雪沼とその周辺 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101294728

感想・レビュー・書評

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  • あの頃通ったボーリング場、レコード店。擦れ違う速度に忘れてきたのは思い出でしたか時代でしたか。汗と鉄と油に塗れた工場で、錆びれて寂れてしまったのは機械や道具でしたか、この手足や目や針金のような白髪一本一本が紡いできた熱い伝統でしたか。言葉は灰色になり犬はロンと鳴きボールは指からすべり落ちる。私は立ち尽くし、ただただ静謐さに身を委ね目を閉じる。遠く懐かしきあの場所から聴こえてきた賑やかな真新しさ。目を開けた。確かに私はこの身精一杯で生きてきたのだ。

  • 風景はもちろん仕事の描写があまりにも緻密で、短編の数だけ取材したんだろうか……と思うと少し気が遠くなった イラクサの庭とピラニアが好き

  • この小説に満ちている、老いること、一方通行にしか流れない時間の悲哀、みたいなものが辛かった。数年前読んだ時は、この哀しみを美しさとして捉えていたから、これは私自身も老いた、ということなのかもしれない。
    雪沼、という正体不明の町をとりまく人々をオムニバスで書くことで人が暮らす場所、世界の法則、のようなものを浮かび上がらせるひとまとまりの作品として、とても好きです。

    と、いいつつ、いくつか短編ごとの感想も思いつくままに。


    スタンス・ドット
    雪沼の外れにあるボーリング場の最後の日。誰にも知らさず静かな最後を迎えようとしていた店の主人の元へ、トイレを借りにきただけの若いカップルに、最後のゲームをしてもらうことにする。若者がボールを投げるのを記録しながら、このボーリング場にまつわる様々を回想し、最後、10セット目を投げるよう勧められる主人公。ボーリング場の主人として、彼が望んでいた他の人とは異なるスタンス。プレイヤーとしても、それを望んでいたのに、今まで一度も叶ったことがなく、いまや望みが叶ったとしてもそれが分からぬかもしれぬ身体になっている。憧れのプレイヤーの信念、スタンスを変えない、というスタンスを彼も貫いてきたのに、彼は思い描くものに一度も辿り着けなかった自分を、これで良かったのか、と振り返りながらも、最後の一投をこれまでと同じスタンスから投球する。
    自分の心を動かすもの、それを自身は生み出せないけれど、それに関わり、場を作り守ってきた人生。満足して静かな幕引きが行われるはずだった夜に訪れる、小さいけれど、確実な揺らぎ。
    若者よ!なんで来るねん、そしてなんで最後のボールを投げさせる笑!!

    イラクサの庭
    雪沼に50を超えて単身で移り住んだ身寄りのない女性、小留知先生。先生の身の回りのあれこれを長年請け負った実山さんは先生の死の間際に立ち合い、コオリという死に際の言葉を聞く。先生と親しかった三人でその言葉が何を意味するのか考えてみるものの、これといったものは導き出せない。しかし、先生の蔵書にあったある本をよんで、実山さんは、聞いたことのない先生の過去を重ね合わせ、コオリはコオリザトウだったのではないか、と考える。
    謎の過去を抱いたまま亡くなった女性の過去を死後に「想像する」ということ。実山さんの想像は、死者の過去を受け継ぐ生者の暴力的な感じがあって、なんとなくなじめない。実山さんの想像の糸口となる小説も実在するけど、日本語の翻訳がなく、一般人には読んでみたくても手立てがなく、ざっくりした概要だけしか分からないので何が奇跡なのか、よく分からない(作中に説明はあるけどあくまでそれは登場人物の見解に過ぎない)。だからご都合主義的な流れにお涙頂戴が乗っかっている格好になってしまって、この短編はちょっと辟易。生者の暴力性そのものを描いているってことなのかなあ?読み方が違うのかもしれない。また時間を置いて読んでみたい。

  • 連作短編となっていて、雪沼という(おそらく山間の)小さな町に暮らす人々のエピソードが各短篇のあいだで緩やかにつながっているというもの。まずなんといってもタイトルがいい。まさに雪沼の周辺に暮らす人々のストーリー。

    読み進めるごとにじわじわといい。いろんなところでいろんな人が毎日を生きている。静かな町の静かな時間の中で、毎日汗を流したり、不安になったり、ぼんやりしたり、笑ったりしながら生きている人たち。

    文体は三人称で語られるのだが、人物を〇〇さんという語り口が新鮮で、いわゆる「神の視点」ではなく、町内の、近所の知り合いについて語っているような印象を受ける。

    とにかく人物造形と描写が秀逸。でも「リアリティがある」というのとはなんだかちょっと違うような気がする。どこかにいそうな誰かたちなのだが、どことなく寓話的というか現実からほんの少しだけ遊離しているような感覚がふと立ち込めてくる。

    大好きな片岡義男と、人物描写についてはある意味で対極にあるなあと思っていたら、実は堀江は古くからの片岡義男愛読者であることを知ってびっくり。
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    片岡義男×堀江敏幸×川﨑大助 ~作家デビュー40周年記念~「片岡義男と週末の午後を」vol.2「堀江敏幸が探る、片岡義男の頭のなか」『ミッキーは谷中で六時三十分』刊行記念
    http://bookandbeer.com/event/20140524_a_kataokayoshio/
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    自分が好きなものが知らないところでつながっていたことを知るのは望外の喜び。

