現代社会の理論: 情報化・消費化社会の現在と未来 (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (188ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004304654

感想・レビュー・書評

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  • 大学時代のバイブルです。最近読み返したら、鉛筆で線がいっぱい引いてあって、無い頭を捻りにひねって考えながら読んだことを思い出しました。

    ・・・どうやら「構造」というものがあるらしい。それによって世界はまわっていて、「南」の貧困、あるいは「北」のなかの貧困を固定しつつ、様々なリスクを生み出しながら、危ういバランスのうえで、ぼくたちは大学やバイトに行ったり、日々を生きている。


    「途上国の8人家族が飢えに苦しみ・・・」というニュースを聞くと、何でそんなに子どもつくるんだよ自業自得!
    「コーヒー豆がスタバに買い叩かれるんだ!」と荒ぶる農民をみて、じゃあ別の仕事しろよ依存してるだけやっぱり自業自得!
    と辛口評論していた当時のぼくは、見田先生にあえなく論破されたのでした。

  • 高2の夏休みに課題図書として読まされたときは何が何だかサッパリだった。大学で専門の勉強をした今、再読してみると面白いぐらい引き込まれる。素晴らしい本を紹介してくれた、国語の教科担当の先生に感謝。

  • 資本主義の登場→初期の資本主義は限界性を内包:供給過多となり、需要と吊り合わないbyマルクス→消費化/情報化社会の登場→消費をモード化する&張り巡らされた情報網→人の無限の欲望を刺激→終わることのない消費→資本主義の限界を克服→外部性、資源の限界→克服可能か??

  • <シラバス掲載参考図書一覧は、図書館HPから確認できます>
    https://www.iwate-pu.ac.jp/information/mediacenter/Curriculum.html

    <配架場所、貸出状況はこちらから確認できます>
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/283424

  • 予言の書みたいだ。20年以上前にこの本が書かれていることに驚愕する。

    資本主義がこれまでぶつかってきた限界と課題
    ① 需要の限界 → 不況と戦争
    ・モノが人々の手に行き渡り、「必要」を根底とする需要が無くなる。市場が飽和するという限界。
    ・モノが売れなくなることで不況が発生し、不況を乗り越える(需要を創出する)ために、戦争が発生するという課題

    ★ 需要の限界は、需要創出を「戦争」以外の方法で乗り越えること、で克服された。
    ・ケインズ:政府によって、有効需要を作り出す(公共事業とか)
    ・情報(デザイン・広告・モード):
    フォードとGMの例で説明する。
    - フォートは、「便利な」車を、単一モデルで、生産ラインを徹底的に合理化・効率化することで、低価格で販売し、市場を席巻した(=市場を飽和させる)
    - 一方GMは、車を「デザイン」で売った。「魅力的」なデザインの車を売り、そして定期的な「モデルチェンジ」を行い「新しい」車を売っていった。デザインには、「正解」がないため、需要には、理論上限界がない(ブランド車を複数所有する金持ちとかをイメージするとわかりやすいかと。便利さだけなら一台で良い。「魅力性」を王ならば、理論上需要/欲望は底なしとなる)。そして定期的な「モデルチェンジ」を行うことで、既存の車はどんどん古いものとなり、新たな「新しい」車への需要を創出する。デザインとモデルチェンジを人々に広めるために、需要を喚起するために、広告が活用される。

    モードに関してはMEMO
    モードのリズムは以下の二つによって構成される
    ・消耗のリズム(u)
    ・購買のリズム(a)
    モードは、a/u。購買が消耗を上回っている時、モードが存在する。
    購買のリズムが消耗のリズムを超えていればいるほど、モードの力が強い。
    モデルチェンジと<モードの理論>が消費社会を駆動するメカニズム。
    モードは、広告を通じて、自己否定することで、回転を早くしていく。

    ② 資源と環境の限界 → 資源の枯渇と環境の破壊と格差
    ・「情報」によって、需要が無限になったことで、大量生産→大量消費のサイクルが回る。
    ・「大量採取→(大量生産→大量消費)→大量廃棄」という限界づけられたシステムであり、地球の「資源」と「環境」という外部的な制約にぶつかる。
    「資源」:エネルギー、鉱物、一次産品、労働力など
    「環境」:地球環境

    ★ 資源の枯渇と環境の破壊と格差は、大量採取・大量廃棄しない、システムを構築することで、克服される。
    ・本書では、<消費>すなわち「存在それ自体の幸福」的な話になっている。

    ▶︎ 個人的には、情報(エンタメ)を消費する社会になると考えている。今後は、基本的に「必要」がテクノロジーによって満たされ始めるので、本書に即していうならば、情報(エンタメ)商品としての「消費」する社会になるかと。
    <消費>とエンタメ「消費」がメインとなる社会になると思う。

