お伽草紙 (新潮文庫)

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(私が読んだのはこちら
https://www.shinchosha.co.jp/book/100607/
なのですが、ISBNが合ってるので多分同じ本だろう)

【盲人独笑】
葛原勾当(くずはらこうとう)は、文化9年(1812)に備後国(広島県福山市)に生まれ、幼少の頃に病にて盲目となった。成長して箏曲と地歌を学び、普及に務めた。
そこで『葛原勾当日記』だが、盲人である葛原勾当が自らひらがな、数字、句読点、月日などの漢字など、合計100文字程度の木製活字を作り、文字を指で触って判別しながら26歳から亡くなる71歳まで日記を書き続けていた。
太宰治は、この日記の最初の年、天保八年酉年を紹介する。
 琴、琴、琴の稽古の日々
 虫歯に悩んでいるようで「いたいいたい。」の文字も痛そう>.<)
 演奏の教授や研究のための旅の行程
 家族を思う気持ち
 そして詠んだ和歌
公の顔と私生活の様子が柔らかな言葉で語られていく。

しかし最後に太宰治は書く、「これは葛原勾当の日記そのものではない」。
 だって彼が天稟(てんぴん/生まれつきの才能)の楽人なら、自分だって不羈(ふき/自由な)作家なんだよ、彼の日記の一年分のなかに四十年間全部を込めるように細工をしたんだよ。

私は書き出された「葛原勾当日記」の部分を感心しながら読んでいたのだが、それは太宰治により再構築されたものだったのか!つまり、「葛原勾当27才の◯月◯日の日記」には、葛原勾当27歳の朝、40歳の昼、70歳の夜を組み合わせて再構築し、さらに太宰治のオリジナルの要素も入れられたものなのだ!

いやもう、作家の創作の凄さと自由さを感じました。
盲目で日記を付けた葛原勾当、そして本当のことに創作を組み合わせてより面白くできる太宰治の両方に感嘆するばかりです。

そして太宰治に葛原勾当日記を紹介した劇作家伊馬鵜平(いまうへい)は、先に井伏鱒二のところにも行っていた。井伏鱒二は実際に葛原勾当の孫にあって日記の現物などを見せてもらったらしい。そして井伏鱒二は後年になり、太宰治のこの『盲人独笑』を踏まえての葛原勾当随筆を書いたんだそうだ。

 <まだ。ほかにも。あるなれど。ままにしておけ。(P8)>

【清貧譚】
『聊斎志異』の中の一つの話を舞台を日本にして中編小説に仕立てたもの。
馬山才之助は、菊への行き過ぎた偏愛と貧しさへの変な意地を持ちずっと独り身だった。そこへ現れたのは、菊栽培に関してまるで神の如くの腕前を持つ青年陶本三郎とその姉の黄英(きえ)だった。
精霊が人間の姿で人の前に現れて…という異種婚姻譚というか異種交流譚(?)だが、妻となった精霊は正体が判明しても「亦他異無し。」(人間のままだった)というのが珍しいですね。

【新釈諸国噺】
「新釈諸国噺」と書いて「わたくしのさいかく」って意味だよ(^^)
太宰治が「世界で一番偉い作家」である井原西鶴の著作を元にして短編物語を書いた。
井原西鶴の元がそうなのか、太宰治の書き方なのか、世の中の容赦なさ、自分の命や財産が保証されない時代の価値観のドライさを感じます。

 体が大きくてオソロシイ貌して馬鹿力なんだが泣き虫で気が小さい原田内助という男がいた。あまりの貧しさに女房が親戚から援助してもらったんだが…。貧しさのあまりにお金に対して珍妙な思考や言動をしてしまう人々と、貧しいながらも変な意地を張り続けるとむしろ感心されるという小咄。
 /貧の意地

 小さい頃から怪力を笠に着てのやりたい放題、大人になって元力士に相撲を習ったからもう手がつけられない。暴れに暴れに暴れる男をさすがに師匠である元力士が見かねて…
 /大力

 ぐええええええ( ;´Д`) 駆け落ちしたお坊ちゃんお嬢ちゃんがとても苦労するという小咄なんだが、お嬢さんから離れない愛玩猿の「猿真似」があまりにも無惨な結果に…( ;´Д`)
 /猿塚

 海が荒れたと思ったら人魚が出てきた。生真面目な奉行の中堂金内は慌てず騒がず弓を番えて人魚の肩を射抜く。人魚は沈み海は収まった。
だがこの話を家老の青崎百右衛門に笑いものにされた金内は、疑われるとは武士の恥、こうなったらなにがなんでも人魚の躯を探さねばと家を出る…。
 ==武士って面目が立たんとなれば死んででも恥を注がねばならんかった。この時代は人魚は伝説だけどまあ出るってこともあり得る存在だったんだろう。それを笑いものにしたため引くに引けない状況に陥り、何人もの人が命を投げ出す自体に。実に悲惨なはずなのにどことなく皮肉的ななんか笑っちゃう感じすらある。
 /人魚の海

