千の脚を持つ男: 怪物ホラー傑作選 (創元推理文庫 F ン 8-1)
- 東京創元社 (2007年9月22日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488555030
感想・レビュー・書評
-
表題に惹かれて古本を購入。
即座に思い浮かべたのは
ジョン・カーペンター『マウス・オブ・マッドネス』。
https://booklog.jp/item/1/B00EIG5QCY
きっとラヴクラフト的世界観の短編を収集した本なのだろうな……
という予想は、ちょっぴり当たりで、かなり外れていたが(笑)
粒揃いの作品集で、想定外の満足度。
ある種のモンスターが跋扈する英米のホラー小説、全10編。
■ジョゼフ・ペイン・ブレナン
「沼の怪」 "Slime"(1953年)
■デイヴィッド・H・ケラー
「妖虫」 "The Worm"(1929年)
■P・スカイラー・ミラー
「アウター砂州(ショール)に打ちあげられたもの」
"The Thing on Outer Shoal"(1947年)
■シオドア・スタージョン「それ」 "It"(1940年)
■フランク・ベルナップ・ロング「千の脚を持つ男」
"The Man with a Thousand Legs"(1927年)
■アヴラム・デイヴィッドスン「アパートの住人」
"The Tenant"(1960年)
■ジョン・コリア「船から落ちた男」
"Man Overboard"(1960年)
■R・チェットウィンド=ヘイズ「獲物を求めて」
"Looking for Something to Suck"(1969年)
■ジョン・ウィンダム「お人好し」
"More Spinned Against"(1953年)
■キース・ロバーツ「スカーレット・レイディ」
"The Scarlet Lady"(1966年)
ちなみに、あとがきによれば、
編訳者の念頭にあったのは『ウルトラQ』のイメージだったとか。
以下、特に面白かった作品について、ネタバレなしで少々。
スタージョン「それ」
牧場主である兄を手伝う弟オルトンと
相棒の猟犬を襲った“それ”の正体は……。
ロング「千の脚を持つ男」
世間に才能を認められない天才の欲求が捻じれて
奇天烈な発明を……。
ラヴクラフトを囲むサークルの古参だったという作者の、
ラヴクラフト作品をグッと親しみやすく
馬鹿馬鹿しくした雰囲気の怪作。
怪物と接触した人々の証言を継ぎ合わせた叙述形式が
ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』風。
ロバーツ「スカーレット・レイディ」
会計士ジャッキー・フレデリクスが手に入れた
美麗な車は生き血に飢えていた。
その真っ赤な車、
スカーレット・レイディに取り憑かれたかのような
弟を必死に止めようとする、
兄の自動車整備士ビルだったが……。
あの長編『パヴァーヌ』
https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4480429964
の作者が、
スティーヴン・キング『クリスティーン』の
先駆のような作品を書いていたとは。
話の“落とし方”も、凄く好みのタイプ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
同じ編者によるアンソロジー「影が行く ~SFホラー傑作選」がかなり面白かったし、このシリーズ?のネタ元となった「ウルトラQ」をオンタイムで知らぬ自分であっても、怪物ホラーとなれば興味が湧かぬはずもなし。期待を込めて読んでみた。
英米の作品から選ぶとなるともなれば「ウィアード・テイルズ」初出のパルプ・ホラーは避けられないのだろうが、それでも下らなさ、馬鹿ホラー方面に安易に走らず、また凡百のいわゆるモンスター/怪物に囚われない斬新なもの、初邦訳の作品を多く選んでいるところ(有名作品も2点あるが、これも新訳で出すこだわりぶり!)に、編者のジャンルへの愛着と慧眼ぶりが伺える。
良心的なアンソロジー。 -
「沼の怪」は、"あの手"の化け物の本来持つべき厄介さを描いていて好き。
また読みたいが、電子化されないものか。
1953年に『ウィアード・テイルズ』誌で発表されたという作品。
H.P.ラブクラフトの『狂気の山脈にて』でショゴスが描かれたのが1931年。
映画「マックイーンの絶対の危機(The Blob)」が1958年。
