聖餐城

著者 :
  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (739ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334925475

作品紹介・あらすじ

「馬の胎から産まれた少年」アディと、宮廷ユダヤ人の息子イシュア・コーヘン。二人の若者の運命が、果てなき戦乱の中で変転していく。ドイツ三十年戦争を、傭兵とユダヤ人の目線から描ききった、圧巻の大作。

感想・レビュー・書評

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  • また皆川博子さん。
    「聖餐城」! 何という美味しそうなタイトル! こんな素晴らしいタイトルを見たのは久しぶり。
    でも、結局のところ明らかになる「聖餐城」はそれほど美味しくはなかった。
    話は17世紀、30年戦争の頃のドイツ(というか、今のドイツ辺り)。神聖ローマ帝国とかハプスブルグ家とかボヘミア王とかババリアとか、全然わからなくて嫌いな辺り。今度こそ!と思いつつ、やっぱり歴史情勢のところは少し斜め読みしてしまった。皆川さんの博識には本当に圧倒される。世界情勢、中世〜近世の戦争の実際、傭兵にユダヤ人、錬金術、カバラ、更に刑吏の差別の歴史の問題まで絡めてきましたか。
    戦争一筋の中で生きた主人公(馬の腹に縫い込められていた出生は結局謎だ)を中心に、登場人物もとても豊か。でも、結局あれほどの能力をもちながら、イシュアが生涯をかけた労作は灰となって無に帰してしまい、逆に人間的な弱さを充分にもったシムションが最後まで足掻きながら着実に何かを後世に残していったという結末が一番興味深かった。
    歴史小説として素晴らしかった。ただ、やっぱり名前が。「聖餐城」って、もっと勝手な期待をしてしまったのでちょっと残念だった。

  • 実に重厚な一冊でした。歴史的背景はある程度把握してないとつらいかもしれません(この辺世界史で習った記憶がかすかに残っていたけれど、それでもなかなか理解するのは時間がかかりました)。でも半分過ぎたらそのあとは読まされました! ただ、登場人物全部把握できるようになったのがそのあたりだったんですけどね私は(苦笑)。
    大雑把に言うと傭兵の物語です。傭兵、って言葉は知ってるけどどういうものだか分からなかったので、勉強になったなあ。軍略部分は読んでいてわくわくしますね。ローゼンミュラー兄弟はカッコいいよなあ。軍のポリシーが素晴らしいです。
    タイトルである「聖餐城」と「青銅の首」に関する部分は、ミステリといえなくもないですね。あっと驚きの真相!というわけではなかったけれど。この真相は感慨深かったです。じんわりと残るものがありました。

  • 勉強している人の本は面白い。
    歴史的な背景だったり、その社会での仕組みや文化。解らないことを想像や好き勝手に作り出した設定を使うのよりもずっと。時間と手間をかけた分だけ醸成された深い作品に仕上がる。
    本書「聖餐城」はまさにその土台がある。

    あらすじ:
    17世紀の神聖ローマ帝国時代のドイツは新教旧教間の争いが発端となり、長い戦争に突入していた。「馬の胎から産まれた」アディは掠奪にあった家で同年代の少年、イシュアに出会う。背骨が盛り上がった異形だが、整った顔の「ホムンクルス」イシュアの要望でプラハへ。やられる側よりやる側へ。アディは掠奪を許さない厳格な規則と訓練による私兵ともいえる傭兵を要するフロリアン・ローゼンミュラー隊の兵卒となり出世していく。
    イシュアの兄、裕福なユダヤ人シムションは皇帝の宰相・ヴァレンシュタインに出資し、彼をのし上がらせることで権力への階段を上っていた。差別されるユダヤ人の地位はもろい。世界の経済を手中におさめ、ユダヤ人がいなくては世界が動かないようにしよう、と。その犠牲となり地下牢に閉じ込められたイシュアは白髪の老人のような風貌へ。同時にさまざまな知識を吸収していく。イシュアの存在はそうしてシムション、ヴァレンシュタイン、皇帝にとってなくてはならないものになっていった。
    スウェーデンが乗り込んできて以来、フランスなども戦いに加わり、泥沼化する戦争。補給や鬱憤のたまった自他国交わる傭兵に荒らされる村々。権力を求めるヴァレンシュタインと執着を見せるヴァレンシュタイン。ヴァレンシュタインを陰で操るシムションは戦争で儲け、権力を手中に入れるが、被差別民のユダヤ人故にすさまじい信念を抱く。存在感を増してくるイシュア。戦場で活躍するフロリアンとアディ。王や貴族が油滴る肉をほおばっている間、兵士たちは傷付き遅れる補給に餓え、掠奪を行う。
    さまざまな思惑が絡み合うドイツ三十年戦争に巻き込まれた人々の運命とその終結までが描かれる。

