猫町 他一七篇 (岩波文庫 緑 62-3)

著者 :
制作 : 清岡 卓行 
  • 岩波書店
3.81
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本棚登録 : 931
感想 : 79
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003106235

作品紹介・あらすじ

東京から北越の温泉に出かけた「私」は、ふとしたことから、「繁華な美しい町」に足を踏みいれる。すると、そこに突如人間の姿をした猫の大集団が…。詩集『青猫』の感覚と詩情をもって書かれたこの「猫町」(1935)をはじめ、幼想風の短篇、散文詩、随筆18篇を収録。前衛詩人としての朔太郎(1886‐1942)の面目が遺憾なく発揮された小品集。

感想・レビュー・書評

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  • 再読。小説らしい小説は「猫町」と「ウォーソン夫人の黒猫」のみで、あとは数ページのエッセイのようなものだったり、散文詩のようだったり、ショートショートのようだったり。「猫町」はやはり圧倒的に面白い。「ウォーソン夫人の黒猫」も元ネタがあるからか、翻訳もののゴースト譚っぽい面白さ。

    大人になって読み返すと「老年と人生」がかなり身に沁みました。〝自分は少年の時、二十七、八歳まで生きていて、三十歳になったら死のうと思った。だがいよいよ三十歳になったら、せめて四十歳までは生きたいと思った。それが既に四十歳を過ぎた今となっても、いまだ死なずにいる自分を見ると、我ながら浅ましい思いがすると、堀口大学君がその随筆集『季節と詩心』の中で書いているが、僕も全く同じことを考えながら、今日の日まで生き延びて来た。”・・・自分もまったく同じ感じでずるずる生きてます。


    ※収録作品
    「猫町」「ウォーソン夫人の黒猫」「日清戦争異聞」「田舎の時計」「墓」「郵便局」「海」「自殺の恐ろしさ」「群集の中に居て」「詩人の死ぬや悲し」「虫」「虚無の歌」「貸家札」「この手に限るよ」「坂」「大井町」「秋と漫歩」「老年と人生」

  •  視点で世界は変わるということ。

    そう思うと、この世界は一つだけではないように思える。

    自分がそう認識しているだけで、見方によって世界はその表情を変えていく。
    異なるものと変容していく。

    絶対的なものなどない。

    恐ろしくあり、不可解な世界。

  • 最盛期の詩とはまた手触りが違う、短編集。

    眩むような白昼夢に、
    独特な妖艶さが漂う『猫町』
    騒がしいはずなのに音がない、
    ホッパーの絵画を彷彿とさせる『郵便局』
    車谷長吉の強迫観念のような『虫』

    あたりがお気に入りです。

  • 萩原朔太郎は、普通なら文章に表せないような曖昧な感覚を掬い上げるのがほんとうに上手な人だ。
    「月に吠える」の序で彼は次のように述べていた。
    「詩とは感情の神経を掴んだものである。生きて働く心理学である。すべてのよい叙情詩には、理屈や言葉で説明することの出来ない一種の美感が伴ふ。これを詩のにほひといふ。」
    彼の散文にも同じ「詩のにほひ」が漂っている。感覚の芯のところをしっかりと掴んでそれを言葉にできる、これが詩人の力なのだなぁ。

    以下に気に入ったものを取り上げてみる。
    「群衆の中に居て」
    中学生の頃に一度読んだことがあったのだが、上京して初めてこの作品の意味するところを諒解した気がする。人が本当に孤独を感じるのは一人きりの時ではなく、街でたくさんの他人に囲まれている時だ。とはよく聞く話だ。都会の群衆の中には孤独がある。その孤独の素晴らしさや楽しさをここまで上手く表現してくれた朔太郎には喝采を送りたい。
    「虫」
    鉄筋コンクリートという単語の「本当の意味」を探す。実は私もたまにこのようなことを考えてしまうのだが、これって異常なのだろうか?芥川龍之介「歯車」梶井基次郎「檸檬」と並んで、精神状態が悪いときの私が共感する短編の一つ(笑)
    「詩人の死ぬや悲し」
    「著作?名声?そんなものが何になる!」と芥川龍之介。一方、「余は祖国に対する義務を果たした。」と満足して死んだネルソン。このネルソンの臨終の言葉は有名だけれど、聞くたびに私は心の中でかすかな反発を覚えていた。そのもやもやの正体がここにきてはっきりした。欺瞞だ。


