漂砂のうたう

著者 :
  • 集英社
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感想 : 173
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087713732

感想・レビュー・書評

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  • 生きていれば何かしらの跡が残る。もちろんいい事ばかりはありゃしない。振り帰りたくない跡もたくさんだ。それでもそこから逃げ出す事は出来ない。反省だとか教訓だとかは別として、いろんな積み重ねのもと、こうして今を生きている。奪われる物なんてのは、せいぜい巾着くらいなもんなのだ。

  • 江戸が終わり、武士としての職を失い新時代から取り残された人々が多くいた時代。遊廓の入口に勤める主人公が逃げることも何者にもなれない自分への焦りと苛立ちと終止葛藤させる話。

  • 明治10年は武士が昔の武家と呼ばれ、時世のお荷物扱い!根津遊郭を舞台とし、元旗本の次男定九郎がなんと遊郭の番頭。優秀であった兄政右衛門との久しぶりの零落者同士の出会いの場面も悲しい。わずか10年の歳月で「世が世なれば・・・」と儚さを感じる。定九郎のうしろ昏さを引き摺る重い空気の中で、龍造の気風の良さ、そして名花女郎の小野菊の気風、凛とした美しさが爽快である。結末近くは分りづらかったが、3年後の出会い場面には救われた気がする。

  • 夏は時代小説、というのは私のちょっとした定番。長い夜に、想像を膨らませながら時代を飛び越えてイメージを膨らませる。
    本書は花魁を題材にした明治初期の時代背景。江戸の趣がまだ深く残っているこの時代を背景にした小説は少ないと思う。
    遊郭も吉原ではなくそこから外れた根津遊郭。吉原が成功者のための遊郭なら根津は庶民の遊郭か。
    その格の違いをうまく扱ってストーリーにうまみを出している。
    そして紙で作った白無垢の花魁道中に意地が見える。
    不安定な時代の不安定な場だからこそ面白みがあった。

  • 明治の、根津の、遊郭で活計をたてる、元武家の定九郎。元武家とはいえ、次男だったゆえか、それへしがみつくような考えはなかったものの、だからといって、他に何か芯になるようなものもなく、ただ、その日を暮らしていくだけ。
    社会における価値観がガラリと換わるとき、社会的立場により自分を計る男性ほど、拠り所を失って、崩れていきがちなのだろうか、と定九郎と兄の出会いを読んで思う。
    凛と胸を張って生きているのが、花魁の小野菊だったり、妓夫太郎の龍造だったり、噺家の弟子のポン太だったりするのは、自分が大事にしたいものを知っていることは強いということか。

  • 登場人物が魅力。
    この時代にもこんな脱力な男子が
    居たのかと思うほど。
    でも定九郎の魅力は
    分かる人にはわかるのだろう。

    遊郭の話は好んで読むが
    これはちゃんと空気感を味わえるうえに
    他の小説とは違うイメージがある。
    花魁目線でないのも、
    珍しいかもしれない。

    すごく好きだった。

  • 明治維新後の根津遊郭。
    元は武家の生まれの主人公。明治維新で侍の身分を失い、流れ流れて遊郭で働いている。

    舞台が吉原ではないのがちょっとミソな気がする。
    華やかな遊郭ではなく、どこか場末っぽい雰囲気。
    湿った空気のにおいとか、そこから見上げる空の色みたいなものまでが伝わってくる。
    なので、主人公の抱える倦怠みたいなものがよけいずっしり来てしまい、なんだかそこでもがいてるような気分になって読み進めるのがしんどいくらい。
    主人公は仕事に精を出すでもなく、目標があるでもなく、グダグダと生きている。
    現状に不満で、今よりマシな場所をつねにどこかで求めているけれど、そこから抜け出そうとする気力はないし、あきらめている。

    でも、同じ泥の中でも色んな人間がいる。
    主人公がくだらないと見下すような仕事でも一切手を抜かない男、小ずるくしたたかに立ち回る男、決意をして泥の中から飛び出していった男もいれば、凛として己を失わない女もいる。
    泥に染まりきって絶望している女は言う。
    「自分が苦界に沈んだことより、地獄の一丁目でもしゃんと背筋をのばして生きている奴に出会っちまったことのほうが辛い」。
    この感じはなんだかすごくせつない・・・。