 悋気の養父母から財産を相続した途端に羽目を外した婿養子夫婦。あっという間に散財し、無一文になって「その気になりゃあいくらでも設けられるんだ、みていやがれ」と嘯いた。三年悋気に徹してさあ溜め込んだと思ったが、銀一粒出せなかったことで懐の寒さが人々にしれてしまってぐわりと破産と相成った。
 /破産

 これは小咄などで聞いていた題材です。井原西鶴がはじめだったのか。
 川に銭を落としたお侍が、落とした額より上回る銭を出してその川を捜索させる。「自分が人足に払う銭は世間に回るが、落とした銭は死に銭だ」だが嫌になった人足の一人が自分の懐から出した銭で「見つかった!」と嘘を付き…。
 /裸川

 う、うわあああ_| ̄|○ これは読んでいて苦しくなった…。主君のために働き、義理を重んじる神埼式部という武士がいた。神崎とその一人息子は、主君の若君の物見遊山旅のお供を仰せつかった。若君の取り巻きの中に、口先だけで怠け者で乱暴でわがままで怠け者の若侍がいた。一層のこと置いていきたいくらいだったが、神崎はその父親に「息子を頼む」と頭を下げられたために、何がどうあっても若侍を無事に返さなければならないのだ。
 ==武士の小説で我が子を犠牲にというのはそれなりにある。しかし、これは_| ̄|○
 /義理

 大盗賊が貧乏貴族の娘に惚れ込んで、金を積んで女房にした。寂しく泣いていた女房も年月が経てばすっかり田舎の下品な女盗賊に。盗賊が死んだあとは遺された女房と二人の娘で女盗賊になる。しかし姉妹の間に浅ましい感情が浮かぶようになる。なんとか最後の一線は踏み外さずにとどまったが、親子二代に渡る悪行は、念仏にて許されるか許さされざるか。
 /女賊

 宴会の場で消え失せた百両の小判。訴えを聞いた判官は参加した者たちに「女房や娘とともに、赤い大太鼓を担いでお参りに行って来い」と命じる。宴会に参加しただけで盗人扱いされてこんな恥ずかしいもんを担いで笑いもんではないか!だがこれは判官による犯人あぶり出しだったのだ。
 /赤い太鼓

 女房子供に借金取りの相手をさせて、粋人気取って茶屋へしけ込む。茶屋の遣り手婆は客の貧しい懐から金品巻き上げる術を知っていて。こんな粋人とおっそろしい茶屋はたくさんあったもんだと語る老人もかつての粋人。
 /粋人

 派手に遊んだ四人の仲間。そのなかの利兵衛は名妓を身請けして消えた。数年後に三人はすっかり落ちぶれた利兵衛を見た。懐かしくまた遊びに誘う三人に利兵衛は遊びの戒めを解く。遊びに遊んだってなんにも残らん、惨めな下働きでその日稼ぎ。かつての美女もすっかり垢じみた。かつての仲間にこんな姿見られりゃここにはもういられねえ。
 /遊戯戎

 わたくし何も本気で出家したかったわけじゃございません。意気がって実家の金を持ち出し遊び仲間に奢ってみたものの、女にはもてない、金は自分だけ、持ち出しも見つかりそう、仕方なく出家してやらあと髪を剃ったその日から後悔しどうしでございます。山の庵に住んでみても、村人からも舐められて米やら野菜やらを売りつけられ、山菜を取ろうもんなら山の主に文句を言われ、畑を作ろうにも土地がない。ああ、遁世というものがこんなにお金がかかるものとやら。かつて遊び仲間だったあなたにお願いしたい。どうかわたしの実家の隠し場所から金を持ってきてはくれまいか。
 /吉野山

【竹青】
 『聊斎志異』に載っていそうな話を太宰治が綴ってみた。
 貧乏書生の魚容(ぎょよう)は、人からも馬鹿にされ、働いても金はたまらず、年上の醜い女を女房に押し付けられる。ある時たまらず家を出て都での官試を受けるものの見事に落第。仕方なく家に変える旅の途中、いっそうのことカラスになって気楽に生きたいと願うと、その姿はカラスに変わっていた。魚容は本当にカラスになるのか、人間に戻るのか…。
==人間が動物になる話は色々あるけれど「人間は人間の世界で泥にまみれて生きるしかない」とはっきり書くなかなか面白い話だった。『アラビアンナイト』にヨーロッパで作られた話が入って膾炙しているならば、『聊斎志異』に日本で作られた話が入ってもよかろうと思う。

