経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794220868

感想・レビュー・書評

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  • 不況で崩れた財政バランスはどう立て直すべきか。リーマン不況の時、財政出動した国と緊縮財政した国を比較する。


     これこれ!しっかり読むべき。財政バランスを重視するべきって本を読んだら、その後にこれをしっかり読んで中性に戻そう。それに役立つ。

     リーマンショックの時に先進国の大国、米英日らは緊縮財政を選んで社会保障費の削減や増税赤字財政のバランスを取ろうとした。その後どうなったか。
     リーマンショックの時に北欧諸国、フィンランドやアイスランドなどは社会保障を手厚くして不況で失業する人などへのセーフティネットを整備した。その後どうなったか。

     この本の結論は緊縮財政は不況時にやるべきじゃない。好景気の時にやれよって話だ。そりゃそうだ。経済理論の基本のきだ。
     その逆を行ったのが実際の不景気政策だって話。

     緊縮策をとった国は、ホームレスが増加したり、飲酒や薬物依存が増え健康被害が増大した。それ故に結局社会保障費もより多く必要になって赤字財政が拡大した。社会不安時こそ人々の健康は危機を迎える。それへの対策を怠れば被害は拡大して、対策費も増大する。しかも、労働者が不健康になれば社会復帰も遅れ、経済復興への人員も減る。さらに就労不能による補助や納税猶予のせいでさらに財政悪化につながるのである。

     財政出動を決行した国は、人々の健康不安を抑えることができ、より早い経済復興につなげられた。その結果、いまの北欧の経済成長がある。物価や給与水準が上がらず「失われたX0年」を継続中の日本と比べれば一目瞭然だ。
     さらに面白いことに、不況のおかげで国民の健康が改善されたという情報もある。不況時に給料が減っても、気軽に医療にかかれるなら通院はやめない。代りに酒やたばこへの出費を減らす。そのおかげで健康改善された人が増えたという。むしろ好景気というなの労働過多でストレス社会が進み、飲酒や喫煙などが増えて不健康になっていたのをリセットする機会になったというのだ。おもしろい。

     今回のコロナの不況はこれから始まる。そこでの対応を誤ることは許されない。そのためにこの本を一読することは大事だ。必要な選択を正しく行うために。

  • イデオロギーで語られがちな経済政策の是非を、緻密に数字で検証した一冊。
    結論は帯にも書いてある通り「緊縮財政は悪」であり、「経済政策で人は死ぬ」である。それを緻密に論証している所に、本書の一つの価値がある。また、実は経済政策が「命が金(財政)か」のトレードオフというわけではなく、「緊縮をすると、人が死ぬばかりか余計に金もかかる」(逆も然り)という構造である、というのが明らかにされているのも非常に重要だろう。
    また、上記に加え、個々の事例で何が起こったか、どんな人が被害に遭いどうなってしまったか、といったことが生々しく語られる所にも価値がある。
    ややヘビーな内容で、数時間でサクッと読破するわけにはいかないが、そのだけ読み応えがある良書と思う。

  • 不況下において、緊縮財政策が如何に不適当な政策であるかと言う事が、読むにつれ過去の事例・データから痛感できる。

  • ・読み終わって感じたこと
     現在の新型コロナウイルス感染症に対する政策が公衆衛生学からどのような評価を得ると思われるか、これまでの研究成果を活かしたものとなっているのかを考えながら、現在の状況と本書の内容を見比べながら読むとおもしろい。

    ・おもしろいと思ったところ
     一貫して公衆衛生に対する投資の大切さを説いている。本書だけ読むとなぜ公衆衛生の予算が削られるのか分からないほど。他の主張をする研究も読んでみたいと思わせられた。

    ・印象に残った文章
     p.239 民主的な選択は、裏付けのある政策とそうでない政策を見分けることから始まる。特に国民の生死にかかわるようなリスクの高い政策選択においては、判断をイデオロギーや信念に委ねてはいけない。
     p.240 政治家は事実や数字よりも、先入観や社会理論、イデオロギーに基づいて意見を述べることが多い。それでは民主主義はうまく機能しない。正しくわかりやすいデータや証拠が国民に示されていないなら、予算編成にしても経済政策にしても、国民は政治家に判断を委ねることができない。
     p.243 疾病予防対策は普段は国民から注目されない。それがどれほど重要なものかわかるのは、たいてい手遅れになってからである。
     p.243 経済を立て直す必要に迫られたとき、わたしたちは何が本当の回復なのかを忘れがちである。本当の回復とは、持続的な回復であって、経済成長率ではない。
     p.244 どの社会でも、最も大切な資源はその構成員、つまり人間である。したがって健康への投資は、好況時においては賢い選択であり、不況時には緊急かつ不可欠な選択となる。

