なく受け入れられる状態に読者を引き上げるためには必要な過程であることが分かる。これぞ京極夏彦作品!なのだろうなと思った。

突っ込みたいことは色々ある。関口の理解力のなさウザイなとか(読者視点の案内役なんでしょうがないけど曲がりなりにも文筆家、、、)、木場の行動を彼の歪んだ恋愛観に結びつけるのはちょっとこじつけっぽくない?とか、皆めっちゃ容易く他人の深淵から"あっち側"に引きずられるやん、そもそも京極堂はどういう立ち位置で関係者集めて演説ぶってんの?とか、加菜子ただのめちゃくちゃ薄幸の美少女だったなもっとキャラクター大事にしてあげて、、、結末もある程度予見できて意外性もないし、、、等々頭の片隅で私の冷静な部分が色々言ってたけど、まあエンターテイメントだしな!で解決。全体通して面白かったから良し。

それよりも京極堂の演説内容が個人的に興味深かった。
・宗教者、霊能者、占い師、超能力の違いの考え方
・釈尊は占いを禁じている
・神道は元来民族宗教である
・オカルトの本来の意味と、その間口の広さ
・福来博士の実験と当時の世相
・節分の由来
・魍魎は鬼より古い
ざっと挙げただけでもこれだけ。これらを読者に理解させる文章力と物語に過不足なく組み込む構成力、豊富な知識量には舌を巻く。純粋に知識として面白いから是非参考文献を読んでみたいです。

小説は作者の主義主張を反映しやすいものではあるが、そこに作者の技術や思惑がある以上直接的な意見とは言い難い、という件が本作にあるが、「犯罪は、社会条件と環境条件と、通り物みたいな狂おしい瞬間の心の振幅で成立する」という京極堂の主張はそのまま作者の主張なのではないかと漠然と思う。この意見に懐疑的であった関口が終盤、見事に"通り物"に憑かれそうになる展開は、犯罪者と関口=我々一般読者に線引きなどなく、条件さえ整えば誰でも犯罪に手を染め得るのだという実感を与える仕掛けなのだろう。こんなにページ数も多くて大きな"匣"なのに、中身もみっしり詰められ隅々まで緻密に練り上げられている、とても楽しい読み物でした。今度はちゃんと順番に読む。

2021年9月20日

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読書状況 読み終わった [2021年9月20日]

ヘミングウェイ自体が初読。2020年の新訳が出ていたので手に取った次第。年譜も詳しく(その年の出版・映画界の主な代表作や、世界や日本の転換点も抑えられているのが良い)、解説も丁寧で、翻訳ノートと称された註釈も分かりやすい。ただ、本編の語句から翻訳ノートに飛べたらもっと便利かな。自力で調べながら読んだよ、、、

ノーベル文学賞受賞も当然と思わせる文句なしの名作。風景や漁に対する客観的な描写と、老人の独り言や独白を担う主観的な描写の往来が若干読み難くもあったが(あと漁に関する専門用語がピンとこなかった、図解もあったら有難い)、文体自体は一貫して簡素なためとっつき易い。にも関わらず、サラッと通り過ぎる場所はどこにもなく、全ての言葉に意味が、愛が、誠実さが宿っているのが感じられる。一度読んだだけで完全に自分の糧にできたとは決して言えない、これから先何度でも読み返すべき作品。

老人の知力と体力を超えた、壮絶で孤独な戦いが報われることはないにも関わらず、物語全体を覆う切ない温かさはなんなのか。あらゆる場面から静かに湧出する豊かで深甚な愛情は、海を、海に連なる生き物たちを心から愛する老人の想いそのものであり、朴訥で不器用で誠実なこの男の、大変に愛おしい人格そのものでもある。自分の老いと孤独への悲哀を抱えつつも、海を愛し、生き物を愛し、村や少年を愛し、自分の人生を愛するその愚直さと、海や生き物の狡猾で残酷な部分をも在るが儘に受け入れる寛大さ。これらを備える人格の強さと深さが、ただただ本能のまま素直に生きる大魚やサメとの死闘を、よりドラマチックに仕上げている。そして、あくまで客観的で冷静で、なによりリアルな闘いの様子が、物語をセンチメンタルなだけで終わらせない、その絶妙な塩梅が見事です。

