ゴリラの森、言葉の海 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101265926

作品紹介・あらすじ

野生のゴリラを知ることは、ヒトが何者か、自らを知ること――アフリカの熱帯雨林でゴリラと暮らした霊長類学者と、その言葉なき世界の気配を感じ取ろうとする小説家。京都大学の山極研究室で、野生のサルやシカが生息する屋久島の原生林の中で、現代に生きるヒトの本性をめぐり、二人の深い対話は続けられた。知のジャングルで、ゴリラから人間の姿がいきいきと浮かび上がる稀有な一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 人間の独特の能力であるフィクションを駆使して世界の可能性を紡ぎ出す作家と、サルやゴリラを通して人間を理解しようとしている研究者。この対比は、巻末に紹介される両者の往復書簡にて、研究者側が表現したものだ。本著はまさに、霊長類が保有する物語や現前性について、それを比較探求する事で真理に触れんとする試み、或いは、その探求や比較の楽しさを伝える本だ。

    例えば、子殺しの意味について。社会生物学的に解釈すれば、自分の子どもを殺したオスは、自分の子どもを守れなかったオスより強い。だから一層、これから作る子どもを守ってくれるに違いない、とメスが見なす。こうした仮説は、人間側が自らの感性でゴリラ側に当て嵌めた物語だが、その証拠も出てきているとの事。そこには進化論的意義、遺伝子の利己性と共に、種全体の社会的関係性が関与する。メスが抵抗仕切れない肉体的差異とか、殺しが容認される社会形態とか、それでも全滅はしない合理性とか。他にも、オランウータンを除く昼行性の霊長類では、メス単独、メスだけの集団は存在しないが、オスは単独やオスだけの集団は見られるなど。

    では人間は。人間ばかりが、自然に反する独自の物語を用いて、その自然状態を意識的、持続的に変更させていく。フィクションはまさしく人工物であり、言葉の意味を組み合わせる事で、複雑な社会形成を可能にした。同じ日々を繰り返す霊長類と、日々の変化を積み重ねる霊長類の差。その原点としての言葉の海という表現は、まるで原始の海がシアノバクテリアから多様性を構築したように、一方では、変わらぬ森と共に生きるゴリラの対比。二つのアプローチによる書。素晴らしい。

  • 生まれた時から、言葉が当たり前にある環境だから、言葉ですべての物事を定義してしまうこと自体の意味や、不可解さについて考えたことなかったな
    言葉遣いなど、言葉に達者な人でありたいなあとは思っていたけれど、そのマイナス面についてもあるのね、やっぱり物事って全て両面性がある。。当たり前って危険ね

    普段よく人間で(笑)話題になる恋愛、結婚、親子関係その他、人間も動物の一種と考えるとなんだか単純化された

    今は特に戦争について考えさせられることが多いから、争いのテーマの部分も納得しながら読みました

    共存、想像力は私にとって永遠のテーマ!

    戦争が存在する理由:言葉 死者 共感性 (トーテム 農耕社会 科学 アイデンティティ 宗教)

    ーそれがなぜ本性のように語られるかというと、人間が言葉によって比喩の能力を手に入れたから。
    ーその簡単さが不気味です。簡単であればあるほど、こちらの都合によっていくらでも操作できる。誇張もできるし、嘘もつける。

    ーA=B.B=A コップという言葉とコップそのもの、テロリストとイスラム教徒
    本来間違っている理論をすんなり通してしまう通路
    ーもともと違うものを、同じ価値基準でまとめ上げる〜言葉を使うというのは、世界を切り取って、当てはめて、非常に効率的に自分の都合のいいように整理しなおすってこと

    ー現代の人間は、その一体感が進むあまり、集団の中に自分を没入させて尽くすような意識に行きついてしまいました。他者のためとは違う、集団のため。これは動物には絶対にない心の在り方です。


    言葉の網ですくい切れないものが溢れている世界に、つい最近まで人間は他の動物と一緒に暮らしていた。言葉に頼れば頼るほど、僕たちの世界はそれ以前に獲得した豊かな世界から離れていく。それは生物としての人間にとってあまりにももったいない損失なのではないか。〜長い進化の歴史を通じて鍛え上げてきた感性の中に言葉を調和させることで、より幸福な世界を手にすることができるのではないか〜
    それぞれの生物に与えられた時間があり、それをあるがままに生きるのが生命の営みというものだ。それぞれの生物は持って生まれた能力に従って世界を構築している。〜