    圧巻のヴォリュームの本作は、登場人物が多い。ドイツを中心に、ヨーロッパが舞台とあって、名前を覚えるのに非常に戸惑った。ここが海外もののネックなんだよな。もしかしたら挫折するかもという予感を抱えながらの読書だったのは、最初の300ページくらいまで。
    海外が舞台の歴史小説――しかも神聖ローマ帝国なんてたいそうな名前は知っていても実態は殆ど解らない高校日本史選択者(=わたし)にはこのころのドイツの政治制度や社会・文化が解らないからまあ難しい。でもしっかり調べてあってうわべだけの知識に留まらないことを登場人物たちの動きが証明してくれる。そうやって編まれていく話は興味深く面白い。
    そして色んなテーマがみえてくる。
    傭兵が一般的で、勝てばそのまま負ければ勝利した軍へ鞍替えするものがほとんどで、僅かに発生する賃金ではなく掠奪によって生計を立てているようなものだ。その描写がすさまじい。日本的に例えれば戦国時代、勝者側の足軽が負けた国を蹂躙するって感じか? まあ領国に入れてしまうから、日本ではこんなひどくはないし、身分が流動的な戦国時代にそんなことしたらそれこそ狙われるのか?
    初めは育ちを示すような乱暴な口調だったあのアディが立派になっていくのが心地いい。ちゃんとした口調でフロリアンと語るシーンに感動した。
    しかしこのローゼンミュラー隊を養っているシムションといわばシムションのボスであるヴァレンシュタイン、ヴァレンシュタインと他貴族・皇帝、ドイツと他国の中で繰り広げられる、兵士の側から見たら直接的なかかわりがない政治ゲームが彼らの運命を翻弄する。
    このころの貴族以外の人って一体なんなんだろうか。そんな思いに苛まれる。民が苦しみ兵が疲弊しているのに、自分たちは常に豪華で堅牢な城で贅沢三昧。見栄を張ることが大事で、まさに鶴の一言で首が飛ぶ。アディたちが感じる憤りがそのまま伝わってきた。
    中でもすごかったのはアディの夢。やられる側よりやる側に、という理由で傭兵になったアディがフロリアンへの忠誠とは相反する恋心のために思い悩む。イシュアがポロリとこぼしてしまった一言を胸に抱き、必要とされる人間になっていく。絶対無理だろうことなのに、追いつめられることでチャンスをつかむ。皮肉でもあるが大いなる一歩で、そしてそんな簡単なことがまかり通らないからこそ苦しむ人々がいるんだ。
    もう一つが世界経済を手中にするユダヤ人の一人シムション。ユダヤ人の差別の歴史があるからこそ、彼は私的な欲望とユダヤ人社会のための野望を抱くようになる。ユダヤ人だからという理由で財産が没収されるなんてことは何とも不合理だ。しかし20世紀になるまでは少なくともこの系譜は続いている。21世紀でもエルサレムなんかではまだあるのだろうね。
    ユダヤ人――。日本に住んでいればこの言葉の重みは解らない。けれどこうして本を読むことによって、彼らがつながらざるを得なかったこと、そして少しでも立場をよくするために勤労に励んだことが薄らと見えてくる。

    そんな何層仕立てのパイみたいにいくつもの物語が欲望によって複雑に絡まっている。そしてそれを大いなる感動――苦さがこもった感動を抱き、読み切ってしまう。外国の歴史小説にもかかわらず、だ。
    そこにはるのは深い理解。参考文献の量にも表れているが、作者はきちっと勉強している。本を作り出すものの責任を果たしている。そこに皆川さんのあの独特の幻想的で色気がある描写が加わるんだ。
    面白くないはずがない。

