- Amazon.co.jp ・本 (175ページ)
- / ISBN・EAN: 9784102118047
感想・レビュー・書評
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渋谷Bunkamuraで開催されたベルナール・ビュッフェの展覧会でビュッフェの絵が表紙となっているこの本をミュージアムショップで購入。
サガンの小説にはビュッフェの絵が本当によく合う。実際交友関係もあったそう。しかし現在ビュッフェの表現で発売されているのはこの本のみと言うからとても残念です。
小説の内容はパリの街並を思い浮かべながらオシャレな恋愛映画を観ている、と言った気分になれます。ブラームスも聴きたくなります。
過去に映画化された邦題は『さよはらをもう一度』だったそうで。イングリッド・バーグマンにイヴ・モンタン…映画も観てみたい^ ^詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
サガン、高校生ぶりに読んだがあまりに素晴らしすぎて言葉を失った。べっとりとした現実を象徴するロジェは移り気で、そこに愛はあるのだが、いつも自分を裏切る。若さと青春を象徴するシモンに耽溺しようと必死になるのだが、自分はもはやその世界に属さないことは分かっている。シモンの方向へと行きたいのだが、常に自分はロジェに絡め取られ、裏切られる。人生に残されているのは漠とした孤独ーーー相変わらずフランス人の恋愛へのメンヘラぶりにはちょっと辟易したが、人生の哀しさが刻まれていて震えた。なんて素晴らしいんだ!!と叫び出しそうになる。
なにより、身体描写が良い。39歳の女性が鏡を覗き込んで、自分の顔の皺を一本ずつ点検する様子。自分の手の甲の静脈を見て、ふとこの入り組み方は自分の人生だと思う様子。この身体への執着は、女性作家のものだと感じる。なるほど、サガンだったのかという驚きがある。 -
言葉では説明のつかない何か、心理的な結びつき。
それが恋愛の中には存在していて
どうしようもない力で、ポールをロジェに惹きつける。
ロジェのために不幸にる自分がいることを理解してもなお決別することができなくて、ある種自己犠牲的。
でも結局は、失うよりもその不幸の中に身を置く方が幸せだという矛盾したような公式が成り立つ。 -
初サガン。渋谷でブッフェの展覧会を見た後、ビュッフェの絵が表紙になっているこの本を買い読んだ。半世紀以上前の小説だが、パリでの都会的な人々の生活が物語られ、憧れの世界のようなものを感じられる。パリに行きたい。パリでカフェや街歩きを楽しみ、フランス文化を体感したいと強く思わされた。現在、残念ながら、ビュッフェの絵が表紙になっているのはこの本しかないようだが、「悲しみよこんにちは」などほかの作品も読んでみたいと思った。
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わかるとこと分かんないとこあった。
秋の表現がとても良かった。 -
分かるけど。分かるけど。こうなるだろうことは分かるけど。サガンも分かっていると思うけど。うう。
アンナ・カレーニナに通じる人間のうまく生きる難しさ。
10年後に読んだらまた違うかもしれない。 -
6年連れ添った浮気を繰り返すロジェと、15歳年下のシモンの間で揺れ動く39歳の女性ポール。
若い頃とは変わってしまった容姿も含めて、大人の女性のちょっと複雑な、割り切れない感情には共感するものがあった。
ただ、途中から、どっちもやめといた方がいいんじゃないかという思いが強くなって、ポールの葛藤についていけなくなった。
きっと、どちらも選ばないという結末以外、私の中ではスッキリしないのだろうけど、スッキリしないなりに、読んで良かったと思う。
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浮気性の彼氏と別れられない、プライドがあるので傷ついてると口に出すこともできない40歳手前の女が15歳年下の青年に求愛されるが、結局は無骨で浮気性の彼氏を選ぶ話。自分よりもずっと若い青年のことを考えると愛に飛び込むことができない。
去っていく情人に、「私、もうお婆さんなのよ!」と叫ぶ女は、それに見合った古い背広の方の男を選ぶしかないのか。浮気性の彼氏のことを文句も言わずに気遣いまで見せながら待ち続けるよく出来た?というか男には大変都合のいい女だからか。美人で仕事でも成功していて、自立した女なのに、なぜ!!
でも、こういうこともあるかもしれないな・・・冒険よりも、疲れた人間には着古しても嗅ぎ慣れた匂いの背広、安らぎの方がいいのかなと。