英国怪談珠玉集

著者 :
制作 : 南條竹則 
  • 国書刊行会
4.29
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本棚登録 : 137
感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (587ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336062802

作品紹介・あらすじ

英国怪談の第一人者が半世紀に近い歳月を掛けて選び抜いた、イギリス怪奇幻想恐怖小説の決定版精華集。
26人におよぶ作家の作品32編を一堂に集める。M・P・シール『薔薇の大司教』、マッケン『N』、ウェイクフィールド『紅い別荘』等の訳し下しや、フィオナ・マクラウド『牧人』等の単行本未収録作も多数収録。既訳の作品も全面的に改訂、磨き上げられた愛蔵版。

感想・レビュー・書評

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  • ただ「怪談」と聞くと川端の枝垂れ柳や、枯れ薄の叢の中の古沼、裏寂れた夜道といった妙に背筋が寒くなる風景を思い描いてしまいそうになる。それが、前に「英国」という二文字が着くと、急に座り心地のいい椅子や、炉端に火が用意された落ち着いた部屋のことを考える。別にどこでもよさそうなものだが、「英国怪談」を読むには、いかにも彼の地の幽霊が出てくるにふさわしい環境が用意されていなければいけないような気がするのだ。

    紺地に赤と金で唐草文様を配した豪奢な装丁の本である。厚さだけでも相当なものだが、持ち重りする大冊である。寝転がって読むというわけにはいかない。手持ちの書見台に置いて読もうとしたが、想定される厚さを越えているためページ押さえが使えず使用不可となった。机の上に直に置くと読むために首を傾けなくてはならず、長時間続けば首が痛くなる。仕方がないのでオットマンに足を載せ、腿の上あたりを支えに、革のブックカバーを被せて両手で持ちながら読んだ。

    有名無名の作家二十六人からなる三十二篇のアンソロジー。アルジャノン・ブラックウッドやら、アーサー・マッケン、ウォルター・デラメーアといった名の売れた作家の他にもホーレス・ウォルポールの息子のヒュー・ウォルポールや、H・G・ウェルズ、最近立派な本が出たフィオナ・マクラウド、それにエリザベス・ボウエンのような作家も含めた多彩な顔触れである。短篇、それもかなり短いものも多いので、一日に少しずつ読む愉しさがある。

    英国怪談は、大半が幽霊譚である。古く由緒のある建築が都市にも田舎にも残っていて、またそういう古いものを悦ぶ気質がある。またどの家の箪笥の中にも骸骨が仕舞われている、という意味の諺もあるくらいだから、人が何人か集まれば、その類の噂話に事欠かない。また、好んでそういう話を聞きたがる人種もいる。そんな訳で、語り手が誰それから聞いた話を、その座にいる人々に語って聞かせるというスタイルの話が圧倒的に多い。

    よく、犬は人につき、猫は家につくと言われるが、日本の幽霊は害をなした人に祟ることが多く、英国の幽霊は事の起きた場所に居つくことが多いように思う。無論、例外もある。この本にも殺した人の前に現れる幽霊の話も出てくるが、あまり陰惨にならないのはお国柄か。柵に腰かけた幽霊やらピアノを弾きまくる陽気な道化の幽霊やらが登場する。

    すべては紹介できないので、いくつか紹介しよう。ストーク・ニューウィントンにあるというキャノンズ・パークの不思議を語るアーサー・マッケンの「N」は、ロンドンという大都会の中に迷い込んでいく経験のできる作品。普通の通りなのに、その窓から眺めるとまるでこの世のものとも思えない美しい風景が見える、しかし、二度と目にすることがかなわない、という話。何人もが経験した不思議の秘密を考える謎解きの興味も付されている。日常の中に怪異を見つけるのが得意なマッケンらしい一篇。

    自家用車を駆って、低地地方を訪れた旅人が石造りの古めかしい館で遊ぶ子どもを見かけ、主人らしい目の不自由な婦人と懇意になり、何度かその館を訪れるようになる。『ジャングル・ブック』で有名なラドヤード・キップリングの「彼等」。子どもを産んだことのない女性が、自分は声しか聞こえないのにあなたは見ることができて幸せだ、と旅人にいうのだが、実はその館に集まってくるのは、とうに死んだ子たちなのだ。彼女が子どもを愛するから集まってくるという。怖さの欠片もない、子を思う愛しさに満たされた怪談である。

    集中最も怖かったのが、H・R・ウェイクフィールドの「紅い別荘」。休暇を過ごすため田舎の一軒家を借りた家族が出遭うことになる怪異譚。アン女王様式の家は立派で庭園もついており、木戸から川にも出ることができた。ところが、着くやいなや胸騒ぎを覚える。先に到着していた息子は川遊びを嫌がるし、妻も加減が悪そうだった。そのうちに次から次へと異様なものを目にするようになる。昔のことを知る人に話を聞くと、とんでもない曰くつきの物件だった。次第に高まってゆく恐怖が、怪談の妙味。

