あと少し、もう少し (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101297736

感想・レビュー・書評

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  • 中学生の駅伝、6人で3Kmずつ、18Kmの物語。

    何という青春なのでしょう。
    構成も素晴らしく、走る区間の学生目線で物語りが進んでいきます。
    子供たちはそれぞれ個性的で一生懸命です。
    顧問の上原先生もとても素敵です。

    どんどん引き込まれました。
    電車の中だけでなく、エスカレータでも読み続けたい感じ。
    学生時代に読んでいたら、人生が変わっていたかも。

    中学時代は失敗しても許される。
    もっと思い切って学生時代に取り組めばよかったと後悔しました。

    解説が三浦しをんさんというところもいいですね。
    子供にも大人にもお勧めの一冊でした。

  • 父親とケンカをしたことがあった。小学校時代、見たいTV番組が重なっての主導権争いというやつだ。自分の見たかったものが何だったかはすでに記憶にない。でも父親が見たかったのが駅伝だったことははっきり覚えている。『そんなの後からニュースで結果を見ればいいだけじゃないか』自身が発した言葉をよく覚えている。

    『僕』『俺』『俺』『俺』『僕』『おれ』の6人が繋ぐ襷(たすき)。18kmを走る中学生の駅伝大会。県大会出場を目指して、学校の伝統と名誉のために臨時編成されたチーム。この作品では、そんな彼らの駅伝のスタートからゴールまでを、それぞれの過去の記憶を織り混ぜながら描いて行きます。それに合わせて第一人称が区間毎に切り替わっていきますが、これが絶妙です。同じシーンにも関わらず人が変わると見えている世界が変わっていく、その意味までもが変わっていく、同じものを見ているはずなのにその意味がこんなにも違っていたことに驚愕します。

    人はほんの些細なことにも意味をもって行動していることが多いと思います。他人から見ると何の意味もない行為が、その人にとってはとても大切なことがあります。その本当の意味を知るのはあくまで本人だけ。でもそれが伝わらない限り、他の人はそれぞれのロジックで片付けてしまう、これが誤解を生みます。そして、行き着く果ては戦争にもなるという人間社会の怖いところでもあります。

    臨時編成の駅伝チームの6人、すっかり調子を取り戻した設楽、他を寄せ付けないパワフルな走りを見せる大田、一本筋の通った根性のあるジロー、スマートさに磨きのかかった渡部、本番に向けて勢いを増すばかりの俊介、そして何故か調子の上がらない桝井が順番に描かれて行きます。第一人称の切り替えに伴って、重なり合うように描かれる同じシーンの中にメンバーそれぞれの個性が活き活きと描き出される一方で、調子の上がらない謎が謎として残される桝井。そんな謎は桝井が第一人称になる第六区で明かされます。

    『陸上だって団体競技だという人もいるけど、走っている瞬間は一人だ。快調に飛ばしていようが、苦しんでいようが、自分の区間を走るのは自分だけだ。』、桝井に過去の苦い記憶が蘇ります。スポーツは自分との戦い、団体競技としてみんなでやってきた道程を思えば思うほどに一人になった時の孤独感は辛いものです。駅伝だけじゃない。球技だって、ボールを持った瞬間は一人になるもの、この場面、この瞬間、最後は自分との戦いを勝ち抜かなくてはいけません。

    でも一方で、『誰かのために何かするって、すげえパワー出るんだな』、たとえ最後に一人になったように見えても決して一人じゃない。一人になった場面、瞬間を見守る多くの人たちがそこにいる、仲間がいる。それを力に変える、力に変えていく、そこに結果がついてくる、それがスポーツ。

    『今まで俺は何かをほしいと思ったことなどなかった。でも、今は渇望している。死ぬほどほしいものが、すぐ目の前にある。つかみたい。』という一途な気持ち。それぞれの勝利への想いと、それを見守る仲間たちの存在、それらが繋がりあって、輪になってゴールへ向かって物語は進みます。

