自分で名付ける

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087717532

作品紹介・あらすじ

「母性」なんか知るか。

「結婚」「自然分娩」「母乳」などなど、「違和感」を吹き飛ばす、史上もっとも風通しのいい育児エッセイが誕生!

結婚制度の不自由さ、無痛分娩のありがたみ、ゾンビと化した産後、妊娠線というタトゥー、ワンオペ育児の恐怖、ベビーカーに対する風当たりの強さ……。

子育て中に絶え間なく押しよせる無数の「うわーっ」を一つずつ掬いあげて言葉にする、この時代の新バイブル!

【目次】
1章 「妊婦」になる
2章 「無痛分娩でお願いします」
3章 「つわり」というわけのわからないもの
4章 「理想の母親像」とゾンビたち
5章 「妊娠線」は妊娠中にいれたタトゥー
6章 「母乳」、「液体ミルク」、「マザーズバッグ」
7章 「ワンオペ」がこわい
8章 「うるさくないね、かわいいね」
9章 「ベビーカーどうですかねえ」
10章 「名前」を付ける
11章 「電車」と「料理」、どっちも好き
12章 「保護する者でございます」


【著者略歴】
松田青子(まつだ・あおこ)
1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。2013年、デビュー作『スタッキング可能』が三島由紀夫賞および野間文芸新人賞の候補となる。2019年『女が死ぬ』(『ワイルドフラワーの見えない一年』を改題)の表題作がシャーリー・ジャクスン賞候補、2021年『おばちゃんたちのいるところ』がLAタイムズ主催のレイ・ブラッドベリ賞候補に。他の著書に『持続可能な魂の利用』『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』、翻訳書にカレン・ラッセル『レモン畑の吸血鬼』、アメリア・グレイ『AM/PM』、ジャッキー・フレミング『問題だらけの女性たち』、カルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』(共訳)、エッセイ集に『ロマンティックあげない』『じゃじゃ馬にさせといて』などがある。

感想・レビュー・書評

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  • 2020年の出産・子育てのリアルが松田さんの感覚で率直に綴られた1冊。
    エンタメや製品の固有名詞も度々出てきて、これよかったよと教えてくれるガールズトークを聞いているような気分にもなった。大変だったことだけじゃなくて、嬉しかったこと、楽しかったこともちゃんと書いてあって、出産関係の感覚は千差万別だろうけど、希望ももらえる。
    この本、もし自分が産むことになったら再読したいし、夫にも読ませたい。

  • 松田青子×松尾亜紀子「出版はフェミニズム運動。違和感を可視化したい」(FRaU編集部) | FRaU
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87061

    自分で名付ける | 集英社 文芸ステーション
    https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/nadukeru/

    自分で名付ける/松田 青子 | 集英社の本 公式
    https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-771753-2

  • 2019年に出産した松田青子さんの妊娠・出産体験記。妊娠・出産の体験は人それぞれだけど、松田さん自身の体験に基づいて、妊娠・出産まつわる違和感を丁寧に掬い上げたエッセイ。

    妊娠・出産の世界は未知なことが多くて、興味深かった。きっと私だったらさらっと流してしまうことも、鋭い感性で違和感として掬い上げていく。

    例えば2019年から発売開始された液体ミルク。他国で認可が進んでいるにも関わらず、日本が遅れて認可をするのに後押しになったのは、1. 災害時の備えとして、2. 男性の育児参加を後押しするため、だったようで、なぜ女性が育児する場合には楽な液体ミルクは不要と決めつけられるのかと著者は憤る。
    男性が妊娠する側だったら、育児する側だったら、液体ミルクなんて今頃コンビニで、安く、手に入っただろうという視点が新鮮で、「いかに女性だけが知る不便が社会の中で不可視化されているか」という憤りが感じられた。

    妊婦に電車の優先席を譲るか問題では、疲弊しているサラリーマンは百歩譲って許すとして(ただ、優先されるべき人に席を譲ることもできないほど仕事で疲弊してしまう社会は正すべき)、「無関心な男子高校生像」が私には結構ショックだった。