  • 歴史背景がわからないとつらいらしい

  • 17世紀、神聖ローマ帝国、30年戦争、カトリックとプロテスタント、ハプスブルク家、ボヘミア王、選帝侯、ユダヤ人、傭兵、市民権のない刑吏、錬金術師、ホムンクルス、ケプラー。
    聖餐城にあるとされる青銅の首とは?
    ヨーロッパの傭兵について書かれた小説が読みたくて図書館で借りた。辞書みたいに分厚いけど、するする読める。なんかすごいもの見つけてしまったと思わせる本。
    ボヘミアで宗教対立から偉い人を窓から投げたことから始まる30年戦争。主人公アディは馬の腹に縫い込められていた出生不明の子(最後までわからないんかーい)。背中の曲がった同年代の金持ちユダヤ人イシュアをたまたま助ける。頭が良くて不思議な力があるイシュアと出会ってから、喋れなかった舌が動いたり良いことづくめのアディ。やられるよりやる側になりたいぐらいの認識しかなかった少年が傭兵になって、不可触民の刑吏の女の子を救おうと偉くなっていくサクセスストーリー()
    もう一人の準主役イシュアの兄シムション。キリスト教の対立に乗じてユダヤ人の居場所を作ることに奔走する。金儲け大好き。父よりも弟よりも自分!賢いイシュアを「お前こそが青銅の首(為政者の質問になんでも答えてくれるらしい。インターネットかAIみたい)」と頼りにしていたが、段々不気味に思えてくる。ある意味一番人間らしくて共感できる男。頑張ったのは本当。
    対して最後までよくわからない男イシュア。異形の身体で家族からも疎まれ唯一の友アディを何度も助ける。その賢さと友情は本物なんだけど、結局何がしたかったのか、首は残せたのか(紙がボロボロになって全ておじゃん?)よくわからん。でもユダヤ人墓地よりあの地下で眠るのを本人が選んだとアディは判断して置いていくんだ。うーーむ。出生自体がホムンクルスとかそうじゃなかったとか(あっさり明かされる)ノタリコン解読とか不思議要素全て背負ってた分、連載のライブ感で削られた部分もあるのかな?
    ローゼンミュラーの傭兵部隊は主人公って感じでロマンがあって少年マンガのようだったけど実在するのかな?
    宗教も国籍も関係なく、ドイツ中が荒廃した史実。皇帝には財貨がなく、傭兵たちは戦争の報酬を得るために掠奪し、次の戦争へ。
    アディの敬愛したフロリアン隊長の遺児たちを見守って終わる物語。死ななくてよかった、とほっとする気持ちともっと幸せになれたはず、ともやもやもする。地に足ついた歴史小説ってことかな。

  • 三十年戦争を舞台装置に繰り広げられる狂乱と残酷の歴史小説。
    イシュア、アディに尽くしすぎじゃない??新手のツンデレすぎない???とか思ってしまいましたが・・・。
    忠義と愛欲と小さな恋のメロディとが綯い交ぜの濁った空気を吸い込んだアディを思うと・・・凄まじい。

  • 30年戦争時のドイツ。傭兵・ユダヤ人視点。
    ユダヤ人がドイツその他に根をはっていく様子などが書かれていて、その後のヒトラー政権誕生の原因になったのだろうと推測できた。
    現在も存在する宗教対立。宗教が主な原因である戦争。
    今こそ、歴史に学びたい。

  • 三十年戦争の話。世界史の知識がないとちょっとつまらないかも。
    傭兵たちの暮らしや働きが詳しく描いてある。
    ユダヤ人が戦争を利用して各地で経済力をつけ地位を築いていく様子がおもしろかった。

  • 相変わらずの凄い引力でグイグイ引っ張られる。タイトルが軸になる話かと思いきやそうではなく、ある濁流の中の木片達の流れ方を描いたものかと。そして最近のお約束として、奥付と略歴を思わず確認、のち仰け反り&平伏。七十代後半でコレってッ!!ンもう素晴らしい気概と気迫。取扱う題材もさる事ながら、文の勢いがまったく衰えないのが凄い!格好良い!惚れる!

  • 1600年代のドイツ30年戦争で帝国分裂を舞台とした大河小説。ケプラーやクロムウェル、神聖ローマ帝国皇帝のルドルフ二世まで出てくる。絵画的にはルドルフ二世といえば有名な、あの植物で作った肖像画の人で、政治そっちのけで文化財や骨董品収集に錬金術で人体錬成までからんだ実に興味深い人物です。
    錬金術士とかホムンクルスとか、鋼の錬金術士で仕入れた知識が序盤からバンバン出てくるので、ついついハガレンが脳内変換されました。
    時代的にオランダ絵画黄金期にかかるあたり、レンブラントが有名になりフェルメールが出る時代で物語が終わる。この戦争の裏でオランダが力を付けたのかな、なんて思いつつ読むと楽しい。

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著者プロフィール

皆川博子(みながわ・ひろこ)
1930年旧朝鮮京城市生まれ。東京女子大学英文科中退。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞し、その後は、ミステリ、幻想小説、歴史小説、時代小説を主に創作を続ける。『壁 旅芝居殺人事件』で第38回日本推理作家協会賞を、『恋紅』で第95回直木賞を、『薔薇忌』で第3回柴田錬三郎賞を、『死の泉』で第32回吉川英治文学賞を、『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』で第12回本格ミステリ大賞を受賞。2013年にはその功績を認められ、第16回日本ミステリー文学大賞に輝き、2015年には文化功労者に選出されるなど、第一線で活躍し続けている。

「2023年 『天涯図書館』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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