- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022646675
作品紹介・あらすじ
月下香の匂ひ漂ふ一夜。歯が痛む植物園の園丁は、誘われるように椋の木の巣穴に落ちた。前世は犬だった歯科医の家内、ナマズ神主、烏帽子を被った鯉、アイルランドの治水神と出会う。動植物と地理を豊かに描き、命の連なりをえがく会心の異界譚。
感想・レビュー・書評
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f植物園に転任してきた佐田豊彦。
造成された水生植物園が担当だ。
彼はそこを「隠り江」と名付けて情熱を注ぐ。
が、ある日大切にしていた日本水仙がなぎ倒されていることに気付く。
何物かが通ったように、椋の大木の"うろ"から水辺へと倒れていたのだ。
思い起こせば、自分はその"うろ"に落ちたのではなかったか?
なのに、そこからの記憶がない。
次の記憶は唐突に自室で寝ている場面。
そして歯痛の為に歯科医へ。
前世は犬だったという歯科医の妻、ナマズの神主…次々現れる不思議な人物と、交錯する千代との思い出、ねえやのお千代との思い出、椋の大木、かつて抜いてしまった白木蓮。。。
"うろ"に落ちて以来、何かがおかしい。
「論理的に考えると、うろに落ちてうろから出た記憶がない場合は、未だにうろの中にいるということになる。が、それは論理的には正しくとも私を取り巻くこの現実の展開にはそぐわない。」
これは一体…。
主人公は歯痛に悩まされながら"うろ"に落ちる。
そして、不思議な現状と過去の思い出を行ったり来たりしながら、
蓋をして忘れていた大切な思い出、関わった人の思い、時の流れ、人の生き死にや連なりとに、少しずつ向かい直す。
時は川のように流れてゆくもの。
水は正しき方向へ流してやらなくてはならない。
止水しては滞りを生んでしまう。
主人公はこの不思議な世界で自らを形作っている人や風景を再確認し、過去を取り戻し、真実と向き合っていく。
「しくしくとした歯の痛みは、そのまま軽い陰鬱の気を呼び、それが気配のしんしんとした雰囲気とよく狎れ合って、何所とも知れぬ深みへ持って行かれるような心地。」
「それにしても「千代」が寄ってくる人生である。」
「おや、この千代はその千代かこの千代かあの千代か。ふと、箸を止めて考え込む。どうも「千代なるもの」が渾然一体としてきている。」
「この木、以前は目につかなかったのだが。」
「ーはあ。けれどそんなこと、誰にも分かりませんよ、見えてくるまでは。」
「そうだ、すっかり忘れていたが、月下香は妻の千代の好きな花であった。」
「……とにかくこの滞りを取り、水を流さねばならぬ、……」
「カクスナ。アラワレル。」
土瓶さんのレビューを参考にし、積んであった『裏庭』を避け、代わりに…と手に取ったのが本書だった。
面白かった!!
後半から様々なことが明らかになってゆく。
梨木香歩さんだとやはり『家守綺譚』には敵わないのだけれど、ユーモアもありながら感動する作品。
読み終えても暫く余韻に浸ることとなった。
不思議に可愛らしい河童の坊(道彦)には情が湧く。
☆大気都比売(おおげつひめ)
日本神話における食物の神。
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人間、嫌な経験をするとそれを意識から追い出すことで何とか生きていく、という仕組みになっているみたいだけども、そのやり方が必ずしも最善ではないということだろうな。フロイトの治療過程を思わせた。
同著者の「家守綺譚」のシリーズにも近い和風異界的な「不思議」の描写が多いので、お好きな方はどうぞ。
本作だけでもお話としては成立するが、途中に出てくるちょっとした記述が、続編「椿宿の辺りに」への布石となっているので、そちらもあわせて読みたい。 -
全体的に「家守奇譚」の雰囲気。けれど、これは「現実」世界から「異世界」に迷い込んでしまった話なので、面白さは半減だった。やけに「千代」に拘るところもイラついた。主人公が辛い記憶に蓋して生きてきて、その記憶を取り戻す、理解しなおすところは「裏庭」に似ている。が、ちょっと傲慢だよね、主人公。共感できなかった。
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以前読んだ時には何か頭が混乱するだけだったのが、再読で星5になった
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「椿宿の辺りに」を読んで、姉妹編といえるこの本を読み返した。
