それからはス-プのことばかり考えて暮らした (中公文庫 よ 39-1)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (287ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122051980

感想・レビュー・書評

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  • ゆったりしたテンポで描かれる心地よい小説。
    「暮らしの手帖」に連載されていたそうです。

    路面電車の走る町に、仕事をやめて引っ越してきた青年・大里。
    隣町の映画館<月船シネマ>によく通っているのが主な理由だった。
    部屋の窓からは、隣の教会の白い十字架が見えるのも気に入っている。

    道行く人が「3」とかかれた袋を持って歩いているのを不思議に思っていたところ、「トロワ」というサンドイッチ屋があるのに気づく。
    3と書かれているのはトロワの袋だったのだ。
    シンプルなサンドイッチがとても美味しい店に通うようになり、店主の安藤さんと息子で小学4年生のリツとも親しくなっていく。
    リツくんにはオーリィと呼ばれます。

    「そろそろお客さんをやめてほしい」と安藤さんに言われた大里は拒否されたかと動転するが、店で働いて欲しいという意味だった。
    サンドイッチの作り方を初歩から教えてもらい、それに合うような美味しいスープを工夫することに打ち込むようになっていく。

    月船シネマでは古い映画がよくかかり、大里はそこに出てくる脇役の女優の実はファンなのだった。
    緑色のベレー帽をかぶった女性に、映画館でよく出会うことに気づいて‥
    不思議な縁とひととき通い合う心が心地よい。

    嫌な人が誰も出てこない、どこにでもありそうでいて、ひととき夢の中に入ったような世界。
    主人公が天職を見つけたと考えれば、何も起こっていないわけではないけれど。
    サンドイッチやスープが食べたくなること請け合いです!

  • 人気もあるようだし、余韻のあるタイトルが素敵だな…と手に取った。
    それに吉田篤弘さんは別に読み始めている螺旋プロジェクトのメンバーでもある。

    それはもう、優しくて温かい物語だった。
    想像よりも、ずっと。
    美味しいスープとパンが食べたくなった。(皆さんもきっとそうに違いない)
    食べるなら、パン屋さんの焼きたてパンがいいな。
    スープは、出来ればとろりとした濃厚なポタージュがいいな。
    「すれ違う人が、皆、その紙袋を抱えている」という冒頭で、もう物語に入り込めた。
    実際、食パンブームが世の中に訪れた頃、話題のパン屋が駅前に出来て、似たような景色が広がった事があったのだ。

    登場人物もみんな素敵だった。
    その街も、住む人々も、目に見えるようだった。
    リツ君なんて特に。
    少しだけ時がゆっくり流れるこんな街で、生活できたら素敵だろうな。。。
    音楽と本と珈琲とたまにスコッチ、庭には季節ごとの山野草が咲いて、それに映画館と美術館があったら最高だなー(←欲まみれ)

    緑色の帽子の老婦人の正体については、まぁ、そうだろうなーという着地だったけれど、
    やっと気付いてくれたか、というタイミングで気付くところが、オーリィ君らしくて良かった。
    そこへ宙返りの森田君までもが気持ち良く着地するのも、とても心地が良かった。

    最近話題になる本は、重かったり不穏だったりが多いように感じていて、途中退場してしまう人が居ないこの小説に、とても癒された。
    そして、とてもスープが作りたくなっている。
    (ボサノバを聴きながら読んだのも、小説が心地良かったことに繋がってるのかな。)

    巻末の、後書きにかえた桜川余話もとても素敵だった。
    「それからはスープのことばかり考えて暮らした」が生まれる切っ掛けや、その他の吉田さんの小説の始まりが明かされており、
    他の作品も読んでみたくなった。
    吉田篤弘さんの内側に広がる、思い出と創作の交わった世界が素敵で、まだまだ浸りたい。
    因みに空気公団の「音階小夜曲」はSpotifyで聴けた♪