    Youtuber、「好きなことして生きる」、生き様コンテンツ、信用経済、諸々これに関連している。見田さん的に言えば、これらは「ソフト」な側面に属するのかと。


    最高に面白い本。

  • 「貧困」の定義について考えさせられた。貧困とは文字通り貧乏ということではあるが、けれどもそれは、GNPが低いイコール貧困という単純な図式ではないということだ。

    GNPを必要とするシステムの内に投げ込まれてしまった上で、GNPが低いから貧困になってしまうのである。実際、お金を必要としない村で幸せに暮らしている人々はたくさんいる。人の幸不幸がGNPでは決められないこと、その人が生活している社会のありかたと、各々の社会に敬意を払うべきなのではないだろうか。

  • ☆うーん。
    (著書)社会学入門

  • 「さようなら、ゴジラたち」で言及されてた。

    mmsn01-

    【要約】


    【ノート】

  • 読んでおくべき古典としてボスから薦められた本。社会論ながら哲学的でもありそこはかとない理想と希望があり温度を感じる。著者は”10年ごとに書いて行きたい”と結んでいるが、2006年の著書も読んでみたい。そしてもうすぐ20年。どのように著者は書くだろうか。

    [more]<blockquote>P61 現代の大衆消費社会の繁栄の,もう一つの創世記=大量の農薬の<消費のための消費>に起因するものであった

    P69 「採伐の町や鉱山の町は,安定したコミュニティにはならない傾向がある」このように1995−96年度地球白書は述べている。多くの「ブームタウン」は今では「ゴーストタウン」になっている。

    P107 貨幣をはじめから必要としない世界の「貧困」を語るのは、空をとぶ鳥も野に咲く百合も収入がないから「貧困」だということと同じくらいに、意味のない尺度なのである。現代の「南」の人々の大部分が貧困であることは事実だ。けれどもそれは,GNPを必要とするシステムの中に投げ込まれてしまったうえで,GNPが低いから貧困なのである。自分たちの生きるために必要なものを自分たちの手で作るということを禁止されたドミニカの農民たちは「南」の人たちすべての貧困の構造の赤裸々に短縮された典型にすぎない

    P140 <人間の生きることの喜び>という原義的なものは「必要」にさえも先立つものでありながら,どのような[必要」の限度をも超えて,限りなく自由な形態をとることのできるものである。

    P152 情報は、自己目的的に幸福の形態として、消費のシステムに,資源収奪的でなく,他社会収奪的でない仕方で,需要の無限空間を開く。【中略】資源は有限だが情報は無限であるからである。マテリーは有限だがイデーは無限であるからである。

    P162 子供は成長しなければならないけれども,成長したあとも成長が止まらないことは危険な兆候であり,無限に成長し続けることは奇形に他ならない。【中略】成長した後も成長し続けることが健康なのは「非物質的」な諸次元,知性や感性や魂の深さのような次元だけである。社会というシステムに対応を求めるならば<情報>の領域というコンセプトによって,今日とりあえずその名を与えられている諸次元だけである。

    P170 [情報化社会」というシステムと思想に正しさの根拠があるのは,それが我々を,マテリアルな消費に依存する価値と幸福のイメージから自由にしてくれる限りにおいてであった。【中略】けれども消費の観念はまだ,現在のところ,情報というコンセプトの透徹が我々を解き放ってくれる以前の,マテリアルな消費に依存する幸福のイメージに拘束されている。情報の観念はまだ、現在のところ,消費というコンセプトの透徹が我々を解き放ってくれる以前の,効用的、手段主義的な「情報」のイメージに拘束されている。

    P180 情報化/消費化社会の転回という,この本に記したような方向は,現状をそのままよしとする人々からは,あまりにも「理想主義的」であるという批判を受けるだろうし,反対に、革命的な転覆を志す人々からは、あまりにも「現実肯定的」であるという批判を受けることになるだろう。

    P182 それぞれに違った仕方で無限に豊穣な共同性と孤独,交歓と自立の形式を生き尽くすことを可能とするのは,社会全体の形式としては,むしろシンプルに最小限化された,どのような価値前提からも自由なルールのシステムであるということ。

    P188 ほんとうに切実な問いと,根底を目指す志向と,地についた方法とだけを求める精神に,という言葉を繰り返しておきたいと思う。</blockquote>

  • 再読。現代が消費化/情報化社会であるとして、その欠陥点が〈消費〉の概念を社会全体が正しく捉えられていないこととして指摘、その解決を情報化と〈生の直接的な充溢と歓喜〉へと消費の概念を見詰め直すことに見出している。

    以下、昔書いたまとめを。

    ------

    <一章要点>

    ・資本主義という一つのシステムが、必ずしも軍事需要に依存するという事なしに、決定的な恐慌を回避し反映を持続する形式を見出したという事、この新しい形式として、「消費社会化」という現象をまず把握しておく事が出来るという事。

