f植物園の巣穴 (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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感想 : 190
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022646675

感想・レビュー・書評

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  • 途中までなんとなく読んでいたおかげで、事前の予想を遥かに超える非現実性に途中でこれではいかんと気付く失態を演じてしまった。
    梨木さん、スミマセン。もう一度キチンと読みます。

  • f郷にあるf植物園に赴任した園丁。
    戦前か戦後の比較的早い時期を時代背景にしているのか、昔の日本男性によくある、ある種未成熟なまま自己完結しているタイプである。
    彼の名は、佐野豊彦という。

    この人物が、f郷で歯科医に通ったり、園内に水生植物園を作ろうと考えたりする。
    その出来事の中で、前世が犬だった歯科医の家内に出会ったり、亡き妻と、亡きねえやと同じ名を持つレストランの女給の千代さんに出会ったりする。
    そうして、彼は自分の過去を、ねえやの千代を自分の宝物へのこだわりのために死なせ、子どもを宿しながら死んだ妻にも本当に心を通わせられなかったことを見つけていく。
    自分の口の中の、虫歯のうろのような、椋の大木のうろから、別世界に落ちて、旅をすることを通じて。

    読み飛ばしてしまうような、ちょっとしたモチーフが、異世界のどこかとつながっている。
    本当にぼんやり読んでいられない。

    時代設定や主人公のキャラクターのせいか、漱石の『夢十夜』とか、百閒の『冥土』とかいった作品に似た雰囲気を感じるけれど、決定的に違うところがある。
    それは女性たちのとの関係に、最終的に主人公がきちんと向き合えるようになっていくところだ。
    なんか、面白い。

  •  久しぶりに心が激しく揺さぶられた。
     読みながら涙が滲んできたのはいつ以来だろう。
     最初はちょっと滑稽で、ひょうきんでさえあるのだが、次第に重たくシリアスになってくる。
     生と死、そして血の匂いも漂ってくる。
     それでもこの読後感の爽やかさは何だろう。

     それにしても素晴らしい文章だ。
     使われる単語も、その単語の置き方も、装飾の仕方も。
     スラーっと読み進めるのがとても勿体ない。
     一文一文、ゆっくりと愛でたい文章が連なっている。

  • またまた不思議な物語。なんともあらすじの書きようもない。忙しくなったりあせったりすると前世の犬に戻ってしまう歯医者の奥さん。などが出てくる。とてつもなくいい加減な歯医者なので、ここだけにはかかりたくないと思った。

  • 自分の封印していたものとは、いつか向き合わねばならない。穴、亡くした子、乳歯、蛹、カエル、大宜津比売、アイルランドの妖精、全てが滑らかに繋がっていく様、本当に素晴らしいと思う。あえて言えば『裏庭』と同じ系統の作品だが、そんなふうに分類するのもばかばかしくなる。

  • 椋木のうろに落ちた、歯が痛む植物園の園丁が見た不思議な世界。
    豊かな植生となじみが深い動物たちが生きる世界が、心の奥底に閉じ込め凍らせたものを溶解する。

    出てくる植物の名前の半分はわからなかった。改めて調べてみようと思う。そして、深い緑に川と沼、優しい自然に囲まれて、縮こまった心を広げよう。

  • やや古めかしく硬い文体ながら、決して読みにくくはない梨木香歩。日本語の美しさと可笑しみをいつも感じさせられます。

    本作も摩訶不思議な話。主人公は勤務地となった植物園の近くに引っ越す。ところがこの町はどことなくおかしい。通り過ぎる人の頭が鶏のように見えたり、歯痛に悩まされて歯科に行ってみれば、歯医者の「家内」が犬のように見える。自分の気がふれたのかと尋ねてみれば、「家内」の前世は犬で、パニくると犬になってしまうらしい。けれどしっかり日本語を話す。迷い込んだ場所でカエル少年に助けを求め、道中をともに。そこでもナマズ神主やまな板から逃げ出した鯉とも出会う。

    封印してきた過去の記憶と向き合う旅が楽しく切なく心にしみます。何度も読み返したい作品です。

  • 「未生」という言葉の、恐ろしさ、遙かさ、優しさ。水子。

    縁日の飴玉のようにじんわりぬるい温度でねっとりと重たく引き延ばされてはキュッと押し戻される過去と現在、すなわち内面と事実。
    子の死に直面できず(確執)妻ごと死んだと見做してしまった夫が、妻を「蘇生させ」(名前の復活)事実に向きあう。
    そのために水や植物や過去や現在が、彼の内面を攻撃、試練、というかたちで支えていたのだ。

    延々と幻想だか幻覚だかに語り手は浸されている。
    読み手は飽きても投げ出しても仕方ない、この作品は娯楽ではなく、語り手の内面にとことん寄り添っているのだから、退屈でもダレても意味不明でもいいのだ。

    失ったものを求めて。木のうろ。
    心理学というほど数値ではない。精神分析というほど理屈ではない。もっと、論理なく条痕のない軌跡。

    千代といえば川端康成を連想。
    ねえやの思い出といえば太宰治を連想。

    すべては夢。死人と傲慢にも見做していた妻が、現実に立ち返るや、現実に引き戻される。
    すべては流産に端を発した「喪の仕事」だったのだ。向き合えなかった近親者の死に向きあう。
    他人の夢に迷い込んだような。

    不思議の国のアリス、と思えば、時間がぎゅるぎゅる巻き戻されて「夢落ち」となるのにも頷ける。
    兎穴ではなく、自分の虫歯の穴、に落ち込むのは、外界のワンダーランドではなく、内界のワンダーランドに迷い込む、と。
    誰それ版アリスというのはあまりに安易だから言いたくないが、穴に落ちて世界がズレる、という作りはもはやルイス・キャロルの専売特許ではなくなった。
    小山田浩子「穴」もそうだけど。本作では少女でも女でもなく男性だけど。

    恋と家族は迂回する。

    ずーっと夢を見ていた私を、妻は看病していたか、
    死人の妻が私を通じて蘇えったのか。オシリス神のように。

  • 大人になって読み返してみると、ただのファンタジーじゃなかった。

    穴ぼこだらけのまま生きていても、いつか誰かが埋めてくれる。でもぜんぶ埋まらなくても大丈夫。そう思った。

  • 夢のようなとりとめのない話だな、と思ったら本当に夢の話だった。草木や水辺の風景などが美しく愛を持って書かれている作品。夢の中で一緒に旅した不思議な蛙小僧の出会いと別れ、そして彼の正体が判明し、最後はほっこりした結末。梨木さんらしい世界観の作品です。

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著者プロフィール

1959年生まれ。小説作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『家守綺譚』『冬虫夏草』『ピスタチオ』『海うそ』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』など。エッセイに『春になったら莓を摘みに』『水辺にて』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』『やがて満ちてくる光の』など。他に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』がある。

「2020年 『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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