- Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062882880
感想・レビュー・書評
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オリーブ世代ではなかったけれど、誰もが知っていた雑誌という感じ。ご当人たちは、こんな感じに分析するんだ。
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オリーブを体験してない年代の私。
雑誌が大好きだから、雑誌がトレンドを動かしてた時代を生きてみたかった。
そのときだったら、私はなに読んでたんだろう。やっぱりオリーブか、はたまたJJなのか。 -
分析が深くて良かった!オリーブの時代に10代してみたかったな
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はやく大人になりたかったあの頃の少女たちに、ちょっと待ってよ、少女にしかできないことがあるのよ、だから少女を楽しんで!と少女の価値を教えた、オリーブという雑誌。
後追い世代の我々はオリーブが伝説的であるということばかり聞かされてきたけれど、実はへんてこさもちゃんと持ち合わせていたチャーミングな雑誌なのだと知ることができた。この切り口は酒井さんにしか書けないものだと思う。
ありがとうオリーブ。さようならオリーブ。
わたしたちはオリーブの思い出を胸におとなになれたお姉さまたちが羨ましくってたまらなかったけれど、それはそれで大変なのね。 -
『HANAKO』に続いて『Olive』です。
ちなみに1982年の『オリーブ』創刊時の編集長はのちの『HANAKO』創刊編集長の椎根和。ただし『オリーブ』がヒットするのは創刊時のアメリカン路線からリニューアルしてロマンチック路線となってから。当時の編集長は淀川美代子。
いわれてみれば『オリーブ』とは『ポパイ』のガールフレンド、オリーブ・オイルのことであり、創刊時は『ポパイ』の姉妹誌だったんですね。だから最初はアメリカン路線。
同じ酒井順子さんの『ユーミンの罪』はそれほどでもなかったんですが、この『オリーブの罠』は酒井さん自身がライターであり、読者であったせいか、熱い想いが感じられておもしろかったです。
(サンドイッチと温かい紅茶の入った魔法瓶をバスケットにつめて「おしゃれピクニック」を決行した話とか。)
私はオリーブ少女ではなかったのでそれほど思い入れはありませんが、ガーリーなファッションや世界観をきちんと打ち立てているのはすごいなと思ってました。自分的にはスイートすぎてどこで着るんだよって服ばかりだったので実用的ではなかったんですよね。
高校生のときオリーブ少女だった友達の家に遊びに行ったら、彼女の部屋に木製のベンチがあって「さすがオリーブ少女」と思ったのを覚えてます。(彼女はお団子ヘアとか白いブラウスとかがんばって着ていた。)
ヨガについての記事を始めてちゃんと見たのも『オリーブ』が最初だった気がします。今思えば、1990年代のナチュラル路線のころでしょうか。オーガニックとか「ていねいな暮らし」を先取りしてたわけですね。
あとかわいい雑貨は私も大好きでした。たぶん『オリーブ』に載っていた記事とか見て『大中』とか行ったな〜。
80年代の日本ってどうしてあんなに外国(とくにアメリカ・カルフォルニア)が好きだったんだろうと思っていたんですが、酒井順子さんは当時の日本人が「憧れる力」をまだ持っていたんだと明確に解答していて、すごく腑に落ちました。
雑誌がまだ「憧れ」を描くことができた時代。そういう時代だったと言ってしまえばそれまでですし、そこに戻りたいとも思いませんが、あのキラキラした時代を通り抜けたのは楽しかったんじゃないかなと今は思います。
写真の『オリーブ』は七月書房で買った1999年のもの。2000年に休刊しているのでだいぶ終わり頃。
以下、引用。
ディスコの前の待ち合わせは、やっぱり「ジャクベ」(「ジャック&ベティ」。六本木や渋谷にあった、カジュアルなカフェテリア形式のお店)。