    ・自己否定、自己転回

    ・デザインと広告とクレジットを柱とする、ソフトなより包括的な戦略、「消費者の感情と動機と欲望に敏感な」システム

    ・消費社会としての資本制システムが存立する事の前提は、(この労働の自由な形式に加えて、)<欲望の自由な形式>である。

    ・<欲望の抽象化された形式>、<労働の抽象化された形式>

    ・古典的な資本制システムの矛盾——需要の有限性と供給能力の無限拡大する運動との間の矛盾、これが「恐慌」という形で顕在化する。

    ・上記の矛盾を、資本の基本システム自体による需要の無限の自己創出という仕方で解決し、乗り越えてしまう形式が<情報化/消費化社会>。

    ・自己の運動の自由を保証する空間としての市場自体を、自ら創出する資本主義。

    ・<情報化/消費社会化>こそ、初めての純粋な資本主義である。

    ・誘われたままでいる事を享受し、あるいは寧ろ、よく誘惑するものであるか否を、鋭敏な批判の基準として選択する対処の仕方は、1970年代以降の世代達にとっては、平常の基礎的な情報消費社会の内部を生きる事の技法となっている。

    ・<大衆が消費する事は、それが資本の増殖過程の一環をなすからといって、それが大衆自身の喜びである事に変わりない>

    ・この社会の固有の「楽しさ」と「魅力性」という経験の現象、それがこのシステムの存立の機制自体の不可欠の契機である



    <二章要点>
    ・「自動的な廃滅化という現代の傾向」

    ・上記の様に呼ばれているのは、「モードの理論」と同じ戦略によるものである。つまり、<消費の為の消費>を通しての繁栄というシステムの基本の論理そのもの。

    ・根源的独占は、商品システムというものが、必要を充足する為の他の方法を排除してしまう事を通して、生活の仕方を選択する自由を否定する。それは、自然的な他の共同体的な選択肢を解体してしまう事を通して、商品システムへの依存を強制する。

    ・農村と都市の構造から家族の形態に至る、日本社会の基本的な構造が変容したのは、1960年代を中心とする、「高度経済成長期」である。日本に於ける「現代社会」の創成期である。

    ・現在の<情報化/消費化社会>が、自分で自分の無限定の成長と繁栄の為に設定する無限空間——人間達の現実的な必要を離陸する<欲望の抽象化された形式>、あるいは<欲望のデカルト空間>とは、このような<消費の為の消費>、<構造のテレオノミー的な転倒>の、純化され、洗練され、完成された形式である。

    ・ 生産の最初の始点と、消費の最後の末端で、この惑星とその気圏との、「自然」の資源と環境の与件に依存し、その許容する範囲に限定されてしか存立しえない。

    ・ 現代の情報化/消費化社会は、資本制システムの「自己準拠化」の形式として成立した。

    ・ 人間達の「必要」に制約されない無限定の消費に向かう欲望を、情報を通して自ら再生産する。

    --------

    <一章>

     現代社会は資本主義社会である。世界恐慌等を経験し、決定的な恐慌を回避し持続的な繁栄を実現する為に<情報化/消費化>した。というのも、<情報化/消費化>は「消費者の感情と動機と欲望に敏感」になる事で、需要の無限の自己創出を可能にしたからである。そして、このシステムが成立するのは、<大衆が消費する事は、それが資本の増殖過程の一環をなすからといって、それが大衆自身の喜びである事に変わりない>事とこの社会の固有の「楽しさ」と「魅力性」という経験の現象によって裏付けられている。

    <二章>
     一章で先述されている、『需要の無限の自己創出』とは、必要を充足する為の他の方法を排除してしまう事を通して、生活の仕方を選択する自由を否定する根源的独占と、人間達の「必要」に制約されない無限定の消費に向かう欲望を、情報を通して自ら再生産する事で可能となった。また、先述の日本に於ける『現代社会化』は農村と都市の構造から家族の形態に至る、日本社会の基本的な構造が変容したのは、1960年代を中心とする、「高度経済成長期」に起こった。

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著者プロフィール

1937年、東京生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科教授、共立女子大学家政学部教授を歴任。東京大学名誉教授。専門は、社会学。
主な著書に、『近代日本の心情の歴史』(講談社(ミリオンブックス)、1967年。のち、講談社学術文庫、1978年)、『現代日本の心情と論理』(筑摩書房、1971年)、『宮沢賢治』(岩波書店(20世紀思想家文庫)、1984年。のち、岩波現代文庫、2001年)、『現代社会の理論』(岩波新書、1996年。改訂、2018年)、『現代社会はどこに向かうか』(岩波新書、2018年)ほか。
真木悠介名義の著作に、『気流の鳴る音』(筑摩書房、1977年。のち、ちくま学芸文庫、2003年)、『時間の比較社会学』(岩波書店、1981年。のち、岩波現代文庫、2003年)、『自我の起原』(岩波書店、1993年。のち、岩波現代文庫、2008年)ほか。
著作集として、『定本 見田宗介著作集』(全10巻、岩波書店、2011-12年)、『定本 真木悠介著作集』(全4巻、岩波書店、2012-13年)がある。

「2019年 『超高層のバベル 見田宗介対話集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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