カインの末裔/クララの出家 (岩波文庫 緑 36-4)

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  • Amazon.co.jp ・本 (104ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003103647

感想・レビュー・書評

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  • 私は、人間というものはある程度、憎悪というものを燃料にしてつき動かされる部分があると思っている。
    恵まれない境遇に、素手で憎悪を握りしめ、両腕をかなぐり振るう主人公に安らぎを与えて欲しい気もする私は、この主人公にシンパシーを感じ、どこか肯定的に読んでしまった。

    ニーチェ的に読めば、信仰宗教に身を委ね、資産家に取り入る笠井をルサンチマンの犠牲者として描き、主人公を超人として描いたとも言える。

    クララに対しては、抑圧された、進んで内的自制へ傾く、思い込みの激しい人物として、少し距離を置きたいと感じる。

  • 有島武郎著『カインの末裔・クララの出家 改版(岩波文庫)』(岩波書店)
    1940.9発行
    1980.5改版発行

    2020.9.23読了
    「カインの末裔」
     カインとは、旧約聖書に登場するアダムとエバの息子のことである。弟にアベルがおり、カインはアベルの兄にあたる。楽園を追放されたアダムとエバは、二人の兄弟をもうけ、カインは土を耕す者となり、アベルは羊を養う者となった。ある日、カインとアベルの兄弟はそれぞれの収穫を神にささげた。カインは大地の実りを、アベルは肥えた羊の子を神に差し出した。ところが、神はアベルの貢ぎ物には喜んだが、カインの方には目もくれなかった。怒りを覚えたカインは弟のアベルを殺してしまう。それを知った神はカインに向かって「血に汚れた土は、耕してももうあなたのために作物を生みだすことはない。あなたは地上をさまよう者になるだろう」と宣言する。こうしてカインは人類最初の人殺し(弟殺し)の罪を背負って永遠にエデンの東をさまよう人となる。
     本書は、北海道の荒野から生まれた野生そのままの農民仁右衛門をカインの末裔と見立てて、神の国から永遠に追放された放浪者の姿を描く。仁右衛門は粗暴極まりない性格で感情移入できるような人間ではない。マッカリヌプリ山麓の農場にどこからともなく流れ込んでくるが、農場の規則などは無視して無法者的振る舞いを次々と重ねた挙句、農場関係の全ての人たちから見放され、赤ん坊は病気で失い、愛馬も競馬のときの事故で失い、妻とともにどこへともなく淋しく立ち去っていく。仁右衛門は平気で妻や他人の幼い子供を殴り、他人の妻と姦通し、笠井の娘をレイプした嫌疑までかけられる。しかし、蟻のように小さく林に吞み込まれていく姿にはどこか哀愁が漂う。仁右衛門にとって人間とは敵であり、自然だけが彼を受け入れてくれる懐を持っているようだ。実際、畑で人一番精を出す彼の姿は誰よりも輝いている。初めて来た土地にも関わらず、「十年も前から住み馴れているように」(p20)何をすればいいか熟知している。野蛮人であるが、彼ほどに自然と親しんでいる者はいない。自然からやってきて自然にまた帰っていく。本能の赴くままに流浪を続けていく彼らに少しの尊敬を抱いてしまうのは私だけだろうか。

    「クララの出家」
     アッシジのフランチェスコもアッシジの貴族の娘クララも史実に基づいた実在の人物である。聖フランチェスコは富裕な商人の子として生まれ、騎士的な生活に憧れて派手な青春時代を送るが、やがて回心し、乞食となって施与にすがって生活した。この体験で福音中のキリストの貧しさを経験した彼は、それ以降、世俗の事物への執着を断ち、無一物となってキリストの生き方を己の生活の手本とし、奉仕と托鉢の生活を始めた。1209年頃、教皇インノケンティウス3世から修道会としての認可と説教の許可を受け、フランシスコ会を創立した。
     クララは、アッシジの貴族の出で、1212年、18歳のとき聖フランチェスコの最初の女弟子(修道女)となった。聖フランチェスコの指導のもとクララ会を創立。クララ会はきびしい清貧、禁欲生活を通じ、神との交わりを目指す観想生活を特色としている。
     本書は聖人フランチェスコではなく、キリストに嫁ぐ聖処女「クララ」の内面にスポットを当てている。単純な人間味のないクララ像を描くのではなく、普通の18歳が抱くような恋心と肉欲の葛藤を持ち、妹との別れに涙する聖女”前”のクララを描いている。回想シーンが多く挿入されているが、これは著者の想像だろう。恐ろしく完成されている。官能的欲求に魅惑されながらもそれを振り切り、見事に宗教的昇華という形で解消させた手腕は鮮やかの一言に尽きる。「カインの末裔」を書き、「クララの出家」を書き切る有島武郎の創造力の振幅の大きさに只感嘆するばかりだ。

    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001458566

  • 解説:小田切秀雄
    カインの末裔◆クララの出家

  • 「カインの末裔」
    北海道の農場で、小作人として働く男
    その名を仁右衛門という
    身体が大きく、また非常に乱暴で
    しかも何かと僻みがましい男だった
    なにかあったら平気で人のせいにして逆恨みするような奴だ
    農場の規則などまるっきり無視
    人の親身な忠告にも耳をかさない
    隣の女房と姦通する
    弱いものに八つ当たりもする
    まあ早い話、巨体まかせで生きてこれたために精神が未熟なのだ
    いつか自分の土地を持つ夢もあるが
    そんな調子で物事が上手くいくはずはない
    いろいろやって追い込まれた挙げ句
    他の小作人にいいかっこ見せようと、地主の屋敷に直談判へ向かう
    しかしそこで
    想像をはるかに超えた地主の暮らしぶりに打ちのめされた彼は
    その結果、ほんの少しの謙虚な心を手に入れ
    いずこへともなく逃げてゆくのだった