時代設定のせいもあってか、こちらの方が読みにくくて難航したが、ファンタジー度はこちらの方が上かも。
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奇天烈な世界の理由はすぐにわかるけれど、それでもエンディングまで続く奇天烈についていくのは大変でした。エンディングの半分は途中で見当がついていたので、そうだったのか!的なものもあまりなく。
読後感は悪くないけれど、やっと読み終われたとホッとした方が強かったです。 -
梨木香歩の文章は読み進めるうちにその空気がページから滲み出てくる。ぬかるんだ泥、雨に濡れた道路や外壁のにおい、呼吸する木々など。
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序盤は読み辛い文体でよくわからなかったが、どんどん不思議な世界に引き込まれて行った。
植物園の木のうろに落ちて気を失っている状態、夢にありがちな辻褄の合わないめちゃくちゃなストーリーなのは想像できたが、これがどうオチがつくのか想像できなかった。
最後の最後「道彦」でこんなに温かいお話であったことに驚いた。
主人公の過去を追体験することで固定観念が外れ、カエル坊や蝶の様に見事に変態を遂げて還ってきた。
幸せな生活が待っている。
(タイトルから植物や植物園の描写が多いかと思いましたが違いました) -
『椿宿の辺りに』(朝日文庫)を読む前に、関連作である本書を再読。
歯痛に悩まされる主人公の"私"が近所の歯医者に行くところから物語は始まります。
…が、日常の一場面のはずなのに、少しずつ少しずつ、なにやらおかしなことが起こり始め…
最初に読んだときには、苦手な歯医者でいいかげんな治療が施されている描写が印象に残ってしまっていたのですが、今回読み直してみて、梨木さん流の日常からゆるやかに異界に誘われる感じに惚れ惚れしました。
主人公が自身で蓋をしていた記憶を拾いつつ、自身の内奥に潜っていく過程と、一度読んだのにほとんど忘れていたストーリーを思い出していく私自身の状態がリンクして、最初に読んだときよりもどっぷりと物語に浸りながら読むことができたように思います。 -
『家守奇譚』に似た不思議な異世界譚。
読み始めは、少し難解か?と思わせる文章に躊躇しますが、慣れてしまえばその知的さ溢れる語り口に惹き込まれます。
どこからが現実でどこからどこまでが夢なのか…
最後まで読んで、ああそこから…!となりました。
クライマックスの展開にはちょっとウルっともさせられ、全て読んでから、もう一度読み直したい物語だなと思いながら本を閉じました。
繋がりがあるという『椿宿の辺りに』も読んでみたい -
2022.10.6読了。
今年16冊目。 -
夢か現か、化かしているのか化かされているのか。妖しく美しい日本語の調べに誘われて覗いてはいけない世界を覗いてしまったような、恐ろしくも心地よい不思議な世界でした。後半に進むにつれ、彼と同様、私自身の記憶もとても曖昧な気がしてきて、虚ろな暗い闇の中に落ちるような不安を覚えました。自分の記憶を辿る旅は、かけがえのない人生を辿る旅であり、彼にとって大きな傷を治す必要な旅だったのですね。最後は目頭が熱くなりました。
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再読。
『椿宿の辺りに』を再読したので、こちらも。
背景がわかるだけに
道彦との出会いは胸が熱くなりました。 -
不思議な世界に迷い込んだ感覚と哲学じみて理解できないようでいて何か自分が高尚になったような勘違いで分かった気になる。記憶が蘇り忘れていた辛い過去から立ち直った時家庭が上手くいき続巻に繋がる。
西の魔女が死んだがすごく心に残り裏庭で挫折した。自分の頭では理解できない本が多々あるのに何故か気になる作家で、今回の本も理解できなかったのに完読しなくてはという強迫観念みたいにとらわられる。
自分にとって不思議な作家。 -
心がザワザワしているときに読んで、しんしんと鎮まってきた本。
異界譚、夢の中のような話。
どこから夢でどこから現実なのか、読み終わって、あああそこからか、と思う。
異界の描き方の、イメージや、夢の中で論理的ではなくても本人は論理的だと思っているのだろう思考の描き方が秀逸で、私も眠って夢を見ているようだった。
この表現力と文章には憧れる。 -
椿宿、のを読んでからの読み直し。最初に読んだ時はこの世界に入りきれなかったが、今回は面白く読めた。
