シズコさん

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 114
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103068419

作品紹介・あらすじ

あの頃、私は母さんがいつかおばあさんになるなんて、思いもしなかった。ずっと母さんを好きでなかった娘が、はじめて書いた母との愛憎。

感想・レビュー・書評

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  • 「私は母さんが嫌いだった」 
    「母を捨てた」と幾度も書き連ねながら

    老人ホームの部屋で眠っている母のベッドに子どものようにもぐりこみ
    母を置いて家に帰る車の中で延々と泣き続け

    虐待を受けていた小学生の頃、たった一度だけ水汲みのあとに
    母がくれたトマトの大きさと赤さをいつまでも忘れられず

    誰にも絶対に「ありがとう」と「ごめんなさい」を言わなかった母は
    呆けてから「ごめんなさいとありがとう」のバケツを開けて
    使われないままバケツいっぱいに残っていた「ごめんなさい」と「ありがとう」を
    ひしゃくでふりまくようになったのだ、神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう
    と書く佐野洋子さんを、ただただ抱きしめたくなる。

    シズコさんが亡くなった時に泣いた覚えがないという佐野さんの心の中には
    『100万回生きたねこ』の、白猫を喪って身も世もなく泣いていたあのねこが
    幼いころから棲みついて、佐野さんのかわりに泣いてくれているような気がする。

    童話を残酷なまでに研ぎ澄ました感覚で再構築した『嘘ばっか』などの作品で
    ドライで切れ味のいい文章を操っていた佐野さんが
    この『シズコさん』では、大きなキャンバスに、下絵もなく、構図も考えず、
    心から迸るままに思いの丈をかたちにして
    描きなぐった絵のような執筆ぶりであることが、かえって胸を打って

    文脈が乱れていても、同じような描写が繰り返されても
    心ない校正を入れることなく、そのまま本にしてくれた
    新潮社の編集の方々に、深い尊敬を抱かずにいられない、魂に響く本です。

  • 「私は母が嫌いでした」
    自分に鞭打つ様に何度も同じ言葉を繰り返し、
    刃でその身を傷つけ続ける様なエピソードを綴る。

    その思いからは同情や共感を得たい気持ちは微塵も感じられ無かった。
    ただひたすら、本当は尊敬してるのに、大好きなのに、それを認めたくない自分をズタボロにしてやろう、自分が生きている内に、<嫌い>という思いに逃げる事しか出来なかった本音と向き合うんだ、という切ない気持ちしか伝わって来なかった。

    呆けてしまった親の面倒をみれず、施設に預ける事を「親を見捨てた」と表現する洋子さん。
    老人ホームにつきまとう、そんな暗いイメージを払拭する様な眩く煌めく様な素敵なエピソードがあったので、記しておこう。

    彼女が大好きだった父の親友、渡辺先生の奥さんも、先生が亡くなった後、施設に入ったらしい。
    その時交わした、彼女の言葉。

    「私、入れられちゃったのよ。子供達に無理やり。
    本当にこんなところ嫌だわ。馬鹿げたところよ。
    時間がすぐに細切れになってしまう。
    おやつだ、ごはんだ、折り紙だって、子供じゃあるまいし、馬鹿になってしまう。」

    「私がんばるわよ、こんなところでも。洋子ちゃんもがんばりなさい」

    文学への熱情燃える、素敵な奥様の言葉に、どんな場所にいても心の拠り所がある人は幸せだ。
    年をとっても呆ける事の無い熱情、って本当に素敵と思った。

    佐野さんの周りにいたこんな人達が彼女に、書かねばならないこの本を書かせてくれたんだな、と感じた。

  • 佐野さん自身が老いと病の中で搾り出すように綴った文。
    かつての、切れ味鋭い佐野さんではなくて、一人の「娘」としての佐野さんが、ずっと分かり合えなかったお母様へ向けたまなざし。

    「しつけ」と「虐待」の境目が曖昧だった時代、お母様の愛情は常に弟に注がれていて、自分はその分お父様に愛されたと感じていた佐野さん。幼い弟を背に、水汲み、洗濯に駆け回り、それでもお母様から優しい言葉はかけてもらえず・・・

    母を嫌いだ、愛せなかったと、言いながら、子供のことただ一度もらったトマトのことを忘れられず、老人ホームの母の布団の中に潜り込み、その手をさすっている佐野さん。
    母を棄てた、その代償に高いお金をホームに払っていると言いながら、「かあさん、かわいいね。もてたでしょう」とその頬をなでる佐野さん。

    決して口にしなかったありがとうとごめんなさいを、「バケツでぶちまける様に」言いまくるようになり、子どもを産んだことはないと言い、仏さまのように柔和になったその人を前に「神様ありがとう」と感謝し、初めてお母様に触れるようになった佐野さん。

