西加奈子さんの作品にしてはあまり深く落ちてこなかった。というのも妊娠中で注意力が散漫になっているからなのか、はたまた西加奈子作品信者(この主張こそが完璧で世界の真理だ!と思わせる宗教的な魅力が構造として西加奈子作品にはあると思う)の私から卒業する時がきたのか、要因としては五分五分なところだが、今までで一番フラットな姿勢で彼女の作品に挑めたのではないかと思う。作者の主張や文章にただただ酩酊する心地良さは手放し難くもあるが、読書する自分を俯瞰しながら読むという能力は、ここで感想を記したり他のレビューに目を通すようになってから得たものなので、今回この作品に心酔しなかったのは自分自身の成長だと思いたい。
テーマとしては現代社会、というか人間社会に深く蔓延る貧困、虐待、過重労働などの、言ってしまえばありふれたものだが、読者に"読ませる"、そして登場人物に"添わせる"構造はやはりピカイチ。推理小説でもない限り、登場人物の会話文による一人語りは長いほど違和感を残すものだが、彼女たちの語る様子とそれに聞き入る主人公が自然に、かつ濃密に立ち現れるかのような空間の演出がまず上手い。加えて、それまであえて語られなかったこと、もしくは行間で語られていたこと全てが、言葉という形になり、凝縮され、彼女たちの一人語りに向かっていくエネルギーといったら!このエネルギーこそ、そしてこれこそが作者の主張で、物語の核なのだと、無意識に読者に受け取らせる力こそ、西加奈子作品の"宗教的"な魅力であり最大の特徴だと思う。
その最大の特徴が、今作品では二人の女性それぞれの一人語りによって齎されており、かつその主張が対照的、とまでは言わないけれど、全く違う立場からの方向性の違う主張であり、各々切実で自然と納得してしまうような力がある、ということが新しいなと感じた。つまり正解などないということ。
そしてアキや、アキ・マケライネンのように"主張すること・していいこと"を知らない人間も数多存在するということ。能弁に語られる言葉と、全く語られない言葉の対比が、それぞれの主張と存在の彩度を上げて鮮明にしている。そのうえで地続きの未来を難問ごと読者に投げかける、構造としても非常に面白い良書だと思った。
難民に「難民らしさ」を押しつける社会の描写や、4時の診察予約を16時と4時のどちらなのか確認する主人公の「異常さ」の細かい演出など、個人的にグッとくるところは沢山ある。こういう細々とした技術が積み重なって大きく鮮やかな絵(西加奈子さんが描く装丁みたいな)を写し出す、西加奈子さんの作品はそういうものだと思っている。それにしても、主人公は林の個人情報を晒す前に留まれて、一線を越えなくて本当に良かったなあ。
2022年7月27日
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史上最強の哲学入門 (SUN MAGAZINE MOOK)
- 飲茶
- マガジン・マガジン / 2010年4月14日発売
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センス・オブ・ワンダー (新潮文庫)
- レイチェル・カーソン
- 新潮社 / 2021年8月30日発売
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レイチェル・カーソンは学生の頃「沈黙の春」で挫折していたので、とりあえずそれ以外で再挑戦することに。「沈黙の春」は科学的な数字の話が難解で放り出したが、文体自体は非常に美しく好ましかった記憶があるので、難解な話は一切なく自然と甥(実際には姪の子供だったらしいが)への慈愛に溢れた美しい文章にただただ酔わされる結果になった。ていうか思っていた何十倍も短くてびっくりした。多分後記の解説?エッセイ?の方が読むの時間かかったと思う。
一応新装版という体なのか?本文に時折挟み込まれる写真と、後記の解説・エッセイは新しい(コロナ禍に言及してるくらいだし)が、本文の訳自体は1996年のもの。古さを全く感じさせない訳は、そのまま原文の美しさと、その内容の普遍性を伝えてくれる。素直で美しく、優しい文章は、レイチェルが過ごしたメイン州の海辺や原生林の姿をはっきりと見せてはくれないけれど(私の知識と想像力の問題)、代わりに私だけの「センス・オブ・ワンダー」を強烈に思い出させてくれた。雨に濡れた蜘蛛の巣の美しさや、田植え前の田圃の土の絹のような柔らかさ、水路を流れる水の力強さと反射する陽の光、浮かべた笹舟が流れていく速さ、おもむろに咥えて吸った花の蜜の味、タニシが水面を這う様子を何時間も眺めていたこと、、、私だけの「センス・オブ・ワンダー」が確かに私の身体に刻まれている、それが泣きたくなるほど嬉しい。そして、いつまでも肌が覚えている自分だけの宝物のような記憶を、いつか出会える(ように鋭意努力中の)我が子にも沢山与えてあげたい。そんな思いを抱かせてくれる優しくて温かい大きな本でした。
合間の写真は別にいらないなとも思ったけど、初版本?に則ってるのかな?どうせならメイン州の海辺や原生林の写真の方が、、、でも想像力を喚起するという点ではこれで良かったのかも。解説・エッセイも豪華で、それぞれの分野からの視点がとても興味深かった。なかでも「科学的な問題のほとんどは科学の限界の問題であって、コロナ禍やワクチンをめぐる問題でも目の当たりにしたように、ただちにリスクを立証できないという隙が反知性主義や懐疑論につけ入らせてしまう。」という福岡伸一さんの主張がガツンときた。なるほどな、、、レイチェルの本も読みたいけど、福岡さんの本も読んでみたいな。
