雪国 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店 (2013年6月21日発売)
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本棚登録 : 1834
感想 : 113
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「こんな話」を、ここまで叙情的に、あはれに、虚しく、美しく綴れてしまうところが、何を書いても清涼な世界観を構築できた川端の文体マジック極まれりと感激する作品。決して悪口ではなく。

ストーリーに明確な展開があるわけではなく。
現代的に言えば、都会に妻子を置いて、地方に遊びに来る準ニートクズ男と、性産業に身をおく地元のちょっとメンヘラ気味だけど健気な少女の関わりを描写した、わりと負の面を綴ったともいえる小説なのに、実にあはれで美しい世界観となっている。

もう少し本文の内容に即して言うと、カタチばかりの芸術の仕事をし、その実、親の遺産でのうのうと生きる妻子持ちの男・島村が、定期的に訪れる旅先の雪国にて、肉体関係を持ち馴染みとなった芸者の少女・駒子の自分に寄せる一途な愛情を「徒労で哀れなもの」と思い、そう思う自分自身までも哀れと思い、かといって、責任を取る気なんてさらさらなく。しかも、駒子と近しく何やら複雑や関係にあると思われるのにその関係がはっきりしない別の美しい少女・葉子にも心を惹かれていて…。

…という、わりと最低なあらすじのお話。

物語は始終、島村視点で進むのだけど、「なにぬかしとんねん、このオッサン」って何度も思った私は、悪くないと思う。

その反面、芸者にまで身を堕とした(間接的な表現ではあるけれど体を売っていることを示唆する描写が複数ある)駒子をはじめとして、不遇の環境の中でも何かを選択し、時に自分自身の激しい感情を持て余しながらも生活のために必死に生きる女性たちの描写は胸を打つものがある。
きっと、生活の心配などなく全てを他人事として眺める島村の視点だからこそ、対比的に、彼女たちの純真さや生命力とも言える必死さが際立つのだと思う。

また、作品のあちらこちらで綴られる、土地の細やかな情景描写は、まさに瞼の裏にその風景が思い浮かぶほどの繊細な見事さ。
その情景の中に、濃深縹色、檜皮色、桑染色など、単純な原色ではなく自然に由来する和名の、濃淡を強く意識させる色を記しているのも、目に映る世界をより鮮明なものにしている効果があるようで、心惹かれる。

面白くわかりやすい作品では全くないけれど、川端の清涼で緻密な文体美を堪能できる作品はありますね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: その他
感想投稿日 : 2024年1月29日
読了日 : 2024年1月29日
本棚登録日 : 2024年1月29日

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