夜間飛行 (新潮文庫)

制作 : 堀口 大學 
  • 新潮社
3.60
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レビュー : 282
  • Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102122013

感想・レビュー・書評

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  • Vol de Nuit(1931年、仏)。
    高みをめざす意志。同胞を愛しながら、その屍を越えて進む人々。歯車であることを受容する。己の存在意義をかけて。個人を超越した、より大きなものへの帰属と奉仕。トップとて例外ではない。ここでは、支配人も操縦士も技師も事務員も、みな等しく奉仕者だ。彼等は自ら、自分の生を差し出す。永遠の生を得るために。人類の到達点を、歴史に刻み込むために。いつかすべてが滅びた後にも、その営みの証が残るように…。プロメテウスの子孫達の、美しく勇壮な物語。

  • ドキドキして、あっさりとは読み進められなかった。どうやらわたしの知りたかったことがたくさんここに書かれているらしいことが読みながらわかったので。

    支配人、監督、操縦士、機械工。さまざまな登場人物。夜間飛行のうつくしさと、それを遂行していくための冷徹さ、そこに愛のつけいる隙がないこと。愛が必要ないということ。機械的な監督が自分のみじめさに耐えきれなくなり、自分の鞄の中身を部下に見せるシーン。最後にとりだした、小さな石っころ。老人の機械工が、たったひとつのミスで20年をつくした仕事をクビになるシーン。その手のふるえ。その手に刻まれた皺のうつくしさ。夜景の描写のうつくしさと相まって、あまりにもかなしかった。リヴィエールを愛から遠ざけてなお、つきうごかすものとは、いったいどんなうつくしさだったのだろう。

    やりきれないきもちになります。やりきれないきもちになるために、生きているわけではないから、サン=テグジュペリも星の王子さまを書いたのではないだろうか、という気がします。

  • 読む前から、「飛行士の作家」ということで何となく色物だと思っていたが、読んで仰天。『夜間飛行』も『南方郵便機』も正統な骨太の文学作品だった。つまり、現実の日常生活ではなかなか思い至らない人間性や、人生の意味、この世界の深い襞などを見せてくれ、読んだ後もっと生きることに自覚的になれるような作品である。

    『夜間飛行』は特に、人生の意義について考えさせられる作品だ。「神は死んだ」というニーチェの宣告は、人々から人生の意義を奪い、ニヒリズムに引きずり込む。それを克服して「生きる」ためには、誰かが神に成り代わって私たちに人生の目的を示し、その道を歩むように律してくれる必要がある。そんな役を演じるのは簡単ではないだろう。ゆるぎない自信と、ときに非情とも思える厳しさが必要で、それこそ普通の人間の基準を超えた「強さ」が求められる。

    これぞ『夜間飛行』の主役リヴィエールの役割なのだ。会社の支配人として、飛行士たちの命を危険にさらすのを承知で、夜間の郵便飛行を推し進める。人の使い方も、規則の運用も、言い訳を許さない冷徹さで行う。何のために? 「苦悩をも引きずっていく強い生活に向かって彼らを押しやらなければいけないのだ。これだけが意義のある生活だ」(p.40) 原文を確認したわけではないが、"生活" は恐らく "人生" と同じ単語だろう。

    まさに超人なのである(なお、これがニーチェの "超人” と同じなのか今の私には分からないが、サン=テグジュペリはニーチェを愛読していたようだ)。たとえば、部下のロビノーに言う言葉、「部下の者を愛したまえ。ただ、それと彼らに知らさずに愛したまえ」(p.52) 見返りを期待しない無償の愛どころか、気付かれもしない愛。人は愛するとき、無意識にしろ愛され返すことを望むものではないだろうか。それを思うと、リヴィエールの説く愛は、人間の愛を超えた神の視点での愛に近い。

    現実に命を懸けて夜空を駆ける飛行士たちも、神的な性格を帯びている。遥かな高みから大地を見下ろし、自らの操縦で高度や方向を変えられる彼らは、文字通り神の視点に近いものを獲得する。「彼は自家用の宇宙を再建し」(p.21)、「自分はブエノス・アイレスを領有した上で、またそれを放棄する」(p.75)といった表現がそれだ。サン=テグジュペリ自身、飛行士としてこのような感覚を覚えたのであろう。『南方郵便機』にも地上を征服するという言葉がよく出てくる。

