鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集 (講談社文芸文庫)

  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061984967

作品紹介・あらすじ

怪しい色男を巡る、二人の紳士の空疎な手紙のやり取り。寝取られた亭主の滑稽かつ珍奇で懸命なドタバタ喜劇。小心者で人目を気にする閣下の無様で哀しい失態の物語。鰐に呑み込まれた男を取り巻く人々の不条理な論理と会話。十九世紀半ばのロシア社会への鋭い批評と、ペテルブルグの街のゴシップを種にした、都会派作家ドストエフスキーの真骨頂、初期・中期のヴォードヴィル的ユーモア小説四篇を収録。

感想・レビュー・書評

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  • ・『いまわしい話』は、ペテルブルクの高級官僚(長官)が、自らの人望を高める好機、とばかりに部下の下級官僚の婚礼パーティを思いつきで訪問。だが、彼らに慕われるどころか、長官は、その新婚パーティをめちゃくちゃにしてしまう。新婚初夜の寝台も、酔いつぶれた長官に供される。つまり、一生の思い出を台無しにしてしまう。その夜の、多くのことがこじれてゆく様を、緻密に描いて秀逸である。しられざる佳品。

    以下、ネタばれ含む。
    ******
    ・『他人の妻…』もなかなか。妻の密通の場をおさえようと、さえない中年オヤジの夫が、勢いこんで部屋に飛び込む。がそこは、人違いの婦人の寝室。そこに家の主人が帰宅。中年オヤジは、とっさにその部屋の婦人の寝台の下に潜りこみ息をひそめる。ところが!
    そこには、先客が。見知らぬ青年が同様に寝台の下にすでに隠れていたのであった! そのあとどうなる?!
    想像を越えるスラップスティックな展開。

    ・『鰐』は、見世物のワニに飲み込まれてしまった男の話。なにやら『変身』や『鼻』を思わせる奇想小説。
    ワニに呑まれた男は、その後も平気で生き続け、腹の中からいろいろ発言し、批評家みたいなことを標榜し始める。そういう増長ぶりに友人は辟易し始める。妻もまた、これを機に離婚しようかしら、などと言い始める。展開がなんとも自由である。

     ちなみに、ワニを見世物にした興行師はドイツ人母子。ロシア文学にはときどきドイツ人が登場するのだが、ちょっと馬鹿にされているニュアンスもあり、そのへんが興味深い。本作の原卓也氏の訳では、大胆にも、
    このドイツ人の台詞を謎の中国人風の変なカタコト言葉に訳している。「わたし、ワニ売らない、あるよ!」みたいな感じである。訳者もちょっと調子にのったようだ。
    ****
    初期・中期の中編短編を収録。
    ・『九通の手紙からなる小説』
    ・『他人の妻とベッドの下の夫』
    ・『いまわしい話』
    ・『鰐』 これら4編を収める。

  • ドストエフスキーの初期作品はユーモア作品だったという。
    たとえば『他人の妻とベッドの下の夫』はこんな話。

    どうやら妻が浮気をしているらしい。今夜こそ、その現場を押さえよう!...ところが、向かった部屋の中にいたのは、

    若い、美しい、見知らぬ婦人。

    「とんだ見当違いの場所へ飛び込んでしまった」と思ったものの、女性の主人が帰宅したため、主人公の男はとっさにベッドの下に潜り込む。

    そこにはすでに先客がいた。

    「誰だ?」
    「ふん、僕が何者だか、いますぐに言えっていうんですか?」

    そして、先客との熱を帯びた会話と、主人公の過剰な自意識が、ユーモラスに描かれる。

    わたしたちが小説を読む時、無意識に、先を予測しながら読んでいる。だが、予想外の展開になると、つい笑ってしまう。

    ドストエフスキーは難解と聞いて、読む前に諦めていたなら、まずはかろやかなものから、一冊どうでしょう。

    p12
    われわれにはわずかな時間しかないのではなく、多くの時間を浪費するのである。人間の生は、全体を立派に活用すれば、十分に長く、偉大なことを完遂できるよう潤沢に与えられている。しかし、生が浪費と不注意によっていたずらに流れ、いかなる善きことにも費やされないとき、畢竟、われわれは必然性に強いられ、過ぎ行くと悟らなかった生がすでに過ぎ去ってしまった事に否応なく気付かされる。われわれの享
    ける生が短いのではなく、われわれ自身が生を短くするのであり、われわれは生に欠乏しているのではなく、生を蕩尽する、それが真相なのだ。莫大な王家の財といえども、悪しき主人の手に渡れば、たちまち雲散霧消してしまい、どれほど約しい財といえども、善き管財人の手に託されれば、使い方次第で増えるように、われわれの生も、それを整然と斉える者には大きく広がるものなのである。

