- Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784153350335
作品紹介・あらすじ
推理作家のクローンとして公共図書館の書架に住まう男。彼の力を借りるべく、謎を携えた麗しき令嬢が図書館を訪れる。令嬢に貸し出された彼の元に立ちはだかった驚愕の事件とは……。SF界の巨匠、ジーン・ウルフの最新作にして、騙りに満ちたSFミステリ
感想・レビュー・書評
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人口が十億人にまで減少した未来の世界のニュー・アメリカ。
亡くなったミステリ作家の複生体(リクローン)は
図書館の書架を住処として
希望者に貸し出されるのを待つ、蔵書ならぬ「蔵者」だった。
ある日、コレットと名乗る女性がやって来て彼を連れ出し、
生前の著書の中に重要な秘密が隠されていると告げた……。
――というディストピアSFミステリ長編だが、
予想外に肩の力を抜いて楽しめた。
文明批判の一種には違いないけれども、
凝った「騙り」の多いこの作家にしては、すっきりしたストーリーで、
入門者にもとっつきやすいかもしれない。
随所で様々な先行作品のイメージを喚起する言葉選びが
なされているのも楽しい。
売れっ子ミステリ作家の若かりし日のコピーで、
顔は晩年のイメージに合わせて改変されているが、
内面はナイーヴな青年のままだし、
目覚めてからずっと図書館で暮らしているため世事に疎い、
賢いけれど非力な男が外に出て奮闘する様が愛おしい。
途中からバカSF風味(!)が入ってくるけれど、それも含めて面白い。
映画化したら、上質なサスペンスが後半でB級ホラーっぽくなって
脱力すること必至と見た(笑)。
ラヴクラフト「ランドルフ・カーターの陳述」をご存じの方は、
Q.“こちら”と“あちら”で携帯電話での通話は可能か
A. ドアが開いていて電波が届けば
といった問答でニヤリと笑うこと請け合い。
ところで、この作品中にも "island" "doctor" "death"の三語が
浮かび上がるのだなぁ。
『デス博士の島その他の物語』を再読したい……。
結末の主人公の選択は……どこの誰とも知れぬ「あなた」に向かって
この物語を綴るためだったのかもしれない、そんな気がする。
それにしても、80歳を過ぎても
こんなに瑞々しい小説を発表できる作家とは!
普通は年を取ると気力・体力が衰えるので、
アイディアが湧いても作品を完成させるのは――特に長編は――
厳しいと思うのだけど、驚嘆の至り、そして、惜しみない拍手を! -
ファンタジーかと思えばミステリ、さらにはハードボイルド、SF、そしてまたぞろミステリ、と様々な顔を持つ本書。ジーン・ウルフのガチのファンの方には物足りないでしょうか。「ケルベロス…」などと比べるとエンタメ寄りというか、親しみやすいというか。確かに、その分読後の高揚感は足りないかもしれません。ただ、続編が予定されているようなので(ウルフじいちゃんがんばれ)しっかり評価するのはそれからということで。
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謎も謎解きもしっかりとある少しSF風味の入ったミステリ
なのだが、この本のキモはそこではないと思う。
物故した作家の、記憶までも完全にコピーしたクローン体─
リクローン─を、蔵書ならぬ「蔵者」として図書館に収蔵
するということが実現したら一体どういうことになるのか。
そしてそんなことが起こる社会とはどのようなものなのか。
そういう一種の思考実験がこの本の面白いところなのでは
ないだろうか。
もちろん素直にミステリとして読んでも十分に楽しめるの
だが、さすがはジーン・ウルフ、エンタメ寄りでわかり
やすい作品でありながらいろいろと考えさせられる内容で
あった。本を大切にしよう。 -
全てが「スクリーン」で事が足り、「ボット」が些事を片付けてくれる世界。脳スキャンされた「物語の作者」が「貸出」できるようになっていた。処分寸前の「彼」は久しぶりの「貸出」にわくわくしていたが……。なんだろう、このだらだらしているのに楽しい感じ。ジーン・ウルフってこんな感じだよなあ。
