- Amazon.co.jp ・本 (396ページ)
- / ISBN・EAN: 9784620108537
作品紹介・あらすじ
愚挙か果てぬ野望の現れか─。
わずか6年半だけの主都となった名護屋を舞台に繰り広げられた天下人最期の仕事と人間ドラマ。
感想・レビュー・書評
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なんかちょっと、殺伐とした気分になる話
みんな、付き合わされたなぁ
秀吉(本人)は冷静、周りは過剰適応
そりゃそうか -
2022.10.3完了
途中から飽きてくる。出だしの秀吉に手をかけようとする始まりは、これからなにが始まるかと期待したものだが、のちなにもない。予想できる終焉。ひさしぶりにつまらないと感じた。 -
豊臣秀吉の朝鮮出兵(唐入り、唐御陣、高麗陣、朝鮮陣)の動機は大きな謎である。多くの人々は唐入りを無謀で無益な戦と考えた。その後の人々は文禄・慶長の役が無謀で無益な戦であったことを知っている。だから唐入りを無謀で無益と言うことは容易である。しかし、まだ結果を知らない同時代人の多くも無謀で無益と考えた。秀吉だけが突き抜けて無知であったことになる。
伝統的な視点は、秀吉が世界征服という誇大妄想にとりつかれていたとする。ただの拡大主義に巻き込まれたならば、たまったものではない。人々が秀吉の治世にウンザリすることは当然である。
人々は合理的な理由をあれこれ推測するがスッキリしない。真面目に考えれば成り立たない理由ばかりであり、スッキリしないことは当然である。実際、唐入りで実現するどころか逆効果になった。
第一に大名に恩賞として与える土地を欲したとする説がある。しかし、朝鮮や明国の土地が当時の日本人にとって魅力的であったか。平和な江戸時代に新田開発で石高は増大した。言葉も通じず、気候も厳しい他国の領土をわざわざ奪うことは徒労である。満州開拓に夢を見た戦前の日本の貧しい農民とは異なる。文禄・慶長の役は領土が得られず、大名は負担だけとなった。
第二に貿易の利益とする説がある。しかし、貿易は相手があってのものであり、貿易するために戦争をするということは目的と手段が合致しない。貿易をするために戦争することは迷惑な話である。倭寇とメンタリティが変わらない。それで貿易が実現すると考えることは愚かである。
明国と貿易したいならば足利義満がしたように冊封されれば良い。日本では聖徳太子の遣隋使の日出処天子を強調して冊封体制の外にいることをアイデンティティーとする傾向がある。しかし、足利義満が日本国王に冊封されたように冊封を利用する柔軟性を持っていた。南北朝時代には懐良親王が日本国王に冊封され、九州の覇権を握った。ここでは林田隠岐守も活躍している。
東アジアの貿易はポルトガルやイスパニアに握られていた。ポルトガルやイスパニアが日本よりも優れていた点は外洋を航海する技術である。火縄銃を国産化したように、造船技術や航海技術を学べば良い。後に仙台藩はガレオン船を建造して慶長遣欧使節を派遣しており、日本人も学べば外洋航海が可能になる。技術を学ばず、権力で実現しようとするところに公務員的な愚かさがある。
第二の亜種として朝貢国になることは嫌であり、逆に明国を戦争で破って朝貢させることを狙ったとの説がある。しかし、朝貢される側になるということは恩恵を施す側となり、貿易の利益は得られなくなる。また、朝貢の思想的バックボーンとなる華夷秩序を知っていたら現実味が乏しい。
第三に大名を戦争に動員して大名の力を削ぐ説がある。しかし、小西行長と加藤清正が先陣になるなど唐入りは豊臣子飼いの大名が中心になった。逆に徳川家康は渡海せずに勢力を温存した。大名の出費を狙うならば江戸幕府は参勤交代というスマートな方法を採用した。
第四に対外的な共通の敵を設定することで大名間の結束を高めようとしたとの説がある。しかし、朝鮮出兵は逆に石田三成や小西行長らの文治派と加藤清正や福島正則らの武断派の対立を招いた。
結局、朝鮮出兵で得られたものは、朝鮮半島から先進技術を持った陶工を連行したことで、唐津焼など各地で陶芸が発展したことである。唐津焼は文禄・慶長の役以前から始まっていたが、朝鮮人の陶工が連れてこられたことで技術は大きく発達した。これは発展と言えるだろうが、自然発生的な発展に比べると歪な発展である。文禄・慶長の役以前から陶芸に取り組んでいた人々が自然に技術を高める可能性を奪うものである。そこに腹立たしさを感じた人もいるだろう。 -
題名通り、「なぜ秀吉は」唐入りをしたのかが、テーマになっているけど、なんとも登場人物により話があちゃこちゃに飛びすぎで、且つ作者の史実に関する知識(実際はこうだった的な)を披露するための場になってる感もあり、少し興醒めではある(それなりに得られる知識はあるわけだけど)。なにより、テーマの“なぜ?”がなんとも。。。でした。
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後に『文禄・慶長の役』と呼ばれる朝鮮出兵。
タイトル通り『なぜ秀吉は』朝鮮出兵を思い立ったのか、について様々な視点で描く。
博多商人・神谷宗湛(そうたん)
キリシタン大名・小西行長
後の天下人・徳川家康
そして朝鮮から来た陶工・カラクと元武家の妻・草千代。
作中にも出てくる巷間の説としては
『あらたな封土』を得るため
『勘合貿易の復活のため』
『歴史に名をのこしたいから』
『権力者の気まぐれ』
など様々なある。
だが家康は全く違う視点で考える。個人的にはこの説は面白いと思った。家康らしい考え方でもある。
だが秀吉はそれは違うと言う。
またイエズス会宣教師たちの、一般的に伝えられている面ではない負の部分も描かれているのも興味深かった。
当時の宣教師たちが当たり前過ぎて違和感など感じていないことに焦点を当てているのが面白い。
そして架空の人物・カラクの視点も一般的に想像するような愛国心とは全く違うところにあって、彼が秀吉を殺そうと考えるほど朝鮮出兵に反対した理由は意外性があって良かった。
結局のところ『なぜ秀吉は』朝鮮出兵を思い立ったのか。この作品で明かされるその理由は個人的には拍子抜けの感がある。
だが実際のところはそういうものなのかも知れない。
しかし巷間の説も家康の説も捨てがたい。
結局、様々な理由が織り交ざって、ということだろうか。 -
豊臣秀吉による文禄の役。なぜあのタイミングで、秀吉は大陸に打って出ようとしたのだろうか?歴史上のミステリーの答えを探す物語でありながら、秀吉をはじめとする、大名、商人、職人、庶民、キリシタン、色々な人が主人公となりながら、当時を生き生きと生活しています。門井しらしい快活なタッチの物語でした。
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なぜ秀吉は
うーん。
いまいちわからん?