ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 7151
レビュー : 786
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101391410

作品紹介・あらすじ

高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが-。姑に不妊治療をせまられる女性。ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編。R‐18文学賞大賞、山本周五郎賞W受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • R2.8.18 読了。

     「晴天の迷いクジラ」に続き、窪美澄さん2作目。
    重松清さんの解説にこの小説の紹介文があった。
     「なにより惹かれたのは、どうしようもなさをそれぞれに抱えた登場人物一人ひとりへの作者のまなざしだった。救いはしない。かばうわけでもない。彼らや彼女たちを、ただ、認める。官能が(哀しみとともに)濃厚ににおいたつ世界を描きながら、作者はきっぱりと、清潔に、登場人物の『性(せい/さが)』を受け容れ、それを『生』へと昇華するための五編の物語を重ねていくのだ。どう生きるか、生きてなにをするのか、なんのために生きるのかという賢しさではなく、ただ生きて、ただここに在る—『ただ』の愚かしさと愛おしさとを作者は等分に見つめ、まるごと肯定する。その覚悟に満ちたまなざしの深さと強さに、それこそ、ただただ圧倒されたのである。」

     斉藤君とあんずちゃんのコスプレでの性描写から始まった時には面食らった。ありがち(?)な高校生の男女の性行為への関心、夫婦や姑との関係に悩む主婦の不倫など斉藤君家族や高校の同級生や不倫相手の主婦などどこか心に欠けている部分を持っている人々が織りなす連作短編集。心のどこかが欠けていても生きていかなきゃいけないって、なんか勇気をもらえた気がする。完璧な人間は存在しないし、どこか弱いところがあるからその人が愛おしく思えるのでしょ?なんて。

     私の好みは、貧困や老人介護を抱えていても、懸命に生きていこうとする高校生の福田君の挑戦を描いた「セイタカアワダチソウの空」、斉藤君のお母さんの助産院での日々の奮闘や斉藤君の再生するまでを描いた「花粉・受粉」です。
     特に「花粉・受粉」は生命の誕生にも触れて、お産の大変さも描かれていてちょっぴり母へ感謝しなきゃと思わされる。同名映画も観たい。
     また、窪美澄さんの別な作品も読んでみたい。

    ・「本当に伝えたいことはいつだってほんの少しで、しかも、大声でなくても、言葉でなくても伝わるのだ。」
    ・「他人に悪意を向けるためだけに、用意周到に準備する誰かのことを思った。どうか、そのエネルギーを自分の人生のために向けてくれないか、と。」
    ・「悪い出来事もなかなか手放せないのならずっと抱えていればいいんですそうすれば、『オセロの駒がひっくり返るように反転する時が来ますよ。』」

    ・「肯定は、『いま』の賛美とは違う。たとえ『いま』がどうしようもないものでも、「いつか、きっと」を信じることが出来るなら、人生や世界は、そしてどうしようもないはずの『いま』もまた、肯定される。
    本書の五編の小説は、どれも『いま』のやるせなさにぴったりと寄り添っている。そんな『いま』の物語の先に、まるで倍音を響かせるように、窪さんは『いつか、きっと』の光を灯してくれた。」…(解説より)。

  • 全体的におも〜い感じではあったけど、読みやすかった。実際どうにもならない事は沢山ある。少しでも踏み外すとなかなか元に戻れないのは学校生活だけじゃないなと思った。
    マチコの発言にイライラした。自分の子育てをやり直したいが為に孫が欲しい感じが腹立ったわー。あんな姑無理だわー。離婚出来なかったのかな?
    田岡さんは何故あんなに優しくしてくれたんだろう。田岡さんのイメージ像がうまく湧かなかった。