<人間は一生、人間の愛憎の中で苦しまなければならぬものです。逃れ出ることはできません。忍んで、努力を積むだけです。学問も結構ですが、やたらに脱俗を衒うのは卑怯です。もっと、むきになってこの俗世間を愛惜し、愁殺し、一生そこに没頭してみてください。神は、そのような人間の姿を一番愛しています。(P254)>

【お伽草紙】
防空壕で幼い子供に話をねだられた父親は、昔話を語りながら頭の中には別の話が作り出されているのだ。

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 ほっぺの邪魔っ気そうな瘤を持つ陽気なおじいさんは、陽気な性格で瘤を相手に話をしてる。だっておばあさんも息子も真面目で現実一徹で話が通じないんだ。ある夜山で鬼の宴会見たときだって「鬼っていったって対して怖くなさそうだし踊りは下手くそだし」とほろ酔い勇気で宴会に入り込んだ。喜んだ鬼はほっぺの瘤をとっちまうんだが、おじいさんは「大事な瘤です返してください〜」なんて慌てる始末。
 /瘤取り

 浦島太郎の挿絵の亀って陸にいる石亀に見えるよね。石亀だとすると、浦島太郎の話が伝わる日本海側にはいなさそうなんだよなあ。しかしここは浦島太郎に竜宮城に行ってもらわないと困る。
ところが冒険心のない太郎は亀にまたがって海になんか入りたくないって言う。そこで亀の説得。「いやだから、竜宮城に連れて行くって言っているんですよ。底に行くのに亀にまたがるのが冒険だの曲芸だのと誰が気にするもんですか。自分の行き先に信じるものがあると思っている人は、それをするために『自分は今冒険してるんだ』なんて思いもしません、あなたに冒険心がないというのは、あたなに信じる心がないってことです。だいたい私が亀だから子供たちから助けたけど、あなたもし私が浮浪者で大人の漁師からいじめられてたら助けないでしょ」
そこまで言われた太郎さん、亀にまたがり龍宮城へ。
太宰治の書く龍宮城はこの人間世界とは全く別の価値観で成り立っている。距離も時間も関係ない。誰が何をしようと興味ない。ご馳走も宝も芸事も、ただあるだけであって「もてなそう」という意気込みなんて全くない。それを享受して喜ぼうが喜ばなかろうが関係ない、ただそこに「ある」んだ。
浦島太郎は竜宮城で「無限に許される」という自由すぎることに不自由を感じるようになる。
さて、陸に戻った浦島太郎が貝の煙(「玉手箱」のことを「もらった貝」としている)でおじいさんになってしまったことをどう考えよう?それだけじゃあまりにも素っ気がないじゃないか。
いやまてよ、老人になったことが不幸って誰が決めた?浦島太郎にはパンドラの箱のような「最後に残った希望」なんて必要ないんだ。竜宮城の夢の日々はこの煙によってこそ完結するんだ。あとは楽しく老人としての人生を送ればいいじゃないか。
 /浦島さん

 カチカチ山の話も考えちゃうよね。仇討ち物っていうのは颯爽と一撃で倒すようなものこそスッキリするんじゃないの。狸の「婆汁」だってあまりにもひっどいけれど、それに対して兎の復讐は「焼いて生殺しにして、唐辛子薬で嬲って、最後は泥舟でブクブク」だよ、ちょっと執拗で残酷じゃないの。
と、思っていたんだが、兎は少女で狸は兎少女に恋する中年醜男だって考えたら納得いったよ、ちょうど残酷な年頃の少女が、自分にしつっこく言い寄る醜男に対する酷さ容赦なさ。狸は思っただろう「惚れたのが悪いのか〜!」
世界の物語はこの一言にかかっているとも言えるじゃないか。現実においても、きっと。
 /カチカチ山

 本当はこの『お伽草紙』では「桃太郎」をとりあげるつもりだったんだけど、彼はあまりにも日本のヒーローで象徴で書けやしないんだ。
それなら「日本一」ではない昔話人物を取り上げよう。よし、「舌切雀」のおじいさんはまだ若いのにすっかり枯れている。何の感慨もないし会話も成り立たない。これではおばあさんと呼ばれる女房だって生きる張り合いがないだろう。しかもそのおじいさんが最近若い娘とは楽しく話をしているじゃないか。若い娘じゃなくて雀?同じだろう。それなら「大判小判くらい持って帰ってこい」っていうだろう。
その大判小判に潰されておばあさんは死んで、おじいさんは出世したのかな。そして「死んだ女房のおかげですよ」なんて情のあるところも見せたのかもしれない。
 /舌切雀

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ●日本文学
感想投稿日 : 2023年10月15日
読了日 : 2023年10月15日
本棚登録日 : 2023年10月15日

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