ストーナー

  • 作品社 (2014年9月28日発売)
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“「それを見定めたきみの愛はいっそう強いものとなり、
永の別れを告げゆく者を深く愛するだろう」

スローンは視線をウィリアム・ストーナーに戻して、乾いた声で言った。「シェイクスピア氏が三百年の時を越えて、きみに語りかけているのだよ、ストーナー君。聞こえるかね?」”


“「恋だよ、ストーナー君」興がるような声。「きみは恋をしているのだよ。単純な話だ」”


人が運命の扉に触れた瞬間を見た気がした。


ストーナーの人生を追っていくうちに、いつしかわたしは自分の人生を追っているような錯覚に陥っていた。
まだ見ぬ未来にも追いつき追い越し、ああそうだったと思う瞬間が幾度となく訪れる。

自分の進むべき道が開かれた瞬間。
一目惚れした相手への想いと、彼女とのうまくいかない結婚生活。
恋し初めた相手は恋し遂げた相手とは違う人間であることを知ったとき。
戦争で友を失った喪失感。
仕事をしていく上で、うまく立ち回れない不器用さ。
希望、ときめき。
孤独、悲しみ、そして挫折……

ストーナーの人生はいたって特別なものではない。誰しもが同じような運命の瞬間に出会うことがあるはずだ。
その瞬間をこの小説のように美しい文章として綴ることができたら、どれだけ素晴らしいことだろう。
わたしたちはストーナーの人生に愛が生まれ、運命が輝きはじめる瞬間を見ることができる。
わたしはストーナーに共感と、そして羨望の眼差しを抱くのだ。

振り返れば、限りある生のなかであるがまま自由に振る舞える時なんて、ほんの一瞬のことかもしれない。
ある日、ふと自分の運命を静かに受け入れる瞬間がやってくる。それは決して人生を諦めることではない。
ストーナーという平凡な男のありふれた日常から、実はそれがどれほど困難で、そして尊いことなのかをわたしは知る。

人は与えられた生のなかで、今この瞬間にできることを精一杯やって生きてゆく。
人生の一瞬一瞬に情熱をかける。そこには必ずや愛が生まれる。そして愛があるからこそ、わたしたちは生きてゆけるのだろう。

自分が何者であるか、人生の終焉を迎えるときとなって答えはでる。
ストーナーは覚る。自分が何者たるか。自分がどういう人間であったか。

いい人生だった。
それはいいことばかりの人生だったという意味ではないはずだ。

「ああ、安楽な人生ではなかった。だが楽をしたいと思ったことはない」

なんて力強い言葉だろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 英米文学
感想投稿日 : 2020年12月30日
読了日 : 2020年12月30日
本棚登録日 : 2020年12月30日

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コメント 6件

いるかさんのコメント
2020/12/30

地球っこさん こんにちは。

素晴らしいレビューをありがとうございます。
レビューに読み入っていました。

この本も地球っこさんのレビューを見なければ、絶対に出会えない本だと思います。
この本も絶対に読もうと思います。
いつも本当に素敵なレビューをありがとうございます。

地球っこさんのコメント
2020/12/30

いるかさん、こんにちは。

こちらこそ、いつも温かいコメントをいただきありがとうございます(*^^*)

「ストーナー」は、わたしも何年か越しでずっと読みたいなぁと思ってた作品で、やっと読むことができました。
本との出会いって運命みたいなものですよね(*^^*)
それにその時の自分の置かれてる立場なんかで、同じ本を読んでも響くところが違ったりして、その奥深さが読書の面白いところでもありますよね。

いつか、いるかさんの「ストーナー」のレビューが読めることを楽しみにしてます♪

今年はいるかさんとたくさんお話できて、とても楽しかったです。
大切にしたい本にもたくさん出会えて、わたしも嬉しかったです。

来年もどうぞよろしくお願いします。
よいお年を♪



いるかさんのコメント
2020/12/30

地球っこさん ありがとうございます。

私も地球っこさんと話せてうれしかったです。
また来年もよろしくお願いいたします。
どうぞよいお年をお迎えください。。

淳水堂さんのコメント
2020/12/30

地球っこさんこんにちは

「シェイクスピア氏が三百年の時を越えて、きみに語りかけているのだよ、ストーナー君。聞こえるかね?」
まさに人が恋に落ちた瞬間を目撃しましたよね。

一見冴えない人生ですが、いい人生だったと振返るストーナーは情緒が豊かですよね。

地球っこさんのコメント
2020/12/30

淳水堂さん、こんばんは。

そうなんですよ!
あのシーンがとても忘れられません。
その後のスローン講師のセリフ、
「きみは恋をしているのだよ。単純な話だ」
は、わたしにとって珠玉の名セリフになりました。

淳水堂さんがレビューで書かれておられたように、「感情の薄いようなストーナーはその時々の彼なりの情熱を持ち生きていたのだ」と、いうことが読後にじわじわと心に染みてきました。
とても印象深い作品でした(*^^*)

今年は淳水堂さんとも、たくさんお話できて楽しかったです。
が、しかーし、ああー、わたしはなんてことを!!
鬼平がストップしちゃってます。
あれだけ淳水堂さんと鬼平で盛り上がったのにーっ(。>д<)
ごめんなさい。
ゴールは遥か遠くのままです。
でも来年もゆるーりと読んでいきたいと思ってます♪

こんなわたしですが、どうぞ来年もよろしくお願いします。
よいお年を~


淳水堂さんのコメント
2020/12/31

地球っこさん

人の一生を書く小説って、案外平凡な人生のものが多いですよね。
しかしだからこそその根底の情熱や、または凡庸さが引き立つわけで。

ブクログでみなさんとこうして本のお話ができて嬉しいです!
そして私も鬼平がストップしていたことにさっき気がついた(ー_ー)!!
シリーズ物は待ってくれるのがいいところ。
お互いゆっくり行きましょーー。

それでは来年もよろしくおねがいします!

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