- Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
- / ISBN・EAN: 9784569793092
作品紹介・あらすじ
「みなさん、信じられますか!日本人投手が、今、アメリカのオールスター戦に先発しているんですよ!信じられますか!」95年のMLBオールスター戦の実況アナウンサーは、立ち上がって興奮気味に叫んだ。この年、野球史が変わった。日本人プロ選手が史上初めて、自らの意志でメジャーリーガーとなったのだ。野茂英雄-彼が日米の野球に与えた影響は計りしれない。パイオニアとして黙々と投げ続けた男の物語を、彼のスタイルにマッチした翻訳の文体で味わう決定版。
感想・レビュー・書評
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2011年出版。野茂の存在感が改めて思い出される。
華々しいメジャーでの活躍に加えて、何度も引退直前の危機を乗り越えた根性。野球規則の抜け穴を使い、自ら日本球団を退団し、単身でメジャーチームと契約したそのチャレンジ精神。野茂の一番のすごさは日本人がメジャーリーグへ渡る橋を架けた功績だ。
野茂が作った橋がなければ、イチローも松井もアメリカへ渡るなんてことはできず、日本国内でしか話題にならない1プレイヤーのままで終わったはず。著者は野茂の偉大さを語ると同時に、最近の日本人プレイヤーはその橋を我が物顔で往復することに苦言する。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
請求番号:783.7/Nom
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幼い頃からの近鉄ファンである僕にとって、野茂英雄は文字通り「英雄」なのだ。彼の生き様は憧れを通り越し、尊敬せずにはいられない。彼以上に「ストイック」という言葉が似合うアスリートは未だに現れないし、彼のように自分を「自分以上」に見せようと絶対にしないプロスポーツ選手は本当に稀だと思う。
彼のように生きたい。
きっと、や、絶対に無理だけれど。 -
野茂選手がアメリカに渡った時に、自分は社会人になった。メジャーで投げる姿は神々しいぐらいだった。その舞台裏にあった近鉄やメディアと野茂の闘いが生々しく描写されている。他にも松坂や石井、佐々木らがどれだけ米国で失望されていたか、日本のメディアから映し出された印象とは大きく異なる状況が描かれている。文化の異なる国で成果を上げることの困難さがよくわかる。
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ロバート・ホワイティングの野茂投手の伝記本。
野茂投手がMLBへ渡った経緯から初期の活躍の様子とMLBに与えた影響、マイナーへの降格やトレード、後に続いた日本人プレイヤーとの関係、そして引退までMLB日本人プレイヤーのパイオニアとしての彼の活躍を描いています。
彼がMLB挑戦を表明した時のバッシングの様子は、鮮明に記憶に残っています。当時はマスコミやプロ野球関係者から、「裏切り者」扱いされ、事情を知らないファンからも見捨てられるほどの酷い状況でした。しかし、ひとたびMLBで好投すると掌を返したように絶賛の嵐になり、MLBの視聴率は上がり、マスコミの扱いも変わりました。
これほど極端に評価が変わった選手も珍しいのですが、本人の考え方は何も変わらず、ただMLBで野球がしたいという夢を叶えるという一途な想いでやった結果が認められたようです。
野茂の軌跡をこの本で知ると、本当に度量の広くて何事にも動じない肝の太さを感じます。もし彼ではなく、他の日本人プレイヤーがMLBに行っていたら(例えば伊良部のように)今のMLBにおける日本人の地位も違っていたかもしれません。
故障で投げれなくなり、マイナーに落ちても、途中でクビになっても、めげずに這い上がって3度もカムバックしています。2度のノーヒットノーラン(両リーグで)とか、日本人選手で初のホームランを放つなど、もう引退してしまったけれどますます好きになりました。
新書本ですが、興味があれば読んで欲しい本です。 -
2016/7/24 No.20
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野茂の野球人としての偉大さだけでなく、逆境や周囲の圧力を跳ね返し、異国の地アメリカで日本の象徴として活躍したことの偉大さがよく描かれている。
ただし、野茂の功績を讃えるために他の選手を貶す、いわば比較法は使ってほしくなかった。あたかも野茂は神で、他の日本人メジャーリーガーは凡人、酷い人はゴミのような扱いだ。最初の挑戦者、パイオニアである野茂は、確かに他の日本人とは比較にならないほど、讃えられるべきかもしれない。だからこそ、他の選手との比較、ましてや彼等の批判は不要である。 -
アメリカから見たNOMOってのがまず興味深いわけで、貿易摩擦や人種問題というのが絡んできます。当時は子どもだからそこがリンクするなんて気づかないわけで。そして、野茂でなければ扉は開けなかっただろうことも記されており、これが重要。待ってれば誰かがやっていたはず、なんてことはないと。逆風の中で挑戦したのは、最近では田沢や松井くらいかもしれない…その2人でも果たして野茂と同レベルのプレッシャーに耐えられたかは計り知れません。読み応えある名著。しかし神田うのの名前が出てくるなんて、よく調べすぎじゃないですかね!