    • ぴーまんさん
      コメントありがとうございます。
      映画化されていたんですね!知りませんでした。窪田正孝さんが出ているなら是非見たいな思いました。教えて頂きあり...
      コメントありがとうございます。
      映画化されていたんですね!知りませんでした。窪田正孝さんが出ているなら是非見たいな思いました。教えて頂きありがとうございます。楽しみです。
      2020/06/16
    • moboyokohamaかわぞえさん
      ぴーまん様
      フォローありがとうございます。
      書棚を拝見させていただきました。
      私のそれとはずいぶん趣が違うなあとおもいました。
      これ...
      ぴーまん様
      フォローありがとうございます。
      書棚を拝見させていただきました。
      私のそれとはずいぶん趣が違うなあとおもいました。
      これからは参考にさせていただきます。
      よろしくお願いいたします。
      2020/06/16
    • ぴーまんさん
      moboyokohamaかわぞえ様
      フォローありがとうございます。
      こちらこそよろしくお願い致します。
      moboyokohamaかわぞえ様
      フォローありがとうございます。
      こちらこそよろしくお願い致します。
      2020/06/16
  • とても感動しました。一気読み。

    導入の「ミクマリ」は、コスプレ主婦と不倫する高校生の過激な描写のエロ小説。割合あっさりと終わり、次の話「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」へ。「あれ、もう終わりなの?」と面食らっていると、途中でコスプレの主婦視点の話で、単なる短編集ではなく、繋がっていることに気付く。

    「ミクマリ」だけなら、若者が自由奔放な性生活の中でホンモノの愛を知り、ほんのり傷つきながら成長する話なのだけど、そうは問屋が下さなかった。
    「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」以降で、ストーカー、リベンジポルノ、新興宗教、自然災害、鬱、貧困、認知症、強制わいせつ…など重いテーマがてんこ盛りの恐ろしい話になっていく…
    文体が軽妙なのであっさりと読めるけど、なかなか骨太な連作短編集。ラストは晴々しい気分で読み終えられる。

    「ばかな恋愛したことない人なんて、この世にいるんすかね ー」って、みっちゃんの一言は救われるな。

    あと、「本当に伝えたいことはいつだってほんの少しで、しかも、大声でなくても、言葉でなくても伝わるのだ 」という部分、それが真理なのだとすれば、人生捨てたものじゃない。心が楽になる一文。

  • 人は「やっかいなもの」を抱えて生きていくしかないのです。そうか、そうなのか。そう一旦腹を括れば、何処かにホッとする自分がいました。
    解説で重松清さんは書いています。
    なぜって、‹やっかいなもの›のやっかいたる所以は、うまく捨てられないところにこそあるのだから。
    「やっかいなもの」は人各々だろうけど、このお話では、それは性欲であり、性の嗜好であり、生殖器官なんかのようです。他人には話しにくい部分ですよね。
    だけど、今回純粋に性とは生に繋がっているものなんだと思ったんですよね。だから、どきどきするような性の描写があっても辿り着く処には生への光が輝いているようで清々しいし力強いのです。例えその光が今にも消えそうな小さな灯火であったとしても、です。
    でもね、それは決して生きることが素晴らしいとか、この世は綺麗なもので溢れてるとか、そういうことではないのですよ。卓巳くんの周囲でも、彼に対する「やっかいなもの」への攻撃は容赦ないし(何故こんなにも赤の他人のことに一生懸命になる人間が多いのだろう)、複雑な想いに囚われて相手も自分も傷つけることしか出来ない奴もいる。一旦最悪なレッテルを貼られれば外すことは困難だし。結局「やっかいなもの」を抱えて生きていくことは、どう考えても楽しいことばかりではないのです。
    それでも読み終えたとき、ぽっと希望の光が胸に灯っているのです。どうしようもないほど涙が零れて仕方ありませんでした。
    どうぞ生きてください。窪さんの声がひっそりと呟いているようでした。そうすればいつかきっと。いつかきっと……と。