■センス・オブ・ワンダー
・訳者あとがき
■私のセンス・オブ・ワンダー
・きみに教えたくれたこと/福岡伸一
・詩人科学者の遺言/若松英輔
・私たちの脳はアナログな刺激を求めている/大隅典子
・見えない世界からの贈りもの/角野栄子
2022年3月6日
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ハリー・ポッターと呪いの子 第二部 <舞台脚本 愛蔵版> (静山社ペガサス文庫)
- J.K.ローリング
- 静山社 / 2020年9月3日発売
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2022年2月14日
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谷崎潤一郎全集 - 第三巻
- 谷崎潤一郎
- 中央公論新社 / 2016年7月6日発売
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2021年11月2日
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長安の春 (講談社学術文庫 403)
- 石田幹之助
- 講談社 / 1979年7月1日発売
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宮崎駿、司馬遼太郎、堀田善衛の鼎談より、中国文化の最良期は長安が栄えた頃である、という言に興味を持ち、参考文献として本書が挙げられていたので手に取った次第。もちろん学術的知識なんて皆無、漢文なんて大学時代に「ドグラ・マグラ」でちょこっと読んだきりだったので、いくら初心者向けだと謳われていても(そう言っているのも井上靖さんだし)読み切れるか不安はあったが、表題の「長安の春」以外はすんなりと入ってきた。初版序に「中学生のような作文」とあって、おいおい謙遜がすぎるぞと思っていたのだが、なるほど論文と言うには柔らかく、随筆と言うには濃く重い、まさに初心者にはちょうどいい塩梅で、巻末の井上靖さんの「研究随想」は言い得て妙だなと思った。
「長安の春」はなかなか難解だったが、それでもその華やかさくらいは解すことができる。異文化の寺院が混在する街並みに、整えられた街路樹、花を愛でて出歩く人々、牡丹に大金を注ぎ込む富豪たち、、、どんなに世の中が変わっても、千二百年前も今も人間は変わらない。それだけでもなんだか親近感と愛着が湧いてくるし、「胡旋舞少考」や「当壚の胡姫」における、異文化への傾倒とその侵食具合も、新しくて珍しいものに目がない現代の我々に通ずるものを見た。
義務教育で、日本文化の大部分は中国大陸より伝わり独自に変化したものだと叩き込まれた身としては、本書にてその中国大陸に多大なる影響を及ぼしたように思われるイラン文化にまた興味が湧くのも当然、まあこれが世界は繋がっている、ということなのだろう。
それにしても、花氷の卓だの龍皮扇だの自雨亭だの、長安の文化は本当に豪華で、富豪たちはとんでもなく贅沢だ。今でも考えられない金持ちは存在するし、やっぱり同じようなものなのだろうけど、長安が贅沢のしすぎで滅びたっていうのは、本書を読む限り結構あり得るんじゃないだろうかと思ってしまう。
■必読の書/井上靖
■初版序
■長安の春
■「胡旋舞」少考
■当壚の胡姫
■西域の商胡、重価をもって宝物を求める話ー唐代シナに広布せる一種の説話についてー
■再び胡人採宝譚について
■胡人買宝譚補遺
■隋唐時代におけるイラン文化のシナ流入
■長安盛夏小景
■地図
■私にとっての座右の書/井上靖
2021年6月21日
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キノの旅 (7) the Beautiful World (電撃文庫)
- 時雨沢恵一
- KADOKAWA/アスキー・メディアワークス / 2003年6月10日発売
- Amazon.co.jp / 本
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2021年4月4日
2020年12月2日
2021年3月15日
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キノの旅 (6) The Beautiful World (電撃文庫)
- 時雨沢恵一
- KADOKAWA/アスキー・メディアワークス / 2002年8月10日発売
- Amazon.co.jp / 本
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入国の時にキノが誓約書にサインしてたけどこの世界はみんな同じ言語なんだろうか、てか言葉が通じてる時点で言わずもがな、物語のご都合主義最高だな、、、「旅の途中」みたいな話もっと読みたい。
■入れない国
■中立な話
■戦車の話
■誓い・b
■彼女の旅
■彼女の旅
■花火の国
■長のいる国
■忘れない国
■安全な国
■旅の途中
■祝福のつもり
■誓い・a
2020年8月12日