    萩原朔太郎。感性の塊みたいな男だ。

  • 表題作より、それ以外の方を面白く読んだかもしれない。虫、なり郵便局なり、モノから得た着想を、詩に限らずエッセイとしてでも小説としてでもとにかく語りたい人なのだと思う。また「老年と〜」では作者の青年時代の苦悩が正直に吐露されていて、それもまた面白く読んだ。

  • 草津へのお供に。

  • 表題、猫町は不可解な現象が自身の精神に由来するものである、という設定がいい。猫の出現に不穏なものがあるのがよい。猫は愛らしいものとされることが多いが、猫町では不気味、幻を象徴していて面白い
    散文詩もいい。紅茶に角砂糖を入れるだけの行為を細かく観察して美しく描写している。
    田舎が永遠を守ろうとする、という意見も納得する。田舎は変わらないことを強制する。日本の古区からの精神のようなものを感じた。いいものとは限らない。帰省中に読むことができてよかった。田舎と都会では洗練度というものがやはり違うのか、と考えた。三四郎では主人公三四郎が、北の海では友人金江が、似たようなことを言っていた。
    難しくて読んでない部分もあるが解説もいい。古くからの魔術、との比較も面白い

  • 温泉に出かけた「私」は偶然から繁華な美しい町を見つける。閑雅な人や町並みに見とれたのもつかの間、景色は一変し人人は猫の大集団となって町を飲み込む。
    解説を読んでも完全に理解できた訳では無いが、荻原朔太郎の都会への憧れと現実、当時の全体主義の流れとその恐怖について思いを馳せたものなのかなと思う。
    「ウォーソン婦人の黒猫」でも全体主義への恐れをあらわにして「日清戦争異聞」では栄枯盛衰を憂う気持ちが出ているように思う。
    先行き不透明な時代を生きた詩人の憂いが描かれた短編/散文集。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/701574

  • 今の自分にとって、まさに出会いたい本だっという印象。僥倖の邂逅。巡り合わせ、ある種の救い。不明確な不安の行く先をこの小説が全て受け止めてくれたような気がする。ウォーソン夫人の黒猫は単に自分が感じた違和感を他者が分かってくれないことを示しているのではなく、その不安定な存在を少なくとも主観的に見ると確実に存在している世界そのものに対する嫌悪を認めてくれるメタファーのように思われる。萩原はそれをしっかり掴み取り、言語化してくれた。同じ苦しみを持つ者としてはこれを救いと言わず別の法で呼ぶ由はない。

  • 2020年1月19日に紹介されました!

  • モルヒネ中毒者の趣向に合わせた奇怪譚 蠱惑的散文ら 解説が本書三分の一くらいもあって泣いちゃった

  • 表題作は見知らぬ美しい町で人間の姿をした無数の猫に出会う幻想譚、溢れるノスタルジア!『ウォーソン夫人の黒猫』はポーの黒猫思わせる病んだ内容で非常に好み。そして驚いたのはある作中で中国人が"〜あるネ"とか言ってること。この時代からある口調とは知らなんだ。。

  • 「坂」
    「老年と人生」

    とりあえず中年までは頑張って生きてみるか、という気持ちになった。

  • 詩人である萩原朔太郎による詩以外の代表的な作品を色々集めた短編集。玉石混合という印象が残った。やはり萩原朔太郎は詩を詠むに限る。短編小説の「猫町」は巻末の解説でも詳しく取り上げられていたが、いわれるほど名作とは思わなかった。解説で比較として取り上げられている「古き魔術」は機会があれば読んでみようと思う。