    ネタバレという言葉があります。結果を知ってしまったら興味が失われるということでしょうか。TVの主導権争いはジャンケンによって私が勝ちましたが、父親は駅伝を録画しました。そして結果をニュースで知ってしまった後に再生しているのを見て当時の私にはその行為が全く理解できませんでした。結果がわかっているのに、ネタバレした後に何を見るのか?何が面白いのか?でも今なら少し分かります。あの時、あの瞬間に父親が見たかったもの。

    そして、襷(たすき)は渡された

    『僕は残っていた力の全てをこめて、足を前へと進ませた。もう何も身体に残さなくていいのだ。全てを前に進ませる力に変えればいいのだ。』、こんな一途な『僕』『俺』『俺』『俺』『僕』『おれ』のひたむきで、力強くそしてまっすぐな物語。そんな彼らのまさに青春をかけたこの物語に、まぶしくて、輝く光に溢れたかけがえのない時間を共有させていただきました。

    いいなぁ、この作品。

  • 瀬尾まいこさんの中学男子、部活小説。
    以前「君が夏を走らせる」を読んだのだが、この話に出てくる「大田」のスピンオフ小説だったので、知っていたら、こちらを先読んだのに〜…とちょっと悔やまれた。


    田んぼや山に囲まれた長閑な環境にある、市野中学校の陸上部。
    年々生徒が減るので、部員も少ない。けれど、駅伝だけは毎年県大会に出場している。
    部長となって最後の年を迎える桝井日向は、厳しいながらも実力のある陸上部を育ててくれた顧問の満田先生が異動になり、なんの経験もない美術教師の上原先生が顧問になることを知らされ、絶望する。
    しかも、駅伝には6人必要なのに部員で長距離を走れるのは3人だけ。何とか他からスカウトしてこなければならない、頼りになるのは自分一人。
    誰でも何でも、暖かく包み込める人間になれ、と言われて育った桝井。
    この危機をどう乗り切る⁉︎


    瀬尾さんは、思春期の男子を書くのがとてもうまい。
    まだ、あどけなさを残しつつも、どう自分の殻を破っていくか実はもがいていたりする姿や、友だち同士の距離感を捉える目が鋭いと思う(最近の中学生を見る限り、彼らよりかなり幼い気がするけれど)。
    長く中学校の教師をされていたこともあり、物語からもこの年頃の子ども達に対する愛情を感じる。
    この話に出てくる、突如陸上部の顧問になってしまった美術教師の上原先生は、瀬尾さん自身がモデルなんじゃないだろうか?

    今まで読んだ瀬尾さんの小説も良かったが、これはダントツに刺さりました。
    実際の中学校生活は、こんな風にはいかないと思うけれど、それでも背中を押してくれる、希望をくれる一冊だと思う。
    「大田」だけでなく、他の子のスピンオフもお願いしたい。特に私は、「ジロー」が大のお気に入り。


    以下、桝井の心情で印象に残ったフレーズ

    小学校の時はいろんなことがそのまま楽しかった。けれど、大きくなるにつれて、少しずつ楽しさの持つ意味が変わってきた。今だって仲間と笑って遊んでいれば楽しい。でも、もっと深い楽しさがあることも知っている。
    無駄に思えることを積み上げて、ぶつかりあって、苦労して。そうやって、しんどい思いをすればしただけ、あとで得られる楽しさの度合いは大きい。

    2020.5.28

  • ザ・青春!爽やかな風が吹き抜けるような展開に、読者自身も彼らといっしょに走らされている気分だ。
    スポ根好きなら、きっとワクワクするに違いない。

    ——-

    中学最後の駅伝に思いを馳せる、主人公の桝井くん。しかし頼りにしていた顧問が辞めて、代わりにやってきたのが、元美術部顧問の上原先生。
    スポーツ全般がダメで、陸上のことなんて何も知らない、おまけに頼りないといった具合で、陸上部はいきなりピンチを迎えていた。