伏せられた亡き妻の写真で老人の孤独を知り、少年とのやりとり(抵抗なく酒を奢ってもらったり、野球について喋ったり)で二人の穏やかで対等な関係に胸を温める。トビウオや鳥、海亀への独特な視線は面白くも和やかだし、孤独に海で戦う老人が何度も自らに問い、答え、慰め、鼓舞する様子はなんだか哲学的だ。引き攣る左手に腹を立てたり、励ましたり、まるで人格を与えているような描写は可愛らしい。何度も呟く「あの子がいてくれりゃ」という言葉には、寂しさと信頼と諦念と、自分の技術や海について少年に余さず伝えたいという愛情が感じられる。大魚やサメたちとの息をつかせぬ死闘の様子に、老人の豊富な経験と漁師としてのプライド、並外れた我慢強さを知り、それでも力及ばずに兄弟同然と愛した大魚がサメに食い散らかされる悲痛を追体験する。這う這うの体で帰還した老人の手の傷を一目見たマノーリンが、その惨憺たる戦いと筆舌に尽くし難い悔恨を察し涙する場面では、思わず目が潤むほどに没入していた(あんなに簡素な文体なのに、、、)。中編小説でよくぞこの濃さを!ヘミングウェイの当時の奥さんが「老人と海」を読んで、人目を憚らずに心変わりを謳う夫を許した逸話、すごい共感した。この作品を世に出すための恋ならば、もう許すしかないよな、、、あと表紙がとても素敵です。初版の表紙も見てみたいな。

祈る場面も度々あったし、「手のひらを釘で板まで打ち貫かれた人間が思わず発する声」みたいな叙述で絶対にキリストに絡めて批評する奴いるだろうなとは思ったけどやっぱりか、、、でもあんまり関係ないと思うな。それよりもカジキの夫婦の話が出てきたときに、大魚のカジキってこのとき生き残ったカジキの雄なのでは?と思ったんだけど、穿ちすぎか。現実味もないし、作品に合わないかも。でもいろんな視点の解釈が知りたい。レビュー読み漁ります。

2022年1月11日

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読書状況 読み終わった [2022年1月11日]

装丁が似ているからこれで登録したけどちょっと違うかも?読んだのは、市古貞次・小田切進編 , 日本の文学25 , ほるぷ出版 , 1985年8月刊行のもの。「お目出たき人」が収録されていて、図書館で一番新しいものを選んだのに、借りた後2000年刊行の新潮文庫が入っててちょっとショック。寄贈だろうか、、、まあでも「友情」を再読できたので良しとする。

「友情」と共に通読するとその出来の差は歴然。物語の立体感がちがう。主な登場人物の数が違うし、そもそもこの2つの作品には現実に約10年の差があるので当たり前ではある。だが読みやすい簡素な文体と、青春や恋というテーマは共通。武者小路実篤は、変にプライドが高くて冴えない文学青年を描かせたらピカイチだと思った。この2作品しか知らないけど。

■お目出たき人、、、完全に一人相撲の図。一人相撲なので小説としても平面的。主人公の思考を深掘りするしかないけど、大したこと考えてないのでやっぱり浅い。手淫についても大真面目に考えてて笑った。だがその若さ故の思考の浅さというか、突拍子もない空想というか、なのに変な確信とか自信はあって、しかも些細なことで崩れやすい不安定なあの感じ、誰しも経験したことがあるのでは?そこは共感できたし、上手い表現だと思った。この時代にしては性に対する欲求も素直に描かれているので、これも若かりし武者小路実篤の冒険なのかもしれない。附録は主人公が書いたものだそうだが、そうだとすれば自分の楽観を嘲笑するようなものが多いように思う。こういう客観性をも兼ね備えた楽観がつまり「お目出たい」のか。若かりし頃は誰でもお目出たいのかも。
■友情、、、なにしろ再読なので、初読ほど疲れることはないだろうと気軽に読み始めたのに、往復書簡辺りからの感情の濁流に呑まれてやっぱりちょっと疲れた。文体が簡素なだけに響く音が大きい。友情と恋を天秤にかけるのがこの時代流行りのテーマだったとしたら、穏やかな方の結末だと思う。なにしろ野島は今後自殺することなく仕事に励み、大宮と杉子は裏切った友情のことを鬱々と考えて過ごすこともないだろうと、野島の最後の手紙によって予見されるから。だからこそ強がりと裏腹の日記の独白が胸に刺さるのだけど、、、野島は個人的に好きじゃないけど、最後の手紙は本当に男らしくて友情に溢れたものであり、野島から大宮への友情のベクトルでこの物語は締まるのだと再読で気付いた。だからこその「友情」。再読大事。

夏目漱石に影響されてるのはどう考えても「友情」だろうと思ってたのに、実際は「お目出たき人」なんだそう。うーん、武者小路実篤の夏目漱石論も読んでみたいな、図書館にあるかな、、、