  • 卓巳、里美、良太、卓巳の母それぞれの視点で、誰もが抱えている変えられない闇を描いた連作短編集。
    ラストは、助産院をいとなみ女手一つで卓巳を養っている母の、息子への深い愛、今までのいきさつが語られている。
    母親目線で見ると共感することばかりで、胸に刺さったところです。強くて、少々でへこまない人かと思った。
    が、一人で卓巳を育て助産院を持つことの苦悩、不安ばかりだったと。そして世間からは、卓巳がしでかした件で、「助産院の息子だからだ」と罵られたことが一番こたえたと。なんかわかります。親がこうだからと、子供にとっては変えられない現実において、そのせいだと言われることは堪えられないものがあります。世間というのはそういう目で見ますね。自分はどうかというと、言葉にはしないけれど、無意識に思っているかもしれません。人間の痛いところに付いています。
    最後、母は必死で卓巳を探します。嫌な予感がしたのか。我が子よ、生きていて、死なないで。負けるなとか強く生きてくれとか、言葉はいくらでも思い当たります。が、自分も我が子に言うとするなら、究極は、生きていてくれさえすればいい、そう思います。
    ラストの母の章がトリを得ているように感じたのですが、私が一番心にはまり苦しく感じたのは、卓巳の成長過程における生き辛さです。最初ははけ口のつもりだったのに、卓巳の心があんずでいっぱいだと気づいたのは後になってから。それから卓巳の苦悩ははじまります。
    思うようにならないですね。過激な性描写さえも切なく感じました。コスプレが色を添えてよかったと思う(コスプレなかったら生生しすぎる)。
    良太、あくつはどうしてそこまで執拗にしてビラを配ったのでしょうね。人(相手)の気持ちはそこまでわからないです。田岡の出番では、「人の表裏」をみました。勉強してくれれば大学まで面倒みるって、こわいですよ。田岡の存在は必要あるかとも思ったんですけど、
    「俺が望んだわけじゃないのに、勝手にオプションつけるよな神様って」という言葉にはうなずけました。自分や相手が抱える厄介なものは捨てることはできない。そう捉えれば気が楽になれるかもしれないですね。
    窪美澄さんを読むと、生き辛さが表されていて、心にキュッと響きますが、今回は中でも強烈だったかな。

  • 性なんて別に興味ないよーみたいな顔して生きていて、仲良しの女友達とも下ネタなんて話さないし、訊かないし、開けっぴろげにすること自体ないんだけど。お互いに踏み込んではいけない領域と言いますか。たまにうっかり聞かされた他人のヘビーな性事情にうへぇ、となることはありますが、この「ミクマリ」の斉藤くんの初体験ほどじゃないね。

    年上の主婦と彼女の台本通りにアニメキャラのコスプレで…とか、しかもそれが隠し撮りされていて学校中にばら撒かれてしまうなんて。

    「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」はその斉藤くんのお相手(仮名:あんず)、「2035年のオーガズム」は斉藤くんの彼女だった松永さん、「セイタカアワダチソウの空」は斉藤くんの友人 福田くん、「花粉・受粉」では助産師をしてる斉藤くんの母へと視点が移ります。

    登場人物は全員どこか欠落したような環境に置かれていて、キワモノっぽい要素も多いんだけど、その分痛々しいほど生を意識させられます。

    子宝祈願や子孫繁栄ってきっと古来から普遍的に願われてきたもので、だから全国にそういうお寺や神社は星の数ほど存在して、男女のシンボルをご神体として掲げるところもあって。(八重垣神社とか)

    花も恥らう乙女としては当然赤面させられる訳ですが、まず健康な男女がその気にならなきゃ、人口なんて減る一方なんだよな…と考えれば、聖女のごとく性に無関心すぎるのも問題なのだよね。