  • ゴリラを通して人間を推し量る良著だと思う。

    驚いたのは、ゴリラも同種の子どもを殺す行為をすることがあること。しかもそれは、ひょっとしたら人間がゴリラの生息地を追いやったことに起因するかもしれないこと。

    つくづく人間は何のために生きているのかと疑問に思う。自分たちだけさえよければいいという考えの、単なる傲慢な種だとしか思えない。

    戦争や殺人が絶えない。人種差別も未だにある。どうしたら人間の傲慢さを打ち消すことができるのだろう。無理だろうな。

    それならまだ、うつ病に苦しんで生きている自分の方が害がなくていいのかもしれない

  • タイトルや表紙からは、ゴリラの生態やコミュニケーションに関する本のように見えるかもしれないが、それに留まるものではない。

    言葉を使わないコミュニケーションを実践してきた山極氏。言葉で表せないものを言葉で伝えるという難題に常に取り組む小川氏。霊長類学者と小説家が、言葉という接点を通じて、人類の来し方行く末を考える対談である。

    人間はどういうわけで自然界から逸脱してきたのか。特に、人間が言葉を得たことの功罪について考えさせられる。

  • 小川洋子さん相手だけれど、前半はゴリラや生物の話がほとんどだった。ほ乳類の中でコウモリは飛ぶ能力を身につけたかわりに、夜の世界にとどまったなどなど、前半にもいくつも興味深い話はあるのだが、何と言っても後半、屋久島に行ってからの二人の話が抜群におもしろい。いやもう、二人ともその世界に入りこんでいるのだと思う。小川さんが足を滑らせた話が何度も出てくる。とても象徴的な出来事だったのだろう。ロゴスの世界で生きている小川さんを、山極先生がピュシスの世界に連れ込んだ。そんな感じがする。しかし話しているうちに、小説の世界はロゴスだけではなく、実はその奥でピュシスにつながっているということに気付いていく。いやあ、屋久島に行ってみたい。日食のとき行こうとしたがすでに宿はいっぱいだった。森の中のトイレ事情とかを聞くとちょっと二の足を踏んでしまうところもあるが、いつかはきっとその森を歩いてみたい。そしてたっぷりのピュシスを受け止めたい。視覚や聴覚だけでなく、触覚や嗅覚、ときには味覚も使って。

  • ゴリラの専門家(霊長類学者)の山極寿一さんと、小説家の小川洋子が、ひたすら対談する。対談集なので、徹底的に突き詰めるというより、ふわっと終わった感がある。学者は、霊長類のゴリラの特性から、人間との共通点、違う点、なぜ違いが出たかについて語る。小説家は、なぜ人間界にだけが戦争や暴力や強姦が起きるのかを考えている。山極さんは『言語』、それによるメタファー、そして死の記憶等の、他の動物にはない人間特有の特性だとする。それは人間が文明を築き上げた源でもあり、それがまた、戦争、暴力をも引き起こす源でもあるのか。個人的には、ゴリラの子殺しの話が興味深い。自分の子どもを殺した男ともつながれる。それは死の記憶がないから?ゴリラと人間の大きな違いは、罪の意識の有無かもと思ったが、それも言語による幻想なのか?資本主義が効率化を善とする風潮を生んだが、子育ては効率化できないもの。ゴリラを見習って共同で育てるべきと言うが、言うは易しだわなあ・・・。

  • ゴリラを通じて人間という存在について考えさせる一冊。フィクションという人工物を生み出す作者と、霊長類を通じて人類の起源を探る学者の対比と共通点が興味深かった。

    孤独を噛み締めるゴリラ、猫を飼うゴリラ、子殺しをするゴリラ、同性と性交をするゴリラ、子育てを通じて父になるゴリラ、蘊蓄として良質であるとともに、そこから人類史への話の展開は自分自身の人生にも転嫁して考えることができる良い一冊だった。

    全体を通して大変興味深かったが、個人的に山極教授が屋久島で酔って落ちた畑が"山極の畑"と呼ばれていたのが、天才ノイマンが事故った道角"ノイマンコーナー"と重なっているのが面白かった。こうやって物事を関連付けるのは自身がホモサピエンスであるからなのかもしれない。

  • 対談集。さらりと。知的なゴリラの生態が興味深い。

  • ゴリラについて作家と霊長類学者が語り合う。言葉を持たない霊長類を研究するには、彼らの活動を言語化しなければならない。その過程でいろいろな発見がなされるわけであるが、作家の想像力と学者の観察力が出合い、ゴリラを介在して二人が見出したものを言語化していくのを読むのは有益であり、楽しい。

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著者プロフィール

第26代京都大学総長。専門は人類学、霊長類学。研究テーマはゴリラの社会生態学、家族の起源と進化、人間社会の未来像。

「2020年 『人のつながりと世界の行方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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