“「それを見定めたきみの愛はいっそう強いものとなり、
永の別れを告げゆく者を深く愛するだろう」
スローンは視線をウィリアム・ストーナーに戻して、乾いた声で言った。「シェイクスピア氏が三百年の時を越えて、きみに語りかけているのだよ、ストーナー君。聞こえるかね?」”
“「恋だよ、ストーナー君」興がるような声。「きみは恋をしているのだよ。単純な話だ」”
人が運命の扉に触れた瞬間を見た気がした。
ストーナーの人生を追っていくうちに、いつしかわたしは自分の人生を追っているような錯覚に陥っていた。
まだ見ぬ未来にも追いつき追い越し、ああそうだったと思う瞬間が幾度となく訪れる。
自分の進むべき道が開かれた瞬間。
一目惚れした相手への想いと、彼女とのうまくいかない結婚生活。
恋し初めた相手は恋し遂げた相手とは違う人間であることを知ったとき。
戦争で友を失った喪失感。
仕事をしていく上で、うまく立ち回れない不器用さ。
希望、ときめき。
孤独、悲しみ、そして挫折……
ストーナーの人生はいたって特別なものではない。誰しもが同じような運命の瞬間に出会うことがあるはずだ。
その瞬間をこの小説のように美しい文章として綴ることができたら、どれだけ素晴らしいことだろう。
わたしたちはストーナーの人生に愛が生まれ、運命が輝きはじめる瞬間を見ることができる。
わたしはストーナーに共感と、そして羨望の眼差しを抱くのだ。
振り返れば、限りある生のなかであるがまま自由に振る舞える時なんて、ほんの一瞬のことかもしれない。
ある日、ふと自分の運命を静かに受け入れる瞬間がやってくる。それは決して人生を諦めることではない。
ストーナーという平凡な男のありふれた日常から、実はそれがどれほど困難で、そして尊いことなのかをわたしは知る。
人は与えられた生のなかで、今この瞬間にできることを精一杯やって生きてゆく。
人生の一瞬一瞬に情熱をかける。そこには必ずや愛が生まれる。そして愛があるからこそ、わたしたちは生きてゆけるのだろう。
自分が何者であるか、人生の終焉を迎えるときとなって答えはでる。
ストーナーは覚る。自分が何者たるか。自分がどういう人間であったか。
いい人生だった。
それはいいことばかりの人生だったという意味ではないはずだ。
「ああ、安楽な人生ではなかった。だが楽をしたいと思ったことはない」
なんて力強い言葉だろう。
- 感想投稿日 : 2020年12月30日
- 読了日 : 2020年12月30日
- 本棚登録日 : 2020年12月30日
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