    掉尾を飾る「名誉の幽霊」が先に紹介した道化の幽霊がピアノを弾きながら卑猥な歌を歌うという落とし噺風の一篇。客を迎えた夫婦が、自分の家に幽霊が出ることを隠しもせず、むしろ面白がるだろうと考えて、いろいろ幽霊のことを紹介するのが面白い。客も今さら怖いとも言えず、幽霊が生ける人間には顔を見せない、という一言に救われてその家に泊まる。ところが、夜半に現れた幽霊は何のことはない顔を平気で見せる。約束が違うと文句を言う客に幽霊が語る理由がオチになっている。

    少し値は張るが、書架に愛蔵するにふさわしい、近頃珍しい函入り上製本である。作家によって文体を変えて訳されているのも嬉しい。南條竹則氏編訳。以前に文庫などで出された作品を改めて纏めたものだが、訳し下ろしも七篇入っている。そのどれもが読み応えのある作品ばかり。これらを読むだけでも手にとる価値があると思う。

  • 装丁の美しさだけで既にテンションが上がる素晴らしい一冊。もちろん収録されたどの話も『英国怪談珠玉集』とタイトルに恥じない面白いモノが勢揃い。『磨き上げられた愛蔵版』と謳っている通り、これは良い本です…大事に何度も読み返したい。

  • 英国怪談集としてここまでの完成度(選から造本まで)のものが国内で出版されることは、この先当面無いなと思わせる一冊。
    あまりの厚さ重さにたじろぐかもしれないが、読みやすい長さの物語が次々と読者を飽きさせない。本当に怖い話も収録されているので怪談嫌いな方には強いておすすめしないが、寛ぎのひとときにゆっくりページをめくるのが楽しみな読書家の方なら誰にでも一読をおすすめしたい。

    甲乙つけがたい作品が集めてあるが、興味深かったのはメイ・シンクレア「天国」とウォルター・デラメーア「シートンのおばさん」。どちらも支配者としての年配女性に関する物語。前者はハッピーエンドだが、後者は苦い終結をみる。
    恐怖譚としての完成度が高いと感じたのは、H.R.ウェイクフィールド「紅い別荘」。ハマーで映画化されていたら良かったのにと思う。H.G.ウェルズ「不案内な幽霊」も簡潔でストレートに恐ろしい。

    ヒュー・マクディアミッドの「よそ者」に既読感があるのだが、どこで読んだのだろう?
    平井呈一によるアーサー・マッケン作品集成に未収録の「N」をこの本で楽しむことができる。とても興味深い内容だったが、残念ながらタイトルがなぜNなのかは分からなかった。
    読み終わってから気がついたが、この本にはM.R.ジェイムズは収録されていない。

  • ホラーというにはやや緩やかな、しかし恐怖も確かにあるアンソロジー。なんといっても造本があまりに豪華なので欲しくなって買ってしまいましたが。中身もそれにそぐわずです。本棚の飾りだけではもったいない!
    お気に入りはグラント・アレン「ウルヴァーデン塔」。これ、他のアンソロジーで読んだこともあったのですが。なんだかこちらの訳文の方が私の好みに合ったようで、ぐぐっと惹きつけられてしまいました。恐怖よりも乙女たちの美しさが印象的です。
    怖いと思った作品はアルフレッド・マクレランド・バレージ「見た男」。これは……見たくなるような、見たくないような。この立場になったら……行ってしまいそうな気がするなあ。嫌だ。
    そしてラストのパメラ・ハンスフォード・ジョンソン「名誉の幽霊」が素敵。だってこれ、全然怖くなかったんだよね。ユーモラスな幽霊だし、登場人物たちが普通に幽霊の存在を当たり前のものとしちゃってるし。なのに……うわあ、結末でこうくるか、と。読み応えたっぷりのアンソロジー最後の最後で、物凄く後を引く作品でした。

  • 土方 正志(出版社「荒蝦夷」代表)の2018年の3冊。

  • 短編ばかりで読みやすい、英国情緒溢れる怪談集。怖ろしい中に皮肉の効いた短編があるかと思えば、最後の最後まで正体が分からない不気味な話、急転直下のスペクタクル、ジェントルゴーストストーリー、装飾過多なものまで。
    装丁も素敵だが持って歩くのにはいささか難儀。

  • 色々な意味で如何にも国書っぽい本w
    やっぱり怪談ってこれだよな〜こういうやつだよな〜戦う系ホラーは面白いけど怖くはないんだよな〜。それにしても、正統派怪談がここまでてんこ盛りになっていると圧倒されるわ。

  • 函から出した時点で、悶絶の一品。パラフィン紙に包まれた重厚かつ緻密な装幀は、その凹凸すらも撫で回して愛でたい美しさに溢れている。
    中身も総勢26名の作家の手による32編が収められているが、単行本未収録作も多数収録という、「これでもか!」というほどの充実の内容。
    個人的に買って悔いなし!

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著者プロフィール

1958年東京都生まれ。作家、翻訳家。著書に『酒仙』(新潮社)、『怪奇三昧』(小学館)、『ゴーストリイ・フォークロア』(KADOKAWA)、訳書に『英国怪談珠玉集』(国書刊行会)、アーサー・マッケン『輝く金字塔』(国書刊行会)、M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』(光文社古典新訳文庫)、M・P・シール『紫の雲』(アトリエサード)、H・P・ラヴクラフト『インスマスの影』(新潮文庫)などがある。

「2022年 『手招く美女 怪奇小説集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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