こうしてみると、ファッションブランドにおいても雑誌においても、キャラクター戦略が功を奏した八〇年代前半。我々はまだ、「憧れる力」を持っていました。それはオリーブ少女のみならず、日本という国全体に、「自分達はまだ発展途上なのだから、目標を見つけてそちらの方向へと進んでいきたい」と、何かに憧れる気持ちが満ちあふれていたのです。
憧れの対象は、外国にありました。日本に対しては、不満がいっぱい。しかし、「外国には、自分達の知らない素晴らしい世界があるはず」と、人々は貪欲にそれらの事物を取り入れようとしたのです。
今の女子高生達に、
「リセエンヌに憧れなさい」
と言っても、
「は?」
と言われるだけでしょう。
今の女子高生は、「いまここ」に生きることに、特に不満は持っていないのです。
対して八〇年代前半の女子高生は、「いまここ」にいたくない、と思っていました。
オリーブ読者達は、ダサい日本が嫌で、リセエンヌに憧れた。両者の方向性は違えど、女子高生達は「ここではないどこかに行きたい」と思っていたのです。
「想像するしかないという意味では、東京も外国も同じなんですよね。」
「『裕福な子ばかりを持ち上げて、頭きちゃう!』とイライラする人もいるでしょうけど、世の中はそういうものなのですから、しかたがありません。だいたい、『ポパイ』とかに載ってる服やグッズが、そんな貧乏な人に買えるわけがないのです」
「慶応の男の子に群がってくる、聖心とかポン女(日本女子大)の女の子達っていうのは、きれいめな『JJ』スタイルでしたけど」
「おしゃれプランは、マドラスチェックの服に決定。草原のティーパーティーも、マドラスチェックで楽しくなりそう。私たち、誰が見てもおしゃれ友達です」
「ボーイフレンドと待ち合わせのカフェで、いちばんおしゃれな女の子が、わたし!」
確かに、民族衣装のテイストというのは、おしゃれに変化を出すためには便利なのです。のみならず、『オリーブ』では「女スパイ」「ヒッピー」「ピエロ」といった職業ファッションを真似しようという提案もしばしばなされていますし、それでは飽き足らず、「天使」「肖像画」「アーミッシュ」と、この世ならざる存在とか無機物とか宗教関係とか、どんどん特殊かつ細かい分野のコスプレ提案がなされるようになってきている。
そして、切々と説かれているのは、「男の子に主導権を握らせてはいけない」ということ。デートコースを決めるのはいつも男の子というのは良くないし、デートに遅れてばかりの男の子をやすやすと許してはいけない。そして花模様のロマンチックなワンピースを見つけても、彼が気に入らないからとしょんぼりしていては「オリーブ少女失格」、ともしてある。
酒井 どんなデートをしていたんですか?
直人 バスに乗って、日比谷のシャンテシネにヴェンダースの映画とか観に行ってました。
「オリーブ少女なのでパンは作れないと(笑)」
薫 今は…….、『KINFOLK』ですね。この世界観は、『オリーブ』につながっていると思います。
酒井 生活系雑誌?
薫 なんですけど、現実的すぎず、写真やスタイリングに夢がある。そういうところが、『オリーブ』的なんだと思います。具体的なハウツーではなくて、感覚的なおしゃれ心や想像力がかきたてられるという意味での示唆を与えてくれた雑誌だったと思うんですよね、『オリーブ』って。
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雑誌
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1982-2003に発行された雑誌、異性のためでなく自分のために装い、同性のライバルに勝つ。センスという新しい評価基準、昭和末期から平成ひとけたにかけての少女たちを、モテからもヤンキーからも偏差値からも解放してくれた。
雑誌が世の中の意識を作っていた時代もあったのだなあと。 -
Oliveは後期に手にとって読み始めた、割と浅い世代です。
なので、初期~中期の事は知らず、この本で知る事も多かった。
読者目線では分からなかった事も赤裸々に書かれていて、ちょっとスパイスの効いた1冊。