    吉田篤弘さんのお顔が見たくなって画像検索してみたら温かみのあるお顔で、
    なんだか可愛らしい洋食店のシェフのような、喫茶店のマスターのような、
    でなければ画廊のオーナーのような雰囲気だった(個人的感想)。
    奥様との共同名義でクラフト・エヴィング商會としても活動していて、
    実在しない書物や雑貨などを手作りし、その写真に短い物語風の文章を添えるという形式の書物をいくつか出版、ブックデザイナーとして書籍のデザインも手がけている…等とあって、ほぇ~素敵なご夫婦!と、ときめいた。

    そうそう。
    「それからはスープのことばかり考えて暮らした」を読んでいる間、不思議と昔の出来事が思い出された。
    単に私が歳を取ったせいかもしれないけれど。
    映画館や腕時計については特に、急に思い出した幾つかの事柄があった。
    オーリィ君の「そういえば」が移ったのかな。


    【ここからは只の私的な思い出話です】

    時計の章で、オーリィ君と同じような事を思った。
    「はたして、これまでにいくつ時計を買い換えただろう。」
    ずっとずっと昔、いつだったか、街の時計屋さんで腕時計を買って貰った事があった。
    買ってくれたのは誰だったか…。
    「昔からある時計屋さんだから、こういう店が丁寧で安心なんだ」みたいな事を言われた記憶はある。
    こんな事を言うのは父っぽい。
    父が誕生日かクリスマスに、買ってくれたのかもしれない。
    その後、家族で隣の市に引っ越したのだが、この街が好き過ぎて私はここに戻ってきた。
    以来、引っ越すことはあっても、この街は出ていない。
    そしてその時計屋さんは、なんと今も同じ場所で時計屋を営んでいる。
    それから私は幾つかの腕時計を巡ったのち、NEWMANとOMEGAの腕時計を愛用するようになった。
    今となっては時間の確認はスマホだし、腕時計はアクセサリー感覚なのだけれど。

    それから映画。
    まだ私は10代だったと思う。
    憧れていたバンドのボーカルさんに映画に誘われた。
    彼は7つか8つくらい年上で。
    誘われた映画館は大人の街、銀座だった。
    パン屋で買ったパンを食べながら映画を見た後、勝鬨橋の掛かる辺りを歩いたりした。
    きっとなかなか素敵なデートコースだったのだろうけど、
    パン屋でパンを買って映画館へ……なんて初めてだった私は、よりによってパイ生地パンを選んでしまった。
    あんなにボロボロこぼれるパン、映画には不向きなのに。
    まだ全然子供だった私は、映画館は地元で流行り物を見るだけだったし、きっと普段はポップコーンとコーラだったのだろう。
    もう少し大人になってから、その映画館がシネスイッチ銀座であったと知った。
    当時の私はパイ生地パンに手こずって恥ずかしかっただろうな、相手の方が優しくて良かった、微笑ましい思い出だ。

    そんな初々しさを失ってからは 笑、小さな映画館に自ら出掛けたりした。
    明るいうちから当時の同僚とビールで乾杯し、渋谷のシネマRISEでほろ酔いのまま「アラキメンタリ」を見た事もあった。
    一時期、アラーキーの写真にハマっていたからだ。
    2階席から映画を見るのは不思議な感じだったな。
    ジム・ジャームッシュ監督の「ブロークン・フラワーズ」を見たのはどこだったか…地下に降りてゆく映画館だった。
    音楽が最高で、その場でサントラを買って帰ってきた。
    「ラブ・アクチュアリー」の試写会が当たったと友人に誘われた時は、スガシカオのミニライブが付いていて感激した。

    それらアレコレが、「それからはスープのことばかり考えて暮らした」を読んでいる最中に溢れだした。
    忘れていた出来事だったのに色々思い出してしまった。
    人の記憶は不思議だ。
    オーリィ君の時を越えた恋が、私をセンチメンタルにさせたのかもしれない。

