- Amazon.co.jp ・本 (399ページ)
- / ISBN・EAN: 9784758412100
感想・レビュー・書評
-
ミステリの風土というものを考えた場合、時代と土地と、そこに暮らす人々というところの傾向が、物語に命を与えてゆくことがあると思う。そのあたりが書けていないミステリを、ぼくはトリック中心の本格ミステリだと割り切って考えているので、本格というジャンルはぼくは読まない。
ミステリという広義のジャンルの中でも、背景となる風土をよく描けている作品には、必ず物語の命があるし、人間の気配が息づいている。そういった空気感を描ける作家こそが、本当の意味での小説家であると思うし、そうでない作家は、ストーリーの面白さという一面的な評価を下す以前の問題として、ぼくは排除しようと試みる。
ぼくが読むためにその作品を手に取り、そして評価し、人に紹介したいと思う作家は、そういう決して低くはないハードルをしっかりと超えて翔ぶことのできる人たち、とぼくの基準が決定する。だからこその味わいを、彼ら良質な作家たちの本に求め、物語の世界をぼくばかりではなく読者という種類の旅人は通過してゆくのだ。様々な思いを捨てたり拾ったりしながら、通過してゆくのだ。
そのまぎれもない良質な作家の一人が香納諒一であり、この人の作品にはとりわけ初期の頃より触れており、なおかつ縁が深い。
作家の自信作と見え、出版社を通して本書をプレゼント頂き、心を込めて読ませて頂きました。
本書の風土としては、まず寂れゆくアーケード街(ぼくは鉄の町室蘭のアーケード撤去工事の風景を個人的に思い出したけど……)と、再開発に絡む政治と土建業界という、まことどこにでも転がっていそうな欲望の街、とも言うべき罪と業の材料が配されている。それらを縦軸とすれば、権力者の住む旧家の一族とこれに関わる弱者たちの複雑極まる関係絵図が横軸となる。
高齢化して孤独になった老婆の認知症、徘徊といった問題をも含めた、高齢社会の縮図のような街で、それらを火にかけると、こうした火鍋の様相となる。
それらグツグツと煮え立つ混沌の中に、実に庶民的な刑事コンビが立つ。過去の事情で左遷されたヒラ刑事と、刑事としては異例な妊婦女性のコンビ。妊婦と組まされ苦虫を噛み潰している中年刑事と、気の強い妊婦刑事の氷河のような距離感が、複雑な事件に向き合ううちに雪解けを見てゆくストーリーテリングは、この作者ならではのものであるように思う。そもそもがキャラクター造形が上手い作家なのだが、お腹の大きな妊婦の刑事が、複雑に絡み合う過去の人間模様の知恵の輪を解いてゆくコントラストのようなものが本書の味わい深いところである。
映画にしたら面白いだろうなあ。上手い俳優を配したいよなあ。そんなことを考えながら、子供にはわからない大人向けミステリの本書を閉じる。「幸」というタイトルに、何層もの意味があるあたりも、読後改めて唸らせられるのだった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
認知症の女性の保護から、どんどん事件が広がっていく展開が、面白い。
現在と過去、さまざまな事件が、最後まで興味を引く。
警察組織の中、真摯に悩む主人公たちがいい。
よき上司と同僚にも恵まれ、その後も読みたくなるメンバー。
光が見えるラストは、痛快。
http://koroppy.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-05dd.html-
2013/02/21
-
2013/02/21
-
-
所轄、海坂署に誕生した、少々風変わりなコンビ。
中年刑事、寺沢の新しい相棒となったのは、
本店捜一から異動してきた一ノ瀬明子。
彼女は、シングルマザーにならんとする
妊娠八か月の妊婦だった。
これまでにない刑事コンビの誕生に、
期待感が膨らむ。
妊婦である女刑事とのコンビで、
何か、とんでもない犯人追跡が
見られるのかと思ったが、
謎を解き明かし、
コツコツと真実を追求していく姿は、
これまでの警察モノとそれほど
違いはなかった。
だが、そんなことはどうでもよくなるほど、
徐々に二人の息があってくる。
寺沢にも、一ノ瀬にも、
警察組織との軋轢という同じような過去があった。
刑事であることにこだわり、
どんな状況でも刑事であろうとする寺沢と、
寺沢の想いをくみ取ろうとする一ノ瀬。
妊婦であろうとなかろうと、
最強のコンビになることは間違いない。
寺沢と一ノ瀬は、認知症の老婆を保護する。
彼女がいたのは、開発計画で解体工事が決まっている
店の勝手口だった。
さらに、解体中の別の店舗跡地から白骨遺体がみつかる。
その遺体は、三十年以上が経過しているという。
その店舗では、二十年前ごろから七年間住んでいた女が
三年前、昔の夫を殺害して捕まり、殺人犯として
服役していた。
そして、保護された老婆には虐待されている可能性があった。
バラバラな謎が少しずつ、少しずつ、集束していく。 -
10月-5。4.0点。
取り壊される商店街で保護された、認知症の老婆。
実は政治家・建設会社社長の母親。
保護された店から、白骨死体が。
複雑な過去、人間関係が明らかになっていく。
軋轢の過去を持つ中年刑事と、妊娠した女性刑事がコンビ。
結構面白かった。読み応え有り。ラストも良い。 -
所轄刑事物。組織からはみ出しても刑事でしかいられない刑事像を描く。事件の展開が芋づる式過ぎるなとちょっと引いて読んだけど、後半の展開は鮮やかで見事だった。妊婦の相棒ってパッとしないなと思いつつ読んだけどラストは良かった。結局新しい命に希望を貰ったよね。
-
後半のスピード感は見事ですな。
-
私にとっての香納諒一作品のベストは、「贄の夜会」。今回の作品は二番目の「幻の女」に次いでいいかもしれない。特に、主人公の寺沢刑事の相棒、一ノ瀬明子のキャラクターがよい。
救いのあるエンディングが印象的。 -
警察小説もさすがに飽きてきた
公安vs刑事部の構図もよくみる