2021年8月18日

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読書状況 読み終わった [2021年8月18日]

全体的な印象として"薄い"。ページ数も世界観もそうだけど、なにより主人公に中身がない。それは物語を作り込み損ねたのでは決してなく、主人公の薄気味悪い"空っぽさ"を作品全体に反映するため、誰でも書けそうな平易な文章を絶妙に組み合わせることにより、あえて薄っぺらい世界観を演出したのだ、と思う。立体感のなさで言えば村田沙耶香作品を連想させるが、平面的な世界にギラリと毒々しく光る人間性が村田沙耶香作品の持ち味だとして、「破局」は主人公の薄っぺらい人間性が立体感のある世界を飲み込んでしまった感じ。一人称だからかもだけど。

「公務員になるから」これはしちゃいけないとか、「彼氏だから」こうしていいとか、あらゆる行動や思考に世間基準の薄っぺらい理由付けが必要な幼稚性と、コミュニケーションの行間で暗に示される拒否や要望を全く汲み取れず、他人の気持ちを慮れない想像力のなさ。これらがよく鍛えられて育った成人男性の身体に宿っているというアンバランスがなんとも危うい。ただ、共感できる部分も沢山あって、例えばゴキブリに触った手で灯に触れたことに気付く場面みたいに、誰もがするであろう小狡い行動や思考を折々挟むことで、主人公に対して不穏な違和感を覚えながらも、人間の頭の中を包み隠さず文章化するならこういう薄気味悪いものなのかもしれない、とも思わせるギリギリの描写がまたなんとも言い難い。主人公はすごく"空っぽ"に見えるけど、それって気付いてないだけで自分も、誰でもそうなんじゃないか?

殴った男が死んだかどうかも分からないし、人生の「破局」というにはそれほど悲劇的ではないかなと思うけど、幼稚な人間性なりに灯を大切に思っていたのは事実だから、一組の男女の「破局」ではあるだろう。読んでいて唯一光る柔らかい感情が灯に充分伝わらなかったのは遣る瀬無い、自業自得でもあるけど。

陽介にはとりあえず、一晩中セックスしても足りないのは明らかにおかしいから灯を病院に連れて行った方がいいこと、佐々木コーチは毎回当たり前のように肉を食べに来るのを迷惑に思ってること、高校生の部活動であまりにキツいトレーニングを課すのは目的をしっかり共有できてからにした方がいいってことを教えてあげたい。あと、知るべきだったのは空を見上げる必要性じゃなくて、人間は理由がなくても悲しいときがあってもいいってことだと思うよ。

2021年11月2日

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読書状況 読み終わった [2021年11月2日]

宮崎駿、司馬遼太郎、堀田善衛の鼎談より、中国文化の最良期は長安が栄えた頃である、という言に興味を持ち、参考文献として本書が挙げられていたので手に取った次第。もちろん学術的知識なんて皆無、漢文なんて大学時代に「ドグラ・マグラ」でちょこっと読んだきりだったので、いくら初心者向けだと謳われていても(そう言っているのも井上靖さんだし)読み切れるか不安はあったが、表題の「長安の春」以外はすんなりと入ってきた。初版序に「中学生のような作文」とあって、おいおい謙遜がすぎるぞと思っていたのだが、なるほど論文と言うには柔らかく、随筆と言うには濃く重い、まさに初心者にはちょうどいい塩梅で、巻末の井上靖さんの「研究随想」は言い得て妙だなと思った。

「長安の春」はなかなか難解だったが、それでもその華やかさくらいは解すことができる。異文化の寺院が混在する街並みに、整えられた街路樹、花を愛でて出歩く人々、牡丹に大金を注ぎ込む富豪たち、、、どんなに世の中が変わっても、千二百年前も今も人間は変わらない。それだけでもなんだか親近感と愛着が湧いてくるし、「胡旋舞少考」や「当壚の胡姫」における、異文化への傾倒とその侵食具合も、新しくて珍しいものに目がない現代の我々に通ずるものを見た。

義務教育で、日本文化の大部分は中国大陸より伝わり独自に変化したものだと叩き込まれた身としては、本書にてその中国大陸に多大なる影響を及ぼしたように思われるイラン文化にまた興味が湧くのも当然、まあこれが世界は繋がっている、ということなのだろう。

それにしても、花氷の卓だの龍皮扇だの自雨亭だの、長安の文化は本当に豪華で、富豪たちはとんでもなく贅沢だ。今でも考えられない金持ちは存在するし、やっぱり同じようなものなのだろうけど、長安が贅沢のしすぎで滅びたっていうのは、本書を読む限り結構あり得るんじゃないだろうかと思ってしまう。