  • シリーズもの?続編?とは知っていたけれど、順番も意識しないで読んだ。
    それでも面白かった。

    安藤さんが営むサンドイッチの店【トロワ】。サンドイッチに魅了された主人公の大里は、安藤さんに誘われて【トロワ】で働くことになり、サンドイッチやスープのレシピを究めていく。

    キャラクターがみんな良い!
    安藤さんもその息子のリツくんも、マダムもあおいさんも。映画館のポップコーン係の青年も。登場人物もリンクしているようなので、ほかの「月舟町シリーズ」も読みたくなった(『つむじ風食堂の夜』『レインコートを着た犬』『つむじ風食堂と僕』)。


    さりげなく挿入されている「ちびテレビ」のエピソード。「ちびテレビ」の響きが可愛い・・・
    小さくてかわいいと買ってもらったのに、「ボロ」と言われて散々叩かれてしまうテレビを救い出す大里。教会に祈り(相談)に来る安藤さん。テレビのアンテナも教会の十字架も〝何か〟をつないでいる。人とのつながりが感じられる作品だから、この「ちびテレビ」のアンテナと教会の十字架もメタファーなんだと思う。
    一見みんな穏やかに過ごしているようで、実はいろんな過去や痛み、寂しさを抱えているんだな。



    「「幸運」というのは気づかぬうちに皆に等しく配給されている」という考え方、面白い。
    大きな幸運がきたらそのあとに大きな不運がくる。もしくは、毎日少しの幸運と不運がちびちび訪れる。

    ゆっくり丁寧に暮らしたくなった。


    「となると、僕はその「ちょっとした不運」を毎日こつこつローンのように支払っているわけで、ということは、いずれ僕にも、どしんと大きな「まいったなぁ」が訪れるのかもしれないし、それとも気づかぬうちに「ちょっとした幸運」を日々、ゆるやかに味わっているのかもしれない。」

  • 読後の余韻が暖かい。
    スープを飲んでほっこりしたくなる。
    私が玉子スープといい、いもうとが野菜スープという、あのスープを作ろうか。
    そしてこの本をもう一度読み直すのもいいな。

    サンドイッチ屋さん「トロワ」で働き始めたオーリィくん。
    お味噌汁の美味しさを買われて、サンドイッチに合うスープを作ることになる。
    こんな風に書くと味気ないのだけど、漂う空気が二両編成の路面電車にゆられているような心地よさ。
    スペインオムレツのサンドイッチ美味しいそう。食べたい。

    「どんな職種であれ、それが仕事と呼ばれるものであれば、それはいつでも人の笑顔をめざしている。」

    「ひと口めより、ふた口めの方がおいしいけど」
    「そうなのよ。でも、よく考えてみると、本当においしいものって、そういうもんじゃないの?」

    彼のあおいさんへの想いとか、安藤さんの不器用さとか、リツ君と森田君の関係とか、ついフフフと笑いがもれる。
    ただ、大人びて礼儀正しい子供はちょっと物悲しいな。

    • だいさん
      スープの冷めない距離、というのが以前あったけれど、

      >読後の余韻が暖かい。

      このレビューも、あったかかった。
      スープの冷めない距離、というのが以前あったけれど、

      >読後の余韻が暖かい。

      このレビューも、あったかかった。
      2013/11/30
    • nejidonさん
      はじめまして。
      お気に入りを押してくださってありがとうございました。
      この本、ずいぶん前に読んだのですが、今でも大のお気に入りです。
      ...
      はじめまして。
      お気に入りを押してくださってありがとうございました。
      この本、ずいぶん前に読んだのですが、今でも大のお気に入りです。
      描かれる世界全体が、とても好きです。
      ところで、とても守備範囲の広い本棚ですね。
      また読みに伺いますので、どうぞよろしく。
      2013/12/03
  • サンドイッチとスープが無性に食べたくなる本。
    やはりどこか外国風でノスタルジック。少しだけドラマチック…この世界観がすてき。

