- Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101006048
感想・レビュー・書評
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何かの縁で、青森に来たからには、と手に取ってみた。太宰文学は好きでこれまで多くの作品を読んだが、この作品はまた違った趣だった。
人間失格に代表されるような、自己否定が太宰の真骨頂であり、自身を卑下する中に文学的な面白さがあった。だが、この作品はそういった暗い部分が影を潜め、陽気な雰囲気も見てとれた。
自身の故郷である、青森県の金木に帰り、昔の知人を頼りながら、津軽地方を回る。紀行文とも言えるし、自身のルーツを辿る旅とも言える。
青森に詳しいならより楽しめる、今の街の雰囲気と当時の雰囲気を比べてみるのも良い。青森を旅するなら、手元に置いて太宰の道程を辿るのもまた良い。
こういった文章も書くのだな、というのが1番の感想。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
太宰治が自分の故郷である津軽を旅した紀行文。
最後の文章が気になって読んでみた。
誇らしいような、卑下したいような、
故郷に対する微妙な気持ちが共感できる。
そして自分を形作った、どうしても切り離す事が
出来ないものとしての故郷が重くなりすぎずに
非常にのびのびと描かれている。
ところどころでトホホな事になってしまう太宰がかわいい。
暗くてネガティブなイメージが強い太宰の小説ですが、
この本は非常に素直で素朴な太宰治の一面を知ることが出来ます。 -
太宰の人間臭さを愛おしく感じられるエッセイ。旅行記として面白いがやはりそもそも文章が上手い…。ラストのたけとのシーンは特に良かった。
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大人とは、裏切られた青年の姿だ。
このフレーズを読みたくて読んだ。 -
司馬遼太郎の「北のまほろば」を読み、そこに登場する太宰治、そして津軽に興味が湧き本著を読む。
太宰治自体読んだことがなかったので、その意味でも新鮮。
最後の「たけ」とのシーンが感動的。
この旅は、自分探しの旅。実際見る物理的な風景もそうなのだが、どのような人に囲まれて育ったのか、そして、それが人格を形成するうえでも、大切なことであることを改めて感じる。
文章も読みやすく、表現も巧い。
本著で触れられている津軽の歴史、それは日本の歴史でもあるのだが、も興味深い。
青森県は、行ったことがないので、司馬遼太郎の「北のまほろば」と、この「津軽」を携えて訪れたい。(よく調べると「津軽」をベースとしてツアーがあるようだ)
森鷗外を読み進めていることもあり、先日、三鷹の禅林寺に鷗外の墓参りにいく。
その墓の前に太宰の墓もあり、三鷹には、他にも太宰の縁の地があるので訪れる。
太宰の他の作品も読んでみよう。
以下抜粋~
・林檎なんでのは、明治初年にアメリカ人から種をもらって試植し、それから明治二十年代に到ってフランスの宣教師からフランス流の煎定法を教わって、俄然、成績を挙げ、それから地方の人たちもこの林檎栽培にむきになりはじめて、青森名産として全国に知られたのは、大正にはいってからの事で、まさか、東京の雷おこし、桑名の焼きはまぐりほど軽薄な「産物」でもないが、紀州の蜜柑などに較べると、はるかに歴史は浅いのである。
・二時間ほど歩いた頃から、あたりの風景は何だか異様に凄くなって来た。
凄愴とでもいう感じである。
それは、もはや、風景ではなかった。風景というものは、永い年月、いろいろな人から眺められ形容せられ、謂わば、人間の眼で舐められて軟化し、人間に飼われてなついてしまって、高さ三十五丈の華厳の滝にでも、やっぱり檻の中の猛獣のような、人くさい匂いが幽かに感ぜられる。
昔から絵にかかれ歌によまれ俳句に吟ぜられた名所難所には、すべて例外なく、人間の表情が発見させられるものだが、この本州北端の海外は、てんで、風景にも何も、なってやしない。 -
太宰治の人間くさいボヤキが好きだけど
この作品はけっこう笑える
旅の終わりがじんわりエモくて
太宰作品ではわりとレアかもしれない -
太宰の作品の中でダントツで好き
脳内で映像が再生できるようなコミカルな人の行動の描写が読んでいて楽しい -
時折辛辣とも言える故郷の評価に深い愛を感じた
「風景」に関する太宰の表現に目から鱗。
今はGoogleマップで位置を確認しながら見られて、いい時代だなーってなった
いつか実際に体験してみたいけどきっともうやってる人いるんだろうなぁ。
ときどき「〜しちゃった」とかぽんと投げ込まれて萌え死にそうでした笑