  • 詩はちょっと苦手なので、小説から朔太郎初挑戦。
    『猫町』の幻想味は勿論すばらしいのですが、あまりに「方向音痴あるある」過ぎて笑ってしまった。面白い。
    十三編の散文詩はどれもエッセイとしてもショートショートとしても読める面白さ。(散文詩の定義がよく分かってないのですが、足穂っぽいのもあって好みです……ってひょっとして足穂もあれは散文詩なのか……ショートショートだと思って生きてきた……)そして随筆二編。
    これらは朔太郎の後半生の作品集なので、最盛期の詩集などとはまた手触りの違う作品なのでしょうが、解説で各作品が書かれた当時の朔太郎の状況などの説明がされてて、そんなにページ数のない(薄い)本の割に大変内容の充実した一冊でした。

    解説で触れられてたブラックウッドの「古き魔術」読んだことありますが、「猫町」読んでる最中、これを思い出すことはなかったなぁ……町が猫で溢れかえるモチーフは似てますが、主人公と猫の距離感が、ブラックウッドと朔太郎では違う気がしましたよ。

  • 2016年5月の課題本です。
    5月22日(日)に開催いたします。

    http://www.nekomachi-club.com/schedule/32913

    *************************

    東京から北越の温泉に出かけた「私」は、ふとしたことから、「繁華な美しい町」に足を踏みいれる。すると、そこに突如人間の姿をした猫の大集団が…。詩集『青猫』の感覚と詩情をもって書かれたこの「猫町」(1935)をはじめ、幼想風の短篇、散文詩、随筆18篇を収録。前衛詩人としての朔太郎(1886‐1942)の面目が遺憾なく発揮された小品集。
    (「BOOK」データベースより)

  • 「猫町」の「千と千尋の神隠し」っぽい雰囲気すき。

  • 猫町、タイトルで思わず買ってしまった一冊。学の乏しい私には難しく理解するのに時間がかかってしまった。やっぱりまだ詩というものは理解しがたい。だが「猫町」や「ウォーソン夫人」等の短編小説は好きな部類かもしれない。

  • 夢か現実なのか判然としない幻想的な『猫町』。
    恐ろしいような美しいような…。

    正直、散文詩とか随筆の定義がイマイチよくわかっていないのだけど、ちょっとした短編小説みたいな感じで読めたので読みやすかった。
    『虫』は月に吠えらんねえの二巻で言ってたのはこれかぁと思って少し感動。しかし鉄筋コンクリートをこんなに考え回せるところがやっぱすごいとこなんだろうなぁと。
    『自殺の恐ろしさ』は確かにこう思うことがあり、考えるに恐ろしいことだと思う。
    『老年と人生』も同じようによく考える。
    あまりに似た考えなので、私ももっと年をとれば今思い悩んでいることから少しは解き放たれて生きやすくなれるのだろうかと少し期待しつつやはり老いることは寂しくもある。

  • タイトルの語感に裏切られました。

  • 感想未記入

  • 猫町本編を読んで、もちろん解説も読んだのですが、いまいちよく理解できていません。

    町中が猫になる。
    これは、解説から読み解くと、軍国主義、全体主義に向かっていく日本の状況を表しているようですが、「猫」というのは、何の表現なのか?

    意志の無い獣という意味でしょうか?
    自分の意見を外に出さず、外からの圧力をそのまま受け入れる人間を表現したのでしょうか?

    萩原朔太郎が猫にどんな意味を持たせているのか、気になるので他作品も読んでみようと思います。

  • なんて美しい本だろう!