    認知症はその人がその人でなくなる恐ろしい病気だと思っていたけれど、それによって許し合える関係もあるのだろう。
    作家の角田光代さんが2008年8月「波」に「ゆるされ、ゆるす」と書かれたように。

    この本を書き上げた2年後、佐野洋子さんは亡くなられた。
    今年もたくさんの著名人が亡くなった。中村勘三郎さん、大滝秀治さん、森光子さん・・・

    誰も死を避けては通れないけど、彼らが遺してくれたものにまた、救われる人もいるだろう。

    • まろんさん
      もう、上手下手を通り越して、胸に響く本でした。
      「老いと病の中で絞り出すように綴った」。。。さすがhetarebooksさん!
      これ以上ない...
      もう、上手下手を通り越して、胸に響く本でした。
      「老いと病の中で絞り出すように綴った」。。。さすがhetarebooksさん!
      これ以上ないくらいぴったりな表現だと思います。

      ずっとずっと年上の方なのに、この本を読むと
      ぎゅうっと抱きしめてあげたくてたまらなくなりますよね。
      佐野洋子さん、いまごろ、空の上のトマト畑で
      おかあさんと並んで、トマトにむしゃむしゃかぶりついていたらいいなぁ。
      2012/12/18
    • hetarebooksさん
      まろんさん

      まろんさんのレビューを読むまで、お母様のことを綴った本ということも知らずにいた本です。そう、上手下手で言うなら他にもっとあ...
      まろんさん

      まろんさんのレビューを読むまで、お母様のことを綴った本ということも知らずにいた本です。そう、上手下手で言うなら他にもっとあると思いますが、乱れている文の中に「佐野洋子」ではなく一人の人間としてのお母様への想いを感じますよね。

      本当に、ずっとずっとお母様に認めてほしくて、褒めてほしくて、愛してほしかった小さな子供の佐野さんが目に浮かんできます。
      うんうん、きっと今頃は仲良くトマトを食べながら「男なんてさ・・・」なんて話されてますよ。
      2012/12/19
  • は母と娘の関係http://www.amazon.co.jp/%E6%AF%8D%E5%A8%98%E5%95%8F%E9%A1%8C/lm/R1JUUMN4MGNIN8についての本やTV番組をよく見ます。

    この問題は戦後生まれのことかと思っていました。
    佐野洋子さんは昭和13年生まれなので「おや?」と思い読んでみました。
    それによると、お母さんは戦後の民主主義で変わっていったようですね。

    母親との関係に悩む女性に、読んでいただきたいと思います。
    実に正直な文章です。

    ただ、ここに書き残したいことがあります。以下、引用。

    >そして十二歳年下の妹を私はペットのように愛玩したのである。どこに行くにも自転車に乗せて行った。午後から雨が降ると午後の授業をさぼって幼稚園の妹を傘を持って迎えに行った。セーターにもワンピースにも刺繍をしてやった。幼稚園の遠足の弁当まで作った。しかし妹は何も覚えていない。240円入った私の財布を自転車から落とした時私が怒った事と、荷台に乗っていた妹の足がスポークの間に入ったのにすぐ気がつかなくて、ものすごく足が痛かった事だけ覚えている。
    人間は正しくない。

  • 評価に悩む良作。

    佐野洋子さんが母親との関係を記しておきたかったと言うことが伝わってくる。
    それが決して、理想の親子関係でなかったとしても。家族の生きた証として、作家として、残しておかねばと言う気持ちがあったのだと思う。

    満州から戻って来た家族。成人になる前に命を失った兄弟。希薄な親の愛。
    佐野さん世代の両親を持つ身としては、色んな意味で興味深く読ませて頂きました。

    読む価値は十分あった一冊です。

  • 絵本以外で 初めて佐野さんの本を読みました。最初は自分の娘を愛さない酷い母親との葛藤が書かれていていたのですが 母親が嫁に追い出され 娘の自分の所に来て やがて痴呆になっていく。たんたんと語られていくが いつしか惚けてかわいくなっていく母を許し感謝をしていく姿に感動しました。

  • 人間と人間の関係の難しさをひしひしと感じる。親子・家族だから余計にそうなのかもしれない。常にブレず裏も表もない強さを持つイメージの著者にここまで長く大きな影響を及ぼして来たのが母親であったという事実。あまりに強い嫌悪、けれどそれが"かあさんがボケてしまった"ことにより融けて流れていく、その過程。人生の終わりの目前で赦されたと感じたことはどれだけ大きな救いだったろうと思う。佐野さんよかったね、ほんとによかったね、と思いながら読み終えた。

  • ぐっときた。今では母親と娘の葛藤という問題は巷にあふれるように聞くことが多くなっている。シズコさんという名の母親。東京帝国大学卒の頭脳明晰でカミソリのように繊細で批判精神旺盛な夫、そして正反対の生命力にあふれる女という定義のすべてを含んだような妻。激動の終戦前後から、昭和、平成と、母親とのつきあい方に鋭敏に反応し幼い頃から憎しみさえ感じ続けた佐野洋子(筆者)。幼い兄弟を見送り父親を見送り、あふれんばかりの命の固まりのような母を見送り気がつけば母と同じような年になって。女性ならきっと、胸をえぐられるような思いに駆られる一冊。おすすめです。