  • タイトルに心惹かれて。購入してから、月舟町・三部作のことを知り、一番目から読もうか迷うも、順番違っても大丈夫そうな声を見かけ、そのまま読みました。
    オーリィ君はじめ、登場人物がみな不器用で優しいなぁと感じました。それぞれの距離感がいいのかな。踏み込み過ぎず、互いに見守ってる感があって温かい。
    名なしのスープがそれぞれの懐かしい気持ちや思い出を蘇らせたところはほっこりして、私も飲んでみたくなりました。他の月舟シリーズも読みたいです。

  • なんてほんわかと心が温まる物語なのだろう。

    特に大きな事件が起こるわけでもない日常を描いているんだけれど、すべてが温かくて、それこそスープを飲んだ時のほっこりした感じがずーっと続いていて、なんとも言えない幸せを感じる。

    大きな事件が起こらないって書いたけれど、無職だったのに、「トロワ」で働けるようになったり、あおいさんに会えたり、実はすごいことが起こってる・・・!主人公が、自分の心の正直に、焦らず暮らしているからこんなことが起こるのかな~。こんな温かな暮らしをしている人が現実にいたら羨ましい。

    良い読書ができました。

  • 吉田篤弘さんに出会うきっかけとなった本。
    もう何回目かわからないくらいの再読です。

    京都の恵文社に行った時に
    吉田篤弘さんのコーナーがあって、
    当時は全く知らなかったのですが
    路面電車、商店街、サンドイッチ店、映画館。
    なんとなく惹かれるワードが並ぶ
    この1冊を選びました。
    それがわたしの中で大当たり。
    ノスタルジックで懐かしい世界観。
    良い意味で呑気な登場人物たち。

    『何も起こらず、何も動かず、何も変わらないのに、それでもやはりうつろいゆくものはあって』
    これは作中に出てくる映画『口笛』に対する
    主人公オーリィ君の感想だけれど、
    吉田篤弘さんの作品全体にも当てはまること
    だなぁと思います。
    そんなゆったりした世界観が好きです。

    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      mashiro620さん こんばんは。

       フォローありがとうございます。
      読んだ本の感想を誰かと共有できるのが、ブクログの長所の一つですね...
      mashiro620さん こんばんは。

       フォローありがとうございます。
      読んだ本の感想を誰かと共有できるのが、ブクログの長所の一つですね。誰かに反応してもらえるのは、うれしいことです。

       私も最近、吉田篤弘さんの2作を続けて読みました。あの世界観、いいですよね。
       あと、恵文社さんに行かれたことがあるのですね? うらやましいです。
      いつかは、と思っているのですが…。
       今後ともよろしくお願いします。
      2022/10/29
    • mashiro620さん
      NO Book & Coffee NO LIFEさん
      こんばんは。

      こちらこそフォローありがとうございます。
      周りに読書する方がいなくて、...
      NO Book & Coffee NO LIFEさん
      こんばんは。

      こちらこそフォローありがとうございます。
      周りに読書する方がいなくて、本好きさんと繋がりたいなと思い始めてみました。
      コメントとても嬉しいです。

      吉田篤弘さんのゆったりとした世界観、心地良いですよね。
      恵文社さん、ぜひぜひ行ってみてください。
      幅広いジャンルの本が沢山でついつい長居してしまう楽しい本屋さんですよ。

      こちらこそ!よろしくお願いします。
      2022/10/29
  • ブクログでの評判が良く、ず~っと気になっていた本。
    ゆっくり、ゆったり、時間をかけて読むのが似合う本だと思いました。
    肩の力をふ~っと抜いて、とにかくおいしいあったかいスープをふ~っとのむ。
    そうすれば大概のことは大丈夫かも・・・
    そんな気持ちになれる本でした。

  • 映画館、路面電車、教会、アパート…こんな街に住んでみたいと思った。
    誰もがあくせくすることなく、のんびりしていて、ここだけ時間が止まっているような感じがした。
    おいしそうなサンドイッチやスープの匂いにさそわれて、まるで夢を見ているような気持ちで読みました。

著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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