    ・こういう人におすすめ
     公衆衛生学、政治、統計に興味のある人

  • ジャスト・ナウな題名……だけれど、上梓されたのは2014年(原書は2013年)だ。

    衝撃的な書名に掲げられた疑問への答えは「イエス」。死ぬ。惨めに死ぬ。

    アメリカのニューディール政策、サブプライムローン崩壊によるリーマンショック。ソビエト連邦崩壊後の急速な市場経済への移行、IMFとアジア通貨危機。アイスランド医療機器、ギリシャのデフォルト。

    本書は新自由主義的な考えの下に緊縮財政で社会保護を削減し人々の健康を損わせ死へと向かわせた政策を公衆衛生という観点・視座を使って批判していく。
    ウイルスによる脅威がまずあって次に経済危機が控えているであろうタイミングでよむと背筋が凍るというか生きた心地がしないというか…。

    以下、読みながら気になった事象を抜き書き。
    ソビエト連邦の崩壊後、ロシアでは”オーデコロン”という粗悪な密造酒が流行。非飲料アルコールだと酒税が掛からず安価なので労働者(3/4が米国基準で危険な飲酒習慣ー5杯/Dーを持つ)が飛びついた。結果、アル中・うつ・肝硬変・心臓病が流行。いまの日本で流行っている(定着した)ストロングゼロも似たようなものといってもイイかもですね…。
    <blockquote>ロシアの死亡危機が悲劇的だというのは、それをもたらしたショック療法が当初の目的を達成できなかったからである。結果的にロシア人全体の生活水準や健康水準が向上したのであれば、まだ慰めになるのだが、実際はそうなっていない。何百万人という犠牲者を出しながら、ロシアの民営化が何をもたらしたかといえば、ほんの一握りの新興財閥が富と権力を支配する格差社会でしかなかった。(P.86)</blockquote>
    ソ連崩壊後民営化したロシアでは平均寿命が15%近く落ちている。
    これに「民間ではありえない」という旗を振って公共サービスの民営化を推し進めてきた日本の姿がダブる。

    医療費を削減したギリシャではマラリアが大流行。ギリシャ政府はこの統計データを隠微してなかったことにしようとした。
    <blockquote>キリシャの悲劇を見れば、緊縮政策によって悪化した経済を立て直すことはできないことがはっき
    りわかる。緊縮政策は解決策どころか悪化要因になる。P.167</blockquote>
    この本では数字は必要最低限度に絞っているモノの論旨の要となるデータは簡潔なグラフで示してくれているのでありがたい。
    実例からデータを調査し、統計的に分析、立論されているので、とても説得力がある。
    <blockquote>
    もちろん経済政策それ自体は病気を引き起こす細菌でもなければウイルスでもない。それはいわば”病気の原因”であり、ある人が能康上のリスクにさらされやすいかさらされにくいかを分ける要因である。経済には、人々がアルコールを暴飲するようになる、ホームレスがシェルターで結核に感染する、鬱病になるといったリスクの程度を高めたり低めたりする力がある。高める方向に働けば死亡リスクが増大するが、低める方向に働けばそれは保護となり、ホームレス状態から脱したり、人生を立て直す人が増え、死亡リスクは減少する。だからこそ、たとえわずかな予算変更であっても、
    それがボディ・エコノミックにときには予想外の――大きな影響を及ぼすことがある。P.236</blockquote>
    著者は上記にあげたような政策事象を自然科学の検証実験にみたてて「自然実験」と呼んでいる。過去の「自然実験」から緊縮政策は、それが行われた国々の人々に健康被害などのネガティブな影響を与えたことを、ニューディール政策、ソ連崩壊後の死亡率上昇、アジア危機を悪化させた緊縮政策、サブプライム問題に端を発した世界不況時のアイスランド危機、ギリシャ危機などの分析を通じて明らかにした。
    そして「人の命を守る」理念こそ国家政策の基本であり、その理念を現実化した政策こそ国家経済の崩壊を防ぐことができたことを立証している。
    <blockquote>
    今回の大不況について次の世代が評価するときがきたら、彼らは何を基準に判断するだろうか?
    それは成長率や赤字削減幅ではないだろう。社会的弱者をどう守ったか、コミュニティにとって最も根本的なニーズ、すなわち医療、住宅、仕事といったニーズにどこまで応えられたかといった点ではないだろうか?
    どの社会でも最も大事な資源はその構成員、つまり人間である。したがって健康への投資は、好況時においては賢い選択であり、不況時には緊急かつ不可欠な選択となる。P.244</blockquote>
    不要不急の外出は避けるよう「要請」し、自粛を促しながらその責任をとらないという政府・自治体は「コミュニティにとって最も根本的なニーズ」を何だと考えているのだろうか? それは人々の健やかな暮らしでも社会秩序でも経済でもなく施政者の口座残高だけなのに違いない。

