精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000236850

作品紹介・あらすじ

この国の精神保健の明日を描くために。精神保健最先進国イタリアからの渾身のルポと、日本への提言。第1回フランコ・バザーリア賞受賞(2008年)記念作品。

感想・レビュー・書評

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  • 臭い物に蓋をする。異物を隔離して無かったことにする。
    そんなおかたづけを、治療などとは呼べない。
    理解できない(する気もない)狂人を見えない場所にしまっておくだけの治療効果の無い「治療」は、矯正効果も意味も無い規律を強いる監獄に似ている。

    イタリアでは1998年までに精神病院を全廃したという。
    それが有効な手段になるのは、患者の人生をサポートする体制を整えてこその話。
    家族に丸投げするのでも病院に閉じ込めるのでもなく、社会の中で生きていけるように社会が支援する。
    医療という社会活動。病気を見張る場所から生活を助けるシステムへの転換。

    患者をただ追い出すだけでは路頭に迷う。
    病院を半端に残しては、重篤な病人が病院に取り残される。
    この政策は、病院を完全に廃止し、すべての人が利用できるサポート体制を整えることで、はじめて真価を発揮する。


    福祉関係は北欧がダントツでイタリアはどちらかといえばダメなほうというイメージがあったけれど、こと精神医療に関してはイタリアこそが世界の先を行くらしい。
    とはいえ南北格差があったり、相性抜群の保守とネオリベがおててつないで逆風を吹かせたりで順風満帆とはいかない。
    その辺もふくめて、変えようとする勢いや力に勇気付けられる。
    バザーリアはなんだかハーヴィ・ミルクとイメージが重なる。

    ひるがえって日本は半世紀遅れの(しかも逆方向の)変化を推進しようとしているらしく、知った現状にも知らなかったという事実にも滅入るばかりだ。
    日本で精神医療やカウンセリングの敷居が高いのは偏見や国民性以前にシステムがお粗末すぎるってのがあるんだろうな。

    滅入るエピソードはあるけれど、本自体の印象は全体にポジティブ方向に導いてくれる。
    人に勧めたくなる。知って欲しい。

  • 「人間的存在たりうる温かい状況に置くことができれば精神病者の暴力などなくなるのだ」
    イタリアは、Drバザーリアの先導で1978年に制定した法律により精神病院を全廃。患者のケアは地域の精神保健サービス機関で行う。それは町なかに溶け込んで点在し、治療だけでなく食事や憩いの場、職や住居探しの拠点でもある。精神病を複合的問題として捉え、疾患の背景に主眼を置き、人生を丸ごと支援するという姿勢。常に患者が主体で、医師は当人の意志を最大限尊重しなければならないし、患者は医師のすることに自由な議論ができる。「患者」を「(サービス機関の)利用者」と呼ぶのは、「病人」ではなく「苦悩する人」「生活に困窮をきたした人」として捉える考えから。どこまでも対等だ。
    このシステムは倫理的・人道的であるだけじゃなく、経済的でもあるそう(病院よりコストがかからない)。それに、病院の解体で社会に返された元入院患者の予後も良く、町に犯罪が増えるなんてこともなかったという。
    日本の精神病院の現状はどうだろう。閉鎖性の高さは犯罪の温床になりやすいし、医原病を起こしやすい。何より鉄格子の部屋、身体拘束、電気ショック、多種多量の投薬、、それが違法とされていないことに吐き気がする。脱施設化するにはセーフティネットの用意とか、偏見をなくすとか、医療業界だけじゃない社会の改革が必要。
    この本を読んで大事だと思ったことは、当事者は病気のことを、社会は疾患を持つ人のことを、タブー化しないこと。そして、誰の可能性も否定しないこと。