    p17
    では、その(生の浪費の)原因はどこにあるのであろう。誰もが永遠に生き続けると思って生き、己のはかなさが脳裏をよぎることもなく、すでにどれほど多くの時間が過ぎ去ってしまったか、気にもとめないからである。

    p159
    ご存じのように、さまざまな考察が、時には、人間の言葉に、ましてや文学的な言葉に移されぬままに、何かの感じの形で、一瞬のうちにわれわれの頭の中を通りすぎるだけのことがあるものだ。(中略)というのは、われわれの感じの多くは、日常の言葉に移されると、まるで真実らしからぬものに思われてしまうからである。これが感じというものが決して世にあらわれることがなくても、誰にでもある所以である。

    p321
    (前略)ドストエフスキーの初期ユーモア作品の本質とは、過剰な自意識にとらわれた人間の滑稽さであるとも考えられるだろう。

  • 鰐 ドストエフスキー ユーモア小説集 (講談社文芸文庫 トA 1)
    (和書)2008年10月24日 19:13
    2007 講談社 ドストエフスキー, 工藤 精一郎, 原 卓也


    「いまわしい話」抜粋・・・あなたは保守主義です!・・・あなたが来たのは、いいところを見せて、人気とりのためさ・・・人道主義をひけらかすためだ・・・・「鰐」にもそれに近い追求の姿勢が細部にわたって描かれている。そこが面白く感じました。ユーモアとはあまり関係ないところです。

  •  8年振りのドストエフスキー。こんなこと言っちゃドストエフスキーに失礼だが、解説の方が面白かった。
     曰く、ドストエフスキーは、哲学や宗教的側面に焦点が当てられがちで、重厚・長大な作品群が目立っていた。でも、初期にはユーモア溢れる作品も多くあるからちょっと読んでみてくれと。そういう本。

     確かに、人情味溢れる『貧しき人びと』や『白夜』、恐ろしいまでの熱量に流される『賭博者』、哀れなNTR男の『永遠の夫』など、後期の五大長編とは異なるテイストの小説も多く、とにかく過剰に喋りまくるお家芸と共に、作者独特の燃焼っぷりを見せてくれる。
     ただ、じゃあ後期の五大長編にユーモアがないのかと言えばそんなことはない。『白痴』のテレンチェフとか『カラマーゾフの兄弟』のドミートリィとか、なかなかお目にかかれないユーモアの塊だと思う。勿論、ユーモアは往々にして悲劇に結び付くわけで、それをユーモアでなく何か重厚なものだと解釈されてしまうだけなのだろう。道化の頬に泪が描かれているように、笑いと悲しみは対立するものではない。

     などと色々思ったが、肝心の小説はあんまりおもしろくなかった。有名な作品にもユーモアは含まれているわけで、じゃあそっち読めばいいじゃんってなる。著者の熱心なファンなら楽しめるのかも知れない。
     「へ、へ、へ!」とか、そういうのはちゃんとあります。

  • おもしろかった!
    ドストエフスキーって短編も書けるんだなー。
    役人のお偉いさんが招待されてない部下の結婚式に良かれと思って勝手に行って全然歓迎されなくて飲みすぎて倒れて新品のベッドに寝かされて新婦が泣いて次の日恥ずかしくなってしばらく仕事サボる話とかほんとおもしろかった。

  • 文学
    これを読む

  • 「9通の手紙からなる小説」★★★
    「他人の妻とベッドの下の夫」★★★★
    「いまわしい話」★
    「鰐」★★★

  • 20160328読了

  • [鳄(鱼)]特别好意思。不过,途中まで面白いが、どの作品もオチが理解できない。「9通の手紙からなる小説」:二人の男の可笑しな往復書簡。「他人の妻とベッドの下の男」:浮気された男の喜劇。「いまわしい話」:小心者の閣下の失態物語。「鰐」:鰐に呑み込まれても生きている男とそれを囲む人の会話。

  • 自意識過剰が引き起こすおかしくも哀しい四話に、苦笑続きで読み終えた。重たいイメージがつきまとうドストエフスキーの作品だが、これはユーモア小説集と書かれているだけあって、話の隅々に埋め込まれた皮肉はびしびし伝わってくるものの全体の印象は軽く、読みやすかった。
    それにしても表題作は冷静になればなるほど珍妙だ……そんなことを言っている場合かと、登場人物たちに物申したくなる(笑)。個人的には「いまわしい話」が一番心に響いた。

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著者プロフィール

(Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy)1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。主な長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、『白痴』とともに5大小説とされる。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。

「2010年 『白痴 3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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