    駅伝を走るにはメンバーが足りない。
    そこでまず桝井くんは、メンバー集めに奔走する。

    集まったのは、とにかく自分に自信がない設楽くん、皆に恐れられるヤンキーの大田くん、明るいお調子者のジロー、自称芸術肌の渡部くん、桝井先輩に憧れる俊介、そして誰よりも駅伝にかける思いが強い桝井くんの6人だ。

    なんとか先生たちの力も借りて集めたメンバーは、一癖も二癖もあったけれど、このメンバーで走る駅伝は思い出に残るくらいとても素敵なものであった。

    ——-

    駅伝の1〜6区をつなぐ彼らの気持ちを襷に乗せて、次の人にへと渡す。
    区間を走っている最中は彼らの胸中が語られる。
    その秘めた想いが明かされると同時に、走りに込めた気持ち知ると、「ガンバレ!」と叫びだしそうになってしまう。
    懐かしさに似た何かが、胸に熱く込み上げてくる。

    ————-

    「わかる、わかるよ、その気持ち」と共感せずにはいられない。
    かつて自分も中学生で、何かに熱中したり、悩んだり、反抗したり、不安定な時期を乗り越えて大人になったことを彼らを見ていて思い出した。

    陸上部の顧問になった上原先生も、少しずつ生徒といっしょに成長していたのをみてほっこりした。

    仲間といっしょに汗をかくのっていいよな、青春だよな。となんだか懐かしい気持ちになった小説でした。

  • 6人の気持ちが襷と共につながる、清々しい青春小説。
    瀬尾さんの真骨頂というか今回も嫌な人は出てこなかった。生徒一人一人のキャラクターがたっているし、上原先生の魅力もこの作品の見どころだろう。
    今まで教師が俺を黙らせるためにキレているフリをするのは見たことがある、というフレーズが好きだ。だから先生の言葉って響かない人いたのかな。
    学校という場では、何で測られるかはわからないランキングってたしかにつくし、発表されるわけでもなく意識されてる。なんなんだろ笑
    というように、中高生の時にモヤモヤしてるようなのことがうまく表現されていて懐かしい気持ちになる。

    1区ごとに人物の心情が描かれて、話が繰り返されるうちにますますメンバーの事が好きになり、そして襷を渡すその一場面に全てが凝縮されている。

    好きな本だった。

  • 新潮社のあと少し、もう少しに感想をかきました。

  • 感動しました。とても良かったです。

    1区 この襷を次へ渡したいとの強い想い。
    2区 自分をいつも見ていてくれている先生の声援に応え。
    3区 母の教えは「頼まれたら断わるな」。引き受けたのだからこそ、今ここにいられるのだ。と。
    4区 誰にも俺の中を知られたくない彼が義務教育を終わる間際になって、やっと手に入れたもの。
    5区 自分らしく走ろう。誰かのための力を堂々と出したっていい。と
    6区 アンカーは最終走者じゃない。絶対に繋いでみせる。次の場所へ。と

    そして、美術教師の温かい寄り添い。

    仲間や周りの声援を受けて、襷を繋ぐ、「あと少し、もう少し」と。
    誰かのために思うことは、本当に素晴らしいことですね。
    走る6人の中学生の、それぞれの感じ方、心模様に胸を打たれました。
    私も高校1年の時に部活で走れなくなりました。部長と同じでした。
    当時を思い出しながら読みました。
    本当に面白かったです。

  • 私はうっかりしてスピンオフ作にあたる『君が夏を走らせる』(9784101297743)を先に読んでしまった訳だが、それはそれで大田という難しくて奥深い男について’ある程度知っている’状態で再会出来たのでかえって良かったのかもしれない。