■必読の書/井上靖
■初版序
■長安の春
■「胡旋舞」少考
■当壚の胡姫
■西域の商胡、重価をもって宝物を求める話ー唐代シナに広布せる一種の説話についてー
■再び胡人採宝譚について
■胡人買宝譚補遺
■隋唐時代におけるイラン文化のシナ流入
■長安盛夏小景
■地図
■私にとっての座右の書/井上靖

2021年6月21日

読書状況 読み終わった [2021年6月21日]

ずーっと思ってたんだけど、キノの旅って星新一感あるよな、一つの事実に対して多面的な視点を当てるところとか。他国や他人に対して、キノがあくまで客観的な立場を保っていることが効いてると思う。

■何かをするために・b
■迷惑な国、、、「ある程度の迷惑」で割り切れるレベルじゃないと思うけど、彼らの国の技術力からしたら「ある程度」。これも価値観の相違というかなんというか。通りすがりだからできること。
■ある愛の国、、、羊てあんた
■川原にて
■冬の話、、、情景描写が特に秀逸、なんてことは全然ないんだけど、キノの旅のこういう静寂に満ちた、閉じた話は好き。時々挟まる雪の描写が好きだなあ。オチは別にどうでも良かった。
■森の中のお茶会の話、、、キノの旅らしい残酷さ。師匠お化け苦手なのめっちゃ意外。
■嘘つき達の国、、、これはすごく印象に残ってた話。まさか男も嘘つきだとは。幸せの形とは?
■何かをするために・a、、、キノにもこんな時代があったんだなあーって話。罪悪感とかじゃなくて、キノはちゃんと自分で選んで今のキノになったんだなという安心感。師匠との日常が可愛い。

2021年4月4日

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読書状況 読み終わった [2021年4月4日]

セクシャルマイノリティーたちのわちゃわちゃコメディー第二弾。登場人物たちの奥行きのなさも、平易な文章も、そうはならんやろ、という展開も、慣れてしまえばなんてことないし、読んでて普通に楽しい。内容や雰囲気は一巻と特に代わり映えしないが、今回は俊彦以外の人物視点の話が多かったのが新鮮で良かった。礼儀がなってない編集者(と思い込んでいただけだけど)への説教や、暴力的な志木の恋人への対応で、千里の好感度が著しく上がったのに(実は一番まともなんじゃないかと思った)、大事なペットの金魚を鷲掴みしちゃうデリカシーのなさ(魚は素手で触ると人間の体温で火傷しちゃうんだよ!!!)でドン引きさせてくる自由度はちょっとクセになるかも。千里が一番人物像掴めない。相変わらず美穂ちゃんは空気だし、もう表紙にいなくていいと思う。なにか"感じる"、ということなら、作者あとがきの方がよっぽと"感じる"ものがありました。まあコメディーはこんなものなのかな。もし続きが出るなら読んでもいい、という程度です。

■二つの性別を持つ男
■ある夏の日の過ち
■風邪と共に去りぬ
■巨人の図星
■彼が彼女になる日

2021年1月22日

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読書状況 読み終わった [2021年1月22日]

刀剣好きなら楽しい一冊。各刀ごとの逸話が短編として収められていて、それぞれの短編の末尾にはその刀についての著者の所見が記されている。知ってる刀派が出てくればテンションが上がるし、知らないものについても刃文や地鉄の特徴などが細かく記録されているのでとても参考になる。私はそんなに詳しくないので、地景とか砂流しとか分からない単語が結構多くて検索疲れしてしまったけど、、、予備知識があればもっと気軽に楽しめたろうと思う。

編者解説より、著者は泉鏡花や柳田國男と同年代だそうで、どうりで文章が古典的なわけだと合点したが、読みづらいというほどではない。むしろ雰囲気と合っていて良い味を出している。ほとんど昔話を読んでるつもりだったのが、いきなり話者本人から聞き出したものが現れて、それが山女との格闘まで含んでいたものだから驚いた。やはり少し前の日本には妖怪の類が本当に跋扈していたのかもしれない、司馬遼太郎と堀田善衛、宮崎駿との鼎談であったように、暗闇を照らし出す「電気」が広まってから姿を消してしまったのだなあ、と漠然と思いつつ、これらの"大層な"物語を背負う格があるからこその名刀なのだという認識も深まった。