    フラッシュバックしたのはこの記事。
    https://www.businessinsider.jp/post-206524
    (引用)ある女性は、男子高生から「妊婦って場所とるから電車に乗らないでもらえます?」と言われたという。

    どうしたらこういう発想に至るのか理解できず、次世代の若い男性がこの調子だと未来は暗いと思ってしまった。*
    この話も、さっき出てきた「女性の不便が社会の中で不可視化されている」ことの帰結なんだろうか。

    男子校へのジェンダー教育が広がるのも、良い流れだと思う。
    https://www.asahi.com/sp/articles/ASQCG5RC3QCDOXIE00T.html

    先日アメリカで出産・育児を経験して帰国した友人の話を聞いたところ、「アメリカでは妊娠中も子どもが産まれた後も、すれ違う人に「おめでとう〜!」「美しいね〜!」と声をかけてもらえて、とても温かかった。日本に帰ってくると、公共交通機関での人々の視線が急に冷ややかになって戸惑った。日本は子育てがしにくい。」と言っていたことも思い出す。
    今年の出生数が過去最少で政府の予想より早く少子化が進んでいるということだけど、この「社会経済の安定のために少子化を食い止めねば」という子どもの数を「数字」として捉える視点はあっても、子どもの出生を社会として歓迎する・子育ての大変さを社会でサポートするという「相手は人間である」という視点がなんだか欠落しているんじゃないか…

    特に気になったところを取り上げてしまったけど、違和感だけを語っているわけではなく、医療従事者への感謝、周囲の育児経験者の集合知の素晴らしさ、子どもの成長を見守る喜びも綴られていて、ポジティブに感動する場面もあった。




    *後から追記
    日本社会は「周囲の人に迷惑をかけないようにしましょう」が強すぎて、「迷惑をかけられる耐性」がなくなり、「公共の場で妊婦が場所を取って自分の場所が圧迫されていることが許せない」という感じか???極度の「迷惑をかけない」信仰から脱却して「人間は弱いし不完全だから迷惑はどうしてもかけちゃう場面がある。だからこそ助け合って生きていこう」っていう世界観に移行したいなぁ……

  • 結婚制度の不自由さ、無痛分娩のありがたみ、ゾンビと化した産後・・・など、妊娠、出産、子育てについて綴ったエッセイ。

    普段生きている中で存在する理不尽さに、「それっておかしくない?」と違和感を覚える著者。
    わかるわかる、と思いつつも、私は日頃そんな違和感に無意識に蓋をして生きている側の人間で、むしろ理不尽さに対して声をあげ続けてくれた人がいて改善された部分にフリーライドしているような人間で、だからこそ共感する気持ちがありつつも、どちらかというと憧れに近いものを抱きながら読み進めていた気がします。

    今年の7月に刊行されたばかりだけあって、液体ミルクのことやコロナ禍のことなどタイムリーな話題も含まれていて、より楽しめる内容でした。

    液体ミルクや予防接種もそうだけれど、子育て業界は日進月歩で変化が激しいというのは子育てに目を向けるようになって私も気付いたところ。
    保育園の3歳児以上の無償化も本当にありがたいし、10年前に出産していたとしたら随分子育て事情は異なるよなあと思う。
    著者が指摘するように女性中心の分野だったからこそ我慢させられていた部分は往々にしてあると思うけれど、今後男性も育児をするのが主流になってきたら、より良い方向に変わっていくだろうか。本来、男性が、とか女性が、とかではなく、子どもも子どもを育てる人も大事にされる社会であってほしいのだけれど。

    松田さんの本は初めて読んだけれど、他の本も手にしてみたい。違和感に蓋をしながら生きていると、正直おかしいなと思うことに対して反応する精度も落ちてくる。あれもおかしいし、これはどうなんだ、と思いながら生きることは一歩間違うとすごくしんどくて、心のバランスを取っていかないと病んでしまう。おかしさに気付き闘うことは強さだと思うけれど、それは生まれつきのものというよりも、筋肉のように積み重ねて身についていくものな気がしている。
    これから生まれてくる子にとっても生きやすい社会であるように、蓋をしておしまい、ではなく、真っ新な目で社会に目を向けられるよう意識していきたい、と思わされた。