おそらくモンスターとして定着するのは1974年の「D&D」が決め手だと思うが、不定形の粘液状怪物というものを生み出したオリジンの一つではないかと思う。 -
――怪物。
それは妖しいもの。
それは力の強い化け物。
それは正体のわからない不思議なもの。
本書は、1900年代に発表された英米のホラー小説の中から、"怪物(モンスター)"をテーマに10篇の名作・秀作短編ホラーを厳選して収録したアンソロジーである。新しいものでも1969年に発表されたものと、いずれも50年超の作品ばかりだが、後のホラー小説やホラー映画の原型を思わせるものもあって古臭さはなく受け入れやすい。吸血鬼や狼男などの先輩から指導を受けた、新世代の様々なタイプが登場する怪物博物館へようこそ。
以下、ネタバレ無しの各話感想。
---------------------------------------------------------
『沼の怪(ブレナン/1953)』
それは、太古より海底に人知れず生き続けてきた。ある時、それは海底火山の噴火とそれによる津波によって陸に打ち上げられてしまう。予期せず新天地――内陸の沼地に居を移したそれは、獲物を求めて触手を伸ばす――。
(盛り上げるための起伏がもう少しあっても良かったとも思うが、短編らしく無駄のない展開で読みやすかった。原題は"Slime"。スライム状の怪物が登場する作品は過去にもあったが、本作は恐らく、このような怪物に"スライム"という呼称を付けた初の作品。)
『妖虫(ケラー/1929)』
それは突然に起きた。地下室の石畳の下から、物音と振動が始まったのだ。それは日を追うごとに大きくなっていき、ついに地下室の床に大きな穴が開いてしまう。そして穴は家にあるもの、そして家そのものをゆっくりと、しかし確実に呑み込んでいく――。
(先祖代々の家を守ろうと対策を講じる家主と、それを家財とともに易易と呑み込んでいく存在との攻防にはカートゥーンみを感じた。)
『アウター砂州に打ちあげられたもの(ミラー/1947)』
二度の地震の後、沖からヘドロとものの腐った臭い漂い始める。そしてアウター砂州に何万ものカモメが集まっているのを目撃して、何かが砂州に打ちあげられたことを知ったわしは、金儲けのチャンスを感じて仲間とともに砂州に向かうことに。はたして打ちあげられていたのは――。
(深海からの怪物ものだがホラーとしては弱い。現代を舞台にリメイクしたらハッピーエンドで終わっただろう。)
『それ(スタージョン/1940)』
それは、いつから存在していたのか。気がついた時には森の中にいて、好奇心の赴くままに森を徘徊し、目についた植物や動物を破壊し、解体していく――。
(ゴーレムをモチーフとした作品。キリスト教において、神が最初の人間を土で造ったことを踏まえれば、好奇心しかない無邪気な怪物の恐ろしさが理解できる哲学的なホラーでもある。)
『千の脚を持つ男(ロング/1927)』
精神分析医や薬剤師の証言、小説家の日記で示され、そして瓶に入っていた手記に書かれた、とある怪事件の様相とは――。
(とある怪事件の様相を複数の視点から描写した作品。特殊な機器により異常なる力を得た傲慢な男が、力に翻弄されつつも制御しようと試み続ける描写は、アメコミの原作を手掛けたこともある作家ならでは。)
『アパートの住人(デイヴィッドスン/1960)』
立ち退きの要請を拒否しておんぼろアパートに住み続ける老婆。追い出しを引き受けたエジェルが部屋で目撃した、彼女が引っ越すわけにはいかない"理由"とは――。
(作者が実見したNYのスラム街をモデルにしただけあって、アパートや周囲の描写がかなり凝っている。もう少し膨らませればB級のホラー映画に仕上がるかもしれない。)
『船から落ちた男(コリア/1960)』
わたしの友人であるグレンウェイは、ある怪物を追って世界中の海を渡っていた。ある時、南太平洋のとある小島でガイセカーという男が彼の船に乗ることになったのだが――。
(いわゆる未確認生物を探し求める男の物語。ホラーというよりも冒険ロマンの感がある。)
『獲物を求めて(ヘイズ/1969)』
ジェリーは怒っていた。妻のジェインが、招待した取締役夫妻に不快感を与えたことに。ジェインは何かこの世ならざるものに襲われたせいだと説明するがジェリーは信用しない。しかし、それは確実にジェインに狙いをつけていた――。