それぞれユニークで面白かったけど、小夜左文字の復讐譚は知っていたにも関わらず改めて文章にされると胸にくるものがあったし、大利根の鬼女話は怖すぎた、DVどころじゃない。辻斬りも多いし物騒。共通しているのは、名工が鍛えた刀には霊威が宿り、物の怪は近寄ることすらできないということ。日本のモノづくり文化の根幹が伺えますね。

■黄牛大奮戦/亀海部
■片思いの梵鐘/卒都婆月山
■虚空に嘲るもの/秋葉長光
■潜み迫る女怪/金丸広正
■呑んで呑まれて/倉敷国路
■仁王尊のごとく/二タ声宝寿
■夜泣石のほとりで/名物小夜左文字
■白猿狩り/白猿
■鬼女狂恋/大利根
■怪猫邪恋/三毛青江
■血を吸う山賊/松尾清光
■螢と名刀/名物螢丸
■怨む黒牛/台覧国俊
■邪神の犠牲/石切真守
■群狼襲来/弦月信国
■妖異大老婆/嫗切国次
■報恩奇談/二ツ岩貞宗
■死霊の応援団/籠釣瓶兼元
■七股妖美人/七股政常
■俳友巣仙/巣仙国広
■富田城怪異の間/初桜光忠
■蛇性の裔/皹三条
■怪奇の按摩/米屋氏房
■辻斬りと怪青年/久保坂祐定
■逆襲の大河童/有馬包国
■藤馬物語/各務綱広
■大蛇両断/吾ケ妻貞宗
■首が飛んでも/猪ケ窟之定

2020年12月28日

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読書状況 読み終わった [2020年12月28日]

堀田善衛、司馬遼太郎、宮崎駿の三巨匠の鼎談。約三十年ほど前のものだから内容が古く、現代にはそぐわない話題も沢山ある、が、国の成り立ちや宗教についての見解など興味深い意見も散見され、なによりその知識量に驚かされる。我々はあらゆる国々の歴史や文化を、それぞれ固有のものとしてぶつ切りで捉えがちだが、全ては繋がっていて無関係なことなどなにもなく、よって日本の歴史小説を書くため、あるいは日本という国を客観的に捉えるため、巨匠たちは必然的に、繋がる方々の世界へと触手を伸ばしていかなければならなかったのだろう。私は常々、キリスト教圏の文学は聖書を読まなければ真に理解はできないだろうなと思ってきたが、歴史を知る、文化を知る、という手段もあるのだと、目から鱗が落ちた。

にしても先輩二人の宮崎さんへの無茶振りが面白い。たしかにご希望通りのアニメーションができたら素晴らしいし面白いだろうけど、、、宮崎さんのタジタジ具合よ。全体的に先輩二人とその二人の話を聞く後輩、という図式が心地良かったです。

以下特に印象に残った話題。
・ロシアはほとんど商売というものを個々に一生懸命やったことがない。重要な単語はイスラム系の言語から導入された。自分たちが商品経済の中にいたことがないから、もし資本主義になったとして、最悪の資本主義国になりかねない。
・ドグマで支配するのは大領土国家の一つの型。今の中国とロシアは、宗教が社会主義に挿げ替わっただけ。
・あの平和の人トルストイが「セヴァストポリ物語」で「征服は悪い、しかし結果はよかった」と書いている!!!
・徴兵制を開発したのはナポレオン。それまでは傭兵制が主だったため、より安価で強制力のある戦争ができるようになった。
・ヨーロッパ人には二種類ある。一つは上層階級で親戚がヨーロッパ中におり戦争を嫌う(困る)コスモポリタン。もう一つは中産階級から下のナショナリスト。ヒトラーを支持したのはこの人たち。
・イギリスの王室はドイツのハノーバー家からきたプロテスタントの人たち。だから日本の皇室とイギリスの王室に対するそれぞれの国民の捉え方も根本的に違う。
・信長と秀吉の主従関係の中身は請負制。
・古い薩摩家中では"冷えもんとり"という奇習があった。ユニークさというのは、世間という普遍性に照らしてのユニークでないと理解できない。
・ガウディのサグラダ・ファミリアはこの当時不法建築。2018年に許可が出ている。
・国際化というのは日本の中の国際化であって、日本人が積極的に外国へ行くことではない。近所在住の半分が外国人になる、そういう国際化が実現するかもしれないということ。
・日本は十三世紀の鎌倉幕府成立からすでに脱アジアだった。その後一度もアジアであったときがない。
・ジャガイモがヨーロッパ人を救った
・「なにもウイスキーまで作らんでいいじゃねえか、おれたちはね、日本の酒作ってないよ」
・パリの街全体を見わたして、「これはみんな減価償却ずみだな」と言う共同通信の社長。