  • 不況時に国が経済政策として緊縮財政を行うと人が死に、景気もさらに悪化する。一方、緊縮政策を行わず、医療や住宅、就業など公衆衛生に寄与する投資を行うと、国民の健康は損なわれず、経済成長にも寄与するということを、データを元に解説する内容。

    1920年代の世界恐慌時のアメリカで、ニューディール政策を受け入れた州と受け入れていない州の比較や、リーマンショック以降のイギリスとアメリカ、ギリシアとアイスランドの比較、などとにかく事例が豊富でどれも興味深い。個人的には、旧共産国がソ連崩壊後に資本主義化したとき、国営企業の民営化を急いだところほど、経済が破綻した話はおもしろかった。

    著者はこれらの事例の分析から、不況時の緊縮政策について「データや論理に基づかない一種の経済イデオロギーであり、自由市場と小さい政府は常に国家の介入に勝るという思いこみ」であると説く。その上で、不況時の経済政策の原則として「有害な方法はとらない」「人々を職場に戻す」「公衆衛生に投資する」の3つを挙げている。

    著者のふたりの専門は、それぞれ政治経済学と公衆衛生学、医学と統計学。ふたりとも若い頃にとても貧しい環境にあったそうで、そのことが「公衆衛生」という観点から経済政策を研究するモチベーションになっているそうだ。思えば、日本語の「経済」って「経世済民(世をおさめ、民をすくう)」の略なわけで、「公衆衛生」はまったくもって正しい視点だと思う。

    とても読みやすく、高校生の公民の教科書などに使えばいいのになあなんて思った。経済政策の見方を養うと言う意味では、飯田泰之「ゼロから学ぶ経済政策」あたりと一緒に読むとさらに有益かもしれない。

  • 経済を立て直す必要に迫られた時、私たちは何が本当の回復なのか忘れがちである。本当の回復とは、持続的で人間的な回復であって、経済成長率ではない。経済成長は目的達成のための一つの手段であって、それ自体は目的ではない。経済成長率が上がっても、それが私たちの健康や幸福を損なうものだとしたら、そこに何の意味があるのだろう?

    この視点で、過去の経済政策が人の健康や幸福にどのように影響したかを教えてくれる。
    筆者と対立する考え方をする人は、恐らくこの本に書かれたデータの切り取り方を指摘するのだろうが、それを差し引いても、難しい経済の話を、わかりすく解説し、経済政策の捉え方を教えてくれる良書に違いない。

  • 公衆衛生学の観点から経済政策を分析し、社会経済政策の健康への影響について論じている。政策について語る際には、その経済的効果だけではなく、人間への影響にもしっかり目を向けるべきであるというスタンスである。
    本来、医療の世界では、薬や治療の効果を評価するために大規模なランダム化比較試験が行われているが、社会経済政策となると、そのような実験を行うのは現実的ではないので、研究対象にしたい状況にきわめて似た状況を過去の歴史のなかから探してくる方法である「自然実験」を利用して、研究を行っている。具体的には、1930年代の大恐慌時のイギリスとアメリカの対応、ソ連崩壊後のロシアとポーランド、アジア危機時のタイとマレーシア、欧州危機時のアイスランドとギリシャなど、同じ不況に巻き込まれた地域で、異なる為政者が異なる政策を実施した事例について比較検討している。
    その上で、不況下での緊縮財政は景気にも健康にも有害であると結論づけ、社会保護政策への投資など、賢明な選択をすれば、人命を犠牲にすることなく経済を立て直すことができると主張している。
    自分自身はどちらというと財政健全化論者だが、著者たちの研究結果とそれに基づく主張には首肯せざるをえない。経済政策は、経済成長や財政だけではなく、国民の生死、健康に関わるものだということを強く感じた。政策に携わる者に大きな示唆を与える本である。

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著者プロフィール

デヴィッド・スタックラー(David Stuckler)
公衆衛生学修士、政治社会学博士。イェール大学、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学などで研究を重ねる。オックスフォード大学教授を経て、現在イタリアのボッコーニ大学教授。著書にSick Societies: Responding to the Global Challenge of Chronic Diseaseがある。

「2022年 『文庫 経済政策で人は死ぬか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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