    詩のような美文、韻を踏んで計算されつくした言葉の数々、という風ではないのに、不思議と日本語の美しさを感じさせられる。
    空想や夢や、やや非現実的な話が多いが、どこか身に覚えのあるような、日常に寄り添ってくる感を覚える。
    私もこんな夢を見たことがあるかもしれない。

    短いながらも、十分な満足感を得られる短編集。
    私、短編集が嫌いってわけじゃないのだな。
    ただシャレが効いているだけの短編が好きじゃないだけだったんだな。

  • 以前読んだ漫画の中で紹介されていた作品の一つです^^
    これは夢なのか?いや、確かに見たのだ。
    猫が人の姿をして行き交う、不思議な村を!
    迷子になって、ふと気づくと不思議な村に入り込んでしまった作者。
    目にも鮮やかで、どこか恐ろしくもある世界。
    力強く目をつむり、開くとそこはいつも行く町の光景に戻っていた。
    空想と現実の狭間、不可思議な世界に興味津々な私には面白いお話でした^^
    短編なところがまた、一瞬の幻・・・?という空気をだしていて★
    人の姿をしていたかと思えば、辺り一面猫!というシーン(=▽=)
    ファンタスティック♪

  • 村上春樹の『1Q84』に登場する“猫の町”のモチーフになった作品だと知ってからずっと読みたかった本。短編集かと思いきや、短編、散文詩、エッセイとバラエティに富んだ18篇。「猫町」の短いながらも強烈な異体験。「ウォーソン夫人の黒猫」はエドガー・アラン・ポーの『黒猫』のような趣。詩集は『月に吠える』しか読んでいないので『青猫』を読んでみようと思う。2012/159

  • 不思議な「猫町」のあらすじに魅かれて読んだ。それも良かったが、その他の短編や散文詩も味わい深くて良い。エッセイも今でも肌で感じられる内容。

  • 綺麗で幻想的でそれでいて何だか身近な気がして。ひっそりと不思議をさ迷うような、素敵な素敵な一冊でした。小説、散文詩、随筆、どれも面白かったです。朔太郎さん大好きです。

  • 帰省中に祖母の家の縁側に座して読みました。大学一回生の夏のことです。

    当時、たいした意見も持ち合わせていないくせに写実主義をきどっていた私は、小説の主人公(イメージはやはり見返しに掲載された朔太郎自身の肖像)が猫の町に迷い込む場面に違和感をおぼえ、そんなことあるわけないじゃないか、といい大人にもかかわらず、フィクションを、「こんなの作り話にきまっている」と至極当たり前の言葉でののしりながら、それでも文章の巧みさに釣られるようにして頁を繰りました。

    「猫町」は50ページ弱で(だったかな?)、一度に読み切るにはちょうど集中力が持続して良いのですが、夕陽が西のそらにきちんと沈む頃に読み終えた私は、フィクションにたいする理にかなわない怒りも忘れて、ただこの物語に没頭していた自分に気づきました。

    いや、途中からこの話がフィクションではなく、主人公(やはり朔太郎)の三半規管の疾病による幻覚、意識のなかでは至極現実とかわらない現象によるものだとわかり、ただ、自分の読解力のなさと先入観のまずさが身に沁みたのです。


    夕飯は、この時期に多い魚を味噌煮にしたものでした。

  • 不思議な世界に入れます。なんとなくですが、旅行先で読むと更に入り込みそう。
    とにかく、なんなんだろう、この表現力。

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著者プロフィール

萩原朔太郎
1886(明治19)年11月1日群馬県前橋市生まれ。父は開業医。旧制前橋中学時代より短歌で活躍。旧制第五、第六高等学校いずれも中退。上京し慶応大学予科に入学するが半年で退学。マンドリン、ギターを愛好し音楽家を志ざす。挫折し前橋に帰郷した1913年、北原白秋主宰の詩歌誌『朱欒』で詩壇デビュー。同誌の新進詩人・室生犀星と生涯にわたる親交を結ぶ。山村暮鳥を加え人魚詩社を結成、機関誌『卓上噴水』を発行。1916年、犀星と詩誌『感情』を創刊。1917年第1詩集『月に吠える』を刊行し、詩壇における地位を確立する。1925年上京し、東京に定住。詩作のみならずアフォリズム、詩論、古典詩歌論、エッセイ、文明評論、小説など多方面で活躍し、詩人批評家の先駆者となった。1942年5月11日没。

「2022年 『詩人はすべて宿命である』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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