2020年12月2日

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読書状況 読み終わった [2020年12月2日]

「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ短編集。一つ一つがとても短くて本編とは違いあっさり読めるが、根底を流れる穏健で温かい雰囲気とその健気さは寸分違わず、作者に愛されて産まれたんだということを感じさせる。本編も合わせて違わぬ人物像に、登場人物たちの影の濃さと物語の厚みを思わせます。こんなに短い短編集なのにとても満足させられました。

■祝祭と掃苔
■獅子と芍薬
■袈裟と鞦韆、、、宮沢賢治の言葉の力ってすごいなと思った。背景にこの物語があるからかもしれないけど、抜粋されたたったの8行、読んだこともないし意味もわからないのに泣きそうになった。詩はよく分からないから手を出そうと思ったこともないのに、「今度読んでみよう」と思わせる、こういう世界を広める体験が読書の良いところだと思います。あと、本編では触れられなかった作曲家の苦悩と喜び、そしてなぜ明石が作曲家賞を獲れたのか、その理由が描かれているようで嬉しかったです。
■竪琴と葦笛、、、ただの純粋な天才でなく、緻密な策略家でもあるところがマサルの魅力であり、だからこそ「新たなクラシック曲の創造」を夢みることができる器なのだということ、がブレずに描かれていて安心しました。そして音楽の表現がやっぱり秀逸。ジャズライブの、地続きで騒がしく、全身で音楽に打たれているあの感じを、見事に言葉で表し切る個性。本編を思い出します。
■鈴蘭と階段、、、楽器を選ぶ重要さと、楽器を育てる、共に育つという、一般人には分かり得ない感覚を読者に提示・共有してからの、「名器」と奇跡的に出会ってしまった瞬間のあの奏の絶望の表現。すごいインパクトあるしクセになるししっくりくるし、上手いなあと思いました。奏のヴィオラもいつか文字で"聴いて"みたい。あとマサルはボサっとしてると風間塵に亜夜ちゃん取られちゃうよ頑張って。
■伝説と予感、、、この話が一番好き。風間塵はこの世界線で、どこまでいっても「風間塵」なんだなと思った。なるほど精霊ね、そうきたか。今すぐもう一度本編を読み直したいと思わせる、知っているのにワクワクする、まさに「予感」そのものでした。

2021年3月15日

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読書状況 読み終わった [2021年3月15日]

最初は「ピアノの森」を思い浮かべがち。どうしても風間塵と一ノ瀬海が重なるし(躍起になって彼らの音楽を否定しようとする審査員の姿も)、コンクールというイベントの特殊性、音楽を競うという行為に対する懐疑、それでも評価される嬉しさ、そして紙面で音楽を表現する困難も共通している。けれど画という視覚情報がない分、小説はさぞかし難産だったろう、それでも文字に起こす意味、作者の意図と伝えたいこと等をつらつら考えながら読んでいたら、いつの間にか物語に引きずり込まれていることに気付く。

それでも決して、次は次はと急くほどワクワクするわけではない。個々人に抱える事情はあるし、コンクールにおいては驚嘆すべき音楽が現れ心動きつつも、物語的には特に事件が起こることもなく、淡々と進行していく。まさにアンダンテ。それでもしっとりと静かに、それでいて重く降り積もるものがあって、歓喜とも哀愁とも絶望ともつかないそれは、コンテスタントの心情や演奏の描写と共に揺らいだり、時には溢れたり、、、小説はエンターテイメントなだけではない、芸術でもあるのだ、ということを思い出させてくれる。

なにより驚嘆すべきはその表現力。一次予選、二次予選と繰り上がっていくうちに、この先の膨大で素晴らしい音楽をどう表現するのかとハラハラしたが、流石の知識と取材力。それぞれの作曲家や譜面への知識から滑らかに心理描写に移るさまは見事だし、リストのピアノソナタロ短調がサスペンス・メロドラマになったときは舌を巻いた。それでも音楽に心酔することなく、いっそ冷徹とも言えるほどの静けさで感動を描ききるさまは、奇しくも物語の中で最上の音楽を創り出すコンテスタントの姿に重なる。今思えば、物語の序盤で小説家が出てきたけれど、あれは作者の心を代弁していたのではないか、つまり、小説も音楽も芸術であるということ。