  • いま、佐野洋子にはまっている。
    私には、女性の書き手で、嫌な感じをどこかに覚えずに済む人は少なくて、何か一冊面白いものを読んでも、「女性臭さ」のようなものが鼻についてしまうというか、条件付きの「好き」になることが多い。躊躇なく「好きだ」と言えるのは、いままで幸田文ぐらいだった(岸本佐知子のエッセイや編訳集はとても好きだけれど、この人は少し「好き」の種類が違う)。
    このこと自体がちょっとした悩みだったので、笙野頼子にトライして、極端に振れてみたりもしたが、佐野洋子のエッセイに出合って、びっくりするくらいの喜びを感じている。自由、とか、素直、とか手垢のついたようなことばしか浮かばないのがどうにも悔しいが、圧倒的に自由で、意地悪なところも、ミーハーなところも、ヤワなところも強いところも、図太さも、ナイーヴさも、人間の小さいところも、子供みたいなところも、年を取る感慨も、「そのまんま」エッセイにしてる。
    どこは見せたくなくて、どこを見せたいか、そういう選択のいやらしさが、清々しいほど、ない(と感じる)。
    まだまだ何冊も読めるのが楽しみだ。でも亡くなられた、新刊は出ないのだ、と思えば寂しい。出合えて良かった、書いてくださってありがとう。

  • よく「姥捨て山」になぞらえられる老人ホーム。肉親を入居させた人が自らその例えを口にする場合、それは多分に、身近な者の命を他者の手に委ねてしまった、という後ろめたさの響きを含む。著者もまた、呆けた実母を老人ホームへ預け、後ろめたさを感じていた一人だ。「私は正気の母さんを一度も好きじゃなかった」と綴る著者。
    それを負い目に思うがゆえに、著者は身銭を切って母親を高級老人ホームに入れる。たまに訪れる母親との間には、思いのほか平穏な時間が流れるようになる。神様のようになった母親に触れながら、著者は母親と自分の確執に満ちた過去を振り返る。
    母親「シズコさん」は七人子どもを生み、三人に死なれ、夫にも先立たれた。終戦後の混乱の中で大家族を切り盛りする有能な主婦だった彼女は、反面、見栄っ張りで情にとぼしく、ありがとうやごめんなさいが言えない。
    そんな母親に虐待同然の扱いを受けながら育った著者。屈折を飲み込み、反骨を鍛え、やがて絵にも文章にも才能を発揮する芸術家として花開く。しかし心の中では自分の母親を愛せないという事実が堅くしこっている。
    著者、佐野洋子は凶暴なまでに正直な言葉を持つ人である。好きだった父親についても、母親を次々妊娠させたかどで「あれはけだものか。けだものだったのかも知れない。」と容赦ない。その舌鋒は己にも向けられ、母親につれない仕打ちをした後で「ゴメンネ、ゴメンネ」と言いつつも、「あやまったからって誰がゆるすか、私だってゆるさない。」と手厳しい。
    同時にその言葉にはリアルな体温もこめられている。著者が母親の皺深くなった小さな手を握り「涙がたれて来た。」とつぶやくとき、単に「涙が流れた。」とあったのでは伝わらない、頬をたらたら濡らす涙の、どこかしつこい生温かさがわかるのである。
    本書は雑誌の連載をまとめたもので、一章ごとに読みきりになっている。章の始めでかつての壮絶な母子の逸話が語られ、終わりに呆けた母親との神がかったやりとり。その繰り返しは、寄せては返すさざ波かフラクタルの曲線を見ているようだ。
    とかく幻想を抱かれがちな、母子という関係。著者とシズコさんのそれは自我と自我との戦いに他ならないが、それぞれが生きる意志に溢れて眩しい。

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著者プロフィール

さの・ようこ――1938年、中国・北京で生まれ、終戦後、日本に引き揚げました。1958年、武蔵野美術大学に入学。1967年、ベルリン造形大学でリトグラフを学びます。著書の絵本では、ロングセラーとなった『100万回生きたねこ』(講談社)や第8回講談社出版文化賞絵本賞を受賞した『わたしのぼうし』(ポプラ社)ほかがあります。童話にも、『わたしが妹だったとき』(偕成社)第1回新美南吉児童文学賞受賞作などがあり、そのほかに『ふつうがえらい』(新潮文庫)をはじめとするエッセイも執筆、『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)では第3回小林秀雄賞を受賞しました。2003年、紫綬褒章受章。2010年、永眠。享年72。

「2018年 『ヨーコさんの“言葉” じゃ、どうする』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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