影の縫製機

  • 長崎出版 (2006年12月11日発売)
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ミヒャエル・エンデの詩と、ビネッテ・シュレーダーの絵が織り成す、幻想的で美しくも儚い、黒と白の世界。

影の縫製機というのは、それ自体が影のようだが、縫い上げたものも、影なのだと実感することで、人間にとって、光だけが必要なのではないことに気付かされる・・かもしれない。

というのも、本書では、あくまで読んだ人それぞれが、それぞれの思いを抱くであろう、そんな感慨の違いが無限に発生しそうな程の、謎と曖昧さに満ちているからであって、しかも、選択肢は二択のはずなのに、まるで、それ以上あるかのような気にさせられる、この感じはいったい?


見返しの絵から、既に私は魅了されてしまい、奈落の底から立ち現れたような、エンデに見える影に向かおうとするのは、エンデが愛してやまなかった亀だが、『モモ』の案内役の「カシオペイア」にも見えて、始まりの幕開けを思わせてくれる。

最初の、ジャック・プレヴェールへのオマージュ、『本当の林檎』で、私の思考は早くも停止する。
しばし黙考し、そうか、シュルレアリスムかと。
それに、世界の複雑さを知ることは、人間の複雑さを知ることにも繫がるし、今の時代にこそ、こうした思考法はいいのかもしれない。

続いて、『道標』。
すっかり、迷い人の視点で読んでしまったが、道標自体の気持ちなんて、考えたことなかったし、そう言われればそうだと。考えれば考えるほど、頭が混乱しそうだが、最後の一文には、エンデのやさしさが溢れている。

また、私が最も好きだったのが、『うら寂しき微笑み』。
南国で、北国にいるニルスを想う、ドロレスの口元に浮かぶ、「うら寂しき微笑み」が、彼女がお茶に呼ばれたのを機に、置き去りになった後、その微笑みだけがニルスを求めて旅立つ、これまたシュールな詩だが、最後が温かくも美しくて、これが超現実ならば、嬉しくない人はいないだろう。

そして、『夢の漁師』。
影と光。夜と朝。黒と白。そして、逆さ○。
それらが改めて問い掛けるのは、世界も人間も、それらが隣り合わせで繋がり合い、互いに影響しながらも、存在しているということを教えてくれているのかもしれない。夢と悪夢のように。

他にも、なりたいのではなく、なってはいけないものとして、捉えた視点が面白い、『透明人間』や、『いかれたチェス』の、「黒い白は 白なのか 黒なのか」という禅問答のような問い掛けには、光と影という、相反するものを通して見た、世界や人間の不可思議さを感じ、まだまだ、世界も人間も、それぞれ見方は、多様にあることを教えてくれたようでもあり、なんだか、そう感じると、周りの世界も楽しく見えてくるから不思議だ。

なんて書いていると、エンデからこう言われるかもしれないな。


『魔法使い』より

じつはまやかし この韻のごとく



追記
ビネッテ・シュレーダーが、今年の7月5日に、お亡くなりになっていたことを知りました。83歳だったそうです。

私は本書で、初めて彼女の絵を見て、この完成された幻想的な美しさに、とても魅せられて、シュールなんだけど、とても泣きたくなるような哀愁感や、ファニーで可笑しみを感じさせる親しみやすさもあって、本書も彼女の絵が無ければ、きっと、素晴らしさは半減したことでしょう。

ご平安をお祈りいたします。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 詩画集
感想投稿日 : 2022年9月22日
読了日 : 2022年9月22日
本棚登録日 : 2022年9月22日

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