舞台上で上がってしまって上手く演奏できない者、誰もが実力者と認めていたのに予選を勝ち進めなかった者、舞台袖のスタッフの気配り、審査員の思惑、観客のざわめきなどなど、、、4人の主なコンテスタントの心情、成長、未来への展望と、その鮮やかな演奏を交えつつも、背景として一般的なコンクールの全体像を描きだす丁寧な描写も好印象。物語に奥行きが感じられます。

終盤まで風間塵の言う「音楽の解放」があやふやで掴み切れなくて気持ち悪かったんだけど、栄伝亜夜との(心の?音楽の?)対話で腑に落ちました。なるほど、「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」なんてまんま小鳥の声だもんな。自然を表現しようとした音楽が、今ではCDやイヤホンの中に閉じ込められて、我々はそれが音楽だと思ってるけど、本当は日常の中にこそ音は、音楽は溢れている。世界と同じように音楽も循環している、還元していかなければ、ということなんだな。風間塵の「音楽の解放」活動といい、マサルの新たなクラシック曲創造の野望といい、恩田陸の観察眼というか感受性というか、慧眼?すごいな、、、新しい価値観でした。面白いです。

これを機にいろんなピアノ曲聴いたけど、やっぱりリストはヤバい。「ラ・カンパネラ」はもともとヤバいと思ってたけど「主題と変奏」は、あれは変態だと思いました。新しい音楽に出会わせてくれてありがとう、、、誰か風間塵編曲のアフリカ幻想曲弾いてくれ、、、

2020年10月27日

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読書状況 読み終わった [2020年10月27日]

「妖怪人類学」とあるから、てっきり水木しげるが培ってきた妖怪観が述べられているものだと思っていたのに、蓋を開けてみれば「妖怪図鑑」。背景が細かくリアルに描き込まれたカラーの妖怪画は、水木しげるにとって人間は(もしかしたら妖怪も)世界の構造の一部でしかない、と以前読んだ評伝の言を証明するようであり、これだけでも勿論目にする価値はあるが、いかんせん期待とは違っていたのでどうにも、、、まあ評論家のように一から十まで語り尽くすような人物でもなし、むしろ"画"で語るのがらしいとも言える。

本書は日本の妖怪だけでなく、水木しげるが実際にフィールドワークへと赴いた世界各国の「目に見えない何者か」も収録されており、まさに彼の晩年の活動の集大成とも言うべきものだろう。妖怪画ひとつひとつに解説が付いているのだが、現地の女性たちのお尻の触り心地が非常に良かっただとか、文脈に突然放り込まれる「とても健康になったネ」の一言だとか、人物像が垣間見えるユーモラスな文章がクセになる。面白い。

ともかく水木しげるが、目に見えるものばかりに縛られている日本社会、ひいては世界の在り方に異議を唱え、「目に見えないのに確かに存在する者たち」に今一度注目し、かつ敬意を払おうとしていたことは十二分に伝わった。これ学問になったら本当に面白いと思うんだけど、誰か挑戦してくれないかなあ。

2021年5月19日

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読書状況 読み終わった [2021年5月19日]

生きてるうちに一度は読んでおくか、といった程度の気持ちで着手。原文に注釈がついたもの、全文口語訳のもの、はたまた児童向けのものなど、遠野物語は様々な形態で様々なものが出版されているが、泉鏡花と同時代程度なら原文がよかろうと、本書を手に取った次第。音読のために全文振り仮名がふられ(固有名詞を読むのに大変助かった)、それぞれの話毎に注釈と解説がついており、思っていたよりも数段快適に読めた。慎重に選んで正解。

ものすごく簡潔に言ってしまえば、今でいう都市伝説集みたいなものだ(と私は感じた)が、それぞれの話を語った人物、場所等を明記し、実在した(する)人物の経験談として語られる形式は、感覚的に新しいというか、、、確かに「研究」的なものに感じられなくもない。当時の人々にとっての自然や神がどのようなものだったのか、全国的に類似する話が見られるのは何故か。これらの伝承には気候や地形、当時の習俗が深く関係していることは明らかであり、それらを俯瞰して眺めようと試みた、なるほど日本民俗学の出発点と名高い名著である。

興味深かったのは、伝承が時代に合わせて進化していくこと。山男が"鞄のようなもの"を持ち始めた件は、現代の怪異が電子機器を自在に操る、または媒介することに通ずると思ったし、実在した大津波で家族を失った男が、翌年亡き妻と会話をする話は、神であろうと妖であろうと、その存在は生きる人間のために産み出されたものなのだ、という感慨を私に与えた。