    「クララの出家」
    クララは裕福な家の娘で
    道を歩けば誰もがふりかえる美少女である
    しかし、いつもわけのわからない憂鬱に悩まされていた
    その憂鬱はある日
    路上にて発狂した青年を目撃したことから始まったのだ
    しかし青年は後に、聖職者となって人々の尊敬を集めるようになった
    そんな彼の姿を見ようと、教会に赴くクララだったが
    全裸で説教するそのスタイルに衝撃を受けて
    そのまま懺悔室までついていき
    そこで、神の花嫁になることを命じられてしまう
    …どういうつもりで書かれたものかよくわからないんだけど
    とてつもなく淫靡な話のようにも思える
    有島武郎がアナーキズムに興味を示していたのは確かなことだが

  • 流浪者 宗教観
    カインの末裔 流浪する人の苦悩ー作中の仁右衛門=有島自身

    心理的な側面の描き方が鮮やか。

  • カインの末裔。羨望と嫉妬で身を滅ぼす話かなぁと思ってるのですが、救いまで描かなくていいんだ、って思った。カインのしるしまでかかなくていいの。

    クララの出家。あまり集中して読めなかったのはあるけど、文章は美しいけどよくわからなかった。

    大学図書館913.6A76

  • 久し振りに読んだ。両方とも変な味わい。リアリズム性と観念性とのブレント加減がいかにも有島らしい。ただ、そのブレンド加減が、語り手のポジションの不安定さに繋がっている感も。作家としての方法的模索の一里塚、といった位置づけになるのかな。

  • おそらく人生ではじめて読み切った一冊。ヘッセの車輪の下かと迷ったが、やはりこの作品で間違いない。
    カインという名を大学のキリスト教概論という講義で耳にするまで、この作品のタイトルを完全に失念していた。
    カインはアダムとイヴとの長男で弟を殺したがために神に追われた放浪者である。作中の仁右衛門はこのカインの末裔として、また地上の放浪者として描かれている。初読のとき(中学生)、そのような大きなバックグラウンドがある作品だとは思っていなかった。このことを踏まえて再読して、予想外に楽しめた作品だった。わたしにとっては最初の一冊であり、最高の一冊なんだなと感じた。

  • 【Impression】
    アカン、タイトルから勝手に色々想像しすぎてしまった。
    誰が死ぬんやろうとかそればっかり考えて読んでた。

    もしくは冒頭での様子から既にその行為を犯していたか。

    タイトルとの関連があるとするなら、地主の家に行き「自分が人間なら向こうは人間ではないし、向こうが人間ならこっちが人間ではない」と考えて、馬を殺したところ。

    人間だから馬を殺して生き残ろうという行為は普通なのか、人間ではないから馬を殺す行為は生存のためには普通の行動なのか。

    それとも夢を断たれたんやろうか。

    どっちともとれるが、「小作」という職業に関して言えば、社長の居ない会社みたい。
    株主と労働者のみ。


    【Synopsis】 
    ●どこからか訳ありな様子で一組の夫婦が放浪している。どうやら「農場」を目指しているようで、そこで小作人として働く手はずとなっていた
    ●このような生活には慣れているのか、到着の翌日から黙々と働く。男にはひそかに独立の夢を持っており、それに向かいお金を貯めるという予定を立てている
    ●しかし、一向に暮らし向きはよくならない。悪天候に見舞われ不作。男はルールを無視し利益を上げたが、赤ん坊が死ぬ、飼っていた馬が競馬によって骨折する、村の犯罪の犯人と疑われる。普段から「まだか」と呼ばれ、その風貌と性質から恐れられており、小作内においてもうまく関係を構築できていなかった。ある一家とは、確執が積み重なっていた
    ●そんな折、現状を打開しようと地主に対し、小作料の引き下げを願い出ることを決める。小作との関係改善と自身の境遇を良くするために。しかし、いざ函館に出、地主の生活を見て絶望する。
    ●帰宅した男は役に立たなくなった馬を、一時は躊躇っていた馬の殺害を実行し、皮を剥ぐ。そして小屋を捨て放浪へ向かう。

  • <カインの末裔>無知で野性的な男の救われない話。

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著者プロフィール

1878年、東京生まれ。札幌農学校卒業。アメリカ留学を経て、東北帝国大学農科大学(札幌)で教鞭をとるほか、勤労青少年への教育など社会活動にも取り組む。この時期、雑誌『白樺』同人となり、小説や美術評論などを発表。
大学退職後、東京を拠点に執筆活動に専念。1917年、北海道ニセコを舞台とした小説『カインの末裔』が出世作となる。以降、『生れ出づる悩み』『或る女』などで大正期の文壇において人気作家となる。
1922年、現在のニセコに所有した農場を「相互扶助」の精神に基づき無償解放。1923年、軽井沢で自ら命を絶つ。

「2024年 『一房の葡萄』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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