排除の現象学 (ちくま学芸文庫)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 198
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (323ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480081988

感想・レビュー・書評

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  •  小学生の頃、当時地元では珍しかった浮浪者の寝床に、友人たちに連れて行かれたことがあった。陸橋の階段の下に布団が敷いてあるだけで本人はいなかったが、そのような場所で寝泊りしている人間がいることに衝撃を受けた。さらにショックだったのは、友人たちが寝床をメチャメチャにし、置いてあったコップを割るなどの破壊行為に興じている姿であった。しかも今にして思えば、それを最も熱心に行なっていたのは、クラスでイジメられていた友人であったと記憶している。
     本書を読んでなつかしさとともに、ずっと抱えていたわだかまりが多少なりとも融解してゆくのを感じた。イジメ、ホームレス、特殊学級、新興宗教などといった今でも見られる社会現象を、排除というキーワードによって分析した1980年代の労作である。
     とりわけ第1章のイジメ問題に関する考察は秀逸である。1980年代以降のイジメはそれ以前のイジメとは明らかに異なると赤坂は分析し、その原因の一つとして子どもたちが学校以外の生活圏を失っていることを挙げている。出口なき空間での終わりなきイジメの過酷さを、これほど鋭く抉った論述は稀有ではないだろうか。差異を排除すべく教育する学校において、子どもたちは強引に差異をつくり犠牲者を選び出す。子どもの世界のイジメを大人の世界の犯罪のカテゴリーにねじ込もうとするマスコミは、根本的な誤解をしているように思う。
     また第2章の浮浪者殺しの分析は、ホームレスが急増している現代にこそ読むに値する。「ホームレスを差別するな」という言葉がいかに空しいかは、わが子にホームレスになってほしいと願う親など一人もいないという事実からして明白であろう。社会がホームレスを作ったのであり、その社会がホームレスを差別するなと言うのは本末転倒である。
     対象への否定的感情が排除を生み出すのではなく、排除への欲求が生け贄を強引に作り出す。取り上げられている具体例の古さは否めないが、置き換えられる事例は現在いくらでもあるし、著者の鋭い考察は全く古びることはない。豊富な語彙を駆使した個性的な文体は小説のように美しく、かたくなりがちな論文を芸術作品の域にまで高めている。

  • 老人、やいじめられっ子、浮浪者、知的障碍者等、社会の異質物とされてきた人々が、なぜ疎外されるのか、そしてなぜ人々はこのような人を疎外するのか。本書はさまざまな実例を挙げながら論じている。
    自分が学生であることもあって、特に学校のいじめについての章が興味深かった。

  • 集合住宅で孤独死していくお年寄り。
    小学生に頻発する陰湿ないじめとそれに伴う自殺。
    その心理的構造は?
    橋の下にいる浮浪者たちに対して、「狩り」に行った子供時代の記憶。
    だけど、一番夢中になって攻撃していたのは、クラスの中でも一番のいじめられっ子だった。等々。

    その後、盛んに同種の問題が注目され続け、今でこそ限りなく常識に近い言説になっているけれど、この本が1980年代に書かれていることを考えれば、驚くべき一冊というべきだろう。

  • 最近になって、友人や、親に、本音を話す事が少なくなってしまっている人達が大勢います。そんな彼らは、まるで、弱味を知られる事に、何らかの恐怖のような怯えを示すようにも見えます。排除というありふれた日常の感情を封印し、まるで建前を演じるように、奇麗な上辺だけの取り繕いのコミュニティーに成り下がってしまっているのでしょう。それは、絶えず汚らしい言葉の応酬を繰り広げる2ちゃんねるコミュニティーを否定する心情にも似ているような気がします。表面上の奇麗なうわ言の下には、人を差別したい、ムカつく、そして排除したいという人間本来の、あまりにも人間らしい感情が、渦巻いているようにも思えます。道徳や倫理が横行しすぎている、現代の様相は、あまりにも奇麗な人間性を謳う、道徳性や倫理性に枯渇し、餓えた人間そのものの感情の鬱積のやり場のない怒りを、感じます。

  • 4480081984 323p 1995・7・6 1刷

  • p120に、「倫理がたやすく現実に追随する。」とある。同感。
    でもこの場合の「倫理」って、何なのかな?
    現代の「倫理」って何なのだろう?
    「強きは仰がれ、弱気は足蹴にされる。」

    もう一つ、うならされた文。p121。
    「わたしたちはだれ一人、返り血を浴びることなく、みずからの手を汚すことなく、自分には無縁な、はるかな遠いできごととして供犠の結末を知らされるだけだ。」

    (※2010年手帳より)

  • 社会問題、事件を手がかりに、いじめられっ子、浮浪者、身障者などの“異物”を排除する社会を告発する。まあ良。

  • 80年代の本ですが今も恐らく大部分は通じます。”異人との出会いを通して内なる他者を発見し生きなおす”というフレーズが好きです。以降は本からの引用です。//核家族は老いを疎外し排除する。老い、痛い、死、異常性。異質なる物、予測しがたいもの、偏等したもの。子供達は学校以外に生きる場所を知らず、自明性の光に包まれた学校というモノに疑いの眼差しを向けることを許されていない。いじめられっこは集団のアイデンティティの先?を?活するためにささげられる生贄。偏食が「負性をおびた問題」視されるようになったのはたかだかこの数十年のこと。1978年に養護学校が義務化。差異の喪失。いじめは供犠。秩序は差異の体系のうえに組み立てられている。差異が?減するとき成員たちは模倣??の囚人となりたがいに模倣しあい均質化してゆく。分身化。いじめはたしかに昔からあったが、...してまで場の強制力が...追い詰めている時代。「道化」が一種の代行行為によって人々を解放する。芸能。浮浪者とは...市民社会によって関係自体を忌避された存在。まずはじめに排除があった。異人との出会いを通して内なる他者を発見し生きなおす。内なる他者と対峙しあわなければならぬことへの怖れ。「われわれ像」を共有する集団。

  • 古本屋の軒先の百円棚の一番下の段に、さも申し訳のない様子で並んでいたこの本は、なるほど手に取ってみるとその半分が濡れでぐずぐずになっていました。その歪んだ紙の束には少し黄ばんだ滲みも見て取れ、僕はその黄ばみが気になったのです。もしかするとこの本は過去の主人に凄まじい拷問を受けて失禁してしまったのかもしれません。過ぎ去りし『排除の現象学』の悦楽の日々を妄想してしまいました。

  • 差異の表出を拒むために、異質な人々を排除する社会のメカニズム。色々な事例に基づいた考察が面白い。

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著者プロフィール

1953年、東京生まれ。専攻は民俗学・日本文化論。学習院大学教授。福島県立博物館館長。東京大学文学部卒業。2007年『岡本太郎の見た日本』(岩波書店)でドゥマゴ文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)受賞。
『異人論序説』『排除の現象学』(ちくま学芸文庫)、『境界の発生』『東北学/忘れられた東北』『東北学/もうひとつの東北』(いずれも講談社学術文庫)、『北のはやり歌』(筑摩選書)、『岡本太郎という思想』(講談社文庫)、『ゴジラとナウシカ』(イースト・プレス)、『司馬遼太郎 東北をゆく』(人文書院)、『性食考』(岩波書店)など著書多数。

「2018年 『日本という不思議の国へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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