「遠野物語」が音読用に書かれた、という話も面白い。音読の習慣が日本固有のものなのか、かつては紙や本自体が高級品だったために、広く読み聞かせる手段として音読が習慣化されたのか、それは全く分からないが、確かに遠野物語は同時代の、例えば泉鏡花の文体と比べて、違和感を覚えるほど読みやすかった。本書の作者が言うように、声に出して読まれた「遠野物語」を回復することは、とても価値のあることのように思える。

マヨイガ、座敷童、河童、天狗、付喪神、、、懐かしくもすでに遠くなってしまった存在たちが、遠くなりつつも現代に息づいていること、もしかしたら新しい形で我々に寄り添っているのかもしれないこと、人間のために産まれた、善でも悪でもない彼らが、かつてはこのようにして人々の間に存在していたのだというその事実、それらを少しでも感じることができて、とても満足です。面白かった。

2020年10月6日

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読書状況 読み終わった [2020年10月6日]

入国の時にキノが誓約書にサインしてたけどこの世界はみんな同じ言語なんだろうか、てか言葉が通じてる時点で言わずもがな、物語のご都合主義最高だな、、、「旅の途中」みたいな話もっと読みたい。

■入れない国
■中立な話
■戦車の話
■誓い・b
■彼女の旅
■彼女の旅
■花火の国
■長のいる国
■忘れない国
■安全な国
■旅の途中
■祝福のつもり
■誓い・a

2020年8月12日

読書状況 読み終わった [2020年8月12日]

作者本人も本文にて記しているが、本当に、ほんとーーに個人的な、父親に関する記録というか想いというか、、、自分の感情を整理するための文章なのだということがすごく伝わってくる。村上文学のルーツがどうたらなんて大層なものでは決してないけれど、誰しも親を持ち、子を持つ人間ならば、深い場所でぼんやりと共有できるノスタルジーがあって、作者一人のための文章なのに、それだけではない不思議な力を感じる。

戦死率96%を超える戦争の記録も衝撃的だが、一番印象深いのは、松の木に登って降りられなくなった子猫、のその後に想いを馳せる、子供特有の残酷な、無邪気な、突拍子のない想像力。私にもそんな時代があったなあ、、、と。生々しくて好きです。

そしてなにより挿絵が素敵。この文章にこれほど見合う絵はないだろうと感じさせる。センスの塊。思えば村上春樹作品は正直苦手な部類なのに、何故今回は読もうと思ったのか。表紙の力は偉大ですね。

2021年3月23日

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読書状況 読み終わった [2021年3月23日]

アメリカが舞台のSF小説、の中でもディストピア小説に分類されるもの。ジャンルも作者も初挑戦ではあったが、予想していたより鬱々とすることもなく楽しめた。堅苦しいとまではいかないが、慣れれば咀嚼が心地よく思えてくる程度の硬さの文体。唯一無二と思わせるほどぴったりな比喩表現が印象的で、諸所に光る。

「神」が如何にして産まれるか、全編を通してその過程に重きを置かれているので、頽廃し、食人が横行するようになった絶望的な世界が舞台でも、その雰囲気に呑まれることなく、むしろ興味深く読み進めることができた。"辛い"という意味ではむしろナサニエルの少年時代の方が刺さる。自分自身を否定する"空っぽ"のナサニエルが、いかに「神」の依代として有用であり、時代が、人々が、いかに食人の神を必要としていたか。キリストの例を擬えての考察も面白い。結果的に、暗い霧の中に差し込む幽かな光よりも僅かな希望を抱き、"空っぽ"ではなくなりつつあったナサニエルがその矢先に死んだのは、彼にとっても、「神」を必要とした周りの人々にとっても、良いことだったのだろう。人々が勝手だとは思わない。食事や排泄と同じく、生きていく上で必要なことだと思うので。

惜しむらくは、原罪という観念がいまいち身に沁みて理解できないので、食人やその他の罪に対する宗教的な罪悪感が切迫してこないこと。それにしても、皆川博子さんのときも思ったけど、生まれ育ってない国の世界観をこれだけ作り込めるのは本当にすごいと思う。日本が核兵器を隠し持っていてアメリカが激怒したとか、アフリカに逃げたアメリカ人をイスラム原理主義者が殺したとか、世界観を作り込む設定が、いかにも現実に起こり得そうなのも面白かった。

気が遠くなるような長いスパンで、人間社会が頽廃したり発展したりを繰り返す、そのことこそが人間の営みである、という主張も多少あるように私には感じられた。ディストピア小説って、絶望的な状況下で人々がただ痛めつけられるだけのものだと思っていたので、考えを改めます。それにしても、カールハインツがユダの役割を担ったのはすごく切なかったなあ、、、

2020年6月6日

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