    ストーリーを語るための人物ではなくて、人物を語るためのストーリー。他人の人生を垣間見(覗き見?)するような感じもして、なんといっても静かな語り口がしっくりとくる。「ささやかな」という言葉がぴたりとくる物語。こういう作品を読むと「短篇とはなんとおもしろいものなのだろう」とあらためて感じ入ることしきりなのである。

  • 時代に取り残されたような雪沼で静かに暮らす
    篤実な人たちの短編集。

    劇的ではないけれど平坦でない人生を
    一歩一歩踏みしめて淡々と生きている姿に
    じんわりとした好ましさを感じる。
    穏やかな彼らには
    これまで築いてきた歴史が積もっていて、
    今もまた新しい一日を積み上げる。

    相棒は体の一部みたいに馴染んだ旧式の道具たち。
    人や自然は移ろうけれど、
    道具は変わらずそこにあって
    役割を果たしてくれる。
    長い歴史を共に歩んできた道具は
    もうすっかり彼らの色になって、
    同じ篤実さを備えている。
    彼らはそんな道具を信頼して、
    もやい柱のように仕事と心をあずけている。

    スポットライトをあてるには淡すぎる彼らの人生を
    柔らかい光で照らすのが、堀江氏の繊細な文章だ。
    ひとつひとつの描写が美しすぎて、
    空気の匂いまで届いてくるよう。
    ただ、“雨が降っている”というその描写を
    3回も読んでしまった。

    焦ってひとつでも読み飛ばすことがないよう、
    じっくりじっくり時間をかけて読みたい作品だ。
    とびきり好きな表現は
    「冬場に飛ばしてみても、叔母の紙は
    背景の雪山の白とは諧調がひとつずれて、
    雪の白に埋没することがなかった。」
    というところ。
    雪山で凧あげなんてしたことないのに、
    細部まで鮮やかに光景が浮かぶ
    ため息がでそうな描写が
    至る所にぽんぽんででくるものだからたまらない。

    7人の人生を垣間見て、羨ましくなってしまった。
    良いことも悪いこともあって、派手ではない
    主人公になるにはいささかぱっとしないような
    人生かもしれないけど、
    こだわりがあって、与えられた環境や裁量の中で
    自分で自分の道を選んで、
    振り返れば無駄なものはなく、
    全部自分の歴史として積み重ねた分
    人間として深い奥行きがあって、
    その時間の上にある今に納得して、
    満足しているように見えたから。

    長い間少しずつ蓄積したものに
    強い憧れを感じるんだけど、
    人生がそれそのものなんて、素晴らしすぎる。

  •  淡白だけどしたたかな印象の作品。
     雪沼という町に暮らす人々の、それぞれなりにドラマティックな人生を振り返るような短編集。それぞれの人柄やこだわりがひとりひとりについて述べられる。
     したたかさを感じさせるのは「雪沼」という町の素敵そうなネーミングと、揃って「さん」付けで紹介される登場人物。


  • センター試験等の大学の入学試験の国語科目の設問2には小説問題が設けられている。

    私も高校生の時は試験勉強でよく問題を解いていたものだが、たまに問題そっちのけで物語に集中してしまうタチの悪い小説が登場する。本作がまさにそれに該当する。

    タイトルは「雪沼とその周辺」。架空の雪沼に住む人々の平凡な日常を精彩に描いた作品である。

    いくつかの短編からなっているのだが、どれもありふれた日常を切り取って描写しており、そこにドラマチックな展開などはない。
    けれど、ありふれた日常にも人々は懸命に生きて葛藤し、様々な思いを抱えて生活していることを再認識させられる。

    地球に謎のエイリアンが進入してくる話は刺激があって面白いし、摩訶不思議で奇想天外なトリックを使ったミステリーもワクワクする。

    けれど雪沼の物語は誰しもが経験したことのあるような細々としたストーリーである。雪沼は私たちに寄り添いながら幸せの意義を問う。

    私が特に好きなのはその中の「送り火」というお話。何を隠そうとこれが2007年のセンター試験で出題されたお話である。

  • 雪沼という場所を舞台にした連作短編集。

    いい。すごくいい。
    出てくる登場人物は、みんな心が澄んでいる人ばかり。
    下心や打算の対極にいるような人ばかり。
    読んでいるこちらの黒いところも、きれいに洗い流して
    くれる、と言ったら言い過ぎか。

    特に、「スタンス・ドット」「イラクサの庭」「ピラニア」の
    三編がいい。

    読んでよかった、と心から思えた一冊。

  • すべてのお話に、喜びと悲しみ、生きる意味のようなものを感じた。
    情景が体にすっと入り込むような、不思議な感覚になった。
    内容は素朴なのに、五感があまりにも刺激されるので、少しずつ読んだ。

  • 面白かったです。すっと、この街の世界に入り込む事が出来ました。静かにゆっくりと、時間が進みます。しんとした穏やかな気持ちになりました。悲しいことも、ままならないこともあるけれど、登場人物たちがそれでも生きていくので、わたしも生きていけるかもしれません。地名も、登場人物の名前も日本的なのですが、日本ではない何処かのように感じられました。寂しい、田舎の街。訪れてみたいです。オススメしていただいた作家さんです。すっかり、この作家さんの作品が好きになりました。

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著者プロフィール

作家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

堀江敏幸の作品

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