    物語の核になってるのが、ポン太という不思議な男。
    三遊亭圓朝に惚れこんで弟子入りしている男で、主人公の周りに神出鬼没で現れる。
    蒸気機関車に化けた狸の話を例に、世の中がすっかり明るくなってしまって、闇がなくなり、あいまいなものをのみこむ懐がなくなってしまったと語る。
    名前の通りポン太は、たぶん、明るくなった世の中で居場所を失ってしまった狸(みたいなもの?)なんだよね。
    色々なものを見透かしているようなこのポン太の台詞。
    「そんなに奪えるものじゃないんですよ、人間の芯にあるものなんて」。

    主人公は、最後のほうで、自分の中に知らずに刻まれていた武士としての跡を指摘される。
    そして、奪われてしまったと思っていた武士としての自分がまだ残っていたことに涙する。

    どんな状況でも己の芯を持つように頑張れよ、というより、芯にあるものは誰にも奪われることはないんだから大丈夫、と言ってくれているような。

  • 直木賞受賞作品。
    久し振りにすばらしいと思える作品に出会えた。
    明治維新から10年後、もと武家の次男だった定九郎は、身を落とし、遊郭の玄関番をしていた。
    仕事にも身が入らず、かといってここから抜け出そうという意地もなくウツウツとした日々を過ごしている。
    仕事に厳しい龍蔵、気品と意地を失わない花魁の小野菊、落語家の弟子ポン太、賭場の山公、
    個性的な面々の話だけでも十分面白いが、ミステリーの要素もあって、最後はどうなるのかと興味がつきない。
    時代の流れに翻弄され、砂のように漂うことしか出来ない人たち。
    でも最後は・・・。

    とにかく文章も美しく、人物は魅力的だし、「生きること」についても考えさせられる。
    ほかの作品もぜひ読みたいと思う。

    本題とは外れるけど、今も昔も、庶民は政治(世の中の流れ)に翻弄されるんだなとしみじみ思った。

  • 明治10年頃の根津遊郭。
    侍を捨て、今は美仙楼という見世の妓夫台(ぎゆうだい)に立つ立番の仕事に就いている定九郎。
    年は26だが、この見世にはまだ半年ほど。
    遣り手のおばさんには気に入られて取り入りながら、適当に仕事を流している。店先に男が立つ台は二つあり、客に声を掛けて見世に上がるように誘う役目。隣の格上の台に立つのは妓夫太郎という役で、龍造という男がつとめている。
    女達がひしめく街。
    根津遊郭は小見世も合わせると百軒近い妓楼と、二十数軒の引手茶屋からなっていた。
    美仙楼は中程度の見世だが、小野菊という花魁は、泥の中に咲く蓮の花のように、どこか凛としていた。
    呉服屋の主人という良い馴染み客もいて、身請け話も出たが花魁は断ったという。その理由は真夫だという噂だが、それらしい男の存在は見かけない。

    定九郎は御家人の家柄とはいえ、部屋住みの次男だった。
    父が旧幕軍にも彰義隊にも加わらないと聞いて悲憤した兄。
    定九郎は出奔したまま、女の所を点々として家も持たず、世をすねた気分のままだったが…
    車引きの新入りが下手で仲間に罵られているのを見ると、それは何と兄…
    連絡一つしなかったのをなじられても、何も言えない。

    賭場を開いている山公という男は、実は長州の出。
    見世のために上がりを受け取りに行く定九郎は、ある日突然山公が消えたと聞いて驚く。
    薩摩の西郷の元へ行ったという噂だった…

    何かとまとわりついてくるポン太という40男は噺家の弟子。少々薄気味悪いものを感じつつ、小野菊花魁に使いを頼まれて出向くことになり、ポン太の師匠がやっている落語の牡丹灯籠を見る。

    遊郭の生活ぶりが丁寧に描かれていきます。
    まだ揺れ動く時代の中で、それぞれに何かを抱えた人々。
    少しだけ、いい空気も入ってくるような‥

  • 明治が始まり、西郷を始めとする武士が滅びゆく時代に、取り残された底にある遊郭の話。生簀から出た金魚は、死にゆくのみ。出てくる人間たちは、登場人物の枠に留まらない、人間臭さを思い起こさせる。

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著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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