    性と生と感情と。割り切るつもりが割り切れなかったり、大好きなのに欲情しなくなったり、ともあれ皆「やっかいなもの」を抱えて生きているのだろう。

  • 年上の主婦とコスプレセックスをしている高校生の斉藤。彼の失恋と、起こし出した事件をきっかけに周囲の人々が感じた「性のままならなさ」にスポットライトを当てた連作短編。
    とにかく引き込む引力が凄い。
    斉藤の周りの人達のターンを読むにつれ、彼がだんだん好きになってくる。
    一見ダルそうにしてる高校生かと思いきや、人の悲しみが分かる優しい子だ。
    すぐ泣いちゃうの可愛い…

    ◉救えない状況の人が多すぎる
    斉藤のセックスの相手である里美は義母から不妊治療を強いられている。
    斉藤の友達の福田は両親の援助がほぼ無く、認知症の祖母と二人暮らしをしている。
    病院の息子でありながらコンビニバイトをしている田岡には、人には言えない性癖がある…

    その後の人生を考えると、息が詰まってしまうような人が多すぎる。
    性という厄介なものを抱えて、途方に暮れてしまいたくなるような場面が多い。短い物語の中にそれぞれの生きづらさが見事に表現されていて、引き込まれる。
    肝っ玉かあさんとして描かれている斉藤の母でさえ、まあまあハードな過去を抱え、体を酷使して生きているのだった。

    ◉温かい水分とおおきな川
    性的なこと、そしてその地続きにある妊娠・出産という行為に「体から出る温かい水分」
    はつきものだ。物語の中にも何度も出てくる。
    それと斉藤達の住まいの近くにある、大きな川がリンクする。

    ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。(方丈記)
    見た目が同じでも、そこに流れている水は常に違う様に
    人生もずっと同じことが続く様に見えて、少しずつ変わっている。

    そんなことを思い出した。

    重松清さんの解説が素晴らしく、作品の理解が深まる。
    窪さんは分かりやすい解決策は用意していない。少しずつ変わっていきそうな、ほんの少し明るい気持ちだけを残して物語は終わる。
    川が流れていく様に、少しずつだけど変わっていく。
    その方向が一つでもいい方に向きます様に。
    そう願わずにはいられない物語だった。

    【人の体に優しく触れるということに生まれつき才能があるとするなら、斉藤くんはもしかしたら天才なのかもしれないと思いました。ー里美】

  • 山本周五郎賞&本屋大賞2位の作品ということで読んでみた。
    自分の日常や過去の体験とはかけ離れている登場人物の生き様が重苦しく少し辛かった。
    最終章の最後の数ページでようやく気持ちが和らぎました。
    やっかいなものを一生かかえて生きていかなくてはならないが、ゆっくりとだけれども前向きに進んでいる姿が感じられたので。

  • どんな人でも失敗したり、心に影を抱えている。いい人が悪いこともするし、悪い人でも良い事をすることもある。この本はそんなふつうの人々を描きながら、最後はそれでも人は希望を持って生きていいんだなと思わせてくれる。

  • 登場人物みんなが、それぞれ、どうしようもない環境にある。それが、生まれた時から抱えてるやっかいなモノが起因してるからこそ、どうしようもない。それに性が絡んで話は進む。性に絡ませて話が進んでたのかな?
    読んでるうちに、なんだか気持ちがどんよりしてきた。

    最後の、リウ先生は救いだった。リウ先生の言葉がすぅっと入ってきて…私も頑張ろうと思えた。

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著者プロフィール

窪美澄(くぼ・みすみ)
1965年東京都稲城市生まれ。カリタス女子高等学校卒業。短大中退後、広告制作会社勤務を経て、出産後フリーランスの編集ライターとして働く。2009年「ミクマリ」で第8回R-18文学賞大賞を受賞し小説家デビュー。2011年、受賞作収録の『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)で第24回山本周五郎賞受賞、第8回本屋大賞第2位。同作はタナダユキ監督により映画化され、第37回トロント国際映画祭に出品。2012年、『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞受賞。2018年『じっと手を見る』で直木賞初のノミネート。2019年『トリニティ』で第161回直木賞、二度目のノミネート。

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