真昼のプリニウス (中公文庫 い 3-4)

著者 :
  • 中央公論新社
3.72
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本棚登録 : 533
感想 : 55
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  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122020368

作品紹介・あらすじ

私はここまで来た。この山に、この身に、この心に、何が起こるかを見に来た-。浅間山頂の景観のなかに、待望のその時は近づきつつある。古代ローマの博物学者プリニウスのように、噴火で生命を失うことがあるとしても、世界の存在そのものを見極めるために火口に佇む女性火山学者。誠実に世界と向きあう人間の意識の変容を追って、新しい小説の可能性を示す名作。

感想・レビュー・書評

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  • ぐいぐい引き込まれるストーリーとは言いにくく、主人公の思索が多いため、ページ数のわりに読み進める時間を要したが、非常に充実した読後感であった。

    物語を排除して見つめるということは、科学に携わる者にとっても実はかなり難しい。文庫の解説が素晴らしい。

    しかし、紹介文がすごいネタバレであることよ。ストーリーとしてはそう書かなければならなかったのだろうけど。

  • f.2023/8/29
    p.1993/10/12

  • 科学と物語、人間と神話…
    広告業界のある男は言う。
    世界というものが、現実のすべてが、そのまま神話であり、物語であると。
    人はちょっとした話を作りあげる。
    贋の神話、贋の物語。
    闇に脅えぬように自分たちを護ってくれる精霊を、天には神が存在し自分たちを見守ってくれることを。
    そうやって贋の神話を信じることで、人は攻撃的になり相手を駆逐し文明を生んできた。身が滅びることを承知で、英霊となって祖国に帰れると信じ自爆攻撃もしてきた。
    人は否応なしに神話に浸って生きている。

    ある火山学者の女は言う。
    それは事実であろう。
    しかし、自分はなんとか神話の媒介なしに、事実そのもの、世界そのものを見たいと。

    男は反論する。
    世界そのものなんてないのだと。世界というのはそのまま神話なのだと。
    男は神話とか物語とか、そういうものの製造と販売を仕事にしてきた。
    できあがった物語として人に聞かせるのではなく、相手の心を読んで、それに合わせた物語を提供する。
    世界もまた人が望むような物語を人が作り人に聞かせてきたのだ。

    それでも女は信じない。
    世界はそのような情報を寄せ集めた、神話や物語を積み上げてできたものではない。
    世界とは神話の媒介なしに、事実そのもの、世界そのものに迫り見ること。

    女は山に登る。
    わたしはなぜ、ここにいるのか?
    何をしようというのか?
    「この感覚、山の上で空を見て、身体の中から淡い疲労感がゆっくりと潮のように引いてゆくのを見ている感覚。この感覚の中にじっと坐っていられるなら、どんな物語も神話も必要ない。これが生きる感じだと信じてじっとしていられる。」 (P253)

    それを知らないのは、あなただけだよ──

    「かつてプリニウスの身体を構成していた炭素と酸素と窒素と水素はもう地球全体に散って、大気の中を漂ったり、深海を泳ぐ魚の一部になったり、北方のシラカバの幹に取り込まれたり、赤鉄鉱の中で鉄の分子と結んだりしている。それらすべてを乗せて世界は変わらないままに変わりゆき、その全体を頼子は眠りの底で感知している。それを女神ペレが見ている。時の水面が一ミリずつ上昇し、世界を浸してゆく。その中に頼子は溺れる。」 (P254-255)

    池澤夏樹さんの小説を読むといつも、わかるとわからないの感覚の間でたゆたう。そして夢のような情景がいつまでも降り注いでくるのだ。

  •  著者の作品をこれまでに数冊読んだ中で、最も心に残っている。昨今、人類にとっての神話、物語、ナラティブの重要性があちこちで聞かれる気がする。けれども本作は、神話に眼を曇らされて世界をじかに見ようとしない態度は、偽りの生き方にもなりかねないと伝えてくる。しかも途中で登場する易者の言葉は、科学的なアプローチさえ、真に世界を受け止めようとすることをスルーしかねないものがあることを仄めかす。

     物語でも科学でも同じことで、私たちは何かと、説明ばかりつけようとしていないだろうか。ほんとうに世界を知るとはどういうことなのか。目に見えない問いがすごく心に刺さる。

     そのうえで改めて、主人公がバイオリズムに委ねて手紙を書くくだりを思い返すと、ふつうはこういう手紙の送り方はあまりしないわけだから、もしかしたら人間は生き物の感覚を忘れすぎているのかもしれなくて、なんてものごとを複雑にしないと生きられないんだろうと思う。

  • 金大生のための読書案内で展示していた図書です。
    ▼先生の推薦文はこちら
    https://library.kanazawa-u.ac.jp/?page_id=18358

    ▼金沢大学附属図書館の所蔵情報
    http://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BN09878698

  • 広告会社の男のような、浅薄な物の見方をしがちであるのだが、難しい。見える方向に目を向けるということがだ。

  • この一年に渡り、正に病むるときも健やかなるときも、池澤氏を読書の中心に据えてきた。氏の少し硬めの文体が僕にはとてもしっくりくる。そして登場する女性がとてもキュートでチャーミングで理知的だ。ストーリー展開は?なものもあるが、色々と助けられました。

  • 池澤夏樹3作目。
    火山という自然現象を軸に、過去と未来を行き来し、科学の力とそれを超える超自然現象と交感し、物語と神話について考察しながら作品が進んでいく。
    どうしたらここまで人間総体を遠くから眺めるような視点を持つことができるに至ったのか分からないのだけれど、本当にすごい作家だなと思った。
    科学的な素養を持ちながら超自然的(精霊とか)な視点を取り入れて、鳥瞰図的な世界を描写する能力。そして、それでいて、あくまでストーリードリブンであり続ける。そしてなによりも説教臭くない。ジブリがそれに近いものがあると思うのだけれど、ジブリって高度な技術とストーリーテリングは上手いけれど、いつも説教を聞かされているみたいな気になって鼻白んでしまうのだけれど、彼の作品にはそれが無い。

  • うさぎは、分かっているのに不思議と罠に
    つかまってしまう。

    文中に出てくるこの一つのエピソードが、
    まさに、説明の付かない人間の「衝動」を
    うまく表していると感じます。
    身の危険を以っても鎮められない自身の
    内なる衝動に身を任せる主人公の姿は、
    読者にも同じような高揚感を抱かせます。
    きっと読者の経験に呼応する何かがあるのだと思う。

    クライマックス、最高峰に登りつめるような、
    数学の「極限値」とも言うべき数行で
    沸騰です。

  • 生きる、という感覚と他者
    生の実感を持てないものは
    持つものに憧れる
    それを愛だ恋だと錯覚する

    物語ることへの疑問
    消費社会への根本的な嫌悪感と
    人間の生のように熱い火山たち
    そして恋人
    欠けていたピースが徐々に揃う

    結末は書いてないけれど。

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著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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