第三の警官 (白水Uブックス/海外小説 永遠の本棚)

  • 白水社
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感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560071885

感想・レビュー・書評

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  • 古書市で偶然見つけた本。作者名や本のタイトルについての予備知識はなかった。
    だから読むにあたってまずしたのは、私が海外小説を読むときにいつもする「地図帳を手元に置いて広げる」こと。
    ―なになに、アイルランドって島全体でみると北海道と同じくらいの大きさやん。そういえばアイルランド作家の作品って読んだことあったっけ?J.ジョイスのダブリナーズは読んだことあるけど。大江健三郎の小説によく出てくるイェーツの詩も少し読んだことはあるな…etc.

    その程度の知識で読みはじめたが、アイルランドに関するそういった事前の知識なんか全く必要なかった。と言うよりも、アイルランドっぽさをそれほど感じなかった。
    そりゃ出てくるのはビールじゃなくてスタウト(黒ビール)だし、特に自然現象の描写に、科学的側面に織り交ぜるような形で精霊的と言っていいような側面が見える瞬間があるのがアイルランド的とも言えるかもしれないけど。

    でもアイルランドっぽさを感じなかった一番の原因は、翻訳者・大澤正佳さんの訳文にあると思う。日本人作家が日本語で書いたのかと見間違えるくらいのナチュラルな訳文。いわゆる直訳文っぽい日本語がほとんどない。だからつっかかる感じを受けずに読み通せた。

    次に内容に踏み込むと、簡潔に説明するというのは極めて難しい。
    内容に関しては他のレビューに断片的に書かれてはいるが、私からは「読んでみたらわかる」としか言いようがない。
    でも少し踏み込んで言うとすると、「風には色があって、ある瞬間にだけ色が見えるはず」というような、自分には実は他人が見えていないものが一瞬見えているのでは?と少しでも考えたことがある人にはお薦めできる。
    (一方で、逆に「実際にそんなものが物理的に考えて見えるはずがない」と考えるタイプの人にはお薦めできない。現実はそのとおりなので否定するつもりはないけど、この本は合わない。)

    例えると、宮澤賢治の世界観が好きな人はこの本も好きになれるのかな?そう考えると、アイルランド人と日本人とは、文学的感性が意外と近いのかもしれない。
    あるいは、中期ビートルズでのジョンレノンの詞(ex. Tomorrow never knows)のような、意味の無いようでいて多義的な不思議な感覚にも通じるだろうか。
    私はどちらも好き。だからこの本も楽しめた。

  • 2014/03/15 - 二回読んでようやくド・セルビィ関連の注が何なのか納得がいった。はあなるほどね、というすっきりした気持ちになったけれど、じゃあ主人公の彼はどの時点でこの物語を語っているのか、注は誰が付けているのかとか、いろいろむずがゆい。

    彼のめぐる地獄は彼専用のド・セルビィ地獄で、二回目は一層たちの悪い読み応えだった。ディヴニィはディヴニィで、きっと別の地獄に落ちているんだと思う。

    2014/02/17 - 辻褄の合わないエピソードと奇妙に自信満々な脇役たちが彩る、いい年した男版『不思議の国のアリス』という趣きの地獄巡り小説。どこにも行き着かない感じ、物理の法則を無視した警官たちの存在、奇妙に美しい田園風景が、最後の最後でバチッと統合されるところが快感。訳者あとがきによるとあの世界観は多分にアイルランドの伝統に則ったものらしいけれど、わかる人は途中で気がついてしまうのだろうか? あまり先読みしないで各エピソードの奇矯さや滑稽さを楽しめたのが良かったかもしれない(結末にはどんよりせずにはいられないけれど…)。

    主人公が入れ込んでいる物理学者とその研究者たちに関する注記から、彼の関心事こそが世界をあのように形作ってしまったような気もして怖かった。会話できるように見える相手がいても、実は自分だけのための孤絶した世界にい続けなくてはならない。やはりあれは罰なんだろうな。

  • へんてこで奇妙な本。
    キツネにつままれたような、タヌキにつねられたような、鳩に豆鉄砲を食らわせられたよう、猫に小判をぶつけられたような、鯖に味噌煮をごちそうになったよ・・・いや違う。けど、とにかく変。

    読み終わってきょとんとする。きょとんってなんだ? きょとんって!