    否定的に見れば、リヴィエールは会社の目的を最優先し、人命を軽視する横暴な支配人だ。しかしこの物語での「夜間飛行」は、会社の目的である以上に人間が自然の力に立ち向かって征服すべき目標になっている。誰もがやがて老い、死んでいく。そして死後の生を信じることができない現代人にとって、生きることにどんな意味が見出せるのか。リヴィエールが本当に格闘しているのはこの問題である。「人間の生命には価値はないかもしれない。僕らは常に、何か人間の生命以上に価値のあるものが存在するかのように行為しているが、しからばそれはなんであろうか?」(p.103)と自問するリヴィエールは、「個人的な幸福よりは永続性のある救わるべきものが人生にあるかもしれない」(p.104)という信念のもとに生きている。だからこそリヴィエールは、「人間の死滅に対して戦っている」と描写されるのである(p.123)

    こうした夜間飛行のための戦いを、リヴィエールは人類のための戦いと捉えていて、それは作者サン=テグジュペリも同様だと思う。しかし、この戦いにはやはりどこか男の戦いという面がある。操縦士の妻にとっては「彼女には意味さえもわからない戦い」(p.73)なのだ。しかし、作者は女性の描き方も驚くほどうまい。空と飛行に惹かれて子供のように出かける飛行士を見送る妻の心情。帰らぬ夫を案じて飛行場を訪れた彼女の起こした波紋。それに続くリヴィエールとのやり取り。「男のロマン」的な物語のなかで、彼女を否定せず、それどころか深い同情を寄せているのが伝わってくる。

    命知らずの飛行野郎の世界を哲学的な深度をもって描いたことだけで十分すごいが、操縦士から見た世界の抒情的な描写、細やかな感受性、息づかいを感じさせる登場人物たち、などなど幾つもの魅力にあふれる作品。20世紀を代表する名作と言っていいと思う。

    併録の『南方郵便機』も、負けず劣らず美しく、考えさせられる作品なのだが、構成が複雑(話がよく飛ぶ)でよく咀嚼できていないので、ここでは差し控える。ただ、絶対に読み直したいと思っていて、そのときに何か書くことを誓っておこう。

  • サン=テグジュペリの初期の作品ふたつ。
    危険だと知りながら、命はないものになると知りながら、それでも…と空へと向つていく。
    命のやり取りはそれはもう極めて論理的に行はれる。大義名分など彼らにはない。生きるか死ぬか。ただそれだけだ。燃料が尽きれば飛行機は墜ちる。嵐に巻き込まれても墜ちる。航路から外れれば仲間でさへ見つけられない。賴れるのは心もとない電波通信と計器、握つた操縦桿。乗つてしまへば、あとは委ねるより他ない。何に? 空に大地に海に未来に。
    この時もはや操縦者は誰でもない。死と隣り合はせの、たつたひとりの「ひと」である。地上では愛する者が仲間が待つてゐるかもしれない。しかし、空では己ひとりで生命の賭け事に飛び込まねばならない。人生は他でもない自分の人生だ。空はそのことを冷酷に、確実に搭乗員に示す。
    彼がパイロットとしてあるひは作家としてどのやうな経緯を辿つたのかは知らない。けれど、どこまでも残酷でそして確かな人生といふことに関して、どこかで握りしめたには違ひない。そしてそれは飛行機として身を結んだ。これが海に出ていたとしたらなら、ヘミングウェイであつただらう。
    ジッドはその序文で『夜間飛行』を評価してゐる。夜間飛行は、ただひとりのパイロットとしてだけではなく、支配人として命令する、地上の人間をも描ききる。死に赴くパイロットも、それも命令する支配人も同じ人生だ。パイロットだから特別なのではない。何かを選び決定するといふそこに、違ひなどない。それは義務と呼ばれる何かを超えたもの。ひとがひとである何かに根差してゐる。操縦士としてのサン=テグジュペリを越えた、ひとりの作家としてのサン=テグジュペリの目覚めだ。

  • サン・テグジュペリの小説では必ず言いたいことがある。この本は人生には解決法はない。勇気をもって前進していくしかない。そうすれば解決法なんか一人でに見つかるとこと。だから何事も一歩踏み出さないといけないのだ。”星の王子様”では目に見えないものにこそ価値があると言っていた。我々は困ったことがあっても行動することが大切だ。人生というやつには矛盾が多いのでやれるようにしていくよりしょうがないものだ。人間の勇気ある生き様を見た気がする。やはり本書は文学性は高いのではないか。