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野茂さんって、マウンドの土とか天然芝とか、歓声とか、球場のすべてにフィットしてそのまま溶け込んでしまいながら個性を立たせる素晴らしい雰囲気のある野球人だなぁという印象をもちます。メジャーにいったからそうなった気がします。この本を読んで、イメージされることはそうしたことでした。
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松井に国民栄誉賞が与えられるとか。ワールドシリーズのMVPを取りNYの優勝パレードでは史上初めてニューヨーカーが日本人に声援を送った。一般のアメリカ人に最も愛された日本人かもしれない。国民栄誉賞いいんじゃないですか。
では野茂には国民栄誉賞は与えられる日が来るのか?本書の最終章では野茂が野球殿堂入りするかどうかに1章裂かれている。野茂がいなければ後に続く日本人大リーガーの出現はもっと遅れ、WBCも無かったかもしれない。94年のストライキとロックアウトは野球離れをすすませ、バブル期の日本のイメージはロックフェラーセンターやコロンビアの買収など貿易摩擦もあり一般的なアメリカ人の対日感情は必ずしもよくない。野茂が大リーグに行ったのはそういうころだ。
当時日本プロ野球から大リーグに挑戦するには相手球団の許可が必要というのが常識だったが日本で任意引退した選手がアメリカで契約することには制限が無いと言う抜け穴が有った。94年肩の故障で8勝7敗に終わった野茂は契約更改で20億、6年契約を申し込む。却下したフロントに任意引退を告げ大リーグ挑戦を表明する。マスコミや球界関係者は野茂を批判したが野茂は揺るがなかった。その後の活躍はNOMOマニアを生み出した。
大リーグ挑戦後野茂は2度の復活を果たしている。98年以降成績が低迷し球団を渡り歩いた後BOSで2度目のノーヒッターを達成、02−03は各16勝を挙げている。04、05と低迷しマイナーやベネズエラリーグに行った後08年にKCのテストを受ける。キャンプ当初はストレートが130km以下、39才で体重はKC担当のレポーターよりも重く世間は失笑した。しかし後半調子を上げ開幕時には25人枠に入った。残念ながら成績は残せなかったが著者のホワイティングはこの最後の復活をもっとも賞賛すべき業績とたたえている。
野茂は無口でマスコミには無愛想、選手同士ともあまり話さなかったようだがインタビュー内容からは大リーグに適応しようと努力し、コーチたちからも評価されている様子がうかがえる。例えば復帰したLADで前半線防御率が4.00まで落ち込んだ際にはコーチのジム・コルボーンが野茂に「ツーストライクをとったあとに、続けてストライクを投げてみないか」「君は今まで、コーナーぎりぎりのアウトサイドに投げていたけど、それを変えてみるんだ」と助言され野茂はそういうやり方は自分の好みではないが、お望みならやってみてもいいと答えた。その年最終的には16勝6敗防御率3.39と好成績を挙げている。
野茂の通算奪三振率は9.28(MLBでは8.74)、1イニング1三振以上の数字であり大リーグを通じても2000イニング以上投げて9を上回っているのはノーラン・ライアン、ランディ・ジョンソン、ペドロ・マルチネス、サンディ・コーファックスの4人のみ。両リーグでノーヒッターを達成したのも大リーグ全体で5人。そして12年間で323試合に登板し内先発は318試合、7年間先発ローテーションを守り3回の開幕そして95年のオールスターの先発をつとめた。