    片足が木の義足の主人公が、警察でもってもいない金時計の盗難届を出すが、成り行きで殺人犯にでっちあげられ、死刑執行を待つ・・・というストーリーはどうでもよく、あまり関係ない。

    自転車に乗りすぎると、自転車成分が人間とまじりあって、自転車人間、人間自転車になる、と危惧する警官(女性の婦人用自転車に乗るとはなんと破廉恥!)とか、存在しているかどうかわからないほど小さな手風琴とか、光を引き伸ばして叫び声に変える機械とか、とにかくヘン。

    合間には、地球はソーセージ形だ、夜は空気中に含まれる物質のせいで暗くなる、と主張し、世界一水道の蛇口が多い家に住んでいたマッドサイエンス ド・セルヴィ氏についての注釈がはさまる。

    どんな形でもない形のもの、何色でもない色、何者でもない名前をもたない主人公、対極にあるすべてのものである「オムニアム」と、この世にある何か、とそうでないもの、がひとつのテーマ。いや違うかも。

    ボルヘスらのマジックリアリズムとも幻想小説とも違った「ほら話」的な奇妙さ。ボリス・ヴィアンっぽくもあるが、ヴィアンほど気取ってない。ポストモダンほど作為的ではない。

    とにかくへんこてりん。りんってなんだ? りんって!

    想起させられたのは、思議の国のアリス、モンティパイソン、ますむらひろし、つげ義春。ますむらひろしで漫画化希望。

    ピカソやロールシャッハテストの表紙でなじみ深い白水社のuブックスからの本。サリンジャーやマンディアルグ、シャークスピアなど読み漁った新書版の版型が懐かしい。新しい「永遠の本棚」のレーベルは、今後、オブライエンのメタフィクション「スウィム・トゥ・バーズにて」ポストモダンな妄想小説として名高い「ユニヴァーサル野球協会」などの復刊予定!
    文学界のRhino Recordになることを期待!

  • 理解が深まるとても良いあとがきですが、ネタバレですのでお気をつけを。やはり何も知らず「おおっ」と驚くのが良いかなと。

    インテリの孤独な青年が罪を犯すあたり『罪と罰』を思い起こし、途中は『不思議の国のアリス』やカフカやダンテの『神曲』も感じる実験的な小説だった。

    主人公に全然気負いがなく、深刻なぐるぐるとした地獄巡りもさらっと展開していく。こうしたぐるぐると回る感じを自転車の車輪に例えているのかもしれない。(運命の輪=自転車の車輪)

    しかしある場面では自転車が主人公に寄り添い優しく触れ心の支えのようにもなり、また第一、第二の警官は自転車をとても大切にしている。つまり自転車は人生や自らの運命を象徴している気がする。
    もしかしたら、これはあの世ではなくアイルランドでの人生そのものの物語なのかもしれない。

    文章ではp78遣る瀬無い(水)→煙草の香り(煙)→道→小川と全て流れるイメージに統一されていたり(ここに出てくる主人公に似たトボケタ人物フィヌカンはフィネガンズ・ウェイクを思わせる)

    p312では口は火照った舗道に落ちた一滴の水のように干上がり→心は燃えさかると火のイメージで統一等独特のこだわりというか美学が面白かった。

    分身のジョーのお別れの言葉がとても詩的で美しくアイルランドらしかった。

    そして裁く事も威圧する事も無かった第三の警官とは何だったのだろうか。閉塞感と謎が解けても解けも残る小説であった。

  • 終盤近くまでのアリスや『木曜日だった男』を思わせる不条理劇が、たった一つの台詞によって別のステージに移行する。書割りがバタンと倒れてまったく違う風景が現れるような感覚にうおぉとなりました。これがアイルランド文学。

  • こういう作品をSFと呼ぶのでしょうか? そのあたりの定義はよくわかりませんが、奇想天外なストーリーです。些細な理由から殺人を犯して金を奪った主人公が、隠しておいたお金を手に入れようとしたところから常識のまるで通じないかのような世界に入り込んでしまうという筋立て。この手の話は夢の話、多重人格者の妄想、死後の世界、パラレルワールドのどれかに行き着くことが多いわけですが、本作も同様です。いったいどれなのかはネタバレになりますのであえて書きませんし、未読の方は巻末の「出版者の覚え書」「訳者あとがき」は先に読まない方がよいでしょう。と、そんな異世界に入り込んでしまった主人公なのですが、意外と恬淡としています。偉そうに振る舞っていたり、相手がくみしやすしと見ると途端に見下すような上から目線の物言いになったり、かなり単純な人です。カラッとしていて、飄々としている風もあります。訳者も指摘しているように、このほわーんとした主人公の態度が、奇想奇天烈なこの物語の世界とミスマッチであることがこの作品の最大の魅力ではないでしょうか? 「お前、この状況わかってるの?」「そんなことしている場合じゃないだろ」と注意したくなるシーンが何度も出てきます。そんな極楽トンボな主人公が愛らしいと感じるか、そこにいらだちを覚えるか……