  • 著者の妊娠・出産・育児を、現在の日本社会の息苦しさを交えつつ軽快に語られてる。

    きっと同じような状況の女性は共感しまくりなのではないだろうか。

    私もそうであり、ここは違うなと感じるところもあり。

    やっぱり都会と地方での子育ては違うので感じ方も違うのかな~

    最後のマンダロリアンの話、同感。
    あのベビー・ヨーダの乗ってるカプセル。あれ最高!

  • ずっと頷きながら読んでた。産後1週間で映画館にマーベルを見にいってもいいし、妊娠後期に加山雄三のサイン会へいってもいい、ベビーカーで通路の狭いカルディにはいってもいいし、男の子がきれいものだいすきでももちろんいい。すべての「この属性ならこうするべき/であるべき」っていう考えから解放されたい。

    「"普通"におさまらないのなら自己責任」「制度とか"伝統"に合わせろ」っていう謎理論で、個人の気持ちとか生活が踏みにじられるってなんなんって最近思ってる。制度って、人の生活とか人生を守るためのもので、実態にあわせて形を変えていくべきなんちゃうん。"伝統"のために、いま生きてるこれから生きていく人の気持ちは蔑ろにしていいんか。ちゃんと怒っていこうっていう強い気持ちをもらえた。

  • 妊娠、出産、育児を通して女性なら誰しも感じたことのあるだろう違和感みたいなものを、見事に言語化していて気持ちいい。
    これが社会の当たり前だからと何でもかんでも受け入れてしまうのではなくて、おかしいことには問題意識を持っていたいと思った。

  • 読ませる!
    いや 思わず 読み進められてしまう!
    「そうそう (言葉にすれば)そういうことなのよ!」
    の 見本のような一冊ですね。

    さすが 松田青子さん
    ひそかに 一人のファンではあるのですが
    松田青子さんの感性と
    抜群の(共感させられてしまう)文章に
    あらためて
    やっぱり 松田青子さん!
    いいなぁ
    と 思ってしまう

    文章の中に
    時おり 差し込まれる
    ーひとりでできるもん!状態の私!
    ー撮れよ私! 
    ーなにが「妊婦様」だよ この図を見てみろや
    等々
    の 心の中の言葉が
    すばらしい決め台詞になっていて
    思わず 爆笑させられてしまう

    これは
    女、男 関係なく
    共感してしまう人たち
    続出の一冊でしょうね

  • ごく最初の方にあった次のくだりを読んで、はっとしてしまった。
    「私は、日本では、結婚すると女性の名字が変わるのが納得いかなかった。制度上はどちらの名字を取ってもいいと言われているものの、現状名字を変えているのは九割以上が女性側であるらしい。九割以上て。ほとんど全員じゃんか。そんな状態では、選択する権利はないに等しい。」
    そうなんだよねえ。制度上どうであろうが、今の状態はほぼ強制だ。軋轢を覚悟して、あるいは軽やかに、世の習いを飛び越えていく人もいるが、多くの人はそう強くも自由でもない。結婚や出産にからむあれこれについて、大勢に流されず、いちいちひっかかりながら考えていく著者の姿を見ると、わが身を振り返って忸怩たる思いがする。同時に、心強い気持ちにもなる。こんな風に、フェミニズムなんて言葉を使わなくても、それを血肉とした人たちが確かに出てきているんだなと思って。

    著者は、ふと見たアメリカのドラマのセリフ「ホルモンのせいにしなくていいよ。あなたが怒るのは当然」に共感して書く。
    「ホルモン云々ではなく、相手がひどい態度をとったら、怒るのは当然だ。ホルモンのせいで女性は感情的だと言われるけれど。彼女たちに対して周囲の人たちはひどい態度をとっていないと言えるのだろうか。生理もそうだが、女性は生理があるから感情的なのではなくて、生理でしんどいときにひどいことをされるから機嫌が悪くなったり、怒ったりするのだ。どんなときでも、ひどいことに対しては、怒っていい」

