- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101294773
感想・レビュー・書評
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なんとなく色気のある作品でした。
エッセイなのか小説なのか、その間を行くような、不思議さと危うさがあるようにも感じました。
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言わずと知れた文学ジャンキーの堀江くんです。
文学の在りように対して向き合おうとする姿勢はザ純文学でしょう。
今回は偶然目にした絵はがきの詩篇から
フランスで物語が動きます。
詩は何度も読み返すものですから、
その度ごとにニュアンスを変えた読みを見せるのは
教師のような身振りすら感じますが、今回は枠外の話も多い。
それは単に息抜きとして用意された小窓ではなくて
詩が生まれるべき土壌、または生かされる空としての
人々の生活のことだ。
特に今回は語り手の揺らぎが著者にしては珍しく
今までにない、人間への視線を感じる。
文学のための人間でも、ただの生きる人間でもなく
文学と不可分ではありえない生き様への誇りのような。
絵はがきの頼りない解釈を繰り返しながら
ヨーロッパを放浪している主人公は
肝心の真相にはついぞ辿り着かない。
そもそも辿り着くべき場所などあったわけでもない。
その間、多くの人と交わされた無数の言葉があったことだけが確かだ。
それは血の通った歴史であり、その人々の誇りに他ならない。
>>
あの人がフランスに来たのは仕事のためじゃない、ルルドにお参りをするためさ、奇跡を起こしてくださいってね、ムッシューはやれるだけのことをやろうとしてる、ホテルの予約は明日までだ、なんとか我慢して目が見えるようになることを祈ってほしい(p.61)
<<
やれるだけのことをやろうとしている、ということの中に
宗教的な行為が含まれるのは、僕の語彙の中にもたしかにさっと入ってこないけれど
言われれば頷くしかないだろう。
この後の、パーティーでの軽やかさは尚更、
それが自然な語彙の中で行われていることを感じさせる。
>>
なんというか、年を取ってみると、この座礁鯨の気持ちが前よりも理解できるように思いまして。ほほう。いるべきではないところにいるような、知らない間に、どこか自分にはふさわしくない土地に運ばれて来てしまったような、そんな気持ちなんです。(中略)息を整えた彼女はじっと私を見つめて、それはちがうね、と言下に否定した。あんたの背丈はせいぜいイルカの子どもくらいのものだ、その絵はがきの鯨は一〇メートルはあるだろう、あたしらみたいに小さな者は、浜に着くまえになにかに食べられちまうさ、座礁の心配なんていらないね。(p.163)
<<
解釈が繰り返し上書きされる、ということの
コンパクトなバージョン。
しかし、こうやって書くと、会話文はかなり独特な間合いを作っていて
それがこの作品のテンポ感を出しているんだろう。 -
波打つ格子
欄外の船
履いたままおまえはどこを
デッキブラシを持つ人
ふいごにふき込む息
黄色は空の分け前
数えられない言葉
始めなかったことを終えること
発火石の味
その姿の消し方
打ち上げられる贅沢
眼の葡萄酒
五右衛門の火
第69回野間文芸賞
著者:堀江敏幸(1964-、多治見市、小説家)
解説:松浦寿輝(1954-、東京都、詩人) -
偶然手に入れた絵はがきに記された一編の詩に興味をもった主人公が、その作者を探し求めるという話。歴史資料の作り手を捜し求める歴史研究の話のようでもあった。解説で「端正極まりない文章」とあるが、その通りだと思う。僕なりの印象を付け加えるとしたら、内省的でありながら軽やか、といった感じだろうか。主人公の手元に集まった数編の詩をあれこれ解釈するその姿は内省的だけれど、その想像の翼の広がりぐあいは軽やかで、あちらこちらへと解釈が飛び立っていく。
「言葉は、だれかがだれかから借りた空の器のようなもので、荷を積み荷を降ろしてふたたび空になったとき、はじめてひとつの契約が終わる。ほんとうの言葉は、いったん空になった舟を見つけて、もう一度借りたときに生まれるのだ」(52-53頁)。 -
偶然に手に入れた絵葉書をめぐって、語り手の思いがめぐらされていきます。
そのめぐらし方は、この作家ならではと思わせる筆致で描かれています。そして、新たな絵葉書を入手するたびに思いが触発されていく様子は、読んでいる側もぞくぞくしていきます。
しかし、そこから読み進めていくうちに、語り手の思いのめぐらし方が饒舌すぎるように感じてしまうときがあります。言い換えれば、絵葉書に基づく思いだけでなく、その思いに基づいてさらに思いをめぐらしてもいきます。
もちろん、そうした展開がよいのだという見方もできるでしょう。しかし個人的な好みとしては、絵葉書の発見に触発されて(言うなれば初期衝動に駆られて)思いをめぐらすという点を一番に評価したいです。 -
偶然手にした古い一枚の絵葉書に綴られた詩篇。
その著者は何者なのか?
「私」の数十年に及ぶ詩人について辿る旅は、掴めそうで掴まらない、そんなもどかしさと逆にそれが嬉しくもあるような不思議な気持ちになる。
静かでとても穏やかな綴られていく文章とその読後感よ。 -
外国の本を読んでいるよう。舞台がそうだから、というだけではない。食べ物とかそういう描写もあるけど、雰囲気というか、文体というか。
ゆっくり何年も置いておいて読むのに良い本だなと思った。主人公の言うように、読む時々で印象は変わるから。
フランスにあまり強い興味はなかったけど、行ってみたくなった。こんな時間が味わえるなら。 -
難しかった。でもこの充実感はなんだろう。美しい文章、意味はわからないけど(!)含蓄ある言葉の数々。知りたい気持ちを焦らせない謎。謎のままでいい、と思わせる謎。190ぺーじ?いやいや、国語辞書くらいの厚みを読み終わった気分。何に満たされたのだろう。。わかんなかったのに。わからないなりにわかったのは、人が生きる時間と時代とそれらの重みと、そのときどきで多様な顔を見せる言葉のチカラ。探求心の尊さ。果てしない想像力。またきっといつか読み返すであろう!
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単行本の装丁とタイトルに惹かれ、文庫化を待ってた!文庫の装丁も雰囲気そのままで嬉しい。
フランスで見つけた古い絵はがきには流麗な10行詩。
その詩に魅せられた「私」はその詩人を求め、長い時間をかけて探索していく。
奇跡みたいに重なる偶然と明らかになっていく詩人の肖像。
いろんな解釈を妄想するのがおもしろい。
なかなか難しい話で、よくわからない。
よくわからないけど、満足感がある。
独特な読後感を味わいました。 -
思い出したように、堀江敏文。
留学先のフランスでたまたま見つけた何の変哲もない絵葉書とそこに書かれた矩形に収まった奇妙な詩。
何故だか魅かれるところがあって、その詩の作者と解釈を巡り〈私〉が出会う人々。
見るもの聞くものから呼び覚まされる記憶や奔放に広がる連想。
一介の公務員だったと思われる詩の作者にまつわるエピソードやそれを語る彼の親戚縁者の生活振りや人柄が滲む話には不思議な味わいあり。