  • 海外と国内の精神医療の歴史を知ると、目を背けたくなるような事実ばかりだった。自分が患者だったらそんな場所にいたくないというだけでなく、そんな場所で働きたくないという気持ちも強く抱いた。
    イタリアが精神病院を廃絶し、精神障害者を地域で支えていく仕組みを作って現在に至るまでの流れから、改革に携わった人の勇気と信念を感じた。
    日本でも、精神科病床を減らそう、地域で支えていこうという言葉は聞くが、実際のところまだまだ入院に頼っているところが大きいと感じた。

    イタリアのある県の精神保健局長の「人間は複雑な関係性の中で生きています。だから私たちも、利用者の生活上の複雑さに正面から向き合って解決の道を見つけます。病気の兆候を観察するのではなくて、病気の背後の人間関係だの、労働環境だの、住環境だのを理解して対処する。それが精神保健センターです。こんなことは病院ではできません」という言葉が印象に残った。
    幻聴や妄想があるからといって地域と切り離して生活させるのではなく、障害を持ちながら地域の中で生きていくためにどう支えていくかが大切なのだと思う。

  • 法律が出来ただけじゃダメなんだねぇ。人が動かなきゃ。バザーリアというのは凄い人物だったみたいで,興味を持ちました。日本はもう絶望的ですね。この彼我の差を見ても何とも思わないのでしょうか。分かってはいたけれども。

  • 資料番号 : 00014564
    請求記号 : 493.7||OKU
    配架場所 : 上階書架
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  • 493.7-オオ  300055613

  • 配置場所:摂枚普通図書
    請求記号:493.7||O
    資料ID:51000214

  • 患者の人権、イタリアの政策について理解が深まった

  • 無意識のうちに無知のうちに、弱い立場に置かれた人を、踏みにじり抑圧している側に自身もいることにはっとさせられる。゛常識゛を疑うこと。多数の゛平穏゛のために、少数を踏みにじって痛みを感じない社会の底の浅さを思った。

  • 『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』の浜井浩一さんに取材にいくことになり、あわせてこの大熊さんの本も読んでみた。

    何年か前に、フランコ・バザーリアのことを知りたくていくつか本を読んだ(『自由こそ治療だ』とか『トリエステ精神保健サービスガイド』とか)のを、また読みなおしたいと思った。

    多くの先進国で、脱施設化・地域化をめざす精神保険改革が始まり、精神科病床は減り、これまで入院していた人たちが在宅で暮らすための社会資源が増えていった、という。だが、日本は、そういう時代に、精神科病床を増やしつづけ、入院し続けている(させられ続けている)人が多数いて、在宅の暮らしを支える資源もたよりないままだ。

    マニコミオ(精神病院)をなくす法を(通称バザーリア法)つくったイタリアは、20世紀の終わりまでに、すべてのマニコミオを閉じ、全土に公的地域精神保健サービス網を敷いた。

    かつて、精神病院の鉄格子の内側に入り、『ルポ・精神病棟』を書いた著者は、このイタリアの多くのまちが、精神病院を使わずとも重い統合失調症の人たちを支えていることを知り、『ルポ・精神病棟』から39年経って、やっと解決編を書く機会が訪れたと、はじめに記している。

    バザーリアの後継者、フランコ・ロッテリの講演(pp.58-68に掲載)より

    ▼…私たちは患者を管理するという考え方を捨てると同時に、患者を放り出すという考え方も捨てました。我々の仕事は持続的に患者の面倒を見て、リハビリ活動を助けることです。患者のリハビリを行うということ、それと市民たちのリハビリを行うこと、言い換えれば患者と一般市民との間の関係を新たなものにしていくということです。(略)
     社会の中には異なるさまざまなものが存在し、全体がいきいきと活動していく。社会の中で最も弱い立場にある人との関係を切らないこと。それが大事です。だれもが一市民なのです。そして、だれもが狂人になる可能性を持っているわけですから。…(pp.62-63)

    バザーリアやその弟子たちの実践する精神医療と、日本人が知っている精神医療とには、大きな違いがあると著者は書く。日本で統合失調症になったとすると、おそらく多くの医師は、病的な言動がいつごろ始まり、どんな振る舞いがあるか、周囲がいかに困惑したかを根掘り葉掘り聞き出して、病名や病状をカルテに書くだろう。そして抗精神病薬を処方し、ときには精神病棟へ送りこむだろう。