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設定が大正時代あたりだということに気づいてからはすうと物語に入って行けた。徐々に明らかになる事実が心に響く。
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読了すると、色々なことが伏線だったと気づき、また再読したくなる内容でした。
本書を是非読んで頂きたいので、お楽しみを残しておくよう詳細は割愛します。
以下、ネタバレにはならない箇所で、クスッと笑える場面を紹介します。
主人公の佐田豊彦が、歯の治療で無防備に口を開けていたところ、歯に〇〇セメントを入れられます。その場面の歯医者と家内が会話がシュールでした。
歯医者の家内「え、あれで大丈夫でしょうか。」
歯医者 「何、大丈夫だろう。」
主人公の方の気持ちになると、よくわからない物を自分の口の入れられ、「あれで大丈夫でしょうか。」と言われたならば、『ちょっと何々?!』とプチパニックになりそうです。得体の知らないものへの不安感が伝わる場面でした。
相似て、本書の「芋虫と蛹の描写」の場面も、得体の知れないものを知ろうとする心の描写だったのかもしれません。
読み込む程、気づきがありそうな本です。 -
梨木さんの世界を淡々と堪能できる作品です。さりげなく、「椿宿の辺りに」に繋がっていきます。そちらを合わせて読むと最高です。
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ちょっと話に置いて行かれた感があった。
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降り積もった時間と向き合い、ひとつひとつ紐解いていくという少し変わったお話。叙述ミステリのようでもあります。
何と言っても、梨木さんの手にかかればこうも植物が生き生きと感情を持つのかと感動。 -
夢の中の迷路に迷い込んだような荒唐無稽な不思議なお話。
途中から主人公のように理屈で物を考えるのを放棄し、この世界観にどっぷり嵌まると、なんと心地よいことか。
物語は過去へ過去へと遡り、当時味わいきらなかったため膿のように溜まっていた感情を思い出し、知らぬ間に書き換えられていた真実があきらかになっていくにつれ、本来の自分を取り戻す。
それは癒しの旅となる。 -
2009年発行
歯痛は、直接脳にガンガン痛みが響きます。
痛みがあるのか、無いのか?疼いているコレが痛みなのか?本人にも分からない現実と夢の狭間で浮遊する主人公。
ぼや~と読み終えました。
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迷い込む気持ちになる本です!一人でずーんと浸りたいときおすすめ。
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妻を亡くし、一人で静かに生きる植物園の園丁。痛む歯を治療し、担当の水生植物園に固執し、赤ん坊の泣き声が聞こえる椋の木のうろに引き寄せられる。
地に足のつかない非現実へ行ったり来たり、歯の痛みだけがただただ生々しく、植物の香りに酔いそうになる。不穏で痛くてなかなか読み進めない。
園丁の欠落があらわになる後半、カエル小僧との道行で、彼はやっと自分に向き合う。他人と向き合う。これは泣いてしまうわ。
「つまり痛んでいたのは私の歯ではなく、心だった、つまり、胸が傷んでいた、そう言いたいのか」
そう、最初から明示されていたのだった。
理屈の通ることなど何一つおきない世界なのに、伏線に満ち満ちた緻密な小説なのであった。傑作だと思います。 -
解説に非常に共感した。そう、語り手と一緒に読者も頭を抱えるよね…話が散漫になるのかと思いきや、「カエル小僧」との交流、その成長、名前を与える場面は感動的でさえあるという…。
本当に、最初は五里霧中を彷徨うようであったけれど、最後まで読んで、ああ、そういう話だったのか…と思うともう一度読み返したくなる。そうすると数々の伏線に、語り手の語りに上塗りされているその底にある本当の気持ちが見えてくる。
語り手が向き合わぬものは読み手にも要領を得ない、語り手が向き合った時に初めて世界がそれと知れる、それもまた小説だと思う。
いや本当に、その者に自分の名字、自分と一文字を共有する名前「佐田道彦」を与える場面はぶわっと涙が出た。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
お互いホントに同時入力だったのかも。
お互いホントに同時入力だったのかも。