  • 「人間の土地」を読む必要があったので、ついでに本書も読みました。昔、1度読んだような気がするのですが思い出しません…。
    今回しっかり読んで、とてもよかったです。「夜間飛行」は飛行士が主人公というより、飛行機会社の社主リヴィエールが主人公。彼は50代で白髪、腰痛もちの中年男(この当時だと老年といってもよかったのかもしれません)が、使命感のある、とても厳しい優しさを持つ男です。自分にも厳しいし、部下にも厳しく接します。しかしそれは飛行士に優しさを向けると、いざという時に判断が鈍ってしまうため、命がけの男たちとの信頼を保つための厳しさなのです。そのストイックさはかっこよすぎです。(モデルがいるそうです)
    「夜間飛行」は作者が書き上げたとき、倍の枚数があったそうですが、削るだけ削って完成したそうで、そんな研ぎ澄まされた、結晶のような輝きのある傑作だと思います。

    「南方郵便局」は作者の処女作ですが、あまり評判が良くないみたいです。珍しく男女の恋愛ものであり、昔のフランス映画みたい…。しかし、亡き友人の思い出が入っている作品でもあるし、航空の連絡文?の入った構成もかっこいいです。最後の一文は痺れます。
    訳者の堀口大學も、「南方郵便局は精読が必要」と褒めているので、何度か読み返すといいかもしれません。

  • 飛行機は好き?
    ナイトフライトは好き?
    私は大好きです。飛行機も。ナイトフライトも。
    でも、ナイトフライトは、著者がこの本を書いたころは、冒険的大事業だったんですね。

    「せっかく汽車や汽船に対して、昼間勝ち優った速度を、夜の間に失うということは実に航空会社にとっては死活の大問題だ。」

    まだ空輸が黎明期であったころ、先駆けて夜間飛行の冒険的事業に挑む支配人の物語。
    黎明期の事業というのは、危険を伴う冒険的、英雄的時期がある。
    本作が書かれたのが航空機の発展途上である20世紀初頭のころで、挑戦する事業が航空機の夜間運用であるなら、まさに命の損失を伴う事業。

    物語の主人公である航空会社支配人のリヴィエールは、パイロットではない。南米に拠点を構え、地上で勤務するマネージャー。
    部下パイロットと機器を運用し、地上で空の情報を待ち、地上から支持を与える立場である。
    したがって、パイロットのように、夜間、アンデスに肉薄し、突風に揉まれ、雷雨にさらされる直接の危険はない。
    操縦かんを握り、荒天の夜間飛行に挑むパイロットは、誰の援助も受けられない、不安と恐怖、孤独に立ち向かう戦闘者である。 
    そしてまた、直接の危険はないにせよ、支配人もまた、彼らの命を預かり、ときに怜悧に命令を発し、部下の安否を憂い、孤独と戦わねばならない。
    サンテグジュペリの詩的な表現が、孤独に耐えるリヴィエールの精神を美しく描写する。

    重責を負い、孤独に耐え、生傷を負い、それでも前に進む意思を持つことと、意思の形成過程が美しく、悲しく、力強い。

  • 切なさなんて100年前に超えてしまった圧倒的な孤独に惹かれるのではないですか。著者の意図とも無縁かもしれない、孤独を拾って読みました。南方郵便機が、読みにくいけど好み。

  • 『夜間飛行』…郵便飛行機が夜間に飛ぶ、その時代においてはとても危険な行為に挑んでいた人たちが描かれています。人の命よりも仕事に対する信念、崇高さを選択する主人公の物語。登場人物みんな凛としてしっかりと生きていました。…しかし堀口大學訳、難しかったです。光文社文庫も読もうかな。。

    『南方郵便機』…堀口大學によるあとがきから「『南方郵便機』は、なぜさほどにまで読者の精読を要求するか?母岩が厚いからだ。(中略)しかし作者は、内在する金が、あくまで純粋であることを欲した。ために、母岩を貫いて金をり出す仕事を読者の一人々々に残した。この仕事が精読である。」…この仕事難しすぎ!

  • 今や夜は征服されてしまったけれど、30年代には、まだ暗闇は未知の恐怖だった。

    愚直で儚い人々の緻密な描写。
    言葉が星の光を受けて光っている。

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著者プロフィール

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ。1900年6月29日、フランスのリヨン生まれ。
幼少の頃より飛行士に憧れてその職につく。飛行士と兼業して、飛行士の体験をもとに『南方郵便機』、『夜間飛行』などを発表。
第二次世界大戦中、亡命先のニューヨークにて『星の王子さま』を執筆し、1943年に出版。同年軍に復帰し、翌1944年7月31日地中海コルシカ島から偵察飛行に飛び立ったまま、消息を絶つ。
その行方は永らく不明とされていたが、1998年地中海のマルセイユ沖にあるリュウ島近くの海域でサン=テグジュペリのブレスレットが発見される。飛行機の残骸も確認されて2003年に引き上げられ、サン=テグジュペリの搭乗機であると最終確認された。

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