    バザーリア派は、こうした診断や治療のプロセスを嫌う。診断や投薬は主役ではない。
    ▼その理由はこうだ。"生殺与奪の権を振りかざす"医師と、医師の"御託宣"に振り回される"無知・無能な"患者、という図式の人間関係は治療に有害無益である。医師の診断は、患者の社会的評価を失墜させたり、一般社会からの排除を助長したりするおそれが十分にある。だから診断することを躊躇するし、権威の象徴である白衣を着ないし、電気ショック療法は捨てたし、強制治療を極力避けるし、とにかく患者の心身をねじ伏せる恐れのある処置を回避しようとするのである。
     目の前に現れた利用者は、「病人」ではなく、「苦悩する人」「生活に困窮をきたした人」とみる。だから病気に大きなスポットを当てずに、患者の危機的状況を招いた社会的な問題、経済的な問題、人間関係の問題、の解決に主眼を置く。(pp.117-118)

    といっても、1978年に180号法(通称バザーリア法)ができてからのイタリアの改革が順風満帆だったわけではない。1980年にはバザーリアが亡くなる。80年代には180号法をつぶそうとする反バザーリア派が大攻勢に出たという。バザーリア派は、「家族に負担をかけない精神保健改革を」「患者の生活の実態調査を」と反撃、全国調査もおこなわれたが、一部の州をのぞき、マニコミオはなくなりつつあったものの、それに代わる支援システムがあまりに不備だった。180号法を支える州法の制定にも消極的なところが多かった。

    ところが90年代になって、構造汚職が摘発されて連立与党が大敗し、情勢が大きく変わった。1994年には、トリエステなど先進地域で行われてきた地域精神保健サービスをイタリア全土に普及させようというプロジェクト、「精神保健の擁護三年計画」が打ち出された。

    20世紀の終わりまでにマニコミオを閉じたイタリアでは、2001年の保健省の統計によると、"週6日、1日12時間以上稼働する"地域精神保健センターが707か所あるという。だが、この707か所のうち、「年中無休、24時間オープン」という、本当に頼れるところはまだ50か所だ。

    トリエステの精神保健サービスを世界最高レベルに押し上げた人、フランコ・ロッテリの、イタリア全体の精神保健の評価。
    ▼…イタリア全体を眺めれば、マニコミオ時代の負の遺産は根絶されてはいない。多くの大学医学部や民間医療機関がまだ、患者の人生全体を見つめることもなく、薬物中心の治療法にこだわっている。これを後押しする製薬会社や反バザーリア派家族も侮れません。ですが「精神病院のない国」が出現したのは厳然たる事実です。ゆっくりではあるが、いい方向に向かっていると思います。…(p.143)

    精神病者を"オッカナイ人々"と思ってしまうココロを、それは誰もがなりうる病気で、精神病者は自分たちと変わらぬ「人」なのだというものに動かしていけるかどうか。あるいは、「生活に困窮する人」として、つまりは、支援の必要な人として、罪を犯した人たちや依存症の人たちをみることができるかどうか。そして、自分もまた、そうした支えを必要とするときがあるだろうと想像できるかどうか。

    (7/11了)

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著者プロフィール

ジャーナリスト、東大(科学史科学哲学)卒、元朝日新聞記者、元大阪大学大学院教授(日本の国立大学初の福祉系講座の初代教授)。1970年に都内の私立精神病院にアルコール依存症を装って入院、『ルポ・精神病棟』を朝日新聞に連載。鉄格子の内側の虐待を白日のもとに。『ルポ・精神病棟』(朝日新聞社)、『精神病院を捨てたイタリア捨てない日本』(岩波書店)など著書多数。2008年フランコ・バザーリア財団からバザーリア賞を授与。


「2016年 『精神病院はいらない!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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