    これもアメリカのドラマのセリフに「もし男が妊娠できたら、ATMで中絶できるようになってるはず」というのがあったそうだ。もし男性に生理があったら、もし男性が授乳する側なら、こんな苦痛や不便がそのまま放置されたはずがないと著者も思う。女性は不便や不快やさらには人生の大幅な変更もしのんで当然というのがこれまでの社会で、そうしたものはないことにされていて、見えないものだった。「女性特有の」って言い方があるけど、人類の半分に対して「特有」はないよね。

    抱いていた赤ん坊が泣きだし、周囲に気兼ねした著者が「うるさくてすみません」と言ったら、近くにいた子連れの女性は「うるさくないね、かわいいね」と子どもに話しかけたそうだ。そんな小さなことでも、どれだけ嬉しいかと松田さんは書く。
    「こういう瞬間に出会うたびに、その場に偶然居合わせたり、メールでやり取りをしただけだったりする間柄でも、ゆるいネットワークでつながっているんだなと感じられる。社会って、こういうところからはじまっているんだと」

    大きなお腹をした著者が電車で立っていても、優先座席に座ったサラリーマンと男子高校生が知らん顔をしていたという経験から。
    「自己責任、という言葉がいつからか幅を利かせているように、現状、何においても当事者や周囲の人だけがその大変さや不便さを知っていて、それを社会全体としては気にかけなくても別にいい、社会の「普通」についてこられない者は弾いていい、という態度が「普通」になっている」

    本当にそうだなあと思うことばかり。で、松田さんのパートナーはどういう方なのかと思えば、家事育児に積極的というわけではなく(夜遅くまで平気で飲み歩いたりしてる)、著者の考え方を理解しているふうでもない。しかし、あまり物事にこだわらないタチで、その「おおらかさ」が生活していく上では助かるという(著者の母が子育てを手伝いにきてほとんど同居していることも全く気にしないそうだ)。これはよくわかる。実際の生活では、相手の考え方がフェミ的にどうかということとは別の側面のほうがより大きな問題だったりするのだよ(もちろん、男性優位主義を振りかざすようなヤツは論外だけど)。

    松田さんの怒り方はごく自然だ。理不尽なことに対してきちんと腹を立てている。そこが胸に響く。常に「波風を立てないこと」を優先してきて、そういう生活態度が習い性になっている自分を情けなくまた悲しく感じてしまった。もっと怒ってきてよかったんだよね。女は感情的だと言われたくなくて呑み込んできた無数の言葉は、全然成仏してないんだと強く思った。

  • コロナ禍のこと、妊娠・出産・育児のことが
    書かれてるようなので気になって読みました。

    他の本は読んだことがないのですが、
    淡々と、サラッと、フラットな感じで
    書かれていてなんだか読みやすかったです。

    また、妊娠や育児に関わる話が共感できることや
    自分にない視点があり、興味深く読めました。

    世の中の制度や意識が、なかなか刷新されてないことが
    突きつけられる(んー、ピッタリの言い方・語彙力なくてすみません)ような感じでした。

    この本を読んで、自分は結構色々と世間の見方・やり方に
    染められてるなぁと感じたので
    子どもの世代に少しでも薄めていけるよう、やっていけたらいいなぁと思いました。

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著者プロフィール

作家、翻訳家。著書に、小説『スタッキング可能』『英子の森』(河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)など。2019年、『ワイルドフラワーの見えない一年』(河出書房新社)収録の短篇「女が死ぬ」がシャーリィ・ジャクスン賞候補に。訳書に、カレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』、アメリア・グレイ『AM/PM』(いずれも河出書房新社)など。

「2020年 『彼女の体とその他の断片』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松田青子の作品

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