  • 金持ちの老人を殺して金庫を奪おうとしたが、相方によって金庫は爆弾と変えられていて序盤の序盤で既に死んでいた、物語のほとんどは死の世界の話でした、という「罪と罰」と「カンガルーノート」を足したような話。シュルレアリスム小説として読んでいたが実は死の世界なので不条理なのでしたという作りにやられてしまった。死の世界の警官たちがやたら自転車にこだわったり会話がほとんど漫才と化していたりと、コメディタッチなのも◎。

  • 面白い。

    不条理で奇妙な世界に巻き込まれた主人公。しかし、この奇妙な世界に主人公がいる理由はちゃんとある。

    情景描写が(冗長な向きはあるけれども)優れていると思う。

    安部公房に似ているなと思ったが、安部公房より面白いかもしれない。

    「地獄はぐるぐる繰り返す」

  • 主人公の殺人の告白から話は始まるが、読み進めるうちに、カフカを思わせる不条理世界が広がっていく。
    解説ではカフカの他にベケットの名前も挙がっているが、確かに同じUブックスから出ている『ゴドーを待ちながら』にも通じるものはあるのではないか。
    巻末の解説で、作中の仕掛けについて盛大にネタバレしているのはご愛嬌w 気にする人は先に解説を読んではいけない。
    とは言え仕掛け自体はさほど複雑なものではなく、ある程度の読書量があれば予想がつく範囲。

    3人の警官が現れる世界が妙に楽しそうで、死んだ後の世界がこうなら意外に悪くないんじゃないの、と思わせる。ところで、主人公があのまま処刑されてしまっていたら、果たしてどうなっていたのだろう?

  • 祝復刊

    白水社ノPR
    「現実と非現実が反転する〈だまし絵〉小説

    出版資金ほしさに金持の老人を殺害した主人公は、いつしか三人の警官が管轄し自転車人間の住む奇妙な世界に迷い込んでしまう。文学実験とアイルランド的奇想が結びついた奇跡の傑作。

    事態そのものは異様で不条理きわまりない。(中略)次々と繰りひろげられる奇想の非現実性は淡々とした乾いた語り口がかもしだす異様な現実感と奇妙な均衡を保ち、両者の狭間からグロテスクなおかしみが噴き出してくる。これは迫真的な描写によって錯覚を惹きおこすトロンプ・ルイユ(だまし絵)の魔術的な構造を備えた世界なのだ。(「訳者あとがき」より)

    名前のない語り手が迷い込んだ奇妙な世界
    「フィリップ・メイザーズ老人を殺したのはぼくなのです」──研究書の出版資金ほしさに雇人と共謀し、金持ちの老人を殺害した主人公は、事件のほとぼりのさめた頃、隠してあった金庫を取りにその屋敷に忍び込む。そこで老人の亡霊と出会った彼は、いつしか三人の警官が管轄し、自転車人間(あるいは人間自転車)の住む奇妙な世界に迷い込んでしまう。さらに謎の装置に満ちた地下の領域、壁の中の部屋へと、警官たちに導かれて、名前をなくした語り手の異界めぐりは続く。現実と非現実がトロンプ・ルイユ(だまし絵)のように反転する小説世界を、異様な出来事を淡々と語っていく主人公とともに彷徨う読者は、最後に驚くべき真実にたどりつくだろう。ジョイスやベケットにも通じる二十世紀文学の前衛的手法、神話とノンセンス、アイルランド的ユーモアが渾然となった奇想小説。」

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著者プロフィール

1911-1966年。アイルランドの作家。本名ブライアン・オノーラン。長篇第一作『スウィム・トゥー・バーズにて』(1939。白水社)は、ベケット、ジョイスらに高く評価されたが、第二作『第三の警官』の原稿は出版社に拒否される。マイルズ・ナ・ゴパリーン名義の新聞コラムで長年にわたって人気を博した。1960年代に『ハードライフ』(国書刊行会)、『ドーキー古文書』を発表。没後、『第三の警官』(67。白水社)が出版されると、前衛的方法とアイルランド的奇想が結びついた傑作として絶賛を浴びた。

「2019年 『ドーキー古文書』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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