(ちょっとひねられた吸血鬼もの。ホラー特有の「うまく説明ができないゆえに相手に信用が得られない」展開はオーソドックスだが、顕になったときの怪物の描写はなかなか。)
『お人好し(ウインダム/1953)』
リディアには夫に対して二つの不満があった。一つは夫の特徴的な体型、今一つは夫の趣味――蜘蛛の収集である。ある日リディアは夫の部屋で、彼が新しく捕まえたらしい、蜘蛛が入った瓶を目にする。蜘蛛が持っているものに興味を惹かれたリディアがまじまじと見ていると、突如として蜘蛛が彼女に話しかけてきた――。
(展開は少々ファンタジックだが、結末は正当なホラーだった。)
『スカーレット・レイディ(ロバーツ/1966)』
弟は風変わりな車が好きで、好みの車を見つけては買い替えていた。今度の車は1930年代の特注品と思われる真紅のセダン。弟は<スカーレット・レイディ(真紅の淑女)>と名付けたが、とんでもなかった! 彼女は淑女どころかとんだあばずれ、悪魔のような女だった――。
(キングの『クリスティーン』を彷彿とさせるが、それより20年も前の作品である。もしかしたらこの作品にインスピレーションを受けたのかもしれない。なお、レディの車種はわからず。) -
これは面白かった!キース・ロバーツのスカーレット・レイディがお気に入り。ほかの作品も良かったぁ。
-
隙間時間にちまっと、さらっと読める文庫版の短編集って大好き。
『それ』が一番の好みだった。やっぱりスタージョン -
創元で『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』や『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』等の魅力的なアンソロジーを連発している中村融さん編纂のホラー系短編集。
収録作はジョゼフ・ペイン・ブレナン『沼の怪』、デイヴィッド・H・ケラー『妖虫』、P・スカイラー・ミラー『アウター砂州(ショール)に打ちあげられたもの』、シオドア・スタージョン『それ』、フランク・ベルナップ・ロング『千の脚を持つ男』、アヴラム・デイヴィッドスン『アパートの住人』、ジョン・コリア『船から落ちた男』の7編の米国作家による怪物譚と、R・チェットウィンド=ヘイズ『獲物を求めて』、ジョン・ウィンダム『お人好し』、キース・ロバーツ『スカーレット・レイディ』の英国作家による3編の全10篇。その内5編が本邦初訳で、既訳のあるものも全て新訳で収録されている。
怪物ホラーがテーマなので、それぞれ特色あるモンスターが登場し、それなりに怖い。『沼の怪』は海からやって来た不定形生物と人類との戦いを描く。『絶対の危機』のブロブや『カルティキ』の仲間かもしれない。
『妖虫』は地下を掘り進む大怪物が孤独な老人の住む粉挽き小屋を襲う。これまた『トレマーズ』の元ネタのような作品。
『アウター砂州(ショール)に打ちあげられたもの』は読んでいてその情景がまざまざと脳裏に浮かぶ映画のような作品。このアンソロジーの中ではウルトラQのテイストに一番近いが、クトゥルー神話の一編としても読める。
『それ』は生きた腐葉土というリビング・デッドのパロディなのか、あるいは溶解人間系なのか、とにかく怪物主観の描写もあって、それが無垢のまま殺戮を続ける怖さ。
表題作は怪作揃いのこのアンソロジー中でも飛び抜けた怪作。マッド・サイエンティストの自己変身ものだが、ジキルとハイドのようなお話ではなく、B級映画そのままの奇怪な怪物への変身譚となっている。
『アパートの住人』は一種の魔女もの。ちょっと落ちがわかりにくい。
『船から落ちた男』は大海蛇を探して航海する繊細な大金持ちの冒険談。ワクワクする航海もガサツな男が乗り込んで来たことで変調を来すが・・・。オチは笑える。
『獲物を求めて』は闇そのもののような怪物に襲われるお話。オチを先に書いたのか?
『お人好し』はブラックなファンタジー。夫が捕らえた蜘蛛はギリシア神話のアラクネだった。宝石に目がない妻は蜘蛛の提案する入れ替わりを受け入れるが・・・。
『スカーレット・レイディ』は赤いクラシックカーを買った男の周辺に怪事件が頻発する自動車怪談。キングの『クリスティーン』は明らかに影響を受けているだろう。かなりサスペンスフルな一編で、読むのをやめられない。ラストは意味深で、もしかすると一番影響を受けていたのは・・・とも思える。
至福の十編。第二集が出ないものだろうか。 -
既存の生物に似ているものから異形の化け物、命を持った無生物から形を持たない化け物まで。ありとあらゆる化け物の異形カタログ。