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図書館の蔵書は借り出されることを待っているか? きみが来るのを待っているんだよなんて童話がありそうだが、では、図書館の蔵者はどうか。
待っているのである、借り出されることを。
舞台は何百年か未来。図書館の書架には小説家や芸術家のクローンが暮らしている。彼らは生前のオリジナルから脳スキャンで採取された記憶がインストールされている、作家の複製なのである。彼らは閲覧されたり、借り出されることを待っている。あまり借り出されないと焼却処分となるからである。
さて、わたしは少し身構えながら本書を読み始める。ジーン・ウルフの小説、何が仕掛けられているかわからないからだ。しかし話はわりとスムーズだ。蔵者である「わたし」、E・A・スミスは『宇宙のスカイラーク』の作者ではなく、ミステリ作家だった。もちろん『火星のプリンセス』の作者でもないが、『火星の殺人』なんて本は書いたことがある。そんな「わたし」のもとにコレット・コールドブルックという美しい女性が来て、「わたし」を10日間借り出していく。
コールドブルック家は謎の多い一家である。コレットの父は投資家で一代にして巨額の富を得ているが、最近亡くなった。自宅には子どもたちを入れさせない秘密の実験室がある。母もすでに亡くなっているが風変わりな人物だったらしい。父が厳重に保管していたのは1冊の紙の本。金庫を開けてその本を取り出したコレットの兄は何者かに殺されてしまう。しかしその本はコレットの手に渡っており、彼女はその本に何か秘密が隠されているのではないかと考えている。そしてその本とは『火星の殺人』なのである。
「わたし」は図らずもコレットに付き添って探偵のような作業を始めることになるが、「わたし」だって自著に何の秘密があるのかはわからない。そこにコレットの兄を殺した者たちの手が迫ってくる。
「わたし」はE・A・スミスの一生分の知識を備えながら、しかしたいへん若く、日がな一日、書架で過ごしていただけの何の経験もない男。しかも真正な人間ではなく、人権もない。コレットが誘拐されてしまうと、「わたし」にはもうなすすべがなく、自分の所蔵館に戻るしかない、というのが、はじめのほうの展開。
さて、登場早々にウルフはコレットに「女は嘘つき」などと語らせており、話者であるスミスのオリジナルが生きていたのは一世紀以上も前で、世間のことも十分にはわかっていない。これは信用ならない依頼人のミステリか、あるいは信用ならない語り手のミステリか。
よく当たる投資家だったら、タイムマシンでも発明したのかなどと予測しながら読むが、『火星の殺人』並みの展開があることは保証する。ま、火星は出てこないが。
ウルフの小説にはいつだって含蓄深い言葉が埋め込まれているのだが、所蔵館へとトラックで連れ戻される途上、「わたし」はトラックの運転手をみくびっていたと思い、こう独りごちる。人が人をみくびるのは主として人が自分自身をみくびっているからだ、と。
原題は『借り出された男』。上記の設定を説明しないとわかりにくいので『書架の探偵』と訳したのはいい。しかし、「書架の探偵」のイメージは安楽椅子探偵である。書架ですべてを推理するのかというと、そうではなく書架から出るところから話は始まる。スミスは行動的である。特に自分を見くびっていたことに気づいてからは。
行動する探偵の一人称の物語とはハードボイルドなのが普通。しかしウルフはそれも裏切る。蔵者はオリジナルらしい喋り方をするように脳に調整がなされていて、「わたし」は、本文の描写によると「大学教授のような堅苦しい喋り方」をするのである。翻訳だとむしろ執事のようだ。それがこの「探偵」に奇妙な味わいを付加する。
オリジナルの生きていた時代から1世紀以上も未来の世界を歩きながら、文明論的な観点にもちょっと触れつつ、SF的な筋立てをへて、しかし最後はしっかりとミステリらしい謎解きになる。
そしてスミスは書架に帰る。書架に帰って次の事件を待つ。続編が予定されているらしいのだよ。高齢のウルフが蔵者にならないかぎり、いずれそれは読めるだろう。