    上記理由もあって、やはり印象深いのは〈2区〉大田主体の章。分量にすれば55ページの話でありながらなんと濃厚なんだ。彼は小学生時代に分数の計算でつまずいたことをきっかけにやがて勉強そのものを避け、そして小学校生活をドロップアウトしてタバコに暴力にと絵に描いたような不良になっていくのだけど、周囲よりも結局、彼自身が一番戸惑っていて、かといって説教や叱責は求めてなんかいなくて、’心からの期待と必要’をされたかったのだろうなと思う。彼の章は「最近の空はずっと灰色。」(p83)「山に囲まれた田んぼや果樹園ばかりの俺たちの町」「でも、山に覆われない場所に出るのは、まだ怖くもあった。」(いずれもp102)と、どことなく息苦しく閉鎖的な空気を感じさせるが、そんな場所から桝井や上原や小野田が彼を信じて働きかけて誘いかけてくれて、大田は自らの意思で足を前へ踏み出す事になるのだが、誰よりも彼を信じて期待を寄せているのは彼の母で、その象徴こそ母が買ってくれた「ズームマテゥンボ」(p97、本文ママ)であろう。(これは私の勝手な想像だが) NIKEの鋭いロゴが彼の不安や懊悩を切り裂く力になると共に、スニーカーの夏の強い日差しのような真白さが、彼の行く道を照らして導く光となることだろう。表紙に大田っぽいやつの後ろ姿が描かれてるんだけど足元がよくわからんのよね…。
    と、また改めて『君が夏を〜』を読み返したくなった。


    全員分の感想を書き始めたら取り留めがなくなりそうなのでそろそろまとめると〈3区〉ジローの章も印象に残る話。
    「いくらでも曲げ伸ばしできてこそ、本当のプライドってものだ。」(p168)
    「力もないのに機会が与えられるのも、目に見える力以外のものに託してもらえるのも、今だけだ。」(p177)
    こんなにも人生の真理を突いた青春小説が他にあるだろうか。

    中学陸上部の中の寄せ集め駅伝チームという、小さな集団単位での社会を舞台に描いた連作群像劇。
    紛れもない傑作だと思いますし、読む人毎に刺さる部分がそれぞれあるだろう奥行き広い物語だと思いました。陸上にも駅伝にも興味・知識が無くてもなんら問題ありません。
    面白かった!


    17刷
    2023.4.23

  •  寄せ集めの中学男子6人が駅伝の県大会出場を目指して襷をつなぐ青春小説。

     やはり駅伝はドラマになるなあと改めて感じました。

     メンバー6人の人間模様が丁寧に描かれ、中学男子の複雑な心情が見事に表現されていました。

     思わず自分の若かりし頃を重ねてしまいました。

     女子の登場場面がほとんどないのも、自分の思い出と重なり、共感してしまいました。

     区間ごとにそれぞれの視点で語られる展開も連作短編集のようで物語に引き込まれてしまいました。

     自分もあと少し、もう少しだけ頑張ってみようと元気をもらった気がします。

     

  • 熱血!って感じではなく、じわじわと心が熱くなっていくような物語。
    駅伝までの出来事を各走者の視点で見ていくんだけれども、視点が変わるごとに段々と奥行きをもっていく。
    この出来事の裏にはこんなことがあったのか、この行動はこんな風に影響を与えていたのかなど。
    各走者の性格や悩み、内面の豊かさを読む度に頑張れ!って思う。
    すごく素敵な作品だった!

著者プロフィール

1974年大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒業。2001年『卵の緒』で「坊っちゃん文学賞大賞」を受賞。翌年、単行本『卵の緒』で作家デビューする。05年『幸福な食卓』で「吉川英治文学新人賞」、08年『戸村飯店 青春100連発』で「坪田譲治文学賞」、19年『そして、バトンは渡された』で「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『あと少し、もう少し』『春、戻る』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『その扉をたたく音』『夏の体温』等がある。

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